前庭動眼反射

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永雄 総一
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.1754 原稿受付日:2012年7月3日 原稿完成日:2015年12月22日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:vestibulo-ocular reflex 独:vestibulookulärer Reflex 仏:réflexe vestibulo-oculaire
英略称:VOR

 前庭動眼反射は、視機性眼球反応(optokinetic response, OKR)とともに姿勢保持の役割を担う。頭の3次元の動きは側頭骨にある前庭器で感知され、その情報は前庭神経核を経由して、外眼筋の運動神経核群を駆動し、頭の動きを補正する眼球運動を誘発する(直接経路)。同時に頭の動きの情報は前庭小脳の片葉のプルキンエ細胞にも伝えられ前庭神経核を駆動する(間接経路)。片葉プルキンエ細胞では視野のブレの情報によりシナプス伝達可塑性(長期抑圧)が生じ、片葉を経由する前庭神経核へのドライブが調整される。このように反射の間接経路を構成する片葉は、長期抑圧により反射の効率を最適化する運動学習を行う。

神経回路

 内耳にある前庭器官には3つの半規管(前半規管、水平(外側)半規管と後半規管)と2つの耳石器卵形嚢球形嚢)がある。また眼球には6つの外眼筋があり、水平面と、回旋を含む垂直面の眼球運動を引き起こす。3つの半規管は互いに直交しており、水平(外側)半規管はネコサルヒトでは水平から約30度後向に傾いている。

 半規管の内部は内リンパ液で満たされており、膨大部と呼ばれるところには有毛細胞がある。有毛細胞の感覚毛はゼラチン質からなるクプラの中に延びて包みこまれている(図1C)。例えば、頭が水平半規管の面上で右に動く時、半規管内の内リンパ液は慣性により頭の回転とは逆向きに流れる。これにより右側の水平半規管のクプラが曲げられて有毛細胞は脱分極し、生じた活動電位は右側の内側前庭核に伝えられる。また左側の水平半規管の有毛細胞には過分極が生じ、左側の内側前庭核へのベースラインとしての興奮伝達が弱まる。前庭動眼反射を中継する前庭核の神経細胞には興奮性のものと抑制性のものがある。興奮性の神経細胞は、同側の眼球の内直筋を支配する動眼神経核の神経細胞と結合するか、もしくは対側の眼球の外直筋を支配する対側の外転神経核の神経細胞と結合する()。一方、抑制性の神経細胞は、同側の眼球の外直筋を支配する同側の外転神経核の神経細胞と結合するか、もしくは対側の眼球の内直筋を支配する対側の動眼神経核の神経細胞と結合する。

 このような神経結合により、頭が右に回転した時、右側の眼球の内直筋は収縮(興奮)し、外直筋は弛緩(抑制)する。同様に左側の眼球の内直筋は弛緩し、外直筋は収縮する。その結果、両側の眼球は頭とは逆に左に回転する。このように前庭動眼反射は基本的には3個の神経細胞からなる反射の回路(反射弓)で構成される。水平性の前庭動眼反射 では左右の水平半規管に相反的な活動が生じるが、垂直の前庭動眼反射の場合には一側の前半規管と対側後半規管、一側の後半規管と対側の前半規管との間にそれぞれ相反的な活動が生じる(図1D)。前半規管と同側の眼球の上直筋下直筋との神経結合や対側の眼球の上斜筋下斜筋との神経結合、ならびに後半規管と同側の眼球の上斜筋と下斜筋との神経結合や対側の眼球の上直筋と下直筋との神経結合については表1を参照されたい[1] [2]

