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一般的に観察される鏡像運動の一つは幼少期の子供の運動である。幼少期の鏡像運動は成長とともに減少し、10歳前後までに消失する<ref name=ref1><pubmed>10319880</pubmed></ref> | 一般的に観察される鏡像運動の一つは幼少期の子供の運動である。幼少期の鏡像運動は成長とともに減少し、10歳前後までに消失する<ref name=ref1><pubmed>10319880</pubmed></ref>。 | ||
成人で鏡像運動が観察される場合は主に神経学的疾患に付随して観察される。鏡像運動が出現する神経疾患の一例として、先天性の神経疾患である[[クリッペル・ファイル症候群]]<ref name=ref2><pubmed>2231422</pubmed></ref>、[[X連鎖性カルマン症候群]]<ref name=ref3><pubmed>9236631</pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed>9236632</pubmed></ref>、[[先天性片麻痺]]<ref name=ref5><pubmed>4010948</pubmed></ref>で鏡像運動の出現が報告されている。また、成人後に観察される[[パーキンソン病]]<ref name=ref6><pubmed>16170075</pubmed></ref>、或いは[[脳梗塞]]後の[[片麻痺]]<ref name=ref7><pubmed>12876467</pubmed></ref><ref name=ref8><pubmed>9626292</pubmed></ref>でも観察される。さらに、精神疾患である[[統合失調症]]<ref name=ref9><pubmed>17224095</pubmed></ref><ref name=ref10><pubmed>15006436</pubmed></ref>、或いは[[注意欠陥・多動性障害]]でも報告がある<ref name=ref11><pubmed>21321336</pubmed></ref>。 | |||
一方で、特定の運動課題では健常成人であっても鏡像運動が観察される場合がある。例えば疲労を伴う運動課題、あるいは高い努力度合いを必要とする運動を行う場合で鏡像運動が観察される<ref name=ref12><pubmed>12070747</pubmed></ref>。また、片手で不慣れで複雑な運動課題を行う際にも反対側の手に随意運動と鏡像的な筋活動が観察される場合がある<ref name=ref1 />。 | |||
== 鏡像運動に関わる神経メカニズム == | == 鏡像運動に関わる神経メカニズム == | ||
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[[Image:Shusakusasada fig..jpg|thumb|300px|'''図.鏡像運動の出現に関わる神経メカニズムの4つの仮説'''<br>a:非交差性の皮質遠心性線維。b:皮質-脊髄ニューロンの両側性投射。c:両側の一次運動野活動。d:上位運動中枢から両側一次運動野への共通入力。何れの場合も、左肢の随意運動により右肢で鏡像運動が生じる場合の神経メカニズムを示す。鏡像運動の出現に貢献する神経経路を赤線で示した。]] | [[Image:Shusakusasada fig..jpg|thumb|300px|'''図.鏡像運動の出現に関わる神経メカニズムの4つの仮説'''<br>a:非交差性の皮質遠心性線維。b:皮質-脊髄ニューロンの両側性投射。c:両側の一次運動野活動。d:上位運動中枢から両側一次運動野への共通入力。何れの場合も、左肢の随意運動により右肢で鏡像運動が生じる場合の神経メカニズムを示す。鏡像運動の出現に貢献する神経経路を赤線で示した。]] | ||
#非交差性の皮質遠心性線維<br> 随意的な片側肢の運動を行う場合、随意的な運動出力を伝達する交差性の[[皮質-脊髄経路]]と同様の[[シナプス]]入力を受ける非交差性の皮質-脊髄経路が鏡像運動の出現に関与する。従って、鏡像運動側と同側半球の[[一次運動野]]が鏡像運動の発現に関与すると仮定する(図a)。 <br> | |||
#皮質-脊髄ニューロンの両側性投射<br> 随意的な片側肢の運動に関わる一次運動野からの出力が両側性に分枝した皮質-脊髄経路により仲介され、両側の同名筋運動ニューロンプールに投射することで、鏡像運動を生じさせる。この仮説もまた、鏡像運動と同側の運動関連皮質活動が鏡像運動の発現に関与すると仮定する(図b)。 <br> | |||
#両側の一次運動野活動<br> この仮説は両側半球の運動関連皮質活動が関与すると仮定する。片側肢の随意的な運動に関連した一次運動野の活動が[[脳梁]]を介して反対側の一次運動野へ伝達され、その場所の交差性皮質-脊髄ニューロンを活動させることにより鏡像運動の誘発を導く。この半球間経路は対側皮質の抑制性の減弱又は興奮性増大のどちらの可能性も示されている(図c)。 | |||
#上位運動中枢から両側一次運動野への共通入力<br> 第4の可能性は、片側肢の随意運動を行う際に、一次運動野よりも高次の運動中枢において脳梁を介した相互作用があり、高次運動中枢から両側の一次運動野へ共通した入力が同時に送られ、両側の一次運動野を活動させ鏡像運動の出現に至る(図d)。 | |||
