「外国語学習」の版間の差分

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=== 第二言語習得理論 ===
=== 第二言語習得理論 ===
外国語運用能力の育成には、運用能力の基盤となる知識の形成と運用スキルの習熟を図ることが必要であり、言語処理の「自動化」(automatization)が外国運用能力の熟達化にとって重要な役割を果たすことは広く認識されてきている。しかし、その認知メカニズムは十分に明らかにされているとは言い難く、言語情報のインプットを、効率的に処理できる形式に変換し、インプットからアウトプットに到るプロセスにおいて、音韻、形態、統語、意味などの脳内処理がどの程度自動的・[[無意識]]的に行われているのか、そのプロセスを解明することが、外国語運用能力育成の鍵ともなる。なお,脳科学的視点からの第二言語習得研究についいては大石(2006)<ref>'''大石晴美'''<br>脳科学からの第二言語習得論:英語学習と教授法開発<br>''昭和堂'': 2006</ref>,外国語学習者の言語情報処理の自動化については横川・定藤・吉田編(2014)<ref>'''横川博一・定藤規弘・吉田晴世編'''<br>外国語運用能力はいかに熟達化するか:言語情報処理の自動化プロセスを探る<br>''松柏社'': 2014</ref>を参照されたい。
外国語運用能力の育成には、運用能力の基盤となる知識の形成と運用スキルの習熟を図ることが必要であり、言語処理の'''自動化'''(automatization)が外国運用能力の熟達化にとって重要な役割を果たすことは広く認識されてきている。しかし、その認知メカニズムは十分に明らかにされているとは言い難く、言語情報のインプットを、効率的に処理できる形式に変換し、インプットからアウトプットに到るプロセスにおいて、音韻、形態、統語、意味などの脳内処理がどの程度自動的・[[無意識]]的に行われているのか、そのプロセスを解明することが、外国語運用能力育成の鍵ともなる。なお,脳科学的視点からの第二言語習得研究についいては大石(2006)<ref>'''大石晴美'''<br>脳科学からの第二言語習得論:英語学習と教授法開発<br>''昭和堂'': 2006</ref>,外国語学習者の言語情報処理の自動化については横川・定藤・吉田編(2014)<ref>'''横川博一・定藤規弘・吉田晴世編'''<br>外国語運用能力はいかに熟達化するか:言語情報処理の自動化プロセスを探る<br>''松柏社'': 2014</ref>を参照されたい。


こうした外国語の教育や学習に関する科学的な研究は,Coder, P. (1967) “The significance of learners’ errors”「学習者の誤用の意義」を端緒に<ref>'''Coder, S. P.'''<br>The significance of learners' errors<br>''IRAL: International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 5, 161-170'': 1967</ref>,外国語学習者の心理的プロセスに焦点をあてる第二言語習得研究が始まったとされる。その後,学習者が目標言語を学習するにつれて変容していく「'''中間言語'''(interlanguage; Selinker, 1972)<ref>'''Selinker, L.'''<br>Interlanguage<br>''IRAL: International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 10, 209-231'': 1972</ref>のシステムを解明することが中心的課題である。主な第二言語習得の理論には次のようなものがある。
こうした外国語の教育や学習に関する科学的な研究は,Coder, P. (1967) “The significance of learners’ errors”(学習者の誤用の意義)を端緒に<ref>'''Coder, S. P.'''<br>The significance of learners' errors<br>''IRAL: International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 5, 161-170'': 1967</ref>,外国語学習者の心理的プロセスに焦点をあてる第二言語習得研究が始まったとされる。その後,学習者が目標言語を学習するにつれて変容していく'''中間言語'''(interlanguage; Selinker, 1972)<ref>'''Selinker, L.'''<br>Interlanguage<br>''IRAL: International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 10, 209-231'': 1972</ref>のシステムを解明することが中心的課題である。主な第二言語習得の理論には次のようなものがある。


