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2016年11月3日 (木) 21:23時点における版
廣井 昇
アルバートアインシュタイン医科大学
吉川 武男
国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.6481 原稿受付日:2015年9月17日 原稿完成日:2015年12月30日 改訂版受付日:2016年11月2日 改訂版完成日:201X年XX月XX日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学)
英:22q11.2 deletion syndrom and 22q11.2 duplication syndrome 独:Mikrodeletionssyndrom 22q11.2 仏:Microdélétion 22q11.2
同義語:velocardiofacial syndrome(VCFS)、conotruncal anomaly face syndrome(CTAF)、Cardiac defects, Abnormal facies, Thymic hypoplasia, Cleft palate, and Hypocalcemia, and a variable deletion on chromosome 22(CATCH 22)、DiGeorge syndrome、Shprintzen syndrome、Sedláčková syndrome、Cayler cardiofacial syndrome、Takao syndrome
22q11.2欠失症候群および22q11.2重複症候群は、ヒト染色体22q11.2領域の遺伝子量の増減によりおこる一連の症状群をさす。22q11.2欠失の身体症状では、心疾患、口蓋裂、典型的な顔の骨格、副甲状腺縮小、胸腺の欠如あるいは形成不全、ならびにそれらの機能不全によるさまざまな症状がみられる。精神疾患では、知的障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、統合失調症、自閉症スペクトラム障害などが頻発する。22q11.2重複保有者は、認知運動機能の発達の遅れや知的障害、あるいは学習困難が多くみられ、自閉症スペクトラム障害の診断もみられる。身体症状としては、両眼隔離、発育不全、視覚聴覚異常、小顎、口蓋帆咽頭不全、手足耳の形成異常、筋緊張低下や特徴的顔貌などがある。両者とも、診断は出生前あるいは出生後でのDNA検査によって確定する。22q11.2欠失・重複自体の治療法はないが、各症状に対する外科手術、薬物治療などがなされている。認知機能の遅れや知的障害、学習困難に対しては療育プログラムが施行されている。病態生理の詳細はいまだ十分には理解されていないが、ヒト遺伝子関連研究やマウスなどのモデルを用いた研究では、TBX1、COMT、DGCR8などの遺伝子の精神疾患の症状への関与が示唆されている。
歴史的推移
現在22q11.2欠失症候群として知られる疾病は、症候群内の個々の症状要素の種類および重篤度に個人差があるため、それぞれの発見者やグループによってさまざまな呼び方をされてきた(表1)。
その後、これらの症候群が実は同じ染色体異常に由来することが判明したが[1] [2] [3] [4]、どの用語を使うかで学会が分裂し用語論争と先取権争いに発展した。しかしそれらの動きは患者の利益に繋がらないことから、用語をその遺伝的機序に基づき22q11.2欠失症候群に統一する動きがある。
22q11.2欠失患者では、知的障害、ADHD、統合失調症、自閉症スペクトラム障害の発症が認められ、22q11.2重複患者でも認知機能の低下および知的障害や自閉症スペクトラム障害が高い頻度で生じる[5] [6]。その後、精神疾患患者のサンプルで報告されたコピー数変化(CNV)と総称される染色体変異は各精神疾患診断名の中で1%以下の割合で存在し、それゆえに他の精神疾患関連CNVと併せてrare copy number variantsと総称されるものの中にも22q11.2欠失および重複は含まれていることがわかった[7]。
症状
22q11.2欠失症候群で観察される症状は多岐にわたり、しかも個人間での発現症状と重篤度でバラツキが見られるのが特徴である。身体症状としては表2のものが見られる。
それぞれの精神疾患の罹患率は年齢によっても異なり、また知的障害は自閉症スペクトラム障害とも重複する。精神疾患としては表3のものがある[5] [6]。
