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== 発見の経緯とその後 == | == 発見の経緯とその後 == | ||
ADPリボシル化因子(Arf) | ADPリボシル化因子(Arf)は、[[コレラ毒素]]Aサブユニットによるヘテロ[[三量体Gタンパク質]][[Gαs]]の[[ADP-リボシル化]]に必要な補因子として、[[ウサギ]][[肝臓]]と[[ウシ]][[脳か]]ら精製された<ref name=Enomoto1980><pubmed>6766444</pubmed></ref><ref name=Kahn1984><pubmed>6327671</pubmed></ref><ref name=Schleifer1982><pubmed>6273425</pubmed></ref>。精製されたArf自体が[[GTP]]結合能を持ち<ref name=Kahn1986><pubmed>3086320</pubmed></ref>、さらにSewellとKahn (1988年) <ref name=Sewell1988><pubmed>3133654</pubmed></ref>によりクローニングされたウシ[[Arf1]]の一次構造から、[[Ras]]や三量体Gタンパク質Gαsと相同性の高い配列を持つ[[低分子量GTP結合タンパク質]]であることが明らかになった。その後、[[哺乳類]]ではArf1-[[Arf6]]の6種([[ヒト]]では5種)の[[パラログ]]の存在が明らかになっている<ref name=Hosaka1996><pubmed>8947846</pubmed></ref>。 | ||
「ADPリボシル化因子」の名称は、試験管内でのコレラ毒素の[[補酵素]]としての性質に由来するもので、生理的な機能を反映するものではない。細胞内において、Arfは[[小胞輸送]]や[[アクチン]][[細胞骨格]]の制御に関わる低分子量GTP結合タンパク質として機能している。コレラ毒素のADPリボシル化の補酵素としての性質に基づいたArfの本来の定義に該当する分子はArf1-Arf6の6分子(ヒトでは5分子)のみであるが、近年、[[Arf-like]] ([[Arl]])、[[Arf-related protein 1]] ([[ARFRP1]])、[[secretion-associated and Ras-related protein 1]] ([[SAR1]])などの近縁分子が多数同定され、Arfスーパーファミリーとして広がりつつある。 | |||
== ファミリー構成分子 == | == ファミリー構成分子 == | ||
哺乳類のArfファミリーは、異なる遺伝子から生じる6種のパラログ(Arf1-6)からなる<ref name=Hosaka1996><pubmed>8947846</pubmed></ref>。ただし、ヒト[[ARF2]]は[[偽遺伝子]]化しタンパク質として存在しない。6種のArf分子は一次配列とゲノム構造の類似性から3つのクラスに分類され、クラスIにはArf1、Arf2、[[Arf3]]、クラスIIには[[Arf4]]、[[Arf5]]、クラスIIIにはArf6が属する。クラスIは181アミノ酸、クラスII は180アミノ酸、唯一クラスIIIに属するArf6は175アミノ酸からなる。[[マウス]]Arfにおいて同一クラス間で90-96%, クラスIとクラスII間では78-81%、クラスI/IIとクラスIII間では65-69%のアミノ酸の同一性がある。なお、記載法として、「ARF」はヒトの遺伝子あるいはタンパク質に対して使われ、「Arf」はヒト以外の種での名称、総称、活性などに対して用いられることが推奨されている<ref name=Kahn2006><pubmed>16505163</pubmed></ref>。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
Arfは、低分子量GTP結合タンパク質に共通の構造として、GTPおよびGDPとの結合により大きく立体構造を変化させてGTP依存的にエフェクターと相互作用するスイッチIとスイッチII領域を持つ<ref name=Gillingham2007><pubmed>17506703</pubmed></ref><ref name=Pasqualato2001><pubmed>11266366</pubmed></ref> | Arfは、低分子量GTP結合タンパク質に共通の構造として、GTPおよびGDPとの結合により大きく立体構造を変化させてGTP依存的にエフェクターと相互作用するスイッチIとスイッチII領域を持つ<ref name=Gillingham2007><pubmed>17506703</pubmed></ref><ref name=Pasqualato2001><pubmed>11266366</pubmed></ref>。