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{{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある[1-5]<ref name=Mercuri2013> | {{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある[1-5]<ref name=Mercuri2013><pubmed>23465426</pubmed></ref><ref name=Birnkrant2018>'''Birnkrant DJ, Bushby K, Bann CM, et al. (2018)'''<br>Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267.</ref><ref name=Harper2001>'''Harper PS. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders</ref><ref name=Tawil2015><pubmed>26215877</pubmed></ref><ref name=Straub2018><pubmed>30055862</pubmed></ref>。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている[11,16,17]<ref name=Straub2022><pubmed>34863211</pubmed></ref><ref name=Komaki2020><pubmed>33285037</pubmed></ref><ref name=PMDA2025>Pharmaceuticals and Medical Devices Agency. Delandistrogene moxeparvovec (ELEVIDYS) for Duchenne muscular dystrophy: approval and safety information. 2025.</ref>。}} | ||
== イントロダクション == | == イントロダクション == | ||
筋ジストロフィーは、骨格筋の進行性変性と筋力低下を主徴とする遺伝性筋疾患群である。従来は臨床症候に基づいて分類されてきたが、分子遺伝学の進歩により、それぞれ異なる原因遺伝子と病態機序をもつ疾患の集合体であることが明らかになった[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002> | 筋ジストロフィーは、骨格筋の進行性変性と筋力低下を主徴とする遺伝性筋疾患群である。従来は臨床症候に基づいて分類されてきたが、分子遺伝学の進歩により、それぞれ異なる原因遺伝子と病態機序をもつ疾患の集合体であることが明らかになった[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002><pubmed>11879882</pubmed></ref>。現在では50を超える病型・病型亜分類が知られており、臨床像、遺伝形式、病理所見、遺伝学的所見を統合して分類される。代表的病型の分子基盤として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーではDMD遺伝子、筋強直性ジストロフィー1型ではDMPK遺伝子のCTGリピート伸長、2型ではCNBP遺伝子のCCTGリピート伸長、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーではDUX4異常発現、肢帯型筋ジストロフィーではCAPN3やDYSFなど複数遺伝子の異常が知られる[3-5,12,13]<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/><ref name=Richard1995><pubmed>7720071</pubmed></ref><ref name=Liu1998><pubmed>9731526</pubmed></ref>。 | ||
脳科学との関連では、筋ジストロフィーは骨格筋のみの疾患ではない。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、脳内で発現するジストロフィン・アイソフォームの異常と関連して、発達、認知、行動面の変化がみられることがある。また、筋強直性ジストロフィーでは、認知機能障害、日中の過度の眠気、注意・遂行機能障害などの中枢神経症状がみられる[7-10]<ref name=Udd2012><pubmed>22995693</pubmed></ref><ref name=日本神経学会>日本神経学会. 筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン.</ref><ref name=Hendriksen2008><pubmed>18354150</pubmed></ref><ref name=Doorenweerd2017><pubmed>28974727</pubmed></ref>。代表的筋ジストロフィーの主な特徴と中枢神経系との対応を表1に示す。 | |||
{| class="wikitable" | |||
|+ 表1.代表的筋ジストロフィーの特徴と中枢神経系との関連 | |||
! 疾患名 | |||
! 主な原因遺伝子 / 分子機構 | |||
! 主な臨床特徴 | |||
! 中枢神経系との関連 | |||
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| デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) | |||
| [[Dystrophin]] ([[DMD]]) | |||
| 小児期発症、進行性筋力低下、心筋症、呼吸障害 | |||
| 発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム傾向 | |||
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| ベッカー型筋ジストロフィー (BMD) | |||
