細胞膜
英:plasma membrane
細胞膜とは、細胞質と細胞外環境を隔てる脂質膜を指し、細胞表面膜あるいは形質膜とも呼ばれる。細胞膜は厚さ7~9 nmの脂質2重層であり、膜平面内にタンパク質が密に分布している。細胞膜という用語は、広義には細胞を構成する膜全般を表すが、本稿では後者を生体膜と呼んで区別する。以下では、動物細胞の生体膜に共通した性質を概説しながら、細胞膜の特殊性について論じる。
細胞膜の分子構築
脂質2重層
生体膜の主要構成成分は脂質とタンパク質である。このうち脂質は、グリセロリン脂質とスフィンゴ脂質、ステロールに大別される。グリセロリン脂質はグリセロール骨格に2つのアシル基が置換した構造を、またスフィンゴ脂質は高級アミノアルコールのスフィンゴシン骨格に1つのアシル基が結合した構造をしており、極性部分と疎水性部分を併せ持つ両親媒性分子である。これらの脂質は、水中では炭化水素鎖の疎水性相互作用により会合し、極性頭部を溶媒に向けた2重層構造を形成する。細胞膜の基本構造は、脂質2重層によるマトリックスに種々の膜タンパク質が浮遊した構造であると考えられており、Singer とNicolsonによって流動モザイクモデルとして初めて提示された[1]。 脂質2重層は細胞内外の物質透過性を制限するバリアの役割を果たしているが、膜そのものは極めて流動的であり、膜成分は2次元平面内を容易に移動する。さらに細胞膜ではエンドサイトーシスとエクソサイトーシスによって、膜成分に絶え間ない流出入がある。従って、細胞膜は単なるバリアとしての静的なオルガネラではなく、常に状態を変化させていると言える。
細胞膜の脂質組成
生体膜脂質の組成は細胞種やオルガネラによって大きく異なるが、動物細胞では一般にリン脂質が大部分を占め、糖脂質などは比較的少ない。具体的には、ホスファチジルコリン(PC)、スフィンゴミエリン(SM)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)が多い。一方、細胞膜の特徴はSMとコレステロールが豊富であることである。ラット肝臓由来の細胞膜を例にとると、リン脂質のおよそ40 mol%がPC、20 mol%がSMであり、コレステロール/リン脂質比は0.8~1に達する[2][3]。人工膜を用いた実験において、コレステロールは飽和アルキル鎖と高い親和性をもつという知見があり、コレステロールの存在によってスフィンゴ脂質が「脂質ラフト」と呼ばれる液体秩序相を形成する可能性が指摘されている。定常状態の細胞膜に脂質ラフトが存在するか否かは論争のあるところであるが、種々の方法によって同一膜における脂質の不均一分布が確認されている。詳しくは脂質ラフトの項を参照されたい。また 同一膜内における2次元的な不均一分布に加えて、生体膜における膜脂質は2重層の外葉と内葉とでは組成に偏りがあることが知られている。これに関しては、#脂質分布の非対称性の項で詳述する。
膜タンパク質
生体膜は多量のタンパク質を含んでおり、タンパク質/脂質比は0.2~3と膜によって様々である[4]。膜タンパク質は、生化学的な性質の違いによって次の2種類に分類される。すなわち、①界面活性剤などで脂質膜を破壊して初めて可溶化される内在性タンパク質(integral protein)と、②イオン強度やpHの変化だけで膜から遊離する表在性タンパク質(peripheral protein)である。前者の場合、タンパク質自体に疎水性の領域があり、タンパク質と脂質膜が疎水性相互作用により結合している。膜貫通タンパク質や、脂質修飾によって膜にアンカーしているタンパク質がこの範疇に入る。一方、後者には、膜表面と静電的に相互作用しているタンパク質や、膜タンパク質との相互作用を介して間接的に膜と結合しているものなどがある。細胞膜に発現する膜タンパク質は、細胞が外界の環境を検知して応答し、また外界と物質をやりとりするために重要な役割を果たしている。
物理化学的性質
物質の透過性