さらに他の低分子量GTP結合タンパク質とは異なる特徴として、N末端の開始[[メチオニン]]残基が除去され、2番目の[[グリシン]]残基に14炭素[[鎖飽和脂肪酸]]の[[ミリスチン酸]](C14:0)が不可逆的に[[アミド結合]]で付加されている。さらにそれに続くN末端領域に両親媒性[[αヘリックス]]領域が存在し、Arfの脂質膜との相互作用とともにスイッチIとスイッチII領域の構造変化に関わる。脂質膜と相互作用するN末端領域とエフェクターと相互作用するスイッチ領域間の立体構造上の距離が短い(1-2nm)ため、他の低分子量GTP結合タンパク質に比べて、[[エフェクター]]は脂質膜のより近くにリクルートされ作用する。これらの性質はArfの下流エフェクターである[[リン脂質]]代謝酵素や[[アダプタータンパク質]]によるリン脂質膜への作用を介した[[小胞輸送]]制御に密接に関連すると考えられている<ref name=Gillingham2007><pubmed>17506703</pubmed></ref>。さらに[[GDP]]結合型とGTP結合型への変換に伴いスイッチIとスイッチII領域を繋ぐインタースイッチ領域も大きく立体構造を変化させるのもArfの構造上の特徴として挙げられる。 | ||
== 下流エフェクター == | == 下流エフェクター == | ||
他の低分子量GTP結合タンパク質と同様に、GTP結合型Arfは活性型として、種々のエフェクターを[[細胞膜]]や[[細胞小器官]]の脂質膜マイクロドメインにリクルートし、小胞輸送経路やアクチン細胞骨格の再構築を促す<ref name=D'Souza-Schorey2006><pubmed>16633337</pubmed></ref><ref name=Donaldson2011><pubmed>21587297</pubmed></ref>。多数のエフェクター分子が同定されており、それぞれArf分子に対する選択性を持つが、主要なエフェクターとして、①[[コートタンパク質]]([[COPI複合体]]、[[Golgi-localized, γ-ear-containing, Arf-binding protein]] ([[GGA]])、アダプタータンパク質複合体([[AP-1]], [[AP-2|2]], [[AP-3|3]], [[AP-4|4]])、②リン脂質修飾酵素([[ホスホリパーゼD]]、[[ホスファチジルイノシトール 4-リン酸5-キナーゼ]] ([[PIP5K]])、[[ホスファチジルイノシトール 4-キナーゼ]])、③[[モータータンパク質]]([[MKLP1]])とアダプター分子([[FIP3]]/[[FIP4|4]], [[JIP3]]/[[JIP4|4]])、④[[小胞繋留因子]] ([[エクソシスト複合体サブユニット]][[Sec10]]、[[ゴルジン]][[GMAP210]]、[[GARP]]/[[EARP]]複合体サブユニット[[Vps52]])などが挙げられる。また、GDP型Arfに選択的に結合する分子も同定されており、例えばGDP結合型Arf6の場合、アダプタータンパク質[[Fe65]]<ref name=Cheung2014><pubmed>24056087</pubmed></ref>、[[Rac]]/[[Rho-GEF]]である[[Kalirin]]<ref name=Koo2007><pubmed>17640372</pubmed></ref>、[[Rab-GAP]]である[[TBC1D24]]<ref name=Falace2010><pubmed>20727515</pubmed></ref>などが挙げられる。これらの事実から、古典的なGDP-GTPサイクルのドグマにおいて不活性型とされるGDP型Arfが、シグナル経路の調節に積極的に関与している可能性が示唆される。 | |||
== 細胞内局在 == | == 細胞内局在 == | ||
Arfは様々な組織に幅広く発現する<ref name=Hosaka1996><pubmed>8947846</pubmed></ref> | Arfは様々な組織に幅広く発現する<ref name=Hosaka1996><pubmed>8947846</pubmed></ref>。内因性Arfの細胞内局在は、分子間の高い同一性から特異的な[[抗体]]の作製が難しく、依然明らかにされていない。[[培養細胞]]への[[強制発現系]]を用いた局在解析から、Arf1-5は[[小胞体]]、[[ゴルジ装置]]、[[エンドソーム]]に主に局在するのに対して、Arf6は細胞膜とエンドソームに局在することが報告されている<ref name=D'Souza-Schorey2006><pubmed>16633337</pubmed></ref><ref name=Radhakrishna1997><pubmed>9314528</pubmed></ref>。