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22q11.2重複は一般に症状が軽く個人間で症状出現にバラツキがあり、身体症状だけでは診断が難しい。主な症状は表4のものを含む[5] [8]。
なお、22q11.2重複は統合失調症の発症リスクを減少させる(発症防御因子)という報告もある[9]。
確定診断
22q11.2欠失の診断は、Fluorescence In Situ Hybridization(FISH)、BACs-on-Beads technology、Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification(MLPA)、Array-Comparative Genomic Hybridization(Array-CGH)などの検査で確定する。
欠失が単一DNAプローブの外にある非定型の場合FISHでは見逃すことがあり、多くのプローブを同時に使うBACs-on-Beads technologyやMLPAが必要となる。また、Array-CGHはゲノム全域にわたってプローブが組み込まれた検知法であるため、欠失や重複の長さがより正確に同定できる。重複はFISH, Array-CGHやMLPAで同定されている。
疫学
遺伝子疾患としての22q11.2欠失の頻度は、これまでに主に出生後の子供のサンプルに基づき4,000から6,000人に1人という推定がなされていた[10] [11]。一方、9,000以上の胎児のサンプルを用いた最近の研究で、遺伝子疾患リスクの高いサンプルで22q11.2欠失が1.08%(92人に1人)、22q11.2重複が0.30%(330人に1人)、遺伝子疾患リスクの低いサンプルでも欠失が0.10%(992人に1人)、重複が0.12%(850人に1人)で見つかり、全サンプルでは22q11.2欠失が0.34%(292人に1人)、22q11.2重複が0.16%(622人に1人)であった[12]。
精神疾患に関しては、22q11.2欠失は稀な染色体数変異(rare copy number variants)と呼ばれるもので、統合失調症と診断された患者群の0.2-0.3%、自閉症スペクトラム障害と診断された患者群の0.07%に存在する。研究初期の小規模の統合失調症サンプルではより高率で22q11.2欠失が見つかるとの報告もあったが、最近の大規模研究でこの主張は否定されている[7] [13]。また、自閉症スペクトラム障害は22q11.2欠失では生じないとの一部研究者の主張も、大規模研究では支持されていない[7]。
22q11.2重複は健常人では0.08%で見られるが、知的障害、発達遅延、先天性形成異常を持つものでは0.32%、自閉症スペクトラム障害児では0.28%と健常人よりも有意に高い率で見つかっている[7]。
病態生理
染色体異常
22q11.2欠失は、ヒト22番染色体長腕のq11.2領域における1コピーの欠失による。大多数においては3 Mbの欠失、残りは3 Mb 部位の内側にある1.5 Mbや2 Mb欠失、あるいは3 Mbを含みそれ大きな以上の染色体欠失である。これらの領域から離れた部位での欠失も1%以下のケースでみられる[14] [15] [16]。22q11.2重複も、欠失と同じ部位での3 Mbあるいはその内側での 1.5 Mb重複として起こる。22q11.2欠失は両親の一方から受け継いだケースがみられるが、新規な遺伝子異常(de novo)のケースの方が多い[17] [18]。一方で22q11.2重複は、逆に両親の一方から遺伝して生じる方が新規な遺伝子異常のケースより多いと推定されている[19]。欠失や重複の起始点や終着点が同一箇所になるのは、low copy repeats(LCR)と呼ばれる染色体部位でのゲノム再編成によると考えられている。
欠失、重複は最低でも1.5 Mb、大多数において3Mbにも及ぶため、そこに含まれている多くの遺伝子がどのように身体症状および精神症状に寄与しているのかはよくわかっていない。CNV領域にコードされている遺伝子は、タンパクを作るものだけではなくマイクロRNAと呼ばれるタンパク質を生成せず他の遺伝子の翻訳を制御するものも含まれている。
欠失・重複の両方で多くの同じ症状が出現することから、22q11.2での遺伝子が適正値から多くても少なくても症状を引き起こすものと考えられている[5]。しかしながら、統合失調症は欠失では高頻度で見られるものの重複では見られないか、あるいは防御因子になることから[9]、遺伝子量の増減が必ずしも同一症状を引き起こすものではない。さらに、22q11.2欠失・重複では症状のバラツキが大きいので、当該領域の遺伝子の表現型に与える影響は決して100%ではなく、各症状の出現には欠失・重複領域の遺伝子の他、他のゲノム領域上の遺伝子との相加的作用、相乗的相互作用が想定される。マウスでの遺伝子背景を変えた研究、また人での統合失調症のエキソーム解析の結果から、このような機序の存在が示唆されている[20] [21]。
