「神経符号化」の版間の差分

引用文献の誤植修正
(構成および語句の軽微な修正)
(引用文献の誤植修正)
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 このように復号器を符号化のモデルから作成する方法を2段階法(two step approach)と呼ぶ<ref name=Brown2004><pubmed>15114358</pubmed></ref>[Brown 2004]。
 このように復号器を符号化のモデルから作成する方法を2段階法(two step approach)と呼ぶ<ref name=Brown2004><pubmed>15114358</pubmed></ref>[Brown 2004]。


 外界の刺激がスムーズに変化するなど、時系列になんらかの仮定をする場合、神経活動は状態空間モデルで記述される。状態空間モデルに基づく刺激の推定は、ベイズ推定を逐次的に行う逐次ベイズ推定技術を用いて解くことができる。Brownらはラットの海馬神経細胞の場所細胞の活動からラットの位置をデコードする方法として、符号器として点過程を用い、事前分布として位置が線形の状態遷移すると仮定した2段階法を用いて、海馬場所細胞のスパイク時系列からラットの位置のスムーズなデコーディングを初めて実現した<ref name=Brown2004><pubmed>15114358</pubmed></ref>[Brown 1998]。神経スパイクに対するこのような非ガウスのフィルタリング技術はブレーン・マシーン・インターフェースやブレーン・コンピュータ・インターフェースと呼ばれる神経補綴技術の基盤技術として幅広く使用されている。
 外界の刺激がスムーズに変化するなど、時系列になんらかの仮定をする場合、神経活動は状態空間モデルで記述される。状態空間モデルに基づく刺激の推定は、ベイズ推定を逐次的に行う逐次ベイズ推定技術を用いて解くことができる。Brownらはラットの海馬神経細胞の場所細胞の活動からラットの位置をデコードする方法として、符号器として点過程を用い、事前分布として位置が線形の状態遷移すると仮定した2段階法を用いて、海馬場所細胞のスパイク時系列からラットの位置のスムーズなデコーディングを初めて実現した<ref name=Brown1998><pubmed>9736661</pubmed></ref>[Brown 1998]。神経スパイクに対するこのような非ガウスのフィルタリング技術はブレーン・マシーン・インターフェースやブレーン・コンピュータ・インターフェースと呼ばれる神経補綴技術の基盤技術として幅広く使用されている。


 ただし復号化で使用する神経活動の特徴量が複雑になってきた場合、その特徴に下流の神経細胞が反応する事は困難である事が予想される。そのため高度な神経補綴に用いられる神経活動がそのまま行動に繋がる神経符号として採用されるわけではない。また厳密には、こうして特定された神経細胞活動が行動に関わるかを調べるためには、これらの細胞を選択的に制御して行動に影響があるかを調べる必要がある。
 ただし復号化で使用する神経活動の特徴量が複雑になってきた場合、その特徴に下流の神経細胞が反応する事は困難である事が予想される。そのため高度な神経補綴に用いられる神経活動がそのまま行動に繋がる神経符号として採用されるわけではない。また厳密には、こうして特定された神経細胞活動が行動に関わるかを調べるためには、これらの細胞を選択的に制御して行動に影響があるかを調べる必要がある。
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 ここでパラメータ<math>$w$</math>は神経活動を生成する基盤としての脳の構造を表す。<math>p(\mathbf{x}|\mathbf{w})</math>は神経活動に対する事前分布で神経活動に対する制約条件を表す。また、ここでの復号器は神経細胞活動による外界の表現/表象(representation)を記述する。事前分布と復号器を合わせた同時分布<math>p(\mathbf{y},\mathbf{x}|\mathbf{w}) =p(\mathbf{y}|\mathbf{x},\mathbf{w})p(\mathbf{x}|\mathbf{w})</math>をデータの生成モデルと呼ぶ。生成モデルはデータ<math>\mathbf{y}</math>が生成される過程を神経活動によって再現するモデルと見做す事ができる。従ってこの式は、刺激に対する神経細胞集団の応答活動をデータ生成のモデルによって解釈することができることを示している。
 ここでパラメータ<math>$w$</math>は神経活動を生成する基盤としての脳の構造を表す。<math>p(\mathbf{x}|\mathbf{w})</math>は神経活動に対する事前分布で神経活動に対する制約条件を表す。また、ここでの復号器は神経細胞活動による外界の表現/表象(representation)を記述する。事前分布と復号器を合わせた同時分布<math>p(\mathbf{y},\mathbf{x}|\mathbf{w}) =p(\mathbf{y}|\mathbf{x},\mathbf{w})p(\mathbf{x}|\mathbf{w})</math>をデータの生成モデルと呼ぶ。生成モデルはデータ<math>\mathbf{y}</math>が生成される過程を神経活動によって再現するモデルと見做す事ができる。従ってこの式は、刺激に対する神経細胞集団の応答活動をデータ生成のモデルによって解釈することができることを示している。