| [[Dystrophin]] ([[DMD]]) | |||
| 思春期〜成人発症、緩徐進行 | |||
| 軽度の認知機能変化がみられる場合あり | |||
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| 筋強直性ジストロフィー1型 (DM1) | |||
| [[Dystrophia myotonica protein kinase]] ([[DMPK]]) | |||
| 筋強直、筋力低下、白内障、内分泌異常 | |||
| 認知障害、過眠、遂行機能障害 | |||
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| 筋強直性ジストロフィー2型 (DM2) | |||
| [[Cellular nucleic acid binding protein]] ([[CNBP]]) | |||
| 近位筋優位の筋力低下、筋痛 | |||
| 軽度の認知機能障害 | |||
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| 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー (FSHD) | |||
| [[Double homeobox 4]] ([[DUX4]]) | |||
| 顔面・肩甲帯筋の筋力低下 | |||
| 一部で認知・情動の変化 | |||
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| 肢帯型筋ジストロフィー (LGMD) | |||
| [[Calpain 3]] ([[CAPN3]]), [[Dysferlin]] ([[DYSF]]) など | |||
| 近位筋優位の筋力低下 | |||
| 通常は中枢神経症状は少ないが、一部で合併あり | |||
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|} | |||
== 診断 == | == 診断 == | ||
筋ジストロフィーの診断は、病歴、家族歴、神経学的診察、血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase: CK)測定、筋電図、筋画像、筋生検、遺伝子検査などを組み合わせて行う。進行性筋力低下の分布、発症年齢、筋強直の有無、心筋障害、呼吸障害、中枢神経症状などの筋外症状、および家族歴は、病型推定に有用である[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。血清クレアチンキナーゼ値は多くの病型で上昇するが、上昇の程度は病型や病期によって異なる。近年は次世代シークエンスを含む遺伝学的検査が診断の中心であり、必要に応じて筋病理や画像所見を補助的に用いる[11]<ref name=Straub2022/>。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーでは、欠失・重複、点変異、スプライシング異常の評価が重要である。 | 筋ジストロフィーの診断は、病歴、家族歴、神経学的診察、血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase: CK)測定、筋電図、筋画像、筋生検、遺伝子検査などを組み合わせて行う。進行性筋力低下の分布、発症年齢、筋強直の有無、心筋障害、呼吸障害、中枢神経症状などの筋外症状、および家族歴は、病型推定に有用である[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。血清クレアチンキナーゼ値は多くの病型で上昇するが、上昇の程度は病型や病期によって異なる。近年は次世代シークエンスを含む遺伝学的検査が診断の中心であり、必要に応じて筋病理や画像所見を補助的に用いる[11]<ref name=Straub2022/>。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーでは、欠失・重複、点変異、スプライシング異常の評価が重要である。 | ||
=== 鑑別診断 === | |||
炎症性筋疾患、代謝性ミオパチー、ミトコンドリア病、先天性ミオパチー、運動ニューロン疾患、末梢神経障害などが挙げられる。さらに、筋ジストロフィーの中でも病型間の鑑別は重要であり、発症年齢、筋障害の分布、筋外症状、遺伝形式が手がかりとなる。たとえば、中枢神経症状が前景に出る場合にはデュシェンヌ型筋ジストロフィー関連認知障害や筋強直性ジストロフィーを考慮し、顔面・肩甲帯優位なら顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、近位筋優位なら肢帯型筋ジストロフィーを疑う[2-5,7-10]<ref name=Birnkrant2018/><ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/><ref name=Udd2012/><ref name=日本神経学会/><ref name=Hendriksen2008/><ref name=Doorenweerd2017/>)。 | |||
== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
