「受容野」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
英:receptive field 独:rezeptives feld 仏:champ récepteur  
英:receptive field 独:Rezeptives feld 仏:champ récepteur  


 感覚系の細胞の受容野 (receptive field)とは、外界あるいは体内に生じた刺激が、感覚器を通じてその細胞の活動に影響を及ぼしうる末梢の範囲のことである。受容野の場所、サイズ、形および内部構造は細胞により異なり、これらは細胞が特定の刺激に感受性をもつ基盤をなす。一般に感覚処理経路の初期の段階ほど、小さく単純な構造の受容野がみられ、後の段階ほど広く複雑な構造の受容野がみられる。受容野のこのような変化により、感覚系では、その処理経路に沿って、逐次複雑な情報処理がおこなわれる。  
 感覚系の細胞の受容野 (receptive field)とは、外界あるいは体内に生じた刺激が、感覚器を通じてその細胞の活動に影響を及ぼしうる末梢の範囲のことである。受容野の場所、サイズ、形および内部構造は細胞により異なり、これらは細胞が特定の刺激に感受性をもつ基盤をなす。一般に感覚処理経路の初期の段階ほど、小さく単純な構造の受容野がみられ、後の段階ほど広く複雑な構造の受容野がみられる。受容野のこのような変化により、感覚系では、その処理経路に沿って、逐次複雑な情報処理がおこなわれる。  
31行目: 31行目:
==== 中心周辺拮抗型受容野  ====
==== 中心周辺拮抗型受容野  ====


[[Image:RetinalGanglisonCell.png|thumb|351px|<i>図1 網膜神経節細胞の受容野構造</i><br />(A) ON中心OFF周辺型 では、明るい光で興奮(暗い光で抑制)がみられる領域(ON領域という、緑で示す)が受容野の中心に 、暗い光で興奮(明るい光で抑制)がみられる領域(OFF領域という)がその周辺に位置し、2つの領域は同心円状に配置する(A)。(B) OFF中心ON周辺型 では、OFF領域が受容野の中心に 、ON領域がその周辺に配置する。A, Bの下段は、これらの構造の1次元断面図であり、明るい光に対する興奮性を正に方向に示している。受容野は、サイズの異なる2つのガウス関数(実線)のの差分であるDOG関数で近似できる(波線)。( C )  ON中心OFF周辺型細胞を2次元サイン波縞刺激でテストするとき、縞の幅が適切であり、縞の明部が受容野の中心部に、縞の暗部が受容野の周辺部にくるときに強い興奮応答がみられる(Cの上段)。縞の幅が広く、縞の明部が受容野全体に入るとき細胞はあまり興奮しない。(Cの下段)]]  
[[Image:RetinalGanglisonCell.png|thumb|351px|'''図1. 網膜神経節細胞の受容野構造'''<br />(A) ON中心OFF周辺型 では、明るい光で興奮(暗い光で抑制)がみられる領域(ON領域という、緑で示す)が受容野の中心に 、暗い光で興奮(明るい光で抑制)がみられる領域(OFF領域という)がその周辺に位置し、2つの領域は同心円状に配置する(A)。(B) OFF中心ON周辺型 では、OFF領域が受容野の中心に 、ON領域がその周辺に配置する。A, Bの下段は、これらの構造の1次元断面図であり、明るい光に対する興奮性を正に方向に示している。受容野は、サイズの異なる2つのガウス関数(実線)のの差分であるDOG関数で近似できる(波線)。( C )  ON中心OFF周辺型細胞を2次元サイン波縞刺激でテストするとき、縞の幅が適切であり、縞の明部が受容野の中心部に、縞の暗部が受容野の周辺部にくるときに強い興奮応答がみられる(Cの上段)。縞の幅が広く、縞の明部が受容野全体に入るとき細胞はあまり興奮しない。(Cの下段)]]  


