「軸索起始部」の版間の差分

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同義語:軸索初節<br>
英:axon initial segment 独:Axoninitialsegment 仏:segment initial de l'axone <br>
英:axon initial segment 独:Axoninitialsegment 仏:segment initial de l'axone <br>
英略称:AIS
英略称:AIS


{{box|text= 軸索起始部は、細胞体の近傍にある無髄の軸索領域であり、電位依存性 Naイオンチャネルや骨格分子が高密度に集積することによって、神経細胞における活動電位の起点として働くとともに、細胞体・樹状突起分子の軸索への侵入を防ぐことで神経細胞の極性維持の役割を担っている。}}
{{box|text= 軸索起始部は、細胞体の近傍にある無髄の軸索領域であり、電位依存性Naイオンチャネルや骨格分子が高密度に集積することによって、神経細胞における活動電位の起点として働くとともに、細胞体・樹状突起分子の軸索への侵入を防ぐことで神経細胞の極性維持の役割を担っている。}}


== 軸索起始部とは ==
== 軸索起始部とは ==
 軸索起始部は、細胞体と軸索を分ける長さ10~60 µmの無髄領域であり、軸索小丘(axon hillock)の遠位に位置し、軸索初節とも呼ばれる。軸索起始部にはイオンチャネルや接着分子などの膜タンパク質、足場タンパク質、骨格分子が高密度に集積しており、このことが神経細胞の出力生成や極性維持を可能にしている<ref name=Kole2012><pubmed>22284179</pubmed></ref>(1)。軸索起始部は従来、電子顕微鏡で観察される束化した微小管や細胞膜の裏打ち構造といった超微細構造によって定義されていたが、現在は電位依存性Naチャネルの足場タンパク質であるAnkyrinG(AnkG)が集積する領域として分子レベルで定義されている。軸索起始部とランビエ絞輪は分子構築がよく似ており、進化的に関連すると考えられている。これらの構造は480 kDaのankyrinGを獲得した脊椎動物から見られ、軸索起始部は無顎類(約500万年前)以降、ランビエ絞輪は顎口類(約440万年前)以降に出現することが知られている<ref name=Jenkins2015><pubmed>25552556</pubmed></ref>(2)。
[[ファイル:Kuba Axon Initial Segment Fig1.png|サムネイル|'''図1. 軸索起始部の位置''']]
 
 軸索起始部は、細胞体と軸索を分ける長さ10~60 µmの無髄領域であり、軸索小丘(axon hillock)の遠位に位置する('''図1''')。軸索起始部にはイオンチャネルや接着分子などの膜タンパク質、足場タンパク質、骨格分子が高密度に集積しており、このことが神経細胞の出力生成や極性維持を可能にしている<ref name=Kole2012><pubmed>22284179</pubmed></ref>(1)。軸索起始部は従来、電子顕微鏡で観察される束化した微小管や細胞膜の裏打ち構造といった超微細構造によって定義されていたが、現在は電位依存性Naチャネルの足場タンパク質であるAnkyrinG(AnkG)が集積する領域として分子レベルで定義されている。軸索起始部とランビエ絞輪は分子構築がよく似ており、進化的に関連すると考えられている。これらの構造は480 kDaのankyrinGを獲得した脊椎動物から見られ、軸索起始部は無顎類(約500万年前)以降、ランビエ絞輪は顎口類(約440万年前)以降に出現することが知られている<ref name=Jenkins2015><pubmed>25552556</pubmed></ref>(2)。
[[ファイル:Kuba Axon Initial Segment Fig2.png|サムネイル|'''図2. 軸索起始部の分子構築'''<br>イオンチャネルや接着分子などの膜タンパク質が足場であるAnkGを介してリング状のアクチンと&beta;IV/&alpha;II spectrinの四量体からなる膜直下の骨格に固定されている。微小管はTRIM46やMTCL-1によって架橋された束を形成し、AnkGはEB1/EB3およびNdel1を介して微小管と結合する。]]
== 分子 ==
== 分子 ==
=== 分子構築 ===
=== 分子構築 ===
 軸索起始部では、Naチャネルを始めとしたイオンチャネル、足場タンパク質(AnkG、PSD93)、細胞骨格(&beta;IV/&alpha;II spectrin、アクチン、微小管)、接着分子(NF 186、NrCAM、ADAM22、Caspr2、Tag1)が分子複合体を形成している。近年の超解像顕微鏡技術の進歩により、アクチンは細胞膜をリング状に裏打ちし、&beta;IV/&alpha;II spectrinのヘテロ四量体がこれらを繋ぐことで190 nm周期の格子構造をとることが示されている<ref name=Xu2013><pubmed>23239625</pubmed></ref><ref name=Leterrier2018><pubmed>29378864</pubmed></ref>(3, 4)(図1)。Naチャネルは足場であるAnkGと結合することで、&beta;IV/&alpha;II spectrinを介してアクチンリングに固定され、NF 186を介して細胞外基質(Brevican、Versican)に結合し、さらにEB1//EB3を介して束化した微小管とも結合しており、このことがNaチャネルの軸索起始部への集積を可能にしている。AnkGは軸索起始部の形成と維持に最も重要な分子であり、AnkGの欠失により軸索起始部は消失する<ref name=Hedstrom2007><pubmed>17724124</pubmed></ref><ref name=Sobotzik2009><pubmed>19805161</pubmed></ref>(5, 6)。
 軸索起始部では、Naチャネルを始めとしたイオンチャネル、足場タンパク質(AnkG、PSD93)、細胞骨格(&beta;IV/&alpha;II spectrin、アクチン、微小管)、接着分子(NF 186、NrCAM、ADAM22、Caspr2、Tag1)が分子複合体を形成している('''図2''')。近年の超解像顕微鏡技術の進歩により、アクチンは細胞膜をリング状に裏打ちし、&beta;IV/&alpha;II spectrinのヘテロ四量体がこれらを繋ぐことで190 nm周期の格子構造をとることが示されている<ref name=Xu2013><pubmed>23239625</pubmed></ref><ref name=Leterrier2018><pubmed>29378864</pubmed></ref>(3, 4)。Naチャネルは足場であるAnkGと結合することで、&beta;IV/&alpha;II spectrinを介してアクチンリングに固定され、NF 186を介して細胞外基質(Brevican、Versican)に結合し、さらにEB1//EB3を介して束化した微小管とも結合しており、このことがNaチャネルの軸索起始部への集積を可能にしている。AnkGは軸索起始部の形成と維持に最も重要な分子であり、AnkGの欠失により軸索起始部は消失する<ref name=Hedstrom2007><pubmed>17724124</pubmed></ref><ref name=Sobotzik2009><pubmed>19805161</pubmed></ref>(5, 6)。


