「クラステリン」の版間の差分
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著者:板倉英祐 | 著者:板倉英祐 | ||
英語名:Clusterin | 英語名:Clusterin<br> | ||
分子略称:CLU | 分子略称:CLU<br> | ||
別名:アポリポタンパク質J(ApoJ)、SGP-2、TRPM-2、SP-40,40、補体溶解抑制因子(CLI) | |||
{{box|text= クラステリンは、生体に広く存在する約75–80 kDaの分泌型ヘテロ二量体糖タンパク質である。生体内の多種多様な体液(血漿、髄液、精液など)に豊富に存在する。哺乳類で最初に同定された分泌型分子シャペロンであり、ATP非依存的に変性・折り畳み不全タンパク質と結合して可溶性高分子複合体を形成する細胞外シャペロンとして機能する。細胞外のシャペロンとしてタンパク質の異常凝集を防ぐほか、異常タンパク質のクリアランス、脂質輸送、補体カスケードの制御、アポトーシス調節など多様な生理機能を持つ。大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)によりアルツハイマー病(AD)の遺伝的リスク因子として同定されており、神経変性疾患の病態生理において重要な分子である。}} | |||
== | == 歴史的背景== | ||
クラステリンは、1983年にBlaschukおよびFritzらによってヒツジの精巣網液(rete testis fluid)から、体外で細胞の凝集(clustering)を促進する因子として初めて単離・命名された<ref name="ref1"><pubmed>6863260</pubmed></ref> | |||
その後、以下のように独立した複数の研究領域から同一の分子が相次いで同定された: | その後、以下のように独立した複数の研究領域から同一の分子が相次いで同定された: | ||
* ラットSertoli細胞の主要分泌[[糖タンパク質]](SGP-2)<ref name="ref2"><pubmed>3651384</pubmed></ref> | * ラットSertoli細胞の主要分泌[[糖タンパク質]](SGP-2)<ref name="ref2"><pubmed>3651384</pubmed></ref> | ||
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* 前立腺去勢退縮時に発現上昇する転写産物(TRPM-2)<ref name="ref4"><pubmed>3632663</pubmed></ref> | * 前立腺去勢退縮時に発現上昇する転写産物(TRPM-2)<ref name="ref4"><pubmed>3632663</pubmed></ref> | ||
* 血清高密度リポタンパク質(HDL)の構成アポリポタンパク質(ApoJ)<ref name="ref5"><pubmed>2376594</pubmed></ref> | * 血清高密度リポタンパク質(HDL)の構成アポリポタンパク質(ApoJ)<ref name="ref5"><pubmed>2376594</pubmed></ref> | ||
1992年にケンブリッジで開催された第1回国際クラステリンワークショップにおいて、統一名称としてClusterin(CLU)が決定された<ref name="ref6"><pubmed>10694874</pubmed></ref>。さらに1999年、Wilsonらの研究グループにより、[[熱ショックタンパク質|スモールヒートショックタンパク質]](sHSP)と酷似した[[分子シャペロン]]活性を持つことが発見され、哺乳類における最初の細胞外分子シャペロンとしての概念が確立された<ref name="ref7"><pubmed>10066740</pubmed></ref>。 | 1992年にケンブリッジで開催された第1回国際クラステリンワークショップにおいて、統一名称としてClusterin(CLU)が決定された<ref name="ref6"><pubmed>10694874</pubmed></ref>。さらに1999年、Wilsonらの研究グループにより、[[熱ショックタンパク質|スモールヒートショックタンパク質]](sHSP)と酷似した[[分子シャペロン]]活性を持つことが発見され、哺乳類における最初の細胞外分子シャペロンとしての概念が確立された<ref name="ref7"><pubmed>10066740</pubmed></ref>。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
=== 一次構造と翻訳後修飾 === | === 一次構造と翻訳後修飾 === | ||
