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「精神病psychosis」は、[[妄想]]、[[幻覚]]、滅裂な会話、著しい興奮と過活動、無目的でまとまりのない行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。歴史的には、精神病症状を呈する疾患を精神病と呼んできたが、スティグマを伴う疾患名であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。<br> | 「精神病psychosis」は、[[妄想]]、[[幻覚]]、滅裂な会話、著しい興奮と過活動、無目的でまとまりのない行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。歴史的には、精神病症状を呈する疾患を精神病と呼んできたが、スティグマを伴う疾患名であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。<br> 今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。精神病症状は、脳疾患、薬物中毒などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。 | ||
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気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)<ref name=ref11 />では、気分障害に伴う精神病症状は、[[妄想#妄想知覚|Schneiderの1級症状]]を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである<ref name=ref8>'''針間博彦、岡田直大'''<br>シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床<br>''新興医学出版社''、東京、p98-110,2013.</ref>。 | 気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)<ref name=ref11 />では、気分障害に伴う精神病症状は、[[妄想#妄想知覚|Schneiderの1級症状]]を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである<ref name=ref8>'''針間博彦、岡田直大'''<br>シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床<br>''新興医学出版社''、東京、p98-110,2013.</ref>。 | ||
また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と[[優格観念]](overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/ | また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と[[優格観念]](overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」と診断され、妄想性障害など精神病性障害の診断は与えられない。妄想を伴う強迫性障害の診断についても、同様の変更が行われている。 | ||
死別後や重度の[[ストレス]]状況下において、不安や恐怖などの[[情動]]に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、[[妄想反応]] (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K<ref name=ref9>'''Schneider K'''<br>Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber und G. Gross<br>''Thieme, Stuttgart, 2007''<br>針間博彦訳、クルト・シュナイダー 新版 臨床精神病理学<br>''文光堂''、東京、2007.</ref>によれば精神病ではなく[[異常体験反応]]である。この反応性の妄想状態は、DSM-5では「[[短期精神病性障害]]、明らかなストレス因子があるもの」、ICD-10では「[[急性一過性精神病性障害]]、関連する急性ストレスを伴うもの」と診断され、精神病性障害から除外されることはない。 | 死別後や重度の[[ストレス]]状況下において、不安や恐怖などの[[情動]]に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、[[妄想反応]] (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K<ref name=ref9>'''Schneider K'''<br>Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber und G. Gross<br>''Thieme, Stuttgart, 2007''<br>針間博彦訳、クルト・シュナイダー 新版 臨床精神病理学<br>''文光堂''、東京、2007.</ref>によれば精神病ではなく[[異常体験反応]]である。この反応性の妄想状態は、DSM-5では「[[短期精神病性障害]]、明らかなストレス因子があるもの」、ICD-10では「[[急性一過性精神病性障害]]、関連する急性ストレスを伴うもの」と診断され、精神病性障害から除外されることはない。 | ||
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かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed. <br>Washington DC Association, APA, 1968.</ref>では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、[[DSM-III]](1980年)<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>Washington DC, APA, 1980. </ref>とDSM-III-R(1987年)<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <br>Washington DC, APA, 1987</ref>への改訂を経て、「精神病」と言う語は用いられなくなった。「精神病性psyhchotic」という語も、従来の「精神病psychosis」の定義と同一ではなく、「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。<br> この背景として、精神障害の診断基準においては、本質的で重大な問題を生じうる疾患diseaseや疾病illnessなどと言った用語が避けられるようになったことが挙げられる。代わりに、決して正確な用語ではないが、機能上の苦痛や阻害に伴い、臨床的に認知可能な一連の症状や行動が存在しているという意味の「障害disorder」が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語もまた、こうした趨勢の中で作成されたものである。<br> DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして[[妄想]]、[[幻覚]]、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。