=== イオンチャネル ===
=== イオンチャネル ===
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=== 恒常的可塑性 ===
=== 恒常的可塑性 ===
 軸索起始部の長さや軸索上の位置は神経活動の変化に応じて可塑的に変化し、この変化は恒常的可塑性として神経活動をネガティブフィードバックに調節する<ref name=Grubb2010><pubmed>20543823</pubmed></ref><ref name=Kuba2010><pubmed>20543822</pubmed></ref>(13, 14)。軸索起始部可塑性における軸索起始部の変化は細胞種によって異なる。例えば、発達期の視覚野や聴覚神経核では感覚入力によって軸索起始部の長さが短縮する<ref name=Gutzmann2014><pubmed>24672466</pubmed></ref><ref name=Akter2020><pubmed>32719016</pubmed></ref>(15, 16)。一方、海馬の分散培養標本では脱分極によって軸索起始部の位置が細胞体から離れる<ref name=Grubb2010><pubmed>20543823</pubmed></ref>(13)。また、嗅球では脱分極によって軸索起始部の位置が興奮性細胞と抑制性細胞で逆の変化を示し、興奮性細胞では細胞体から離れるのに対して、抑制性細胞では細胞体に近づく<ref name=Chand2015><pubmed>25632134</pubmed></ref>(17)。軸索起始部可塑性は神経細胞の興奮性が亢進するてんかんなどの病態でもみられる<ref name=Harty2013><pubmed>23602553</pubmed></ref>(18)。
 軸索起始部の長さや軸索上の位置は神経活動の変化に応じて可塑的に変化し、この変化は恒常的可塑性として神経活動をネガティブフィードバックに調節する<ref name=Grubb2010><pubmed>20543823</pubmed></ref><ref name=Kuba2010><pubmed>20543822</pubmed></ref>(13, 14)。軸索起始部可塑性における軸索起始部の変化は細胞種によって異なる。例えば、発達期の視覚野や聴覚神経核では感覚入力によって軸索起始部の長さが短縮する<ref name=Gutzmann2014><pubmed>24672466</pubmed></ref><ref name=Akter2020><pubmed>32719016</pubmed></ref>(15, 16)。一方、海馬の分散培養標本では脱分極によって軸索起始部の位置が細胞体から離れる<ref name=Grubb2010><pubmed>20543823</pubmed></ref>(13)。また、嗅球では脱分極によって軸索起始部の位置が興奮性細胞と抑制性細胞で逆の変化を示し、興奮性細胞では細胞体から離れるのに対して、抑制性細胞では細胞体に近づく<ref name=Chand2015><pubmed>25632134</pubmed></ref>(17)。軸索起始部可塑性は神経細胞の興奮性が亢進するてんかんなどの病態でもみられる<ref name=Harty2013><pubmed>23602553</pubmed></ref>(18)。
軸索起始部可塑性は数時間から数日にわたる緩徐な変化であり、これは軸索起始部の分子構築の再編を反映すると考えられている。軸索起始部可塑性にはCaチャネルを介した細胞内Caイオンの濃度変化が重要である。軸索起始部可塑性に関わる分子としては、カルシニューリンやサイクリン依存性キナーゼ5(cdk5)が知られる<ref name=Evans2013><pubmed>23595753</pubmed></ref><ref name=Trunova2011><pubmed>21775591</pubmed></ref><ref name=Jahan2023><pubmed>36639893</pubmed></ref>(19-21)。これら分子が軸索起始部の分布を変化させるしくみは分かっていないが、エンドサイトーシスや微小管の再編が関わると考えられている。
 