[[CRISPR-Cas9]]を用いた[[ゲノム編集]]技術によりクラスI Arf (Arf1, Arf3)とクラスII Arf (Arf4, Arf5)のC末領域にタグをノックインした内因性Arfタンパク質の細胞内局在に関する[[超解像度顕微鏡]]解析の報告によると、[[HeLa細胞]]において、クラスIとクラスII Arfとも[[小胞体–ゴルジ体中間区画]]([[ERGIC]])、ゴルジ装置、[[管状小胞状]]の構造に部分的に共存しながら分布するが、同じ細胞小器官において異なるナノドメインへの局在も示すことから、クラスIとII のArfの各分子は、重複する機能とともに特異的な機能を持つものと考えられる<ref name=Wong-Dilworth2023><pubmed>37102998</pubmed></ref>。 | ||
== 活性化制御 == | == 活性化制御 == | ||
ArfのGDP- | ArfのGDP-GTPサイクルは[[グアニンヌクレオチド交換因子]]([[GEF]])と[[GTPase活性化因子]]([[GAP]])により厳密に調節されている。 | ||
Arf- | |||
=== Arf-GEF === | |||
1996年に[[酵母]]から[[Gea1]]が、哺乳類から[[サイトヘジン-2]] ([[ARNO]])と[[BIG1]]のcDNAが最初にクローニングされた<ref name=Chardin1996><pubmed>8945478</pubmed></ref><ref name=Peyroche1996><pubmed>8945477</pubmed></ref>。その一次構造の比較から、GDPからGTPへの交換活性に必須である約200アミノ酸からなる[[Sec7]]ドメインの存在が明らかになった。Sec7ドメインを持つタンパク質は、ヒトでは15種存在し、ドメイン構造の特徴から、[[GBF1ファミリー]]、[[BIGファミリー]]、[[サイトへジンファミリー]]、[[BRAG/IQSECファミリー]]、[[EFA6/PSDファミリー]]、[[F-box only protein 8]] ([[FBXO8]])に分類される('''図''')<ref name=Cox2004><pubmed>14742722</pubmed></ref><ref name=Gillingham2007><pubmed>17506703</pubmed></ref><ref name=Sztul2019><pubmed>31084567</pubmed></ref>。 | |||
FBXO8以外のSec7タンパク質は、Arf各分子に対する基質親和性は異なるもののArfに対するグアニンヌクレオチド交換活性を持つ<ref name=Cox2004><pubmed>14742722</pubmed></ref><ref name=Gillingham2007><pubmed>17506703</pubmed></ref><ref name=Sztul2019><pubmed>31084567</pubmed></ref>。一方、FBXO8はSec7とともにF-boxドメインを持ち、GEFとしては機能せず、Arf6の非分解性の[[ユビキチン化]]を介した活性の制御に関わる<ref name=Yano2008><pubmed>18094045</pubmed></ref>。Arf-GEFは、Sec7ドメイン以外に[[コイルドコイルモチーフ]]、[[プレクストリン相同ドメイン]]([[PH domain]])、[[PDZ結合モチーフ]]、[[IQモチーフ]]などファミリーごとに特徴的なドメイン構造を持ち、Arf-GEFの細胞内局在や活性が制御されている。例えば、[[BRAG1]]と[[BRAG2]]は、C末端のPDZ結合モチーフを介して[[PSD-95]]との結合し、[[海馬]][[神経細胞]]の[[興奮性シナプス]]の[[シナプス後肥厚部]]に局在する<ref name=Fukaya2020><pubmed>32341099</pubmed></ref><ref name=Sakagami2008><pubmed>18164504</pubmed></ref>。また、[[サイトへジン-2]]はN末端のコイルドコイルモチーフを介して[[タマリン]]と結合し[[代謝型グルタミン酸受容体]]と複合体を形成し、興奮性シナプスの[[ペリシナプス]]に局在する<ref name=Ito2021><pubmed>34390832</pubmed></ref><ref name=Kitano2002><pubmed>11850456</pubmed></ref>。一方、BRAG3は[[ゲフィリン]]や[[ジストロフィン]]との結合を介して[[抑制性シナプス]]の[[シナプス後膜]]に選択的に局在する<ref name=Fukaya2011><pubmed>21198641</pubmed></ref><ref name=Um2016><pubmed>27002143</pubmed></ref>。 | |||
