「IPS細胞」の版間の差分

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== 遺伝子導入方法  ==
== 遺伝子導入方法  ==


 iPS細胞が樹立された当初は、遺伝子導入の手段としてレトロウイルスやレンチウイルスがベクターとして利用された。しかし、どちらのウイルスもゲノムDNAに組み込まれることから、挿入変異や近傍の遺伝子に及ぼす影響、導入遺伝子の活性化による腫瘍形成等の予期しない異常が生じる危険性を包含している。そこで、こうしたリスクを避けるとして、新たな遺伝子導入方法が考案されてきた。その一つに、iPS細胞樹立後の導入遺伝子の除去を可能とする方法として、トランスポゾンを利用したピギーバック(piggyBac)やCre-loxPシステムが開発された。一方、ゲノムに組み込まれないエピソーマルベクターとして、センダイウイルスやプラスミドDNAを用いる手法が挙げられる。さらに、ベクターを介することなく合成RNAや組換えタンパク質を直接導入する方法についても報告されている。
 iPS細胞が樹立された当初は、遺伝子導入の手段としてレトロウイルスやレンチウイルスがベクターとして利用された。しかし、どちらのウイルスもゲノムDNAに組み込まれることから、挿入変異や近傍の遺伝子に及ぼす影響、導入遺伝子の活性化による腫瘍形成等の予期しない異常が生じる危険性を包含している。そこで、こうしたリスクを避けるとして、新たな遺伝子導入方法が考案されてきた。その一つに、iPS細胞樹立後の導入遺伝子の除去を可能とする方法として、トランスポゾンを利用したピギーバック(piggyBac)やCre-loxPシステムが開発された。一方、ゲノムに組み込まれないエピソーマルベクターとして、センダイウイルスやプラスミドDNAを用いる手法が挙げられる。さらに、ベクターを介することなく合成RNAや組換えタンパク質を直接導入する方法についても報告されている。  


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== iPS細胞を誘導する遺伝子  ==
== iPS細胞を誘導する遺伝子  ==


 前述の通り、最初のiPS細胞はOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子(山中4因子)を導入することによって作成された。間もなく、誘導効率は低下するもののc-Mycを除いたOct4、Sox2、Klf4のみ(山中3因子)によってもiPS細胞は樹立可能であることが示された。ヒトの場合においてもマウスと同じ遺伝子セットでiPS細胞の誘導が可能であるが、山中博士らとほぼ同時にヒトiPS細胞について報告したJames Thomson博士らはOCT4、SOX2、NANOG、LIN28の組合せを用いている。最も広範に利用されている遺伝子セットは山中因子であるが、神経幹細胞の場合はOct4単独でのiPS細胞、細胞種によっては少ない因子でのiPS細胞誘導も可能である。また、iPS細胞の誘導効率や初期化の質を向上させる要因として、Esrrb、Tbx3、L-Myc、Glis1の導入やp53、p21、BAXの抑制等が報告されている。<br> 一方、遺伝子導入ではなく低分子化合物を併用したiPS細胞誘導についても多数の報告がある。俗に2iや3iBayK8644。エピジェネティック変化を促すものとして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のバルプロ酸(VPA)やG9a阻害剤のBIX01294、シチジン類縁体の5-アザシチジン。  
 前述の通り、最初のiPS細胞はOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子(山中4因子)を導入することによって作成された。間もなく、誘導効率は低下するもののc-Mycを除いたOct4、Sox2、Klf4のみ(山中3因子)によってもiPS細胞は樹立可能であることが示された。ヒトの場合においてもマウスと同じ遺伝子セットでiPS細胞の誘導が可能であるが、山中博士らとほぼ同時にヒトiPS細胞について報告したJames Thomson博士らはOCT4、SOX2、NANOG、LIN28の組合せを用いている。最も広範に利用されている遺伝子セットは山中因子であるが、神経幹細胞の場合はOct4単独でのiPS細胞、細胞種によっては少ない因子でのiPS細胞誘導も可能である。また、iPS細胞の誘導効率や初期化レベルを向上させる要因として、Esrrb、Tbx3、L-Myc、Glis1等の因子の追加やp53、p21、BAXの抑制等の効果について報告されている。<br> 一方、遺伝子導入ではなく低分子化合物を併用したiPS細胞誘導についても多数の報告がある。俗に2iや3iBayK8644。エピジェネティック変化を促すものとして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のバルプロ酸(VPA)やG9a阻害剤のBIX01294、シチジン類縁体の5-アザシチジン。  