 
図1.前庭器官と外眼筋
(A)半規管系、耳石器と蝸牛。
(B)眼球と6つの外眼筋。
(C)半規管膨大部。膨大部には有毛細胞があり、毛はゼラチン質からなるクプラで覆われている。頭の回転により生じた内リンパ液の流れでクプラが変形することで、有毛細胞が興奮ないし抑制される。
(D)三半規管系と膨大部の位置。青の矢印は有毛細胞が興奮を受ける頭の回転方向を示す。内リンパ流の向きはこれと反対である。
表. 前庭動眼反射
受容器 効果 外眼筋 運動神経核
水平半規管 興奮 対側外直筋
同側内直筋
対側外転神経核
同側動眼神経核
抑制 同側外直筋
対側内直筋
同側外転神経核
対側動眼神経核
前半規管 興奮 同側上直筋
対側下斜筋
対側動眼神経核
対側動眼神経核
抑制 同側下直筋
対側上斜筋
同側動眼神経核
同側滑車神経核
後半規管 興奮 対側下直筋
同側上斜筋
対側動眼神経核
対側滑車神経核
抑制 対側上直筋
同側下斜筋
同側動眼神経核
同側動眼神経核
卵形嚢 興奮 同側外直筋
対側内直筋
同側外転神経核
対側動眼神経核*
抑制 同側内直筋
同側上斜筋
同側外転神経核*
対側滑車神経核*

 球形嚢と卵形嚢では平衡斑に有毛細胞が分布する。有毛細胞の表面はゼラチン様物質からなる耳石膜におおわれており、さらにその上に炭酸カルシウムからなる耳石が分布する。この有毛細胞が刺激されるのは平衡斑にせん断力が作用する時、即ち有毛細胞と耳石膜との間にずれが生じるときであり、具体的には水平もしくは垂直方向に線形的な加速度が加わったときである。仰臥位で身体を床に平行に振り直線的加速度を加えてやると、右方向の加速に対して眼は左側に偏位する。また頭をゆっくりと左右に傾けると、両眼球が眼軸を中心として反対側に回旋する。これらの眼球運動は球形嚢由来の前庭動眼反射によると考えられている。卵形嚢が関与する前庭動眼反射についてはよくわかっていない[2]

 
図2. 前庭動眼反射の測定法
(A)回転台の正弦波状回転により生じたアカゲザルの眼球運動。黒線は眼球位置データ。青線は眼球位置データから急速相とドリフトを除去したもの。 [3]より改変。
(B)前庭動眼反射のゲインと位相差。青線は平均眼球位置トレース。赤線は頭(台)の位置トレース。
(C)オランダウサギ(□)と黒眼ウサギ(●)の前庭動眼反射の利得と位相。[4]より改変。

動特性

 前庭動眼反射は遅い速度の眼球運動である。通常0.1-1Hzの周波数で、刺激をする半規管の面に平行になるように頭を固定し、暗闇の中で回転台(ターンテーブル)を通常0.1-1Hzの周波数で正弦波状に振動させて前庭動眼反射を誘発する。赤外線テレビカメラもしくはサーチコイルにより、誘発された眼球運動を記録する。サッケード状の急速眼球運動、瞬きや遅いドリフトを除去し、前庭動眼反射に由来する眼球運動を抽出する。それをもとに、前庭動眼反射の利得(ゲイン)と位相差を算出する。図2に前庭動眼反射の計測の例を示す。前述のごとく前庭動眼反射は頭(台)とは逆方向に動きであるので、回転台と眼球運動のズレを、伝統的に位相の進み(phase advance)と呼ぶ(図2B)。

 水平性の前庭動眼反射の動特性は魚(コイキンギョ)、ニワトリマウスラットウサギ、ネコ、サルやヒトで測定されている。ゲインは動物種によってほぼ一定で周波数依存性はあまりない。サルでは1前後、ヒトでは0.8~0.9、ネコは0.6~0.8程度、他の動物種では0.3~0.6程度である。図2Bにウサギの水平性前庭動眼反射の動特性を示す。垂直性の前庭動眼反射は、測定が水平性の前庭動眼反射に比べて大がかりになるので、あまり調べられていないが、垂直性の前庭動眼反射のゲインは一般的に水平性前庭動眼反射のゲインより低い。位相差はゲインが高いところでは0度付近であり、ゲインが下がるにつれて進みが大きくなる[2][4]

 
図3. 前庭動眼反射の適応と片葉仮説
(A)黒眼ウサギの前庭動眼反射ゲイン適応。●は縞模様のスクリーンと台を0.1Hz-10度で逆の方向に正弦波状に回転させトレーニングした時、▲は0.1Hz-10度で逆の方向に正弦波状に回転させトレーニングした時のゲインの変化。□は対照として4時間暗闇の中で台の回転による前庭動眼反射のトレーニングした時のゲインの変化を示す。
(B)両側の小脳片葉をカイニン酸で破壊後、Aと同様のトレーニングをしたもの。AとBは(3)を改変。
(C)前庭動眼反射のゲイン適応における片葉の役割と適応の記憶の場。1~数時間のトレーニングによる適応の記憶は片葉に保持されているが、数日のトレーニングの記憶は前庭核に保持される。