=== Arf-GAP === | |||
一方、精製されたArfにはGTPase活性が検出されないことより<ref name=Kahn1986><pubmed>3086320</pubmed></ref>、GAPの存在がGTPの加水分解に必須であることが発見当初より予想されていた<ref name=Kahn1986><pubmed>3086320</pubmed></ref>。1994年にRandazzoとKahnによりウシ脳抽出液に[[ホスファチジルイノシトール 4,5-ビスリン酸]] ([[PI(4,5)P2]]) 存在下で活性化するArf-GAPの存在が示された<ref name=Randazzo1994><pubmed>8144664</pubmed></ref>。同年、MaklerらによりArf1に対するGAP活性を指標に約49kDaのArf-GAPが[[ラット]]肝臓より精製され<ref name=Makler1995><pubmed>7890632</pubmed></ref>。そのアミノ酸の部分配列より[[cDNA]]が初めてクローニングされた<ref name=Cukierman1995><pubmed>8533093</pubmed></ref>。その結果、C4タイプの[[ジンクフィンガー構造]](CX2CX16CX2CX4R)からなるGAP活性に必須のArfGAPドメインが見出された。 | |||
現在、ArfGAPドメインを共通に持つArf-GAP分子はヒトで31種同定されている <ref name=Kahn2008><pubmed>18809720</pubmed></ref>。ドメイン構造の類似性から[[ArfGAP1]]ファミリー、[[ArfGAP2]]/[[ArfGAP3|3]]ファミリ―、[[SMAPファミリー]]、[[AGFGファミリー]]、[[ADAPファミリー]]、[[GITファミリー]]、[[ACAPファミリー]]、[[ASAPファミリー]]、[[AGAPファミリー]]、[[ARAPファミリー]]の10種類に分類される('''図''')<ref name=Kahn2008><pubmed>18809720</pubmed></ref>。 | |||
ArfGAPのドメイン構造はArf-GEFと比べてより多彩で、例えば[[ARAP1]]はArf-GAPドメインとともにRho-GAPドメインやRas結合ドメイン<ref name=Miura2002><pubmed>11804590</pubmed></ref>を、[[GIT1]]はRac-GEFである[[PIX]]と結合する[[Spa2]]相同ドメインなどを持ち<ref name=Zhao2000><pubmed>10938112</pubmed></ref>、Arfのoffスイッチの制御分子であるとともに、Arf-GAP自体がGTP結合型Arfのエフェクターとして他のシグナル経路とのクロストークを担うものと考えられている。また、ArfGAPドメインはArf-GAP分子に必須のものではなく、ArfGAPドメインを持たない[[C9orf72]]や[[ELMOD2]]がArf-GAP活性を示すことが報告されており<ref name=East2012><pubmed>23014990</pubmed></ref><ref name=Ivanova2014><pubmed>24616099</pubmed></ref><ref name=Su2021><pubmed>34145292</pubmed></ref><ref name=Su2020><pubmed>32848248</pubmed></ref>、今後さらにArf-GAPファミリーが広がる可能性がある。 | |||
また、RabやRhoファミリーと異なり、Arf活性制御にはGDP結合型の低分子量GTP結合タンパク質と結合しGDP解離を抑制する[[GDP解離阻害因子]](GDI, GDP dissociation inhibitor)やGDP型低分子量GTP結合タンパク質からGDIを解離させる[[GDI置換因子]](GDF, GDI displacement factor)は存在しない。 | |||
== 全身ノックアウトマウスの表現型 == | == 全身ノックアウトマウスの表現型 == | ||
これまでArf1, Arf4, Arf5, Arf6の全身型ノックアウトマウスの表現型が報告されている。 | これまでArf1, Arf4, Arf5, Arf6の全身型ノックアウトマウスの表現型が報告されている。 | ||
=== Arf1 === | === Arf1 === | ||
胎生致死。胎生3.5日齢 (E3.5) | 胎生致死。胎生3.5日齢 (E3.5)の[[胚盤胞]]までは野生型と外見上の差はなく成長するが、着床後まもないE5.5において[[KOマウス]]の71.4%に変性がみられ、E12.5にはKOマウスは消失し存在しない。胎生致死の原因は不明であるが、少なくともKOマウスの胚盤胞の[[栄養外胚葉]]や[[内細胞塊]]は野生型と同様に成長することが培養系実験で示されている<ref name=Hayakawa2014><pubmed>25305484</pubmed></ref> 。 | ||