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2012年3月13日 (火) 19:40時点における版

英語名:induced pluripotent stem cells、英語略名:iPS cells, iPSCs、日本語名:人工多能性幹細胞


 iPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、本来、分化多能性を喪失している体細胞に特定の遺伝子を導入することによって、人為的に誘導される多能性幹細胞株の総称である。胚盤胞と呼ばれる初期胚の内部細胞塊から樹立されたES細胞(胚性幹細胞)と類似の特徴を示し、分化多能性(pluripotency)の定義である三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)や生殖細胞への分化能を保持したまま、培養下で半永久的に増殖する。2006年に京都大学の高橋和利博士と山中伸弥博士によって最初の報告がなされて以降、様々な動物種、細胞種を起源とするiPS細胞が樹立されている。ヒトにおいては個々人の生検試料からiPS細胞を作成することが可能であることから、疾患特異的iPS細胞を利用した病態解明や薬剤スクリーニングのほか、免疫拒絶を回避した再生医療への応用が期待されている。


iPS細胞の樹立までの経緯

体細胞を初期化する因子の存在

 iPS細胞樹立の以前から、卵子やES細胞には体細胞を初期化(リプログラミング)する因子が含まれていることが知られていた。まず、体細胞核移植(somatic cell nuclear transfer, SCNT)の研究において、卵子の細胞質内部に体細胞を移植することによってクローン動物やクローンES細胞の作成が可能であることが示された。有名な例としては、Ian Wilmut博士らによるクローン羊のドリーや若山照彦博士(当時、ハワイ大学)らによるクローンマウスのキュムリーナが挙げられる。一方、京都大学の多田高博士らは、ES細胞と体細胞を電気刺激により細胞融合させる一連の研究により、融合細胞はES細胞と同様の細胞特性を示すこと、体細胞側のゲノムDNAがES細胞様のエピジェネティック状態に転換されることが明らかとなった。とりわけ、ES細胞は培養下で容易かつ半永久的に増幅可能であることから、これらの発見はその後の初期化因子の探索において非常に大きな僥倖となった。


初期化因子の探索

 上述の背景のもと、山中伸弥博士(当時、奈良先端科学技術大学院大学)はES細胞の分化多能性維持機構の解明を第一の目的とし、ES細胞で特異的に発現する遺伝子群の同定を行った。公共のデータベースを利用したin silicoのスクリーニングによってES細胞特異的な遺伝子群が同定され、ECAT(ES cell associated transcript)と命名された。ECATの中にはEsg1/ECAT2/Dppa5やOct4等の既知のES細胞マーカー遺伝子のほか、ECAT1やTdrd12/ECAT8等の新規遺伝子も含まれていた。「ES細胞で特異的に発現している遺伝子≒ES細胞において機能的に重要な遺伝子」との仮説から各ECATのノックアウトや強制発現実験が試みられ、ホメオボックス転写因子であるNanog/ECAT4は多能性ネットワークの構築と維持における中心であること、恒常活性化型Rasタンパク質であるERas/ECAT5は増殖と造腫瘍性を担うこと等が明らかとなった。 また、iPS細胞を選択するために最初に利用されたFbx15/ECAT3も、このスクリーニングによって同定された遺伝子の一つである。 


iPS細胞樹立の成功

 続いて、山中博士らは「ES細胞において機能的に重要な遺伝子≒体細胞の初期化を誘導する遺伝子」という仮説に基づき、ECATおよびES細胞の自己複製を支持する遺伝子(STAT3やβ-catenin等)を体細胞であるマウス胎仔繊維芽細胞(MEF)に導入する実験を試みた。初期化因子候補としては計24の遺伝子が絞り込まれ、上述のFbx15遺伝子座にネオマイシン耐性遺伝子が挿入されたノックインマウスの細胞が利用された。このマウスの体細胞はECATであるFbx15を発現していないため、G418(ネオマイシン耐性遺伝子によって不活性化される抗生物質)を添加すると細胞は死滅する。一方、ES細胞等の多能性幹細胞では、Fbx15の発現と一致してネオマイシン耐性遺伝子を発現することからG418に対して耐性を示す。このシステムを用いて各候補遺伝子が1種類ずつ導入されたが、この場合にはG418耐性のES細胞様コロニーは観察されなかった。ところが、24種類全ての候補遺伝子を同時に導入した実験においては、ES細胞に類似したG418耐性細胞コロニーが出現することが明らかとなった。その後、24遺伝子から1遺伝子ずつ差し引いた23遺伝子を導入する実験により、最終的にES細胞様コロニーの誘導には4種類の遺伝子(Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc)の組合せで十分であることが判明した。得られた細胞はES細胞マーカー遺伝子を発現しているほか、胚葉体形成培養や皮下移植によるテラトーマ形成実験により三胚葉に分化する能力を有することが確認され、iPS細胞と名付けられた。また、iPS細胞を誘導する遺伝子セットは通称「山中4因子」とも呼ばれる。「第一世代」と呼ばれる iPS細胞の薬剤選択に用いる遺伝子をFbx15から分化多能性により密接したNanogやOct4に変更することで、生殖系列にも寄与する「第二世代」のiPS細胞が樹立された。


iPS細胞の樹立方法

 動物種

 iPS細胞はマウスにおいて最初に樹立され、その翌年、ヒトにおける樹立が報告された。その後、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ。非ヒト霊長類ではマーモセット、アカゲザル、カニクイザル、マンドリルにおいて樹立されている。最近では絶滅危惧種であるシロサイやのiPS細胞樹立の報告もあり、遺伝子資源の保存といった観点からも注目されている。