小脳片葉によるゲインの適応制御

 前庭動眼反射は、頭が動いた時に生じる網膜上の像のブレをなくすように、眼球の動きにより頭の動きを補正するように働く反射である。前庭器官には眼球の動いた結果の情報は入ってこないので、フィードフォーワード(前向き)制御の反射である。この反射が、小脳による運動学習によって調節されることが知られている。前庭小脳の片葉は、前庭器官から前庭神経核に送る信号を傍受し、眼球運動の結果生じたものの見え方の変化をもとに、前庭動眼反射を中継する前庭核への抑制を変えることで、ゲインに適応(adaptation)を生じさせることができる[1] [5] [6]

 前庭動眼反射が誘発された時にエラーが十分生じるような状況、つまり外界がぶれて見える(retinal slipが生じる)ことが持続するとゲインが変化する。ヒト、サル、ネコでは、拡大レンズを装着させて回転台を正弦波状に回転させる前庭の訓練を数時間程度行うと、水平性前庭動眼反射のゲインが20~50%程度増加する。一方、縮小レンズや左右逆転プリズムで同様のトレーニングをするとゲインは減少する。また、メガネやプリズムのかわりに、回転台の周りにおいたドラム様のスクリーンを、回転台と同期して動かすことにより、同様に前庭動眼反射ゲインに適応が生じる。台とスクリーンが反対方向に同じ振幅で動く場合はゲインが増加し、台とスクリーンが同方向に動く場合はゲインが減少する。ウサギの前庭動眼反射ゲインの適応の例を図3Aに示す。このような前庭動眼反射ゲインの変化は、24時間以内に回復するので、短期の適応である[7]。さらに数日間持続的にレンズやプリズムを装着させて訓練を行うと、長期の適応が生じ、ゲインは長期間にわたり大きく変化する[8]

 前庭動眼反射のゲインの適応に前庭小脳の片葉が不可欠であることが、1970年代から様々な実験結果により示されている(図3B)。片葉のH-ゾーンと呼ばれる領域のプルキンエ細胞には、前庭神経節もしくは前庭神経核由来の信号が平行線維を介して伝えられる。また適応が起きるのに必要なretinal slipの情報は、下オリーブ内側副核から登上線維によってH-ゾーンのプルキンエ細胞に伝えられる。一方、H-ゾーンのプルキンエ細胞は、水平性の前庭動眼反射を中継する内側前庭核の神経細胞を直接抑制する。実際に適応が生じたときにH-ゾーンのプルキンエ細胞を観察すると、適応と同方向の神経活動が見られる。さらに、平行線維―プルキンエ細胞のシナプスの伝達は、同じプルキンエ細胞に入力する登上線維の信号によって長期間にわたり減弱される(長期抑圧)ことが証明されている。この長期抑圧が前庭動眼反射のゲインの適応の原因であるという考え方(片葉仮説)が、伊藤正男(東京大学名誉教授、理化学研究所特別顧問)により提案されている(図3C)。この仮説は薬理学や遺伝子ノックアウトマウスなど様々な実験を用いて検証されている[1] [9] [10] [6]

 さらに、前庭動眼反射のゲインの適応に関する記憶が脳のどの部位に保持されているかが、神経組織の活動を薬物(局所麻酔剤)により遮断する方法で調べられている[7] [8]。もし神経活動が遮断された脳部位に記憶の痕跡が存在するならば、遮断により記憶が消され、適応によって生じたゲインの変化は直ちに消去されるはずである。前庭動眼反射の適応の記憶の部位については、ネコとアカゲザルで調べられており、1~2時間のトレーニングにより生じた適応の記憶は片葉に保持されているが、それ以前のトレーニングによって生じた長期の適応の記憶は前庭核に保持されていることが示唆されている(図3C)。この現象は適応の記憶痕跡のシナプス間移動と呼ばれているが、前庭神経核に適応の長期の記憶が保持されるメカニズムは現在のところよく知られていない。

