「精神疾患」の版間の差分
Toshiyukisomeya (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
Toshiyukisomeya (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
||
3行目: | 3行目: | ||
</p><p>目次 | </p><p>目次 | ||
</p><p>1 精神疾患の診断・分類の妥当性 | </p><p>1 精神疾患の診断・分類の妥当性 | ||
2 精神疾患の診断・分類の信頼性 | <p>2 精神疾患の診断・分類の信頼性 | ||
3 診断カテゴリーと疾患単位 | 3 診断カテゴリーと疾患単位 | ||
4 参考文献 | 4 参考文献 | ||
</p> | |||
</p><p>精神疾患の診断・分類の妥当性 | </p><p>精神疾患の診断・分類の妥当性 | ||
従来、精神疾患は外因性、心因性、内因性に分類されることが多かった。外因性精神疾患とは、脳への直接的・生理的影響から発症する場合、心因性精神疾患とは、性格や環境からのストレスなど心理的影響から発症する場合、内因性精神疾患とは、外因性でも内因性でもない、今のところ原因不明であるが、おそらく遺伝的素因を背景として発症する場合をさした。簡素で分かりやすい分類法であるが、外因・心因・内因といった分け方の妥当性に、疑問を投げかける研究成果が蓄積していった。たとえば、神経症として心因性とされたパニック障害や強迫性障害は、遺伝性や脳の機能や構造の偏移が明らかにされると、もっぱら心因性とは言い難く、内因性との区別もあいまいである。 | <p>従来、精神疾患は外因性、心因性、内因性に分類されることが多かった。外因性精神疾患とは、脳への直接的・生理的影響から発症する場合、心因性精神疾患とは、性格や環境からのストレスなど心理的影響から発症する場合、内因性精神疾患とは、外因性でも内因性でもない、今のところ原因不明であるが、おそらく遺伝的素因を背景として発症する場合をさした。簡素で分かりやすい分類法であるが、外因・心因・内因といった分け方の妥当性に、疑問を投げかける研究成果が蓄積していった。たとえば、神経症として心因性とされたパニック障害や強迫性障害は、遺伝性や脳の機能や構造の偏移が明らかにされると、もっぱら心因性とは言い難く、内因性との区別もあいまいである。 | ||
</p> | |||
</p><p>精神疾患の診断・分類の信頼性[1] | </p><p>精神疾患の診断・分類の信頼性[1] | ||
操作的診断という新しい診断法が普及したのは、従来の診断法には信頼性について問題があったからである。1970年前後に行われたアメリカ—イギリス診断研究の結果が契機となり、精神疾患の診断・分類法を見直す機運が高まったと言われている。以前からアメリカとイギリスで入院患者統計に大きな差があり、アメリカでは精神分裂病(現在の統合失調症に相当)が多く、イギリスでは躁うつ病(現在の双極性障害に相当)が多かった。2国間で真に有病率が異なるのか、医師の診断に偏りがあるのか調査したところ、結果は後者であった。その後の国際的な多国間調査でも、この結果は支持され、1970年以降の精神科診断学にとって、診断の信頼性を向上させることは重要な課題であった。現在、ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン(世界保健機関)[2]、あるいはDSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(米国精神医学会)[3]には、100を優に越える診断カテゴリーが用意されている。後者において、精神疾患は16のカテゴリー、すなわち「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」、「せん妄、認知症、健忘障害、および他の認知障害」、「一般身体疾患による精神疾患」、「物質関連障害」、「統合失調症および他の精神病性障害」、「気分障害」、「不安障害」、「身体表現性障害」、「虚偽性障害」、「解離性障害」、「性障害および性同一性障害」、「摂食障害」、「睡眠障害」、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」、「適応障害」、「パーソナリティ障害」に大別されている。 | <p>操作的診断という新しい診断法が普及したのは、従来の診断法には信頼性について問題があったからである。1970年前後に行われたアメリカ—イギリス診断研究の結果が契機となり、精神疾患の診断・分類法を見直す機運が高まったと言われている。以前からアメリカとイギリスで入院患者統計に大きな差があり、アメリカでは精神分裂病(現在の統合失調症に相当)が多く、イギリスでは躁うつ病(現在の双極性障害に相当)が多かった。2国間で真に有病率が異なるのか、医師の診断に偏りがあるのか調査したところ、結果は後者であった。その後の国際的な多国間調査でも、この結果は支持され、1970年以降の精神科診断学にとって、診断の信頼性を向上させることは重要な課題であった。現在、ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン(世界保健機関)[2]、あるいはDSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(米国精神医学会)[3]には、100を優に越える診断カテゴリーが用意されている。後者において、精神疾患は16のカテゴリー、すなわち「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」、「せん妄、認知症、健忘障害、および他の認知障害」、「一般身体疾患による精神疾患」、「物質関連障害」、「統合失調症および他の精神病性障害」、「気分障害」、「不安障害」、「身体表現性障害」、「虚偽性障害」、「解離性障害」、「性障害および性同一性障害」、「摂食障害」、「睡眠障害」、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」、「適応障害」、「パーソナリティ障害」に大別されている。 | ||