細胞種

 マウス胎仔の繊維芽細胞(mouse embryonic fibroblast, MEF)が用いられた。 成体の繊維芽細胞、胃上皮細胞、肝実質細胞、神経幹細胞、T細胞、間葉系幹細胞。一方、ヒトiPS細胞に関しては、皮膚繊維芽細胞のほか羊膜細胞、臍帯血、末梢血、骨髄、ケラチノサイト、脂肪間質細胞、歯髄幹細胞からの樹立が報告されている。


遺伝子導入方法

 iPS細胞が樹立された当初は、遺伝子導入の手段としてレトロウイルスやレンチウイルスがベクターとして利用された。しかし、どちらのウイルスもゲノムDNAに組み込まれることから、挿入変異や近傍の遺伝子に及ぼす影響、導入遺伝子の活性化による腫瘍形成等の予期しない異常が生じる危険性を包含している。そこで、こうしたリスクを避けるとして、新たな遺伝子導入方法が考案されてきた。その一つに、iPS細胞樹立後の導入遺伝子の除去を可能とする方法として、トランスポゾンを利用したピギーバック(piggyBac)やCre-loxPシステムが開発された。一方、ゲノムに組み込まれないエピソーマルベクターとして、センダイウイルスやプラスミドDNAを用いる手法が挙げられる。さらに、ベクターを介することなく合成RNAや組換えタンパク質を直接導入する方法についても報告されている。


iPS細胞を誘導する遺伝子

 前述の通り、最初のiPS細胞はOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子(山中4因子)を導入することによって作成された。間もなく、誘導効率は低下するもののc-Mycを除いたOct4、Sox2、Klf4のみ(山中3因子)によってもiPS細胞は樹立可能であることが示された。ヒトの場合においてもマウスと同じ遺伝子セットでiPS細胞の誘導が可能であるが、山中博士らとほぼ同時にヒトiPS細胞について報告したJames Thomson博士らはOCT4、SOX2、NANOG、LIN28の組合せを用いている。最も広範に利用されている遺伝子セットは山中因子であるが、神経幹細胞の場合はOct4単独でのiPS細胞、細胞種によっては少ない因子でのiPS細胞誘導も可能である。また、iPS細胞の誘導効率や初期化レベルを向上させる要因として、Esrrb、Tbx3、L-Myc、Glis1等の因子の追加やp53、p21、BAXの抑制等の効果について報告されている。
 一方、遺伝子導入ではなく低分子化合物を併用したiPS細胞誘導についても多数の報告がある。俗に2iや3iBayK8644。エピジェネティック変化を促すものとして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のバルプロ酸(VPA)やG9a阻害剤のBIX01294、シチジン類縁体の5-アザシチジン。


iPS細胞から特定の細胞系譜への分化誘導

 中島君よろしく!


医療応用の可能性

 ヒトへの応用を安全性の評価法と急務である。がん遺伝子であるc-Mycを導入した初期のiPS細胞は高頻度にがんを誘発した。また、成体の肝実質細胞由来のiPS細胞では。慶應義塾大学の三浦恭子博士らは、様々なマウスiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞(Neurosphere)を免疫不全マウス成体脳へと移植し、腫瘍形成の有無について検証を行った。その結果、iPS細胞由来の神経幹細胞移植に伴う腫瘍形成を規定する要因は、iPS細胞樹立過程におけるc-Mycの導入や

 一方、慶應義塾大学の岡野栄之博士らにより、マウスおよびヒトiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞を脊髄損傷マウスに移植することで、機能回復が認められた。細胞移植治療が見込まれる。また、最近では、iPS細胞を介さずに任意の細胞種を直接誘導する「ダイレクトリプログラミング」の研究も盛んに進められており、iPS細胞以外の選択肢としてより安全性の高い手法の開発が期待されている。


参考文献

同義語:人工多能性幹細胞、iPS細胞

関連用語:ES細胞、胚性幹細胞、分化多能性、ダイレクトリプログラミング

(執筆者:今村公紀、中島龍介、岡野栄之、担当編集委員:岡野栄之)