ヒトのクラステリン[[遺伝子]] | ヒトのクラステリン[[遺伝子]]は第8[[染色体]]短腕(8p21-p12)に位置し、9個の[[エクソン]]から構成される<ref name="ref8"><pubmed>8181474</pubmed></ref>。クラステリンは、N末端に22[[アミノ酸]]の[[シグナルペプチド]]を含む449アミノ酸の前駆体タンパク質として合成される<ref name="ref9"><pubmed>40781479</pubmed></ref>('''図1''')。 | ||
# [[小胞体]](ER)での修飾:シグナルペプチドが切断され、高マンノース型糖鎖が付加されるとともに、5本の分子内[[ジスルフィド結合]]が形成される([[ゴルジ体]]で切断後にα鎖とβ鎖を連結する鎖間ジスルフィド結合となる)。 | # [[小胞体]](ER)での修飾:シグナルペプチドが切断され、高マンノース型糖鎖が付加されるとともに、5本の分子内[[ジスルフィド結合]]が形成される([[ゴルジ体]]で切断後にα鎖とβ鎖を連結する鎖間ジスルフィド結合となる)。 | ||
# ゴルジ体での切断:Trans-Golgiネットワークにおいて、フーリン(furin)様[[プロテアーゼ]]によりArg227とSer228の間で開裂を受け、N末端側のβ鎖(23–227残基)とC末端側のα鎖(228–449残基)(各約35–40 kDa)からなるヘテロ二量体が形成される。 | # ゴルジ体での切断:Trans-Golgiネットワークにおいて、フーリン(furin)様[[プロテアーゼ]]によりArg227とSer228の間で開裂を受け、N末端側のβ鎖(23–227残基)とC末端側のα鎖(228–449残基)(各約35–40 kDa)からなるヘテロ二量体が形成される。 | ||
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=== 立体構造とシャペロン活性部位 === | === 立体構造とシャペロン活性部位 === | ||
近年、結晶構造解析およびAlphaFold2予測により、クラステリンは[[コイルドコイル]]ドメイン、ジスルフィド結合を集約したジスルフィドドメイン、およびα/βロール様ドメインの3つの不連続なドメインからなる立体構造を持つことが解明された<ref name="ref9" /> | 近年、結晶構造解析およびAlphaFold2予測により、クラステリンは[[コイルドコイル]]ドメイン、ジスルフィド結合を集約したジスルフィドドメイン、およびα/βロール様ドメインの3つの不連続なドメインからなる立体構造を持つことが解明された<ref name="ref9" />('''図2''')。 | ||
また、分子内に複数の両親媒性[[αヘリックス]]と、きわめて柔軟な[[天然変性タンパク質|天然変性領域]]とモルテン・グロブール様領域(特にβ鎖C末端のβ-tailおよびα鎖N末端のα-tail)を有している。この無秩序な疎水性テール領域が、変性タンパク質の露出した疎水性表面と多価的に相互作用することで、アミノ酸配列に依存しない広範な基質認識を可能にしているのかもしれない<ref name="ref9" />。 | また、分子内に複数の両親媒性[[αヘリックス]]と、きわめて柔軟な[[天然変性タンパク質|天然変性領域]]とモルテン・グロブール様領域(特にβ鎖C末端のβ-tailおよびα鎖N末端のα-tail)を有している。この無秩序な疎水性テール領域が、変性タンパク質の露出した疎水性表面と多価的に相互作用することで、アミノ酸配列に依存しない広範な基質認識を可能にしているのかもしれない<ref name="ref9" />。 | ||
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=== 受容体介在性エンドサイトーシスと分解経路(CRED経路) === | === 受容体介在性エンドサイトーシスと分解経路(CRED経路) === | ||
クラステリンが捕捉した細胞外のmisfolded proteinや[[アミロイドβ]]複合体は、細胞表面の[[ヘパラン硫酸]](HS)鎖を細胞膜上受容体として取り込まれ、[[リソソーム]]で分解・消去される<ref name="ref15"><pubmed>16319958</pubmed></ref><ref name="ref16"><pubmed>32211892</pubmed></ref>。この一連の分解系はCRED(Chaperone/carrier- and Receptor-mediated Extracellular protein Degradation)経路と呼ばれる。 | クラステリンが捕捉した細胞外のmisfolded proteinや[[アミロイドβ]]複合体は、細胞表面の[[ヘパラン硫酸]](HS)鎖を細胞膜上受容体として取り込まれ、[[リソソーム]]で分解・消去される<ref name="ref15"><pubmed>16319958</pubmed></ref><ref name="ref16"><pubmed>32211892</pubmed></ref>。この一連の分解系はCRED(Chaperone/carrier- and Receptor-mediated Extracellular protein Degradation)経路と呼ばれる。 | ||