</p> | |||
</p><p>診断カテゴリーと疾患単位[4] | </p><p>診断カテゴリーと疾患単位[4] | ||
なお、ここで共通して用いられる「障害」という用語は、disorderの日本語訳である。DSM 体系ではdisorderを、確かな原因や病態が不明で、主要な症状やその歴史、時に検査所見などで包括される症状群的な特徴を有するカテゴリーとして、疾患単位とは区別している。たとえばDSM‐IV‐TRには、臨床症状と経過に重点をおいた「大うつ病性障害」の診断のための基準が明記されているが、「大うつ病性障害」に、一定の原因と症状、一貫した経過と治療への反応性を強く期待することは、現時点では難しい。まして、この診断を受けた人に共通する少数の疾患遺伝子や、特異的な脳の構造的機能的異常や環境要因を保証するものではない。近くICD‐10は第11版に、DSM‐IV‐TRは第5版に改訂される。最新の研究成果を取り入れて、信頼性と妥当性の乏しい診断カテゴリーが淘汰され、新しいものにとって代わることは、たいへん望ましいことである。 | <p>なお、ここで共通して用いられる「障害」という用語は、disorderの日本語訳である。DSM 体系ではdisorderを、確かな原因や病態が不明で、主要な症状やその歴史、時に検査所見などで包括される症状群的な特徴を有するカテゴリーとして、疾患単位とは区別している。たとえばDSM‐IV‐TRには、臨床症状と経過に重点をおいた「大うつ病性障害」の診断のための基準が明記されているが、「大うつ病性障害」に、一定の原因と症状、一貫した経過と治療への反応性を強く期待することは、現時点では難しい。まして、この診断を受けた人に共通する少数の疾患遺伝子や、特異的な脳の構造的機能的異常や環境要因を保証するものではない。近くICD‐10は第11版に、DSM‐IV‐TRは第5版に改訂される。最新の研究成果を取り入れて、信頼性と妥当性の乏しい診断カテゴリーが淘汰され、新しいものにとって代わることは、たいへん望ましいことである。 | ||
</p> | |||
</p><p>関連語(関連性の強い脳科学辞典で挙げられた単語を御記述下さい) | </p><p>関連語(関連性の強い脳科学辞典で挙げられた単語を御記述下さい) | ||
操作的診断基準 | <p>操作的診断基準 | ||
発達障害 | 発達障害 | ||
知的障害 | 知的障害 | ||
28行目: | 32行目: | ||
ナルコレプシー | ナルコレプシー | ||
適応障害 | 適応障害 | ||
</p> | |||
</p><p>参考文献 | </p><p>参考文献 | ||
</p><p>1. Carol S North, Sean H Yutzy | </p><p>1. Carol S North, Sean H Yutzy | ||
Goodwin and Guze's Psychiatric Diagnosis Oxford University Press: 2010 | <p>Goodwin and Guze's Psychiatric Diagnosis Oxford University Press: 2010 | ||
</p> | |||
</p><p>2. 世界保健機関 | </p><p>2. 世界保健機関 | ||
ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン 医学書院: 2005 | <p>ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン 医学書院: 2005 | ||
</p> | |||
</p><p>3. 米国精神医学会 | </p><p>3. 米国精神医学会 | ||
DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院: 2003 | <p>DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院: 2003 | ||
</p> | |||
</p><p>4. Michael G Gelder, Nancy C Andreasen, Juan J Jr. Lopez-Ibor, John R Geddes | </p><p>4. Michael G Gelder, Nancy C Andreasen, Juan J Jr. Lopez-Ibor, John R Geddes | ||
New Oxford Textbook of Psychiatry Oxford University Press: 2012 | <p>New Oxford Textbook of Psychiatry Oxford University Press: 2012 | ||
</p> | |||
</p><p>(執筆者:北村秀明、染矢俊幸 担当編集者:加藤忠史) | </p><p>(執筆者:北村秀明、染矢俊幸 担当編集者:加藤忠史) | ||
</p> | </p> |
2013年3月17日 (日) 09:21時点における版
英語名:mental illness, mental disorder 独語:Geistesstörung 仏語:trouble du mental
