「Na+/K+-ATPアーゼ」の版間の差分

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=== イントロダクション ===
=== イントロダクション ===
ほとんどの細胞では、低いCa<sup>2+</sup>濃度、低いNa<sup>+</sup>濃度、高いK<sup>+</sup>濃度そして中性pH が維持されている。多くのエネルギーが、細胞膜を隔てたNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の能動勾配として蓄えられ、これは様々な輸送基質(糖、神経伝達物質、アミノ酸、代謝産物)や他のイオンの二次輸送の駆動力として用いられる。また、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の濃度勾配は細胞外シグナルや膜電位に応答して、選択的カチオンチャネルが開くことによる迅速なシグナル伝達にも利用される。このような細胞膜を隔てたNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>の濃度勾配はNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseによって形成される。
 ほとんどの細胞では、低いCa<sup>2+</sup>濃度、低いNa<sup>+</sup>濃度、高いK<sup>+</sup>濃度そして中性pH が維持されている。多くのエネルギーが、細胞膜を隔てたNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の能動勾配として蓄えられ、これは様々な輸送基質(糖、神経伝達物質、アミノ酸、代謝産物)や他のイオンの二次輸送の駆動力として用いられる。また、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の濃度勾配は細胞外シグナルや膜電位に応答して、選択的カチオンチャネルが開くことによる迅速なシグナル伝達にも利用される。このような細胞膜を隔てたNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>の濃度勾配はNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseによって形成される。


Na<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseの発見は神経科学の発展の歴史と密接にかかわっている。1950年代には、イカの巨大軸索を材料として、のちにNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPase を発見することになるJens Christian SkouやRobert Postを含む多くの研究者がマサチューセッツ州のWoods Holeで研究していた。当時、Na<sup>+</sup>が神経軸索の発火に必須であることが知られていた。Skouは出身地デンマークに戻った後、カニの爪の組織から神経細胞を単離、そのホモジェネートから分画した膜画分にNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>に依存したATP加水分解活性を同定し、これが神経細胞からNa<sup>+</sup>を積極的に押し出す酵素に必須であると予測される多くの特徴を示していると結論づけた<ref name=Skou 1957><pubmed>PMid13412736</pubmed></ref>[1]。同じ年、Postはヒトの赤血球に能動輸送されるK<sup>+</sup>イオン2個に対して、3個のNa<sup>+</sup>が排出されることを報告した<ref name=Post 1957><pubmed>PMid13445725</pubmed></ref>[2]。その後にPostはSkouがカニの神経で観察したようなATP加水分解活性が赤血球膜にも存在し、最も決定的な証拠として、両方の酵素が強心配糖体ouabainによって阻害されることを示した<ref name=Post 1960><pubmed>PMid14434402</pubmed></ref>[3]。
 Na<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseの発見は神経科学の発展の歴史と密接にかかわっている。1950年代には、イカの巨大軸索を材料として、のちにNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPase を発見することになるJens Christian SkouやRobert Postを含む多くの研究者がマサチューセッツ州のWoods Holeで研究していた。当時、Na<sup>+</sup>が神経軸索の発火に必須であることが知られていた。Skouは出身地デンマークに戻った後、カニの爪の組織から神経細胞を単離、そのホモジェネートから分画した膜画分にNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>に依存したATP加水分解活性を同定し、これが神経細胞からNa<sup>+</sup>を積極的に押し出す酵素に必須であると予測される多くの特徴を示していると結論づけた<ref name=Skou1957><pubmed>13412736</pubmed></ref>[1]。同じ年、Postはヒトの赤血球に能動輸送されるK<sup>+</sup>イオン2個に対して、3個のNa<sup>+</sup>が排出されることを報告した<ref name=Post1957><pubmed>13445725</pubmed></ref>[2]。その後にPostはSkouがカニの神経で観察したようなATP加水分解活性が赤血球膜にも存在し、最も決定的な証拠として、両方の酵素が強心配糖体ouabainによって阻害されることを示した<ref name=Post1960><pubmed>14434402</pubmed></ref>[3]。


このような一連の研究によって同定されたNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseは、細胞におけるNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>輸送系の一部であることが確認され、その発見に対してSkouは1997年にノーベル化学賞を授与された<ref name=Skou 1998><pubmed>PMid9877230</pubmed></ref>[4]。Na<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseは、ATP加水分解の際にその末端リン酸(Phosphate)が活性中心に転移した自己リン酸化中間体を形成する<ref name=Post 1973><pubmed>PMid4270326</pubmed></ref>[5]。この特徴的ATP加水分解機構が、のちにP-type ATPaseと呼ばれる能動輸送体ファミリーの由来である<ref name=Axelsen 1998><pubmed>PMid9419228</pubmed></ref>[6]<ref name=Palmgren 2023><pubmed>PMid37838176</pubmed></ref>[7]。
 このような一連の研究によって同定されたNa<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseは、細胞におけるNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>輸送系の一部であることが確認され、その発見に対してSkouは1997年にノーベル化学賞を授与された<ref name=Skou1998><pubmed>9877230</pubmed></ref>[4]。Na<sup>+</sup>,K<sup>+</sup>-ATPaseは、ATP加水分解の際にその末端リン酸(Phosphate)が活性中心に転移した自己リン酸化中間体を形成する<ref name=Post1973><pubmed>4270326</pubmed></ref>[5]。この特徴的ATP加水分解機構が、のちにP-type ATPaseと呼ばれる能動輸送体ファミリーの由来である<ref name=Axelsen1998><pubmed>9419228</pubmed></ref>[6]<ref name=Palmgren2023><pubmed>37838176</pubmed></ref>[7]。


=== 構造 ===
=== 構造 ===

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