クラステリンのクリアランス受容体には以下が含まれる。ヘパラン硫酸(HS)鎖[[プロテオグリカン]]:クラステリン表面の塩基性アミノ酸残基が、HS鎖の負電荷(硫酸基)と静電的に直接相互作用し、多種多様な組織で複合体の[[エンドサイトーシス]]とリソソーム分解を媒介する<ref name="ref16" />。VLDLR: クラステリンのβ-tailに結合することで、クラステリン+アミロイドβ複合体の取り込みに関わる<ref name="ref9" />。Megalin / LRP2:[[脈絡叢]]や腎近位尿細管などでクラステリン複合体のエンドサイトーシスを担う<ref name="ref17"><pubmed>7768901</pubmed></ref>。[[TREM2]]:[[ミクログリア]]においてアミロイドβとClusterinまたは[[アポリポタンパク質E|ApoE]]との複合体の取り込みに関わる<ref name="ref18"><pubmed>27477018</pubmed></ref>。 | クラステリンのクリアランス受容体には以下が含まれる。ヘパラン硫酸(HS)鎖[[プロテオグリカン]]:クラステリン表面の塩基性アミノ酸残基が、HS鎖の負電荷(硫酸基)と静電的に直接相互作用し、多種多様な組織で複合体の[[エンドサイトーシス]]とリソソーム分解を媒介する<ref name="ref16" />。VLDLR: クラステリンのβ-tailに結合することで、クラステリン+アミロイドβ複合体の取り込みに関わる<ref name="ref9" />。Megalin / LRP2:[[脈絡叢]]や腎近位尿細管などでクラステリン複合体のエンドサイトーシスを担う<ref name="ref17"><pubmed>7768901</pubmed></ref>。[[TREM2]]:[[ミクログリア]]においてアミロイドβとClusterinまたは[[アポリポタンパク質E|ApoE]]との複合体の取り込みに関わる<ref name="ref18"><pubmed>27477018</pubmed></ref>。 | ||
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=== アルツハイマー病(AD)における二面性(Janus-faced role) === | === アルツハイマー病(AD)における二面性(Janus-faced role) === | ||
クラステリンはアミロイドβ単量体や可溶性オリゴマーに結合して保護・分解へ導くことで凝集・線維化を防ぎ、毒性を中和する<ref name="ref13" /><ref name="ref16" /><ref name="ref23"><pubmed>22179788</pubmed></ref><ref name="ref24"><pubmed>19878774</pubmed></ref>。実際に大規模[[ゲノムワイド関連解析]](GWAS)により[[アルツハイマー病]](AD)の強力な遺伝的リスク因子としてクラステリンが同定された<ref name="ref25"><pubmed>19734903</pubmed></ref><ref name="ref26"><pubmed>19734902</pubmed></ref>。マウスを用いた研究から、クラステリンの増加がアミロイドβを減少させること<ref name="ref27"><pubmed>31077261</pubmed></ref><ref name="ref28"><pubmed>33246484</pubmed></ref>、クラステリンとApoEの両遺伝子欠損マウスにおいてアミロイドβの脳内蓄積が増強させること<ref name="ref29"><pubmed>14741101</pubmed></ref>、クラステリン欠損マウスが[[タウ|Tau]]変異体を発現するマウスの病態悪化(タウ病理や行動異常)を促進させることなど<ref name="ref30"><pubmed>33261653</pubmed></ref>、クラステリンがアミロイドβとTauに対して保護的な機能を持つことが報告されている。 | クラステリンはアミロイドβ単量体や可溶性オリゴマーに結合して保護・分解へ導くことで凝集・線維化を防ぎ、毒性を中和する<ref name="ref13" /><ref name="ref16" /><ref name="ref23"><pubmed>22179788</pubmed></ref><ref name="ref24"><pubmed>19878774</pubmed></ref>。実際に大規模[[ゲノムワイド関連解析]](GWAS)により[[アルツハイマー病]](AD)の強力な遺伝的リスク因子としてクラステリンが同定された<ref name="ref25"><pubmed>19734903</pubmed></ref><ref name="ref26"><pubmed>19734902</pubmed></ref>。