[[DSM-IV-TR]](2000年)<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision<br>Washington DC, APA, 2000.</ref>においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および[[緊張病性行動]]を示す記述用語として用いられた。[[DSM-5]](2013年)<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. <br>Washington DC, APA, 2013. </ref>では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である(新たな意味でのpsychosisの復活)。参考までに、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷を表の通りに示す。<br> [[ICD-10]]<ref name=ref10 />の中でも、精神病性は「精神力動的機序に関する推測を含まない、便利な記述用語」として用いられ、「幻覚、妄想、および著しい興奮と過活動、著しい精神運動制止、緊張病性行動などいくつかの重度の行動異常」の存在を示す。 | |||
DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]]、せん妄、[[器質性精神病性障害]]、F1群のうち[[精神作用物質]]使用による急性[[中毒]]、せん妄を伴う[[離脱状態]]、精神病性障害、[[残遺性及び遅発性精神病性障害]]、F2群のうち[[統合失調症]]、[[妄想性障害]]、[[急性一過性精神病性障害]]、[[感応精神病]]、[[統合失調感情障害]]、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害([[うつ病]]、[[躁病]]あるいは[[混合性エピソード)]]である。 | DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]]、せん妄、[[器質性精神病性障害]]、F1群のうち[[精神作用物質]]使用による急性[[中毒]]、せん妄を伴う[[離脱状態]]、精神病性障害、[[残遺性及び遅発性精神病性障害]]、F2群のうち[[統合失調症]]、[[妄想性障害]]、[[急性一過性精神病性障害]]、[[感応精神病]]、[[統合失調感情障害]]、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害([[うつ病]]、[[躁病]]あるいは[[混合性エピソード)]]である。 | ||
一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/ | 一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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2014年3月18日 (火) 00:08時点における版
福島 貴子、針間 博彦
東京都立松沢病院精神科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年12月10日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:psychotic disorder
同義語:精神病 (psychosis)
精神病症状 (psychotic symptom) とは、幻覚、妄想、滅裂な会話、著しい興奮と過活動、無目的でまとまりのない行動など、現実検討を著しく障害する症状を示し、こうした症状を呈する疾患は、以前は「精神病」と呼ばれていた。以前用いられた「精神病」にほぼ相当する現在の用語が、「精神病性障害 (psychotic disorder) 」である。現在、精神病という用語を単独で病名として用いることはほとんどなくなっているが、記述用語として「精神病性 (psychotic) 」あるいは「精神病症状」という用語が使用されている。精神病性障害は、その成因によって、身体疾患によるもの、精神作用物質の使用によるもの、身体的基盤が明らかでないもの(統合失調症など)に大別される。なお、精神病性障害以外の一部の障害(双極性障害、うつ病など)も、精神病症状を伴いうる。
「精神病」とは
「精神病psychosis」は、妄想、幻覚、滅裂な会話、著しい興奮と過活動、無目的でまとまりのない行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。歴史的には、精神病症状を呈する疾患を精神病と呼んできたが、スティグマを伴う疾患名であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。
今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。精神病症状は、脳疾患、薬物中毒などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。
精神病性障害の諸種
身体疾患に関連する精神病性障害
脳疾患や他の医学的病態によって精神病症状が出現することがある。頭部外傷、脳血管障害、脳腫瘍、脳炎、多発性硬化症など、原因が中枢神経の直接の障害による場合は器質性精神病性障害と呼ばれ、中枢神経以外の全身性疾患に関連して精神病症状が出現する場合は症状性精神病性障害と呼ばれる。これらは米国精神医学会(APA)による『精神障害の診断と統計の手引き』 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) の第五版(DSM-5)では「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「他の医学的疾患による精神病性障害」に、世界保健機関(WHO)による『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』の第10版(ICD-10)[1]では「F0 症状性を含む器質性精神障害」のうち「脳損傷、脳機能不全および身体疾患による他の精神障害(F06.x)」に分類される。
精神作用物質の使用による精神病性障害
これは旧来、中毒性精神病と呼ばれたものであり、原因薬剤によってアルコール精神病、覚せい剤精神病などと呼ばれることもある。これはDSM-IV-TRでは、「物質関連障害」群のうち「物質誘発性精神病性障害」に分類されたが、DSM-5では、「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「物質・医薬品誘発性精神病性障害」に分類される。ICD-10では、「F1 精神作用物質使用による精神及び行動の障害」のうち「F1x.5精神作用物質使用による精神病性障害」あるいは「精神作用物質使用による遅発性精神病性障害(F1x.75)」に分類される[2]。
精神病性障害を生じうる精神作用物質にはアルコール、オピオイド、大麻類、幻覚薬、吸入剤、精神刺激薬(コカイン、アンフェタミン型物質など)などがあり、医薬品には鎮静剤、睡眠薬、抗不安薬、抗てんかん薬、ステロイド、インターフェロン、ケタミンなどがある。
身体的基盤が明らかでない精神病性障害
精神病症状が精神作用物質の使用によるものではなく、また原因となりうる身体疾患も認められない場合、ここに分類される。旧来、内因性精神病とされたものの一部である。これは症状とその持続期間に応じて、DSM-5では「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち妄想性障害、短期精神病性障害、統合失調症、統合失調感情障害、ICD-10ではF2群「統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害」のうち統合失調症(F20.x)、持続性妄想性障害(F22.x)、急性一過性精神病性障害(F23.x)、感応性妄想性障害(F24)、統合失調感情障害(F25.x)に分類される。