ヒトでは、22q11.2欠失・重複領域内にある単一遺伝子のCNVは報告されていないため、個々の遺伝子がどの症状にどのように関与しているかについては、詳細は不明である。ただ、TBX1遺伝子の機能欠失型変異を持つ家系は数例報告されており、これらの家系では心疾患、副甲状腺機能低下症、典型的な顔貌、知能発達遅延、自閉症スペクトラム障害、広汎性発達障害、等が見られることから、TBX1の22q11.2欠失症候群における一部の症状への寄与が推定されている[22] [23] [24]。
iPS細胞を用いた研究
22q11.2欠失を持ちかつ統合失調症を発症した患者からiPS細胞を樹立し、それを分化させたニューロスフェア(神経幹/前駆細胞の塊)、神経細胞、グリア系の細胞の解析から得られた知見として、
- 患者由来のニューロスフィアのサイズは健常者と比べて約30%小さい
- このニューロスフィアを神経系の細胞(神経細胞とグリア細胞)に分化誘導したところ、患者由来のニューロスフィアは健常者由来と比べて神経細胞に分化する割合が約10%低く、アストロサイト(グリア細胞の一種)に分化する割合が約10%高い、
- 患者由来のニューロスフィアのサイズ減少には、miR-17/92のmiRNAやmiR-106a/b、miRNA-185の発現低下が関与している、
- miRNAの異常は、欠失領域にマップされていて成熟miRNAの形成に関与するDGCR8の影響と考えられる、
- 上記miRNAの発現低下が標的の1つであるp38α (MAPK14)の発現上昇を引き起こし、患者由来のニューロスフィアでみられた分化効率の異常につながると考えらる。実際患者由来のニューロスフィアにおけるp38αの発現量を調べた結果、健常者由来のニューロスフィアに比べて約30%上昇しており、p38の阻害剤によって患者由来のニューロスフィアの分化効率を改善できた、
- 死後脳解析においても、健常者の死後脳と比べて患者の死後脳(統合失調症群)では神経細胞のマーカーであるMAP2遺伝子の発現量の低下と、アストロサイトのマーカーであるGFAP遺伝子の発現量の上昇がみられた、
等が報告されている[25]。
病態動物モデル
22q11.2領域にある遺伝子をマウスのゲノムで遺伝子操作した研究からは、各々の遺伝子の役割が推定されている。Tbx1欠損マウスは、22q11.2欠失症候群の心臓疾患をある程度再現することから[26] [27] [28]、この遺伝子が特に心臓疾患に寄与すると考えられている。マウスでのTbx1欠損は、他にも胸腺の形成異常、口蓋裂、聴覚異常などを起こす[29]。
精神疾患に寄与するものとしては、22q11.2領域遺伝子の単独欠損マウスを用いた解析が行われている[5]。Tbx1欠損マウスは、自閉症スペクトラム障害様の広汎な行動異常を引き起こす[30]。
Sept5欠損マウスは、社会行動に選択的な異常を示す[21] [31]。認知機能の重要な要素である作業記憶は、Tbx1欠損28およびDgcr8欠損[32] [33] [34]で異常を呈する。
22q11.2重複については、ヒト22q11.2ゲノム領域を含んだBAC(bacterial artificial chromosome)クローンを用いてトランスジェニックマウスを作成し、複数遺伝子を過剰発現させた場合の解析が進んでいる[5]。SEPT5、GP1BB、TBX1、GNB1Lを含む200 kbのヒト22q11.2相当部位を過剰発現させたマウスでは、抗精神病薬で抑えられる活動量亢進を示し、社会行動の低下がみられた[35]。その隣接部位190 kbの染色体領域は、TXNRD2、COMT、ARVCFを含み、この部位の過剰発現は作業記憶を選択的に障害した[36]。これらの遺伝子の過剰発現が、さまざまな精神疾患のいろいろな側面に関与していると推定されている。
治療
現時点で22q11.2欠失・重複自体の治療法はないが、症候群内の個々の症状に対してはさまざまな治療法が施されている。心臓疾患は修復外科手術により生存率が高まり、胸腺欠如は胸腺移植手術によって機能が回復し、細菌感染症は抗生物質で対処できる。副甲状腺機能低下症に起因する低カルシウム血症は、ビタミンDやカルシウムサプリメントで補正される。精神症状には向精神薬等が用いられる。認知機能の遅れや知的障害、学習困難に対しては、専門機関、専門家による療育プログラムが施行されている。
関連項目
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