=== Arf4 === | === Arf4 === | ||
胎生致死。E9.5のKOマウスは野生型と比較して著明な成長遅延を示し、E10. | 胎生致死。E9.5のKOマウスは野生型と比較して著明な成長遅延を示し、E10.5には全てのKOマウスが致死に至る。KOマウスの[[臓性内胚葉]]細胞において、大型の[[リソソーム]]([[頂端液胞]])の減少や[[エンドサイトーシス]][[受容体]][[メガリン]]の頂端領域での分布の減少などが認められることより、臓性内胚葉細胞における母体―胚子間の物質交換の障害が胎生致死の機序として考えられている<ref name=Follit2014><pubmed>24586199</pubmed></ref>。 | ||
=== Arf5 === | === Arf5 === | ||
KOマウスは[[メンデル則]]に従って誕生し正常に成長する。異常な表現型は認められていない<ref name=Hosoi2019><pubmed>31201232</pubmed></ref>。 | |||
=== Arf6 === | === Arf6 === | ||
胎生致死。KOマウスは胎生中期の[[肝細胞索]]の形成障害による肝臓の発達不全を示し、胎生中期(E13.5)から後期にかけて致死に至る<ref name=Suzuki2006><pubmed>16880525</pubmed></ref>。また、E12.5のKOマウスにおいて[[脊髄]][[交連神経]]の正中線での[[軸索投射]]異常が認められる<ref name=Kinoshita-Kawada2019><pubmed>30674481</pubmed></ref>。 | |||
== 神経系での機能 == | == 神経系での機能 == | ||
=== 神経上皮細胞 === | === 神経上皮細胞 === | ||
[[脳室帯]]の[[神経幹細胞]]である[[神経上皮細胞]]の細胞間および[[細胞外マトリックス]]との[[細胞接着]]の障害は、脳室帯の構造維持とともに脳構造の形成に重要であり、その障害は異所性[[灰白質]]や[[小頭症]]などの脳形成障害を引き起こす。 | |||
2004年Sheenらは異所性灰白質を伴う小頭症の原因遺伝子としてクラスI | 2004年Sheenらは異所性灰白質を伴う小頭症の原因遺伝子としてクラスI ArfのGEFであるヒト[[BIG2]] ([[ARFGEF2]])を同定した<ref name=Sheen2004><pubmed>14647276</pubmed></ref>。マウスBIG2は胎生期の脳室帯に豊富に発現し、Arf-GEF ([[BIG1]]、BIG2、[[GBF1]])に対する[[阻害剤]][[ブレフェルジンA]]の胎児期脳室帯への投与やBig2ノックアウトマウスにおいて、神経上皮細胞間の[[N-カドへリン]]を介した細胞接着が障害され、脳室帯の構造の破綻が生じる<ref name=Ferland2009><pubmed>18996916</pubmed></ref><ref name=Zhang2012><pubmed>22956851</pubmed></ref>。その後、ヒトARF1も異所性灰白質の原因遺伝子として報告され<ref name=Ishida2023><pubmed>36345169</pubmed></ref>、BIG2によるARF1の活性化が、神経上皮細胞間のN-カドへリン依存的な細胞接着の制御を介して脳室帯の構造維持に関与する可能性が示唆される。 | ||
また、胎生期のマウス脳室帯の神経上皮細胞において、[[EphB2]]-[[ephrin B1]]シグナルは、Arf6の活性化による頂端面での[[インテグリンβ1]]のエンドサイトーシスを抑制し、インテグリンの表面発現を適切に維持することにより、脳室帯の構造維持、非対称分裂、脳室帯から分裂後の細胞離脱を制御することが報告されている<ref name=Arvanitis2013><pubmed>23578932</pubmed></ref>。 | |||
=== 神経細胞移動 === | === 神経細胞移動 === | ||
[[中枢神経系]]において神経幹細胞の非対称分裂により生じた幼若神経細胞は、脳室帯を離脱し、先導突起の伸長と[[細胞体]]や[[細胞核]]の牽引を繰り返し、最終的に機能する部位へと細胞移動する。この細胞移動には、牽引力となるアクチン細胞骨格の再構築とともに、小胞輸送経路による先導突起方向への細胞膜成分の輸送、細胞接着分子や誘引因子に対する受容体などの極性配置の調節が重要な役割を果たす。特にヒトARF1とBIG2が異所性灰白質の原因遺伝子であること<ref name=Ishida2023><pubmed>36345169</pubmed></ref><ref name=Sheen2004><pubmed>14647276</pubmed></ref>から、Arfの神経移動の重要性が示唆されていた。 | |||