随意的な片側肢の運動に関わる一次運動野からの出力が両側性に分枝した皮質-脊髄経路により仲介され、両側の同名筋運動ニューロンプールに投射することで、鏡像運動を生じさせる。この仮説もまた、鏡像運動と同側の運動関連皮質活動が鏡像運動の発現に関与すると仮定する(図b)。 | |||
第4の可能性は、片側肢の随意運動を行う際に、一次運動野よりも高次の運動中枢において脳梁を介した相互作用があり、高次運動中枢から両側の一次運動野へ共通した入力が同時に送られ、両側の一次運動野を活動させ鏡像運動の出現に至る(図d)。 | |||
クリッペル・ファイル症候群<ref name=ref2 />、 X連鎖性カルマン症候群<ref name=ref3 /><ref name=ref4 />は、仮説の1, 2を支持する結果が報告されており、脳梗塞後<ref name=ref7 /><ref name=ref8 />又は幼少期<ref name=ref1 />に生じる鏡像運動は仮説の3, 4の可能性が支持されている。しかしながら、このように鏡像運動は複数の神経メカニズムが存在しする。従って、特定の状況下で生じる鏡像運動において複数の神経メカニズムが関与する可能性も否定できない。 | クリッペル・ファイル症候群<ref name=ref2 />、 X連鎖性カルマン症候群<ref name=ref3 /><ref name=ref4 />は、仮説の1, 2を支持する結果が報告されており、脳梗塞後<ref name=ref7 /><ref name=ref8 />又は幼少期<ref name=ref1 />に生じる鏡像運動は仮説の3, 4の可能性が支持されている。しかしながら、このように鏡像運動は複数の神経メカニズムが存在しする。従って、特定の状況下で生じる鏡像運動において複数の神経メカニズムが関与する可能性も否定できない。 | ||
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== 鏡像運動の急性動物モデルとその神経メカニズム == | == 鏡像運動の急性動物モデルとその神経メカニズム == | ||
近年、[[マカクサル]]を用いた鏡像運動の急性動物モデルが確立され、一次運動野の機能失調が鏡像運動の出現に貢献する事が示されている<ref><pubmed>20846329</pubmed></ref>。 | |||
この動物モデルでは、左手指にて把持運動を行う運動課題において、右一次運動野に[[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]]のアゴニストである[[ムシモル]]を微量注入 (0.5-3μl) し、一時的に機能失調を生じさせることで、注入側と同側の右手指の鏡像運動を出現させることに成功した。これに加えて左の一次運動野へムシモルを注入したところ,この右手の鏡像運動が消失した。この動物モデルにおいて一次運動野の機能失調後に出現する鏡像運動の生成には鏡像運動肢と反対側一次運動野の関与が示された。つまりこの実験状況下では上述した仮説の3又は4を強く支持する結果である。この研究の実験手法はヒトの脳梗塞と障害部位や障害からの時間経過が異なるという問題点を持つが、脳損傷後の急性期に生じる鏡像運動の神経メカニズムを限局する上で重要な報告であった。このような動物モデルを含めた多方面からの研究により、種々の神経疾患における鏡像運動の神経メカニズムの解明が期待されている。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |
2013年1月15日 (火) 17:16時点における版
英語名:Mirror movement
鏡像運動とは、片側の随意的な肢運動に付随して反対側の肢に生じる不随意な運動である。この運動は両側間において左右対称の運動パターンを示し、その運動パターンが時間的にも一致するという特徴を持つ。
鏡像運動の出現
一般的に観察される鏡像運動の一つは幼少期の子供の運動である。幼少期の鏡像運動は成長とともに減少し、10歳前後までに消失する[1]。
成人で鏡像運動が観察される場合は主に神経学的疾患に付随して観察される。鏡像運動が出現する神経疾患の一例として、先天性の神経疾患であるクリッペル・ファイル症候群[2]、X連鎖性カルマン症候群[3][4]、先天性片麻痺[5]で鏡像運動の出現が報告されている。また、成人後に観察されるパーキンソン病[6]、或いは脳梗塞後の片麻痺[7][8]でも観察される。さらに、精神疾患である統合失調症[9][10]、或いは注意欠陥・多動性障害でも報告がある[11]。
一方で、特定の運動課題では健常成人であっても鏡像運動が観察される場合がある。例えば疲労を伴う運動課題、あるいは高い努力度合いを必要とする運動を行う場合で鏡像運動が観察される[12]。また、片手で不慣れで複雑な運動課題を行う際にも反対側の手に随意運動と鏡像的な筋活動が観察される場合がある[1]。
鏡像運動に関わる神経メカニズム
鏡像運動が出現する条件は発育発達過程、神経学的疾患そして運動課題に依存して出現する等、その背景は多岐に渡っている。従って、その神経メカニズムについて複数の仮説が提案されている。近年Carson [13]によってまとめられた鏡像運動に関わる神経メカニズムの仮説を以下に示す。
- 非交差性の皮質遠心性線維
随意的な片側肢の運動を行う場合、随意的な運動出力を伝達する交差性の皮質-脊髄経路と同様のシナプス入力を受ける非交差性の皮質-脊髄経路が鏡像運動の出現に関与する。従って、鏡像運動側と同側半球の一次運動野が鏡像運動の発現に関与すると仮定する(図a)。 - 皮質-脊髄ニューロンの両側性投射