筋ジストロフィーの病態は病型により異なるが、多くは筋線維膜(筋形質膜)の安定化、細胞骨格と細胞外マトリックスの連結、核膜機能、糖鎖修飾、膜修復(筋線維膜の微小損傷を修復する機構)、RNA代謝、転写制御などの異常に起因する[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子であるジストロフィン・タンパク質(dystrophin)の主要ドメイン構造を図1に示す。ジストロフィン・タンパク質は筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と細胞外マトリックスを連結する。この複合体の概要を図2に示す。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうしたアウトオブフレーム変異とインフレーム変異の違い、およびエクソン53スキッピングによる読み枠回復の概念を図3に示す[11,16,18]<ref name=Straub2022/><ref name=Komaki2020/><ref name=Anthony2014> | 筋ジストロフィーの病態は病型により異なるが、多くは筋線維膜(筋形質膜)の安定化、細胞骨格と細胞外マトリックスの連結、核膜機能、糖鎖修飾、膜修復(筋線維膜の微小損傷を修復する機構)、RNA代謝、転写制御などの異常に起因する[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子であるジストロフィン・タンパク質(dystrophin)の主要ドメイン構造を図1に示す。ジストロフィン・タンパク質は筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と細胞外マトリックスを連結する。この複合体の概要を図2に示す。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうしたアウトオブフレーム変異とインフレーム変異の違い、およびエクソン53スキッピングによる読み枠回復の概念を図3に示す[11,16,18]<ref name=Straub2022/><ref name=Komaki2020/><ref name=Anthony2014><pubmed>24217213</pubmed></ref>。 | ||
さらに、多くの病型で骨格筋以外の臓器障害を伴う。心筋症や不整脈、呼吸障害、内分泌代謝異常、白内障、難聴、中枢神経症状などが代表的であり、病型特異性が高い[1,6,8]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/><ref name=日本神経学会/>。脳科学の観点からは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおけるジストロフィン・アイソフォーム異常に関連して、発達、認知、行動面の変化、たとえば発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム症特性などがみられることがある。さらに、筋強直性ジストロフィーにおける中枢神経症候、一部の先天性筋ジストロフィーや肢帯型筋ジストロフィーでみられるてんかん、知的機能低下、発達特性などが重要である。 | さらに、多くの病型で骨格筋以外の臓器障害を伴う。心筋症や不整脈、呼吸障害、内分泌代謝異常、白内障、難聴、中枢神経症状などが代表的であり、病型特異性が高い[1,6,8]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/><ref name=日本神経学会/>。脳科学の観点からは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおけるジストロフィン・アイソフォーム異常に関連して、発達、認知、行動面の変化、たとえば発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム症特性などがみられることがある。さらに、筋強直性ジストロフィーにおける中枢神経症候、一部の先天性筋ジストロフィーや肢帯型筋ジストロフィーでみられるてんかん、知的機能低下、発達特性などが重要である。 | ||
== 治療 == | == 治療 == | ||
多くの筋ジストロフィーでは、現時点でも治療の基本は対症療法である。理学療法、拘縮予防、装具療法、呼吸管理、心機能管理、栄養管理、嚥下評価、生活支援は、ほぼすべての病型で重要である[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。一部の病型では分子病態に基づく治療が導入されつつあり、遺伝学的診断は治療選択の観点からも重要性を増している。 | 多くの筋ジストロフィーでは、現時点でも治療の基本は対症療法である。理学療法、拘縮予防、装具療法、呼吸管理、心機能管理、栄養管理、嚥下評価、生活支援は、ほぼすべての病型で重要である[1,6]<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。一部の病型では分子病態に基づく治療が導入されつつあり、遺伝学的診断は治療選択の観点からも重要性を増している。 | ||
デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど一部の病型では、アンチセンス核酸、ウイルスベクターによる遺伝子補充治療、ゲノム編集、RNA標的治療、細胞治療などの開発が進んでいる。たとえば、エクソン53スキッピング薬のビルトラルセン(ビルテプソ®)は、前駆体mRNAのスプライシングを操作して読み枠を回復し、短縮型ジストロフィン・タンパク質発現を促す治療である[16]<ref name=Komaki2020/>。また、マイクロジストロフィン遺伝子をAAVベクターで導入する遺伝子治療薬のデランジストロゲン モキセパルボベク(エレビジス®)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する疾患修飾薬として臨床導入された[17]<ref name=PMDA2025/>。一方で、適応となる病型や変異は限られており、長期的有効性と安全性の検討が続いている[2,11,14,15,17]<ref name=Birnkrant2018/><ref name=Straub2022/><ref name=Aartsma-Rus2017> | |||
デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど一部の病型では、アンチセンス核酸、ウイルスベクターによる遺伝子補充治療、ゲノム編集、RNA標的治療、細胞治療などの開発が進んでいる。たとえば、エクソン53スキッピング薬のビルトラルセン(ビルテプソ®)は、前駆体mRNAのスプライシングを操作して読み枠を回復し、短縮型ジストロフィン・タンパク質発現を促す治療である[16]<ref name=Komaki2020/>。また、マイクロジストロフィン遺伝子をAAVベクターで導入する遺伝子治療薬のデランジストロゲン モキセパルボベク(エレビジス®)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する疾患修飾薬として臨床導入された[17]<ref name=PMDA2025/>。一方で、適応となる病型や変異は限られており、長期的有効性と安全性の検討が続いている[2,11,14,15,17]<ref name=Birnkrant2018/><ref name=Straub2022/><ref name=Aartsma-Rus2017><pubmed>27929755</pubmed></ref><ref name=Long2016><pubmed>26721683</pubmed></ref><ref name=PMDA2025/>。 | |||
== 疫学 == | == 疫学 == | ||
筋ジストロフィー全体の頻度は病型ごとに大きく異なる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期発症の筋ジストロフィーとして最も頻度が高く、筋強直性ジストロフィー1型は成人発症筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い病型である[7,8]<ref name=Udd2012/><ref name=日本神経学会/>。一方、肢帯型筋ジストロフィーや先天性筋ジストロフィーは、原因遺伝子や地域差によって頻度が大きく変動する[3-5]<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/>。 | 筋ジストロフィー全体の頻度は病型ごとに大きく異なる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期発症の筋ジストロフィーとして最も頻度が高く、筋強直性ジストロフィー1型は成人発症筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い病型である[7,8]<ref name=Udd2012/><ref name=日本神経学会/>。一方、肢帯型筋ジストロフィーや先天性筋ジストロフィーは、原因遺伝子や地域差によって頻度が大きく変動する[3-5]<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/>。 | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
2026年4月16日 (木) 23:29時点における版
筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある[1-5][1][2][3][4][5]。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている[11,16,17][6][7][8]。
イントロダクション
筋ジストロフィーは、骨格筋の進行性変性と筋力低下を主徴とする遺伝性筋疾患群である。従来は臨床症候に基づいて分類されてきたが、分子遺伝学の進歩により、それぞれ異なる原因遺伝子と病態機序をもつ疾患の集合体であることが明らかになった[1,6][1][9]。現在では50を超える病型・病型亜分類が知られており、臨床像、遺伝形式、病理所見、遺伝学的所見を統合して分類される。代表的病型の分子基盤として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーではDMD遺伝子、筋強直性ジストロフィー1型ではDMPK遺伝子のCTGリピート伸長、2型ではCNBP遺伝子のCCTGリピート伸長、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーではDUX4異常発現、肢帯型筋ジストロフィーではCAPN3やDYSFなど複数遺伝子の異常が知られる[3-5,12,13][3][4][5][10][11]。
脳科学との関連では、筋ジストロフィーは骨格筋のみの疾患ではない。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、脳内で発現するジストロフィン・アイソフォームの異常と関連して、発達、認知、行動面の変化がみられることがある。また、筋強直性ジストロフィーでは、認知機能障害、日中の過度の眠気、注意・遂行機能障害などの中枢神経症状がみられる[7-10][12][13][14][15]。代表的筋ジストロフィーの主な特徴と中枢神経系との対応を表1に示す。
| 疾患名 | 主な原因遺伝子 / 分子機構 | 主な臨床特徴 | 中枢神経系との関連 |
|---|---|---|---|
| デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) | Dystrophin (DMD) | 小児期発症、進行性筋力低下、心筋症、呼吸障害 | 発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム傾向 |
| ベッカー型筋ジストロフィー (BMD) | Dystrophin (DMD) | 思春期〜成人発症、緩徐進行 | 軽度の認知機能変化がみられる場合あり |
| 筋強直性ジストロフィー1型 (DM1) | Dystrophia myotonica protein kinase (DMPK) | 筋強直、筋力低下、白内障、内分泌異常 | 認知障害、過眠、遂行機能障害 |
| 筋強直性ジストロフィー2型 (DM2) | Cellular nucleic acid binding protein (CNBP) | 近位筋優位の筋力低下、筋痛 | 軽度の認知機能障害 |
| 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー (FSHD) | Double homeobox 4 (DUX4) | 顔面・肩甲帯筋の筋力低下 | 一部で認知・情動の変化 |
| 肢帯型筋ジストロフィー (LGMD) | Calpain 3 (CAPN3), Dysferlin (DYSF) など | 近位筋優位の筋力低下 | 通常は中枢神経症状は少ないが、一部で合併あり |
診断
