手続き記憶
川﨑 伊織
東北大学高次機能障害学
藤井 俊勝
東北福祉大学
DOI:10.14931/bsd.2596 原稿受付日:2016年1月24日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:田中 啓治(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:procedural memory
生物体は様々な種類の情報を記憶しており、それぞれの異なる種類の情報の記憶には別個の記憶システムが働くと考えられている。一般的に長期記憶の内容による区分として、陳述記憶 (同義語に宣言的記憶または顕在記憶がある)と非陳述記憶 (同義語に非宣言的記憶と潜在記憶がある)の2つに大別される[1]。手続き記憶は、意識上に内容を想起できない記憶として非陳述記憶に分類される。非陳述記憶には他に、プライミングや連合学習 (古典的条件付け、オペラント条件付けなど)、非連合学習 (慣れと感作)が含まれる。
定義
手続き記憶は、自転車に乗れるようになるとか、うまく楽器の演奏ができるようになるというような記憶で、同じような経験の繰り返しにより獲得される。しかしその情報をいつ、どこで獲得したかについての記憶は消失する。手続き記憶には運動性、知覚性、認知性 (課題解決)の3種が区別されており、いずれの場合も意識ではなく、行動に記憶が反映されることが特徴とされている[2]。また記憶が一旦形成されると、意識的な処理を伴わず自動的に機能し、長期間保存されることも特徴の一つとして知られている。参考までに、いくつかの辞書に記載されている手続き記憶の辞書的意味を表に載せた (表1)。
「有斐閣 心理学辞典 (初版第12刷 2006)」 認知・行動レベルにおける情報処理過程の記憶。 |
「朝倉書店 脳科学大事典 (初版第1刷 2000)」 継続的な処理様式の記憶で、水泳など運動的なものから暗算など認知的なものまで、いろいろなことができる場合に働く手続きの記憶である。 |
「医学書院 神経心理学事典 (初版第1刷 2007)」 技能や直接意識できないある種の知識を獲得する際に用いられる記憶過程であり、その存在は行動でしか示すことができない。どのようにするかについての記憶。 |
「Oxford Dictionary of Psychology (2009)」 一連の操作を行う方法についての情報についての記憶 |
「The Penguin Dictionary of Psychology (2001)」 精緻に自動化され、意識にのぼらずに実行される手順や複雑な行動についての記憶 (自動車の運転や自転車に乗ることなど)。 |
神経基盤
これまでの研究から、手続き記憶には大脳基底核や小脳が中心的役割を果たすと考えられている[3]。このことは、エピソード記憶の障害を中心とする健忘症候群のような大脳皮質病変 (例えば、海馬、間脳、前脳基底部などの障害)を有する疾患では手続き記憶が保たれる一方[4] [5] [6]、パーキンソン病やハンチントン病、小脳変性症といった大脳基底核疾患・小脳疾患では手続き記憶が障害されることから示唆されている[7] [8]。またさらに、手続き記憶内において獲得する技能の種類 (運動性技能・知覚性技能・認知性技能)によっても、異なる脳領域の関与が考えられている。例えば、運動性技能は、黒質―線条体、小脳、前頭前野、補足運動野などの関与が示唆されている。また知覚性技能も同様に黒質―線条体、小脳が重要な役割を担っているとされ、認知性技能に関しても黒質から線条体、その主要な出力先である前頭前野が中心的な役割を果たすと考えられている[2]。