 これによれば、脳の内部構造に基づく神経細胞の自発活動、すなわち脳の内発的ダイナミクスは事前分布を構成する。刺激が提示されると、神経活動は刺激の影響を受けて変調され、復号器と組み合わされて事後分布を形成する<ref name=Brown1998><pubmed>9736661</pubmed></ref> <ref name=Fiser2010><pubmed>20153683</pubmed></ref>[Fiser 2010; Berkes 2011]。すなわち神経応答活動は刺激を再構成・予測するための推論を行なっていると考える事ができる。神経応答活動のベイズ的な見方によれば、脳内に刺激を推定する復号器の存在を陽に仮定する必要はなくなり、復号器の役割は自発活動から刺激応答活動への変化に内包される。   
 これによれば、脳の内部構造に基づく神経細胞の自発活動、すなわち脳の内発的ダイナミクスは事前分布を構成する。刺激が提示されると、神経活動は刺激の影響を受けて変調され、復号器と組み合わされて事後分布を形成する<ref name=Fiser2010><pubmed>20153683</pubmed></ref> <ref name=Berkes2011><pubmed>21212356</pubmed></ref> [Fiser 2010; Berkes 2011]。すなわち神経応答活動は刺激を再構成・予測するための推論を行なっていると考える事ができる。神経応答活動のベイズ的な見方によれば、脳内に刺激を推定する復号器の存在を陽に仮定する必要はなくなり、復号器の役割は自発活動から刺激応答活動への変化に内包される。   


 生成モデルに基づく符号化研究は、正則化を課した画像の再構成という視覚野の計算論に関わる研究をその祖として古くから行われ、マルコフ確率場を用いたGeman & Gemanらによる画像再構成<ref name=Geman1984><pubmed>22499653</pubmed></ref>[Geman & Geman 1984]や、神経活動の事前分布としてスパース性を導入して自然画像を学習する事で、第一次視覚野の単純細胞の受容野の形成を説明したOlshausen & Fieldらの研究をその端緒として位置づけることができる<ref name=Geman1984><pubmed>22499653</pubmed></ref>[Olshausen 1996]。近年は、この生成モデル・ベイズの定理に基づく神経活動のモデリング・解析が盛んに行われている。詳しくは、予測符号化・自由エネルギー原理を参照のこと。
 生成モデルに基づく符号化研究は、正則化を課した画像の再構成という視覚野の計算論に関わる研究をその祖として古くから行われ、マルコフ確率場を用いたGeman & Gemanらによる画像再構成<ref name=Geman1984><pubmed>22499653</pubmed></ref>[Geman & Geman 1984]や、神経活動の事前分布としてスパース性を導入して自然画像を学習する事で、第一次視覚野の単純細胞の受容野の形成を説明したOlshausen & Fieldらの研究をその端緒として位置づけることができる<ref name= Olshausen1996><pubmed>8637596</pubmed></ref>[Olshausen 1996]。近年は、この生成モデル・ベイズの定理に基づく神経活動のモデリング・解析が盛んに行われている。詳しくは、予測符号化・自由エネルギー原理を参照のこと。


 なお、本項目では神経符号化を刺激が神経活動に変換される過程としたが、広義にはこの過程には神経活動生成の基盤となるメカニズムの構築、すなわち刺激によるシナプス結合等の脳の構造の変化(学習・記憶)を含む。この場合、符号器として<math>p(\mathbf{x},\mathbf{w}|\mathbf{y})</math>が使用され、生成モデルによるアプローチでは脳の構造も事後分布からのサンプリングとして形成されると考える。
 なお、本項目では神経符号化を刺激が神経活動に変換される過程としたが、広義にはこの過程には神経活動生成の基盤となるメカニズムの構築、すなわち刺激によるシナプス結合等の脳の構造の変化(学習・記憶)を含む。この場合、符号器として<math>p(\mathbf{x},\mathbf{w}|\mathbf{y})</math>が使用され、生成モデルによるアプローチでは脳の構造も事後分布からのサンプリングとして形成されると考える。