 視細胞からの入力を受け取る[[双極細胞]](bipolar cell)、次の段階に位置する[[網膜神経節細胞]](retinal ganglion cell)、さらに次の段階の視床[[LGN]]の細胞には、明るい光を受容野の中心部(center)に照射したときに興奮応答するON中心型(ON-center type)と、暗い光を照射したときに興奮応答するOFF中心型(OFF-center type)の2種類が存在する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 4778132 </pubmed></ref>。いずれも、中心部の周辺に照射された光には逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部に明るい光を受けたときに、OFF中心型細胞は周辺部に暗い光を受けたときに、抑制応答を示す。中心部と周辺部は同心円状に配置し、逆の反応がみられることから、この受容野を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とよぶ。神経節細胞ではさらに、中心部、周辺部のそれぞれの内部でも刺激の明暗の違いで反応が逆になり、明るい光で抑制反応がみられる場所では暗い光で興奮反応がみられ、暗い光で抑制反応がみられる場所では明るい光で興奮反応がみられる。このためON中心型の受容野をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図1A)、OFF中心型の受容野をOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)ともよんでいる(図1B)。このような受容野構造をもつ細胞は、2次元のサイン波縞刺激にたいして、明るい光あるいは暗い光が中心部にマッチするときには(図1C上)興奮応答するが、光が一様に入るときには(図1C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジの幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。    
 視細胞からの入力を受け取る[[双極細胞]](bipolar cell)、次の段階に位置する[[網膜神経節細胞]](retinal ganglion cell)、さらに次の段階の視床[[LGN]]の細胞には、明るい光を受容野の中心部(center)に照射したときに興奮応答するON中心型(ON-center type)と、暗い光を照射したときに興奮応答するOFF中心型(OFF-center type)の2種類が存在する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 4778132 </pubmed></ref>。いずれも、中心部の周辺に照射された光には逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部に明るい光を受けたときに、OFF中心型細胞は周辺部に暗い光を受けたときに、抑制応答を示す。中心部と周辺部は同心円状に配置し、逆の反応がみられることから、この受容野を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とよぶ。神経節細胞ではさらに、中心部、周辺部のそれぞれの内部でも刺激の明暗の違いで反応が逆になり、明るい光で抑制反応がみられる場所では暗い光で興奮反応がみられ、暗い光で抑制反応がみられる場所では明るい光で興奮反応がみられる。このためON中心型の受容野をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図1A)、OFF中心型の受容野をOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)ともよんでいる(図1B)。このような受容野構造をもつ細胞は、2次元のサイン波縞刺激にたいして、明るい光あるいは暗い光が中心部にマッチするときには(図1C上)興奮応答するが、光が一様に入るときには(図1C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジの幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。    
43行目: 43行目:
=== 第一次視覚野(V1野)単純型細胞の受容野  ===
=== 第一次視覚野(V1野)単純型細胞の受容野  ===


[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|351px|<i>図2. 単純型細胞の受容野構造</i><br />A. ON領域、OFF領域を白、黒であらわしている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。このような構造はガボールフィルターで表すことができる。B. ガボールフィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aに示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  
[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|351px|'''図2. 単純型細胞の受容野構造'''<br />A. ON領域、OFF領域を白、黒であらわしている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。このような構造はガボールフィルターで表すことができる。B. ガボールフィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aに示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  


==== 受容野構造  ====
==== 受容野構造  ====
69行目: 69行目:
=== 複雑型細胞の受容野  ===
=== 複雑型細胞の受容野  ===


[[Image:V1ComplexRF.png|thumb|350px|<i>図3. 複雑型細胞の受容野とその内部モデル</i><br /> A. 複雑型細胞の受容野の模式図。上に2次元構造、下に1次元断面図を示す。複雑型細胞ではON領域とOFF領域が重なりあっている。B. 複雑型細胞の受容野の内部モデル。右のCが複雑型細胞を模した出力ユニット(エネルギーユニットという)を表す。このモデルでは、単純型細胞を模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの出力が収斂することでCの出力が形成される。各サブユニットは、共通の方位、空間周波数と、90度ずつ位相のずれたガボールフィルターをもち、フィルターを通過した信号を半波整流して出力する。このような受容野内部構造により、明るい線分や暗い線分が受容野内部のどの位置に呈示されても、その方位や幅が適切であれば、複雑型細胞は興奮応答を示す。]]  
[[Image:V1ComplexRF.png|thumb|350px|'''図3. 複雑型細胞の受容野とその内部モデル'''<br /> A. 複雑型細胞の受容野の模式図。上に2次元構造、下に1次元断面図を示す。複雑型細胞ではON領域とOFF領域が重なりあっている。B. 複雑型細胞の受容野の内部モデル。右のCが複雑型細胞を模した出力ユニット(エネルギーユニットという)を表す。このモデルでは、単純型細胞を模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの出力が収斂することでCの出力が形成される。各サブユニットは、共通の方位、空間周波数と、90度ずつ位相のずれたガボールフィルターをもち、フィルターを通過した信号を半波整流して出力する。このような受容野内部構造により、明るい線分や暗い線分が受容野内部のどの位置に呈示されても、その方位や幅が適切であれば、複雑型細胞は興奮応答を示す。]]  