大脳皮質層形成過程で、興奮性神経細胞は[[多極性移動]]、[[ロコモーション]]、[[ターミナルトランスロケーション]]からなる移動様式を取る。[[子宮内電気穿孔法]]を用いた研究から、Arf1、Arf4、Arf6の神経移動への機能関与が明らかになっている<ref name=Falace2014><pubmed>24469796</pubmed></ref><ref name=Hara2016><pubmed>27622210</pubmed></ref><ref name=Hara2023><pubmed>37848288</pubmed></ref><ref name=Ishiguro2024><pubmed>39052890</pubmed></ref>。異所性灰白質と関連するヒトArf1変異遺伝子のマウス脳室帯細胞への導入により、神経細胞移動の障害による大脳皮質の層形成異常が生じる。このArf1変異遺伝子を発現する移動神経細胞はゴルジ装置の拡大を示すことより、Arf1のゴルジ装置での輸送経路の調節を介した神経細胞移動への関与が示唆されている<ref name=Ishiguro2024><pubmed>39052890</pubmed></ref>。一方、Arf4は多極性移動、多極性から双極性への形態変換、それに続くロコモーションに、Arf6は多極性移動とともに多極性から双極性への形態変換の段階に関わる<ref name=Hara2016><pubmed>27622210</pubmed></ref><ref name=Hara2023><pubmed>37848288</pubmed></ref>。移動神経細胞において、Arf4とArf6はそれぞれ[[逆行性輸送経路]]および[[リサイクリング経路]]を介したN-カドへリンの小胞輸送の制御により[[放射状グリア]]との細胞接着性を調節する可能性が示唆されている<ref name=Hara2016><pubmed>27622210</pubmed></ref><ref name=Hara2023><pubmed>37848288</pubmed></ref>。また、神経細胞移動におけるArf6の活性化制御としてArf6-GAPである[[ACAP3]]の関与が報告されている<ref name=Miura2017><pubmed>28919417</pubmed></ref>が、Arf6-GEFは不明である。 | |||
=== 軸索形成 === | === 軸索形成 === | ||
Arf6は、PIP5Kの活性化を介して、[[成長円錐]]でのアクチン細胞骨格を制御し、軸索の分岐や伸長を抑制的に調節することが海馬[[初代培養細胞]]において報告されている<ref name=Hernandez-Deviez2004><pubmed>14565977</pubmed></ref>。同様に[[脊髄神経節]]初代培養細胞においてもArf6の活性化は軸索の伸長に抑制的に作用する<ref name=Eva2012><pubmed>22836268</pubmed></ref>。 | |||
Arf6ノックアウトマウスは、胎生12.5日齢の脊髄において脊髄交連神経の正中線での軸索投射異常を示す<ref name=Kinoshita-Kawada2019><pubmed>30674481</pubmed></ref> | Arf6ノックアウトマウスは、胎生12.5日齢の脊髄において脊髄交連神経の正中線での軸索投射異常を示す<ref name=Kinoshita-Kawada2019><pubmed>30674481</pubmed></ref>。その機序として、脊髄交連神経の成長円錐において、Arf6が軸索反発因子[[スリット]]の受容体[[Robo1]]や誘引因子[[Wnt5a]]の受容体[[Frizzled]]の適切なタイミングでの軸索膜上での発現を調節することにより、正中線通過後の交連線維の[[ネトリン]]に対する反発活性の獲得や吻側方向での軸索のターニングや伸長に関与する可能性が報告されている<ref name=Kinoshita-Kawada2019><pubmed>30674481</pubmed></ref><ref name=Onishi2013><pubmed>24305805</pubmed></ref>。なお、交連軸索投射異常を示す[[ショウジョウバエ]]変異体スクリーニングにより、Arf6-GEFであるBRAGファミリー分子のオルソログである[[Schizo]] / [[Loner]]が同定されている。Schizoは正中部グリア細胞において膜結合型スリットのArf6依存的なエンドサイトーシスを介して軸索の正中線の交差に関与する<ref name=Onel2004><pubmed>15148300</pubmed></ref>。 | ||