マウスを用いた研究から、クラステリンの増加がアミロイドβを減少させること<ref name="ref27"><pubmed>31077261</pubmed></ref><ref name="ref28"><pubmed>33246484</pubmed></ref>、クラステリンとApoEの両遺伝子欠損マウスにおいてアミロイドβの脳内蓄積が増強させること<ref name="ref29"><pubmed>14741101</pubmed></ref>、クラステリン欠損マウスが[[タウ|Tau]]変異体を発現するマウスの病態悪化(タウ病理や行動異常)を促進させることなど<ref name="ref30"><pubmed>33261653</pubmed></ref>、クラステリンがアミロイドβとTauに対して保護的な機能を持つことが報告されている。 | ||
一方で、クラステリンが病態悪化に寄与することを示す報告も存在する。例えば、クラステリン欠損マウスは毒性の高い線維状アミロイド斑の沈着を減少させることや<ref name="ref31"><pubmed>12145324</pubmed></ref>、クラステリンの欠損が脳実質のアミロイド斑を減少させ、脳血管アミロイド症が増加することが報告されている<ref name="ref32"><pubmed>28701379</pubmed></ref>。さらに、細胞を用いた研究からクラステリンがTauのシーディングならびに細胞間伝播を促進することも示唆されている<ref name="ref33"><pubmed>34381050</pubmed></ref>。 | 一方で、クラステリンが病態悪化に寄与することを示す報告も存在する。例えば、クラステリン欠損マウスは毒性の高い線維状アミロイド斑の沈着を減少させることや<ref name="ref31"><pubmed>12145324</pubmed></ref>、クラステリンの欠損が脳実質のアミロイド斑を減少させ、脳血管アミロイド症が増加することが報告されている<ref name="ref32"><pubmed>28701379</pubmed></ref>。さらに、細胞を用いた研究からクラステリンがTauのシーディングならびに細胞間伝播を促進することも示唆されている<ref name="ref33"><pubmed>34381050</pubmed></ref>。 | ||
このように、クラステリンはアルツハイマー病の病態形成において保護作用と病態促進作用の双方を併せ持つ二面性を示し、病期や微小環境によってその役割が変化する<ref name="ref33" /><ref name="ref34"><pubmed>35521968</pubmed></ref><ref name="ref35"><pubmed>30295351</pubmed></ref>。これらの相反する結果は、クラステリンが原因タンパク質に結合して凝集体形成を抑制するだけでなく細胞間伝播など多様な機能を担っていることや、使用したADモデルマウスの違いなどに起因すると考えられるため、結果の解釈には慎重な評価が必要である。 | このように、クラステリンはアルツハイマー病の病態形成において保護作用と病態促進作用の双方を併せ持つ二面性を示し、病期や微小環境によってその役割が変化する<ref name="ref33" /><ref name="ref34"><pubmed>35521968</pubmed></ref><ref name="ref35"><pubmed>30295351</pubmed></ref>。これらの相反する結果は、クラステリンが原因タンパク質に結合して凝集体形成を抑制するだけでなく細胞間伝播など多様な機能を担っていることや、使用したADモデルマウスの違いなどに起因すると考えられるため、結果の解釈には慎重な評価が必要である。 | ||
=== | === パーキンソン病=== | ||
クラステリンはパーキンソン病の原因一つである[[αシヌクレイン|α-シヌクレイン]]の表面に露出した疎水性部位に直接結合することで、凝集を防ぐとともに脂質膜障害や[[活性酸素]](ROS)の発生といった細胞毒性を直接軽減する保護的作用を持つことが示唆されている<ref name="ref33" /><ref name="ref36"><pubmed>29924993</pubmed></ref>。 | |||
===[[筋萎縮性側索硬化症]]/ [[前頭側頭型認知症]]=== | |||
培養細胞および[[ショウジョウバエ]]モデルで、[[TDP-43]]の凝集・局在異常や神経毒性を軽減する作用が報告されている<ref name="ref37"><pubmed>29115989</pubmed></ref> | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||