筋ジストロフィーの診断は、病歴、家族歴、神経学的診察、血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase: CK)測定、筋電図、筋画像、筋生検、遺伝子検査などを組み合わせて行う。進行性筋力低下の分布、発症年齢、筋強直の有無、心筋障害、呼吸障害、中枢神経症状などの筋外症状、および家族歴は、病型推定に有用である[1,6][1][9]。血清クレアチンキナーゼ値は多くの病型で上昇するが、上昇の程度は病型や病期によって異なる。近年は次世代シークエンスを含む遺伝学的検査が診断の中心であり、必要に応じて筋病理や画像所見を補助的に用いる[11][6]。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィー/ベッカー型筋ジストロフィーでは、欠失・重複、点変異、スプライシング異常の評価が重要である。
鑑別診断
炎症性筋疾患、代謝性ミオパチー、ミトコンドリア病、先天性ミオパチー、運動ニューロン疾患、末梢神経障害などが挙げられる。さらに、筋ジストロフィーの中でも病型間の鑑別は重要であり、発症年齢、筋障害の分布、筋外症状、遺伝形式が手がかりとなる。たとえば、中枢神経症状が前景に出る場合にはデュシェンヌ型筋ジストロフィー関連認知障害や筋強直性ジストロフィーを考慮し、顔面・肩甲帯優位なら顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、近位筋優位なら肢帯型筋ジストロフィーを疑う[2-5,7-10][2][3][4][5][12][13][14][15])。
病態生理
筋ジストロフィーの病態は病型により異なるが、多くは筋線維膜(筋形質膜)の安定化、細胞骨格と細胞外マトリックスの連結、核膜機能、糖鎖修飾、膜修復(筋線維膜の微小損傷を修復する機構)、RNA代謝、転写制御などの異常に起因する[1,6][1][9]。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子であるジストロフィン・タンパク質(dystrophin)の主要ドメイン構造を図1に示す。ジストロフィン・タンパク質は筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と細胞外マトリックスを連結する。この複合体の概要を図2に示す。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうしたアウトオブフレーム変異とインフレーム変異の違い、およびエクソン53スキッピングによる読み枠回復の概念を図3に示す[11,16,18][6][7][16]。
さらに、多くの病型で骨格筋以外の臓器障害を伴う。心筋症や不整脈、呼吸障害、内分泌代謝異常、白内障、難聴、中枢神経症状などが代表的であり、病型特異性が高い[1,6,8][1][9][13]。脳科学の観点からは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおけるジストロフィン・アイソフォーム異常に関連して、発達、認知、行動面の変化、たとえば発達遅滞、学習障害、注意障害、自閉スペクトラム症特性などがみられることがある。さらに、筋強直性ジストロフィーにおける中枢神経症候、一部の先天性筋ジストロフィーや肢帯型筋ジストロフィーでみられるてんかん、知的機能低下、発達特性などが重要である。
治療
多くの筋ジストロフィーでは、現時点でも治療の基本は対症療法である。理学療法、拘縮予防、装具療法、呼吸管理、心機能管理、栄養管理、嚥下評価、生活支援は、ほぼすべての病型で重要である[1,6][1][9]。一部の病型では分子病態に基づく治療が導入されつつあり、遺伝学的診断は治療選択の観点からも重要性を増している。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど一部の病型では、アンチセンス核酸、ウイルスベクターによる遺伝子補充治療、ゲノム編集、RNA標的治療、細胞治療などの開発が進んでいる。たとえば、エクソン53スキッピング薬のビルトラルセン(ビルテプソ®)は、前駆体mRNAのスプライシングを操作して読み枠を回復し、短縮型ジストロフィン・タンパク質発現を促す治療である[16][7]。また、マイクロジストロフィン遺伝子をAAVベクターで導入する遺伝子治療薬のデランジストロゲン モキセパルボベク(エレビジス®)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する疾患修飾薬として臨床導入された[17][8]。一方で、適応となる病型や変異は限られており、長期的有効性と安全性の検討が続いている[2,11,14,15,17][2][6][17][18][8]。
疫学
筋ジストロフィー全体の頻度は病型ごとに大きく異なる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期発症の筋ジストロフィーとして最も頻度が高く、筋強直性ジストロフィー1型は成人発症筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い病型である[7,8][12][13]。一方、肢帯型筋ジストロフィーや先天性筋ジストロフィーは、原因遺伝子や地域差によって頻度が大きく変動する[3-5][3][4][5]。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5
Mercuri, E., & Muntoni, F. (2013).
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Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267. - ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 Harper PS. (2001).
Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders - ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3
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