脂質2重層は、膜中央部に疎水性の領域を有するため、脂溶性の物質を容易に透過させるが、イオンのような極性分子は通しにくい。一方で、細胞膜上には選択的な物質透過性をもつ膜タンパク質群が発現しており、輸送担体(transporter)と呼ばれる。輸送担体による輸送には、利用するエネルギーの種別によって受動輸送と能動輸送とがある。前者は細胞膜を貫通する孔を形成し、濃度勾配を利用した物質輸送(促進拡散)を担うことからチャネルと呼ばれる。一方、後者には、ATPの加水分解により得たエネルギーで物質を輸送するポンプや、イオンの濃度勾配すなわち電気化学ポテンシャルを利用して物質を輸送する共輸送体(symporter)や対向輸送体(antiporter)がある。膜を隔てた物質の非対称性はこれらの輸送担体の作用で形成され、脂質膜によって維持される。特に細胞内外の各種イオンの濃度勾配(Na+、K+、Ca2+など)は厳密に維持されており、神経細胞など興奮性膜現象の物理化学的基盤となっている。
脂質膜の流動性
生理的条件下において膜脂質は流動性の高い液晶状態にあり、脂質や膜タンパク質は2次元の平面内を側方に動き回ることができる。2次元のランダムな拡散現象はFickの拡散方程式により記述できるが、これによると膜分子が秒間に移動する平均距離はと表される。ここで拡散係数Dは、標識した膜分子の動態を追跡することによって実験的に決定され、人工膜中の脂質の場合には約10-2~10 µm2/sである。これは脂質分子が1秒間に平均0.2~6 µmの距離を移動することに相当し、細胞の直径が高々数10 µmであることを考えると極めて速い運動といえる。しかし生体膜における拡散係数は人工膜中よりも小さく、1/10~1/100程度である。これに関して楠見らは、膜貫通タンパク質がアクチン骨格と結合して杭のように並ぶことにより、脂質に対する「picket」すなわち拡散障壁として働くというモデルを提唱している[5]。なおスフィンゴ脂質に関しては人工膜中でも拡散が遅い例が報告されており、脂質間相互作用に基づく相分離の関与も想定される。 また極性を持つ細胞の細胞膜においては、管腔側と基底膜側など異なる領域間で膜成分の交換が著しく制限されているという観察結果がある。神経細胞を例にとると、軸索と細胞体の境界にある軸索起始部(initial segment)では、膜成分の側方運動が制限されており、膜タンパク質や膜骨格が拡散障壁として機能していると考えられている[6]。
脂質分布の非対称性
生体膜では脂質二重層の内葉と外葉の間に脂質分子の非対称性分布が見られる。PCとスフィンゴ脂質は外葉に多く、特に後者はほぼ外葉にのみ存在しているが、PE、PS、ホスファチジルイノシトール(PI)は内葉に多い[7]。PSの負電荷は種々のタンパク質の内葉へのリクルートに重要である。また細胞内シグナル伝達に関わるホスホイノシチド産生の基質となるPIが内葉に偏在していることは理に適う。その他の多くの脂質の非対称分布の意義については不明な点が多いが、膜蛋白質に結合して機能制御に関与する例が報告されている。 脂質分子の側方拡散がかなり速いことは前述した通りであるが、2重層を横切る脂質の移動、すなわち外葉から内葉に移動するflipと内葉から外葉に移動するflopは、人工膜では極めて遅い。これは荷電した脂質の極性頭部が疎水性部分を横切るエネルギー障壁が非常に大きいためと考えられる。この考えはセラミドやコレステロール、プロトン化したホスファチジン酸など、極性頭部が小さい脂質のflip-flopが相対的に速いことによって支持される。 細胞膜では、脂質の非対称性分布は、脂質を内外葉間で輸送するタンパク質群によって形成、維持されている。脂質の非対称性分布が変化する例として、アポトーシス細胞ではPSが細胞膜外葉に提示され、貪食細胞に対する「eat me」シグナルとして働く例がよく知られている。
参考文献
- ↑
Singer, S.J., & Nicolson, G.L. (1972).
The fluid mosaic model of the structure of cell membranes. Science (New York, N.Y.), 175(4023), 720-31. [PubMed:4333397] [WorldCat] [DOI] - ↑
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Guidotti, G. (1972).
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Zachowski, A. (1993).
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執筆者:高鳥翔、藤本豊士、担当編集委員:河西春郎