精神病症状があっても精神病性障害に含まれないもの
上記の精神病性障害以外の病態でも、たとえば気分障害、強迫性障害、解離性障害、PTSD、身体醜形障害、パーソナリティ障害(統合失調型、境界性、妄想性など)、精神遅滞、広汎性発達障害などにおいて、精神病症状が出現することがある[3]。
気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)[2]では、気分障害に伴う精神病症状は、Schneiderの1級症状を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである[4]。
また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と優格観念(overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」と診断され、妄想性障害など精神病性障害の診断は与えられない。妄想を伴う強迫性障害の診断についても、同様の変更が行われている。
死別後や重度のストレス状況下において、不安や恐怖などの情動に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、妄想反応 (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K[5]によれば精神病ではなく異常体験反応である。この反応性の妄想状態は、DSM-5では「短期精神病性障害、明らかなストレス因子があるもの」、ICD-10では「急性一過性精神病性障害、関連する急性ストレスを伴うもの」と診断され、精神病性障害から除外されることはない。
精神病性障害の診断基準
かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)[6]では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、DSM-III(1980年)[7]とDSM-III-R(1987年)[8]への改訂を経て、「精神病」と言う語は用いられなくなった。「精神病性psyhchotic」という語も、従来の「精神病psychosis」の定義と同一ではなく、「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。
この背景として、精神障害の診断基準においては、本質的で重大な問題を生じうる疾患diseaseや疾病illnessなどと言った用語が避けられるようになったことが挙げられる。代わりに、決して正確な用語ではないが、機能上の苦痛や阻害に伴い、臨床的に認知可能な一連の症状や行動が存在しているという意味の「障害disorder」が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語もまた、こうした趨勢の中で作成されたものである。
DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして妄想、幻覚、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。DSM-IV-TR(2000年)[9]においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および緊張病性行動を示す記述用語として用いられた。DSM-5(2013年)[10]では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である(新たな意味でのpsychosisの復活)。参考までに、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷を表の通りに示す。
ICD-10[1]の中でも、精神病性は「精神力動的機序に関する推測を含まない、便利な記述用語」として用いられ、「幻覚、妄想、および著しい興奮と過活動、著しい精神運動制止、緊張病性行動などいくつかの重度の行動異常」の存在を示す。
DSM-5では、せん妄と精神病症状を伴う気分障害などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち認知症、せん妄、器質性精神病性障害、F1群のうち精神作用物質使用による急性中毒、せん妄を伴う離脱状態、精神病性障害、残遺性及び遅発性精神病性障害、F2群のうち統合失調症、妄想性障害、急性一過性精神病性障害、感応精神病、統合失調感情障害、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害(うつ病、躁病あるいは混合性エピソード)である。
一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、強迫性障害、解離性障害、身体醜形障害、パーソナリティ障害、発達障害などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 World Health Organization
The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders;
Clinical descriptions and diagnostic guidelines. WHO, Geneva, 1992
(融道男,中根允文、小見山実ら訳
ICD-10精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版. 医学書院、東京、2005.) - ↑ 2.0 2.1 World Health Organization
The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders
Diagnostic criteria for research.
WHO, Geneva, 1993
(中根允文、岡崎祐士、藤原妙子ら訳
ICD-10精神および行動の障害—DCR研究用診断基準、新訂版
医学書院、東京、2008.) - ↑ 針間博彦
妄想性障害とその周辺—DSM-IVとDSM-5
臨床精神医学、42(1);p13-20,2013. - ↑ 針間博彦、岡田直大
シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床
新興医学出版社、東京、p98-110,2013. - ↑ Schneider K
Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber und G. Gross
Thieme, Stuttgart, 2007
針間博彦訳、クルト・シュナイダー 新版 臨床精神病理学
文光堂、東京、2007. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed.
Washington DC Association, APA, 1968. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed.
Washington DC, APA, 1980. - ↑ American Psychiatric Association
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Washington DC, APA, 1987 - ↑ American Psychiatric Association
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Washington DC, APA, 2000. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed.
Washington DC, APA, 2013.