 
図4. 温度刺激で誘発される前庭眼振とその発現の神経機構
(頭を60度後屈させ、右の外耳道に温水を注入したときに生じる水平半規管のリンパ流と、それにより生じる水平性前庭動眼反射。図は頭の後部より中耳を眺めたもの。水平半器管は、この頭位では垂直に位置する。誘発される眼振の緩徐相(前庭動眼反射)と急速相を右下に示す。

前庭動眼反射とカロリックテスト

 ヒトでは、前庭動眼反射の検査にゲインの測定よりも、カロリックテストと呼ばれる方法がひろく用いられる(図4)。頭を60度後方に傾けた状態にして水平半規管がほぼ垂直になるようにして、一側の外耳道に温水を注入すると、中耳腔と側頭骨の温度差で生じる外リンパ液の対流によって注入側の水平半規管の有毛細胞が脱分極し、対側に向かう水平性前庭動眼反射が誘発される。眼球がある程度対側に偏位すると、リセットの急速な眼球運動が生じ、眼球はもとの位置にもどり、再び対側に向かう水平性前庭動眼反射が誘発される。このように遅い速度の前庭動眼反射(緩徐相)と速い速度の眼球運動(急速相)が繰り返し生じる現象を前庭性眼振(vestibular nystagmus)と呼ぶ。冷水を注入すると、緩徐相と急速相の方向はそれぞれ逆転する。

 この温度眼振は1914年にノーベル生理学・医学賞を受賞したバラニー(Robert Bàràny, 1876-1936)によって発見されて以来、末梢の前庭機能の検査の方法として臨床的に用いられている。1983年にNASAスペースシャトル内で、無重力状態でも、地上と同様な温度眼振が誘発されることが実験的に示された。重力のないところでは対流は生じにくいので、それ以外のメカニズムも関与するようであるが、それについてはよくわかってはいない。前庭性眼振には、カロリックテストで誘発されるような生理的眼振と、メニエル病のような前庭障害によって生じるような病的眼振がある。カロリックテストを含む眼振の検査はめまいの診断に用いられる。

 小脳片葉による前庭動眼反射のゲイン調節機構は小脳による運動学習の実験モデルとして、詳細に研究されている。それについては日本ノードの小脳プラットフォームを参照されたい。

関連項目

外部リンク

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 Ito M
    The cerebellum and neural control.
    Raven, New York, 1984.
  2. 2.0 2.1 2.2 篠田義一
    眼球運動の生理学
    眼球運動の神経学(小松崎、篠田、丸尾編),医学書院,東京、1985
  3. Anzai, M., Kitazawa, H., & Nagao, S. (2010).
    Effects of reversible pharmacological shutdown of cerebellar flocculus on the memory of long-term horizontal vestibulo-ocular reflex adaptation in monkeys. Neuroscience research, 68(3), 191-8. [PubMed:20674618] [WorldCat] [DOI]
  4. 4.0 4.1 Nagao, S. (1983).
    Effects of vestibulocerebellar lesions upon dynamic characteristics and adaptation of vestibulo-ocular and optokinetic responses in pigmented rabbits. Experimental brain research, 53(1), 36-46. [PubMed:6609085] [WorldCat] [DOI]
  5. Ito, M., & Nagao, S. (1991).
    Comparative aspects of horizontal ocular reflexes and their cerebellar adaptive control in vertebrates. Comparative biochemistry and physiology. C, Comparative pharmacology and toxicology, 98(1), 221-8. [PubMed:1673913] [WorldCat]
  6. 6.0 6.1 永雄総一, 山崎匡
    生体の科学 63: 3-10, 2012.
  7. 7.0 7.1 Nagao, S., & Kitazawa, H. (2003).
    Effects of reversible shutdown of the monkey flocculus on the retention of adaptation of the horizontal vestibulo-ocular reflex. Neuroscience, 118(2), 563-70. [PubMed:12699790] [WorldCat] [DOI]
  8. 8.0 8.1 Anzai, M., Kitazawa, H., & Nagao, S. (2010).
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  9. 永雄総一
    神経研究の進歩 44:748-758,2000
  10. Ito M
    The cerebellum: Brain for an implicit self.
    FT Press, New York, 2011.