* '''インプット仮説'''(the input hypothesis):Krashen<ref>'''Krashen, S. D.'''<br>Principles and practice in second language acquisition<br>''Oxford: Pergamon'': 1982</ref>によって提唱された理論で,言語習得は「理解可能なインプット」(comprehensible input)を理解することによって起こり,学習者の熟達度(i)よりも少し上のレベルのもの(i+1)が適切であるとされる。また,情意フィルター(affective filter),つまり不安度(anxiety)は低いほうがよく,文法知識の役割は小さいと考えている。この考え方では目標言語でインプットを与えることを重視しており,後に「ナチュラル・アプローチ」(the natural approach, Krashen (1983))へと発展した<ref>'''Krashen, S. D. & Terrell, T. D.'''<br>The natural approach: Language acquisition in the classroom.<br>''Oxford: Pergamon'': 1983</ref>,<ref>'''Krashen, S. D.'''<br>The input hypothesis: Issues and implications <br>''Oxford: Pergamon'': 1985</ref>。
* '''インプット仮説'''(the input hypothesis):Krashen<ref>'''Krashen, S. D.'''<br>Principles and practice in second language acquisition<br>''Oxford: Pergamon'': 1982</ref>によって提唱された理論で,言語習得は「理解可能なインプット」(comprehensible input)を理解することによって起こり,学習者の熟達度(i)よりも少し上のレベルのもの(i+1)が適切であるとされる。また,情意フィルター(affective filter),つまり不安度(anxiety)は低いほうがよく,文法知識の役割は小さいと考えている。この考え方では目標言語でインプットを与えることを重視しており,後に「ナチュラル・アプローチ」(the natural approach, Krashen (1983))へと発展した<ref>'''Krashen, S. D. & Terrell, T. D.'''<br>The natural approach: Language acquisition in the classroom.<br>''Oxford: Pergamon'': 1983</ref>,<ref>'''Krashen, S. D.'''<br>The input hypothesis: Issues and implications <br>''Oxford: Pergamon'': 1985</ref>。
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* '''インターラクション仮説'''(the interaction hypothesis):Krashenのインプット仮説ではアウトプットの役割は軽視されていたが,Longらによって提唱された理論では<ref>'''Long, M. H.'''<br>Input, interaction and second language acquisition. In H. Winitz (ed). Native language and foreign language acquisition and the negotiation of comprehensible input.<br>''Annuals of the New York Academy of Science, 379, 259-279'': 1981</ref>,学習者は他者と意味のあるやりとり(interaction)をすることによって,そのプロセスにおいて繰り返しや問い返し,言いかえなどが行われ,言語習得が促進されるとした。
* '''インターラクション仮説'''(the interaction hypothesis):Krashenのインプット仮説ではアウトプットの役割は軽視されていたが,Longらによって提唱された理論では<ref>'''Long, M. H.'''<br>Input, interaction and second language acquisition. In H. Winitz (ed). Native language and foreign language acquisition and the negotiation of comprehensible input.<br>''Annuals of the New York Academy of Science, 379, 259-279'': 1981</ref>,学習者は他者と意味のあるやりとり(interaction)をすることによって,そのプロセスにおいて繰り返しや問い返し,言いかえなどが行われ,言語習得が促進されるとした。


* '''アウトプット仮説'''(the output hypothesis):アウトプットの果たす役割を明確に打ち出したのが,Swainである<ref>'''Swain, M.'''<br>Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development<br>''In S. M. Gass & C. G. Madden (eds.). Input in second language acquisition, (pp.235-253) Rowley, MA: Newbury House'': 1985</ref>。話したり書いたりするためには文法的正確さや社会言語学的能力が必要であり。アウトプットによって自身の現在の能力と目標言語とのギャップに[['''気づき''']](noticing a gap),それが正確な言語習得につながると考えている。意味のやり取りを重視した伝達中心の言語学習の方法論は,外国語教授法のひとつである「コミュニカティブ・アプローチ」と共通する。
* '''アウトプット仮説'''(the output hypothesis):アウトプットの果たす役割を明確に打ち出したのが,Swainである<ref>'''Swain, M.'''<br>Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development<br>''In S. M. Gass & C. G. Madden (eds.). Input in second language acquisition, (pp.235-253) Rowley, MA: Newbury House'': 1985</ref>。話したり書いたりするためには文法的正確さや社会言語学的能力が必要であり。アウトプットによって自身の現在の能力と目標言語とのギャップに'''[[気づき]]'''(noticing a gap),それが正確な言語習得につながると考えている。意味のやり取りを重視した伝達中心の言語学習の方法論は,外国語教授法のひとつである'''コミュニカティブ・アプローチ'''と共通する。


=== 学習者要因 ===
=== 学習者要因 ===
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