精神疾患とは、平均や価値の基準から偏った精神状態のために、著しい苦痛や機能障害をもたらし得る多様な症状群を包括する上位概念である。病院などで診断される精神疾患という意味で、精神疾患は人に固有の問題であるが、それはたとえば青年期に発症する代表的な精神疾患である統合失調症を、主に幻覚や妄想といった主観的体験にもとづいて診断するので、人と同じ言語を持たない動物を統合失調症と診断することは原理上できないからである。一方、精神疾患にも分類されるナルコレプシーという睡眠障害は、突然の睡眠発作や筋肉の脱力を起こすが、ある遺伝子の変異を持つ犬において、それと瓜二つの症状が観察されるように、精神疾患の背景にある中枢神経系の分子メカニズム・基本病態については、動物にも共通する変異が将来発見されるかもしれない。
目次
1 精神疾患の診断・分類の妥当性
2 精神疾患の診断・分類の信頼性 3 診断カテゴリーと疾患単位 4 参考文献
精神疾患の診断・分類の妥当性
従来、精神疾患は外因性、心因性、内因性に分類されることが多かった。外因性精神疾患とは、脳への直接的・生理的影響から発症する場合、心因性精神疾患とは、性格や環境からのストレスなど心理的影響から発症する場合、内因性精神疾患とは、外因性でも内因性でもない、今のところ原因不明であるが、おそらく遺伝的素因を背景として発症する場合をさした。簡素で分かりやすい分類法であるが、外因・心因・内因といった分け方の妥当性に、疑問を投げかける研究成果が蓄積していった。たとえば、神経症として心因性とされたパニック障害や強迫性障害は、遺伝性や脳の機能や構造の偏移が明らかにされると、もっぱら心因性とは言い難く、内因性との区別もあいまいである。
精神疾患の診断・分類の信頼性[1]
操作的診断という新しい診断法が普及したのは、従来の診断法には信頼性について問題があったからである。1970年前後に行われたアメリカ—イギリス診断研究の結果が契機となり、精神疾患の診断・分類法を見直す機運が高まったと言われている。以前からアメリカとイギリスで入院患者統計に大きな差があり、アメリカでは精神分裂病(現在の統合失調症に相当)が多く、イギリスでは躁うつ病(現在の双極性障害に相当)が多かった。2国間で真に有病率が異なるのか、医師の診断に偏りがあるのか調査したところ、結果は後者であった。その後の国際的な多国間調査でも、この結果は支持され、1970年以降の精神科診断学にとって、診断の信頼性を向上させることは重要な課題であった。現在、ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン(世界保健機関)[2]、あるいはDSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(米国精神医学会)[3]には、100を優に越える診断カテゴリーが用意されている。後者において、精神疾患は16のカテゴリー、すなわち「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」、「せん妄、認知症、健忘障害、および他の認知障害」、「一般身体疾患による精神疾患」、「物質関連障害」、「統合失調症および他の精神病性障害」、「気分障害」、「不安障害」、「身体表現性障害」、「虚偽性障害」、「解離性障害」、「性障害および性同一性障害」、「摂食障害」、「睡眠障害」、「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」、「適応障害」、「パーソナリティ障害」に大別されている。
診断カテゴリーと疾患単位[4]
なお、ここで共通して用いられる「障害」という用語は、disorderの日本語訳である。DSM 体系ではdisorderを、確かな原因や病態が不明で、主要な症状やその歴史、時に検査所見などで包括される症状群的な特徴を有するカテゴリーとして、疾患単位とは区別している。たとえばDSM‐IV‐TRには、臨床症状と経過に重点をおいた「大うつ病性障害」の診断のための基準が明記されているが、「大うつ病性障害」に、一定の原因と症状、一貫した経過と治療への反応性を強く期待することは、現時点では難しい。まして、この診断を受けた人に共通する少数の疾患遺伝子や、特異的な脳の構造的機能的異常や環境要因を保証するものではない。近くICD‐10は第11版に、DSM‐IV‐TRは第5版に改訂される。最新の研究成果を取り入れて、信頼性と妥当性の乏しい診断カテゴリーが淘汰され、新しいものにとって代わることは、たいへん望ましいことである。
関連語(関連性の強い脳科学辞典で挙げられた単語を御記述下さい)
操作的診断基準 発達障害 知的障害 自閉性障害 アスペルガー障害 トゥレット障害 せん妄 依存症 不安障害 パニック障害 外傷後ストレス障害 摂食障害 睡眠障害 ナルコレプシー 適応障害
参考文献
1. Carol S North, Sean H Yutzy
Goodwin and Guze's Psychiatric Diagnosis Oxford University Press: 2010
2. 世界保健機関
ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン 医学書院: 2005
3. 米国精神医学会
DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院: 2003
4. Michael G Gelder, Nancy C Andreasen, Juan J Jr. Lopez-Ibor, John R Geddes
New Oxford Textbook of Psychiatry Oxford University Press: 2012
(執筆者:北村秀明、染矢俊幸 担当編集者:加藤忠史)