 軸索起始部可塑性は数時間から数日にわたる緩徐な変化であり、これは軸索起始部の分子構築の再編を反映すると考えられている。軸索起始部可塑性にはCaチャネルを介した細胞内Caイオンの濃度変化が重要である。軸索起始部可塑性に関わる分子としては、カルシニューリンやサイクリン依存性キナーゼ5(cdk5)が知られる<ref name=Evans2013><pubmed>23595753</pubmed></ref><ref name=Trunova2011><pubmed>21775591</pubmed></ref><ref name=Jahan2023><pubmed>36639893</pubmed></ref>(19-21)。これら分子が軸索起始部の分布を変化させるしくみは分かっていないが、エンドサイトーシスや微小管の再編が関わると考えられている。


=== 極性維持 ===
=== 極性維持 ===
 軸索起始部は、細胞体・樹状突起分子の軸索への侵入を防ぐ分子バリアとして働くことで神経細胞の極性を維持する。この分子バリアには膜拡散と細胞内輸送の2つのしくみが関わり、AnkGはこの両方において重要な役割を担うと考えられている<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=Fréal2025><pubmed>39947181</pubmed></ref>(22, 23)。このため、海馬や小脳の神経細胞ではAnkGの欠失によって軸索起始部が消失し、さらに軸索にはスパインやシナプス後肥厚のような樹状突起の性質がみられるようになる<ref name=Hedstrom2007><pubmed>17724124</pubmed></ref><ref name=Sobotzik2009><pubmed>19805161</pubmed></ref>(5, 6)。膜拡散のバリアとしては、細胞膜直下のAnkG-&beta;IV spectrin-アクチンからなる細胞骨格に結合したイオンチャネルや接着分子などの膜貫通タンパク質が物理的に側方拡散を妨げる「ピケットフェンスモデル」が有力である<ref name=Nakada2003><pubmed>12819789</pubmed></ref>(24)。一方、細胞内輸送によるバリアとしては、ミオシンVaとアクチンパッチによる細胞体・樹状突起分子の輸送制御、EB1/3を介した微小管へのAnkG結合による軸索輸送の障害、微小管結合タンパク質であるMAP2やMAP6による順行性輸送の制御、ダイニン結調節因子であるNdel1による逆行性輸送の制御などの説がある<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref>
 軸索起始部は、細胞体・樹状突起分子の軸索への侵入を防ぐ分子バリアとして働くことで神経細胞の極性を維持する。この分子バリアには膜拡散と細胞内輸送の2つのしくみが関わり、AnkGはこの両方において重要な役割を担うと考えられている<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=Fréal2025><pubmed>39947181</pubmed></ref>(22, 23)。このため、海馬や小脳の神経細胞ではAnkGの欠失によって軸索起始部が消失し、さらに軸索にはスパインやシナプス後肥厚のような樹状突起の性質がみられるようになる<ref name=Hedstrom2007><pubmed>17724124</pubmed></ref><ref name=Sobotzik2009><pubmed>19805161</pubmed></ref>(5, 6)。膜拡散のバリアとしては、細胞膜直下のAnkG-&beta;IV spectrin-アクチンからなる細胞骨格に結合したイオンチャネルや接着分子などの膜貫通タンパク質が物理的に側方拡散を妨げる「ピケットフェンスモデル」が有力である<ref name=Nakada2003><pubmed>12819789</pubmed></ref>(24)。一方、細胞内輸送によるバリアとしては、ミオシンVaとアクチンパッチによる細胞体・樹状突起分子の輸送制御、EB1/3を介した微小管へのAnkG結合による軸索輸送の障害、微小管結合タンパク質であるMAP2やMAP6による順行性輸送の制御、ダイニン結調節因子であるNdel1による逆行性輸送の制御などの説がある<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=Fréal2025><pubmed>39947181</pubmed></ref>(22, 23)。
<ref name=Fréal2025><pubmed>39947181</pubmed></ref>
(22, 23)。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==