=== 軸索輸送 === | === 軸索輸送 === | ||
Arf6は、脊髄神経節ニューロンの軸索や[[PC12]]細胞の突起において、インテグリンを含む[[輸送小胞]]の逆行性輸送に関与する<ref name=Eva2012><pubmed>22836268</pubmed></ref>。さらにGTP結合型Arf6は、エフェクターのJIP3/JIP4と結合することにより、JIP3/JIP4の[[ダイナクチン]]/[[ダイニン]]複合体との相互作用とダイニンのモーター活性を促進し、[[オートファゴソーム]]の逆行性軸索輸送を制御することが海馬初代培養細胞で報告されている<ref name=Cason2023><pubmed>37909920</pubmed></ref>。軸索でのArf6の活性制御機構として、中枢神経系細胞において、Arf6-GEFであるEFA6Aは、[[軸索初節]]に豊富に局在し、[[軸索起部]]においてArf6の活性化を促し、軸索輸送を調節している可能性が報告されている<ref name=Eva2017><pubmed>28935671</pubmed></ref>。 | |||
一方、Arf4とArf5のダブルノックアウトマウス (Arf4/5 DKO)は、[[プロパノール]]や[[ガバペンチン]]反応性の[[本態性振戦]]様の[[不随意運動]]を示す。さらに、Arf4/5 DKOマウスの[[小脳プルキンエ細胞]]において、[[電位依存性ナトリウムチャネル]][[Nav1.6]]の軸索起始部での局在が障害され、自発的な連続発火が低下することから、クラスII Arfが小胞輸送経路を介した軸索起始部でのイオンチャネルの発現を制御する可能性が示唆されている<ref name=Hosoi2019><pubmed>31201232</pubmed></ref>。 | |||
=== 樹状突起形成 === | === 樹状突起形成 === | ||
Arf1とArf6は異なるシグナル制御経路を介して樹状突起の発達を制御する。Arf1はゴルジ装置においてBIG2により活性化され、[[RhoA]]-[[mDia]]経路を介して、頂上樹状突起の基部へのゴルジ装置の極性配置を制御し、頂上樹状突起の伸長・分岐に関与する<ref name=Hong2018><pubmed>29455446</pubmed></ref>。一方、Arf6の活性化は、初代海馬培養細胞の[[樹状突起]]の分岐形成<ref name=Hernandez-Deviez2004><pubmed>14565977</pubmed></ref>や海馬[[スライス培養]]での[[CA1]][[錐体神経細胞]]の樹状突起の[[網状分子層]]への伸長を抑制する<ref name=Han2020><pubmed>32873638</pubmed></ref>。樹状突起形成におけるArf6活性の制御因子としては、GEFとして[[サイトへジン-1]] <ref name=Han2020><pubmed>32873638</pubmed></ref>, [[サイトへジン-2]] <ref name=Hernandez-Deviez2002><pubmed>12032543</pubmed></ref>、[[EFA6A]] <ref name=Sakagami2004><pubmed>15009133</pubmed></ref>が、GAPとしてADAP1 ([[centaurin α1]]) <ref name=Moore2007><pubmed>17635995</pubmed></ref>と[[ACAP3]]<ref name=Miura2016><pubmed>27330119</pubmed></ref>の関与が報告されている。Arf6による樹状突起形成制御機構として、Rac1を介した細胞骨格の制御<ref name=Hernandez-Deviez2002><pubmed>12032543</pubmed></ref>、JIP3やFIP3によるモータータンパク質の活性調節を介した小胞輸送の制御<ref name=Suzuki2010><pubmed>20493856</pubmed></ref><ref name=Yazaki2014><pubmed>24576489</pubmed></ref>, GDP結合型Arf6との結合能を持つRab-GAPの[[TBC1D24]]を介した経路の関与<ref name=Falace2014><pubmed>24469796</pubmed></ref>が報告されている。 | |||
=== スパインの形成・維持 === | === スパインの形成・維持 === | ||
