電気魚

2012年6月28日 (木) 09:34時点におけるMasashikawasaki (トーク | 投稿記録)による版

英: electric fish

電気魚

電気を体外に放電するための電気器官[1]を持つ魚の総称。電気を受容するための電気受容器[2]を併せ持つ(ミシマオコゼを除く)。放電電圧が数V以下の弱電気魚と、数十〜数百Vの強電気魚がいる。弱電気魚は、放電により体の周りに設定される電場を用い環境の様子を知る電気定位行動[3]や、放電を同種あるいは異種間でのコミュニケーションに利用する電気コミュニケーション[4]などの電気的行動を行う。これらの行動を司る中枢神経機構は、神経行動学 (neuroetholgy)の分野で盛んに研究されている[5]。強電気魚は弱電気魚を元に進化したもので、弱電気魚と同じ弱い電気の発電と受容の能力も併せ持ち、強力な放電で被捕食魚を麻痺させたり捕食者を威嚇したりする[6]

電気器官

 
図1 弱電気魚(上2種)と強電気魚(下2)の電気器官(赤色部分)

発電細胞 (electrocyte) から成る興奮性の器官で、種類によって様々な部位にある[1](図1)。発電細胞は筋繊維由来の興奮性細胞であるが、収縮機能は個体発生の過程で失われる。電気的興奮を示す部位が細胞膜上に偏って分布することで、細胞外に電場が発生する(図2)。発電の指令は延髄にあるペースメーカー核(またはコマンド核)で生じ、脊髄の電気運動ニューロンを経てすべての発電細胞に同時に伝達される[7]。直列に配置された発電細胞が同時発火するために電気器官全体で高い電圧を得る。デンキウナギでは, 多数の発電細胞が直列に配置され約600Vの高電圧を、またシビレエイでは発電細胞が並列に配置されることにより約20A の大電流を発生する。電気器官放電 (electric organ discharge) は、持続時間が 0.1 ~ 数ミリ秒と短いが、10 ~ 1500 Hz の頻度で昼夜を問わず休みなく継続する。電気コミュニケーションに使われる電気信号は、発電波形や発電頻度の変化として現れる。

電気受容器

電気受容器は電気抵抗の高い皮膚に埋め込まれるように体皮に広く分布し、皮膚内外の電位差に応じて神経信号を発生する。直流 ~ 50 Hz 程度の低周波に応じるアンプラ型と、数百ヘルツ以上の周波数に応じる結節型がある。アンプラ型電気受容器は、ヤツメウナギ、シーラカンス、軟骨魚等の下等魚類とすべての電気魚に見られ、感度が高い (約10-6V/cm)。電気魚以外の生物(主に被食者)の微弱な生物電気を受容するために発達したものと考えられる。入力電圧が出力インパルスの頻度で符号化される[8]。結節型電気受容器は電気魚だけに見られ、感度は低く、電気器官からの比較的強い電場 (約10-3V/cm)に応じる。入力信号の強度をインパルス頻度で符号化する振幅型と、信号発生のタイミングをインパルスの発生時間で符号化する位相型に分けられる[9]

電気的行動

電気魚は電気器官から発生した信号を電気受容器で捉え、電気感覚信号を中枢処理することにより様々な電気的行動をする。

電気定位

 
図2 電気器官放電による電場

電気魚が体の周囲に作った電場に、水とは電気的性質の異なる物体が侵入すると電場が乱れる(図2)。電気定位とは、電気魚が電場の乱れを検出することにより物体の位置、距離、大きさ、形[10]などの情報を得る行動である。電気魚は物体の電気抵抗成分と電気容量成分を区別することができ、この能力は視覚における色覚に対比される[11]

種と性の認識

モルミリ目の電気魚は、発電パルスの波形が種によってあるいは性によって異なり、パルス波形を弁別することができる。弁別の基礎となるのは波形に含まれる周波数成分ではなく位相(時間)成分である[12]。パルス波形の電圧上昇相と降下相の時間差を中脳の時間差検出回路が読み取る[13]

混信回避行動

自己の発電と他の魚の発電が時間的に重なると混信が起こり、電気定位の能力が阻害される。混信を回避するために自己の発電のタイミングあるいは周波数を変化させるのが混信回避行動 (jamming avoidance response)である[14]。短いパルスを散発的に発するパルス種の電気魚では、相手魚の発電時間を予測し、それに重ならないよう自らの発電の瞬間を調節する[15]。パルスが高頻度で発生し連続波形(正弦波状)の発電をするウエーブ種の電気魚では、発電のタイミングを変化させても相手魚とのパルスの重なりを避けることはできない。このような電気魚では、自己の発電周波数を相手魚のそれから遠ざける方向に変化させ、周波数差がより大きくなり混信が回避される。相手魚の周波数が自己の周波数より高いか低いかにより自己の周波数を下げるか上げるかを決定するが、その計算アルゴリズムは以下のようなものである[16]

混信回避行動(ウエーブ種)のアルゴリズム

相手魚の周波数の高低は、下図に示した電気感覚信号を7つのステップからなるアルゴリズムで解析することにより決定される。(1) 自己と相手の発電の和信号を感覚信号として体表の各点でサンプルする。自己と相手魚の電場の幾何学的相違により、A点とB点では相手の電場による攪乱の度合いが異なる。(2) 和信号の振幅変調の経時的変化を検出(橙色線)。(3) 和信号の位相(マジェンタ線)を検出。(4) 体の各部からの位相(青色線)を検出。(5) 相手魚の周波数の高低によって異なる(2)(4)間の時間パタン(リサージュグラフの回転方向)を読み出す。図では相手魚の周波数の高低が4秒ごとに切り替わるが、その時リサージュグラフの回転方向が変わることに注意。(6) (5)の計算結果が示す空間的曖昧さを (2) の結果と空間加重することによって解決する[17]

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混信回避行動(ウエーヴ種)の神経機構

(1)の過程は振幅型と位相型の電気受容器、(2) は中枢の興奮型と抑制型ニューロン, (3)は中枢のフェーズロックニューロンによってコードされる[18]。(4) の過程は (3) のニューロン間の活動電位の発生時間差(青色線)に感受性のある符合一致検出回路が実行する[19]。(5)の過程は (2) と (4) をコードするニューロンが収れん投射するニューロンがリサージュグラフの回転方向を読み出すことにより実行する[20][21][22]。これら神経計算の最終結果はペースメーカー前核のニューロンによりペースメーカーへ伝達され、相手の周波数によって自己の発電周波数を上下させる混信回避行動が起こる。[23]。延髄の電気感覚側線葉と中脳の半円堤に分布するこれらの神経回路は (6)に対応するものを除いて神経生理学的解剖学的によく理解されている[24]。系統的に遠い電気魚 Eigenmannia Gymnarchus は、混信回避行動を独立に進化させたにも関わらず、そのアルゴリズムと神経回路には強い類似性がある[25]


  1. 1.0 1.1 菅原美子
    電気器官と発電機構の多様性
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  2. 菅原美子
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  3. J Bastian,
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    行動とコミュニケーション
    シリーズ21世紀の動物科学
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  15. W Heiligenberg
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(執筆者:川崎 雅司、担当編集委員:)