 複雑型細胞も、単純型細胞と同様、サイン波の方位や空間周波数に選択性な応答を示す。しかし、単純型細胞の応答がサイン波の位相に強く依存するのにたいし、複雑型細胞では、方位や空間周波数が最適であれば、位相に関係なく強い反応がみられる。この特性は、最適な方位や空間周波数が同じで、最適な位相が異なる単純型細胞群の出力が複雑型細胞で収斂することで、作られうる<ref name="ref4" />。これを示すモデルのうち最も単純なものが図3に示すエネルギーモデル(energy model)である。このモデルでは、単純型細胞を模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの出力が収斂することで、複雑型細胞を模したエネルギーユニット(Cで表す)の応答が形成される。各サブユニットは、共通の方位、空間周波数および90度ずつ位相のずれたガボールフィルターをもち、フィルターを通した入力信号を半波整流して出力する。さらに、各サブユニットが同じ時間受容野をもつようにモデルを拡張することで、エネルギーユニットが運動方向選択性を示すようにできる。この拡張したエネルギーモデルは[[運動エネルギーモデル]](motion energy model)とよばれている<ref><pubmed> 3973762  </pubmed></ref>。複雑型細胞の大半は運動方向選択性を示すが<ref name="ref3" />、その特性は運動エネルギーモデルでうまく説明できる<ref><pubmed> 1574836 </pubmed></ref>。  
 複雑型細胞も、単純型細胞と同様、サイン波の方位や空間周波数に選択性な応答を示す。しかし、単純型細胞の応答がサイン波の位相に強く依存するのにたいし、複雑型細胞では、方位や空間周波数が最適であれば、位相に関係なく強い反応がみられる。この特性は、最適な方位や空間周波数が同じで、最適な位相が異なる単純型細胞群の出力が複雑型細胞で収斂することで、作られうる<ref name="ref4" />。これを示すモデルのうち最も単純なものが図3に示すエネルギーモデル(energy model)である。このモデルでは、単純型細胞を模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの出力が収斂することで、複雑型細胞を模したエネルギーユニット(Cで表す)の応答が形成される。各サブユニットは、共通の方位、空間周波数および90度ずつ位相のずれたガボールフィルターをもち、フィルターを通した入力信号を半波整流して出力する。さらに、各サブユニットが同じ時間受容野をもつようにモデルを拡張することで、エネルギーユニットが運動方向選択性を示すようにできる。この拡張したエネルギーモデルは[[運動エネルギーモデル]](motion energy model)とよばれている<ref><pubmed> 3973762  </pubmed></ref>。複雑型細胞の大半は運動方向選択性を示すが<ref name="ref3" />、その特性は運動エネルギーモデルでうまく説明できる<ref><pubmed> 1574836 </pubmed></ref>。  
98行目: 98行目:


 腹側経路では、高次の段階に向かうにつれて、複雑な物体特徴を適刺激とするような受容野が増してくる。V2野に折れ線に反応する細胞<ref><pubmed> 15056711 </pubmed></ref> 、V4野にテクスチャー、パターン、曲率や凹凸の情報を伝える細胞<ref><pubmed> 8418487 </pubmed></ref>、TEO野には物体の部分的特徴、TE野に至っては顔などの極めて複雑な特徴の情報を伝える細胞が存在する<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1448150 </pubmed></ref>。これらの細胞の多くは、受容野内部で刺激の位置、向き、あるいは形を定義する手がかり(明るさの違いや色の違いなど)を変えても特徴選択性を維持する。 腹側経路でも、大部分の細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつことから、この経路も奥行き知覚に関与していると考えられている<ref><pubmed> 10899190 </pubmed></ref>。  
 腹側経路では、高次の段階に向かうにつれて、複雑な物体特徴を適刺激とするような受容野が増してくる。V2野に折れ線に反応する細胞<ref><pubmed> 15056711 </pubmed></ref> 、V4野にテクスチャー、パターン、曲率や凹凸の情報を伝える細胞<ref><pubmed> 8418487 </pubmed></ref>、TEO野には物体の部分的特徴、TE野に至っては顔などの極めて複雑な特徴の情報を伝える細胞が存在する<ref><pubmed> 6470767 </pubmed></ref><ref><pubmed> 1448150 </pubmed></ref>。これらの細胞の多くは、受容野内部で刺激の位置、向き、あるいは形を定義する手がかり(明るさの違いや色の違いなど)を変えても特徴選択性を維持する。 腹側経路でも、大部分の細胞は両眼に受容野をもち、両眼視差に感受性をもつことから、この経路も奥行き知覚に関与していると考えられている<ref><pubmed> 10899190 </pubmed></ref>。  
<br>


== 体性感覚系の受容野  ==
== 体性感覚系の受容野  ==
119行目: 117行目:
== 関連項目  ==
== 関連項目  ==


[[運動エネルギーモデル]]  
* [[運動エネルギーモデル]]  


[[運動方向選択性]]
* [[運動方向選択性]]


[[外側膝状体]]  
* [[外側膝状体]]  


[[ガボールフィルター]]  
* [[ガボールフィルター]]  


[[高次視覚野]]  
* [[高次視覚野]]  


[[視細胞]]  
* [[視細胞]]  


[[視床]]  
* [[視床]]  


[[双極細胞]]
* [[双極細胞]]


[[第一次視覚野]]  
* [[第一次視覚野]]  


[[第一次体性感覚野]]  
* [[第一次体性感覚野]]  


[[ミジェット細胞]]  
* [[ミジェット細胞]]  


[[パラソル細胞]]  
* [[パラソル細胞]]  


[[背側経路]]
* [[背側経路]]


[[腹側経路]]
* [[腹側経路]]


[[方位選択性]]
* [[方位選択性]]


[[網膜神経節細胞]]  
* [[網膜神経節細胞]]  


[[両眼視差]]
* [[両眼視差]]


[[両眼視差エネルギーモデル]]  
* [[両眼視差エネルギーモデル]]  


[[X細胞]]  
* [[X細胞]]  


[[Y細胞]]  
* [[Y細胞]]  


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
163行目: 161行目:
  <references />
  <references />


(執筆者:田中 宏喜、担当編集委員:藤田 一郎) 
(執筆者:田中宏喜 担当編集委員:藤田一郎)