随意的な片側肢の運動に関わる一次運動野からの出力が両側性に分枝した皮質-脊髄経路により仲介され、両側の同名筋運動ニューロンプールに投射することで、鏡像運動を生じさせる。この仮説もまた、鏡像運動と同側の運動関連皮質活動が鏡像運動の発現に関与すると仮定する(図b)。 - 両側の一次運動野活動
この仮説は両側半球の運動関連皮質活動が関与すると仮定する。片側肢の随意的な運動に関連した一次運動野の活動が脳梁を介して反対側の一次運動野へ伝達され、その場所の交差性皮質-脊髄ニューロンを活動させることにより鏡像運動の誘発を導く。この半球間経路は対側皮質の抑制性の減弱又は興奮性増大のどちらの可能性も示されている(図c)。 - 上位運動中枢から両側一次運動野への共通入力
第4の可能性は、片側肢の随意運動を行う際に、一次運動野よりも高次の運動中枢において脳梁を介した相互作用があり、高次運動中枢から両側の一次運動野へ共通した入力が同時に送られ、両側の一次運動野を活動させ鏡像運動の出現に至る(図d)。
クリッペル・ファイル症候群[2]、 X連鎖性カルマン症候群[3][4]は、仮説の1, 2を支持する結果が報告されており、脳梗塞後[7][8]又は幼少期[1]に生じる鏡像運動は仮説の3, 4の可能性が支持されている。しかしながら、このように鏡像運動は複数の神経メカニズムが存在しする。従って、特定の状況下で生じる鏡像運動において複数の神経メカニズムが関与する可能性も否定できない。
鏡像運動の急性動物モデルとその神経メカニズム
近年、マカクサルを用いた鏡像運動の急性動物モデルが確立され、一次運動野の機能失調が鏡像運動の出現に貢献する事が示されている[14]。
この動物モデルでは、左手指にて把持運動を行う運動課題において、右一次運動野にGABAA受容体のアゴニストであるムシモルを微量注入 (0.5-3μl) し、一時的に機能失調を生じさせることで、注入側と同側の右手指の鏡像運動を出現させることに成功した。これに加えて左の一次運動野へムシモルを注入したところ,この右手の鏡像運動が消失した。この動物モデルにおいて一次運動野の機能失調後に出現する鏡像運動の生成には鏡像運動肢と反対側一次運動野の関与が示された。つまりこの実験状況下では上述した仮説の3又は4を強く支持する結果である。この研究の実験手法はヒトの脳梗塞と障害部位や障害からの時間経過が異なるという問題点を持つが、脳損傷後の急性期に生じる鏡像運動の神経メカニズムを限局する上で重要な報告であった。このような動物モデルを含めた多方面からの研究により、種々の神経疾患における鏡像運動の神経メカニズムの解明が期待されている。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2
Mayston, M.J., Harrison, L.M., & Stephens, J.A. (1999).
A neurophysiological study of mirror movements in adults and children. Annals of neurology, 45(5), 583-94. [PubMed:10319880] [WorldCat] - ↑ 2.0 2.1
Farmer, S.F., Ingram, D.A., & Stephens, J.A. (1990).
Mirror movements studied in a patient with Klippel-Feil syndrome. The Journal of physiology, 428, 467-84. [PubMed:2231422] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1
Mayston, M.J., Harrison, L.M., Quinton, R., Stephens, J.A., Krams, M., & Bouloux, P.M. (1997).
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Krams, M., Quinton, R., Mayston, M.J., Harrison, L.M., Dolan, R.J., Bouloux, P.M., ..., & Passingham, R.E. (1997).
Mirror movements in X-linked Kallmann's syndrome. II. A PET study. Brain : a journal of neurology, 120 ( Pt 7), 1217-28. [PubMed:9236632] [WorldCat] [DOI] - ↑
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Kim, Y.H., Jang, S.H., Chang, Y., Byun, W.M., Son, S., & Ahn, S.H. (2003).
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Tsuboi, F., Nishimura, Y., Yoshino-Saito, K., & Isa, T. (2010).
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(執筆者:笹田周作 担当編集委員:伊佐正)