スパイン(棘突起)は樹状突起に沿ったキノコ状の突起で、興奮性シナプスの主要な場である。スパインはアクチン細胞骨格に富み、神経入力依存性に形態を変化させることが知られており([[構造的可塑性]])、長期的な伝達効率の変化([[シナプス可塑性]])と密接に関連する。また、その形態異常と種々の神経発達障害との病態機序との関連性が指摘されている。これまでにArf1とArf6のスパインの形成・維持への機能関与が報告されている。 | |||
Arf1は[[PICK1]]との相互作用を介して、PICK1による[[Arp2/3]]依存的なアクチン重合の阻害を調節することでスパイン構造の制御に関わる<ref name=Rocca2013><pubmed>23889934</pubmed></ref>。GTP型Arf1はPICK1と結合し[[AMPA型グルタミン酸受容体]]([[AMPAR]])を[[シナプス後肥厚部]]([[PSD]])で複合体を形成している。[[NMDA型グルタミン酸受容体]]([[NMDAR]])依存的[[LTD]]の過程で、NMDA刺激によりGTP型Arf1が[[GIT1]]などのArf-GAPによりGDP型に変換される結果、PICK1はArf1との結合から解放され、それに代わりArp2/3と結合し、Arp2/3によるアクチン線維の重合を抑制することで、スパイン頭部の退縮が引き起こされる。 | |||
一方、Arf6 は、初代海馬培養細胞において、スパインの発達段階に応じて双方向性の作用を示す<ref name=Choi2006><pubmed>16672654</pubmed></ref><ref name=Kim2015><pubmed>25605715</pubmed></ref><ref name=Miyazaki2005><pubmed>16325184</pubmed></ref>。Arf6の活性化は、スパイン形成期(培養11-15日) | 一方、Arf6 は、初代海馬培養細胞において、スパインの発達段階に応じて双方向性の作用を示す<ref name=Choi2006><pubmed>16672654</pubmed></ref><ref name=Kim2015><pubmed>25605715</pubmed></ref><ref name=Miyazaki2005><pubmed>16325184</pubmed></ref>。Arf6の活性化は、スパイン形成期(培養11-15日)において[[フィロポディア]]からスパインへの形成に促進的な作用を示すのに対して、スパイン維持期(培養17-20日)にはスパインの維持に対して抑制的に作用する<ref name=Choi2006><pubmed>16672654</pubmed></ref><ref name=Kim2015><pubmed>25605715</pubmed></ref><ref name=Miyazaki2005><pubmed>16325184</pubmed></ref>。発達期におけるArf6の活性化によるスパイン形成・成熟の促進機序としては、ホスホリパーゼDの活性化を介したRac経路によるアクチン細胞骨格の再編成<ref name=Kim2015><pubmed>25605715</pubmed></ref>や、細胞接着分子[[テレンセファリン]]の細胞膜からの取り込みによるフィロポディアからスパインへの成熟の促進<ref name=Raemaekers2012><pubmed>22781129</pubmed></ref>が考えられている。一方、Arf6による成熟期のスパイン維持の抑制機序として、成熟に伴うRacの発現低下とRhoの発現上昇によるRhoに対するArf6依存的なRac活性化経路の相対的な低下<ref name=Kim2015><pubmed>25605715</pubmed></ref>、GDP型Arf6の結合タンパク質である家族性[[てんかん]]原因遺伝子産物[[TBC1D24]]の関与<ref name=Lin2020><pubmed>32004315</pubmed></ref>が報告されている。Arf6のスパイン制御の上流活性化制御分子としては、Arf6-GEFとして[[EFA6A]]<ref name=Choi2006><pubmed>16672654</pubmed></ref><ref name=Raemaekers2012><pubmed>22781129</pubmed></ref>、BRAG2<ref name=Ansar2019><pubmed>31607425</pubmed></ref>が、Arf6-GAPとしてGIT1<ref name=Zhang2005><pubmed>15800193</pubmed></ref>、AGAP1<ref name=Arnold2016><pubmed>27713690</pubmed></ref>、ADAP1<ref name=Szatmari2021><pubmed>33139322</pubmed></ref>が関与する。 | ||
=== 神経終末部でのシナプス小胞サイクル === | === 神経終末部でのシナプス小胞サイクル === | ||