ヒストン脱アセチル化酵素

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内田 周作 (京都大学大学院医学研究科)

ヒストン脱アセチル化酵素 ヒストン脱アセチル化酵素(Histone deacetylase (HDAC))はタンパク質のリジン残基のアセチル基を取り除く酵素。脳においては、神経細胞の分化・増殖や神経可塑性などに重要な役割を担っており、神経精神疾患との関連が示唆されている。

• 概要 DNAはヒストンに巻き付いてヌクレオソームと呼ばれるユニットにまとめられ、さらにこのユニットを高度に折り畳むことでクロマチンを形成して細胞核にDNAを収納している。ヌクレオソームは、コアヒストンと総称される4種類のヒストン(H2A、H2B、 H3、 H4) の各2分子ずつで形成される8量体の周りに145~147 bp の二本鎖DNAが1.75 回巻き付いた構造を持っている。各々のヒストンには、安定な8量体を形成する際に重要なカルボキシル末端側の「フォールドドメイン」と、DNA が巻き付いた状態でもヌクレオソーム構造から外に突出するような状態で存在し、特定の二次構造を持たないアミノ末端側の「テールドメイン」という二つのドメインを持っている。フォールドドメインはDNA の収納に必須な構造体であるのに対し、テールドメインは細胞内で、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化など様々な翻訳後修飾を受けることが知られている。コアヒストンのテールドメインは、正電荷を持つアミノ酸残基に富んでおり、その中の特定の側鎖がアセチル化されると、電荷が変化することでDNA との相互作用が弱まり、ヌクレオソームの構造変化を伴って転写因子などのDNA 結合蛋白質が接近しやすくなる。逆に、HDACの作用によってヒストンが脱アセチル化されると、DNAと強く結合することでクロマチン構造がコンパクトになって標的遺伝子の発現が抑制される。

• 分類 現在までに、哺乳動物では18種類のHDACが同定されており、構造の違いからクラスIからクラスIVに大別される。クラスⅠ(HDAC1、2、3、8)、クラスⅡa(HDAC4、5、7、9)、クラスⅡb(HDAC6、10)、クラスⅢ(SIRT1~7)、クラスⅣ(HDAC11)である。HDACは単独の酵素として機能するのではなく、転写因子やコリプレッサーなどを含む複数の構成要素からなる大きな複合体を形成することで脱アセチル化酵素として機能している。

• 発現 クラスⅠは主に核に局在し、クラスⅡ~IVは核と細胞質に局在するが脳部位や細胞種によって異なる可能性がある。また、クラスIIbについては神経活動や環境依存的に細胞内局在が変化することが報告されている[1][2]

・機能 HDACの神経可塑性に対する役割はまず記憶研究から明らかとなった。マウスへのHDAC阻害剤投与は神経細胞樹状突起スパイン密度増加と長期記憶形成の増強を引き起こす[3][4][5][6] 。マウスへの文脈学習課題はBdnf遺伝子プロモーター領域のヒストンH3のアセチル化を増加させ、その転写活性を増大させる[3] 。このBdnf遺伝子プロモーターのヒストン脱アセチル化を担う分子としてHDAC2が見出されている[4] 。HDAC2過剰発現マウスは、Bdnf遺伝子上のヒストンアセチル化レベルの低下、海馬神経細胞樹状突起スパイン密度の低下、長期増強の減退、記憶能力の低下といった表現型を示し、逆にHDAC2遺伝子欠損マウスはスパイン密度の増加、長期増強の亢進、記憶能力の促進を示した。 核内ヒストンタンパクの脱アセチル化酵素として働くHDAC4は脳内に広く分布しており、神経活動に伴いリン酸化されることで核から細胞質に移行する。この結果、シナプス造成やシナプス再構築に関わる遺伝子群を抑制するためのスイッチが解除され、結果的に標的遺伝子の発現が活性化される[1] 。脳内HDAC4の活性化はシナプス可塑性を低下させ、記憶・学習能力の低下を引き起こす[1] 。このように、HDACによるエピジェネティック修飾がクロマチンの構造をダイナミックに変化させることで神経可塑性に影響を与え、その結果、記憶・学習や情動・気分の制御に関わっていると想定されている。  上記のHDACはヒストン修飾により遺伝子発現を調節する機能を担うが、非ヒストンタンパク質を脱アセチル化するHDACも知られている。HDAC6の主な基質はα-チュブリンであり、微小管の安定性を制御することで、様々なタンパク質やミトコンドリアなどのオルガネラの細胞内輸送等に重要な役割を果たしている [7]

• 疾患との関わり アルツハイマー病患者死後脳海馬におけるHDAC2発現の増加が観察されており、HDAC2のアルツハイマー病態に対する関与が示唆されている[8] 。 大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症患者における大規模ゲノム関連解析(GWAS)の結果、いずれの疾患においてもヒストン修飾に関わる遺伝子パスウェイとの強い関連が見出されている [9] 。 慢性ストレスを負荷したうつモデルマウスやうつ病患者死後脳において、様々なクラスのHDACの発現・機能異常が観察されている。慢性的ストレスを曝露したうつ状態のマウスにおいてHDAC2(側坐核)やHDAC4/5(海馬)の有意な発現増加が認められている [10][11] 。一方、HDAC阻害剤投与マウスにおいては慢性ストレス負荷後のうつ様行動が消失していた。これらの結果は、ストレス負荷によるHDAC2やHDAC4/5の発現・機能亢進が標的遺伝子群の発現を抑制することでうつ様行動を誘発することを示唆している。 気分障害とSIRT1遺伝子との関連を示唆するエビデンスも多数報告されている。2010年、日本人の大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の多型解析から、SIRT1遺伝子rs10997875と大うつ病性障害との有意な関連が報告された [12] 。また、2011年にはSIRT1遺伝子rs12413112と大うつ病性障害との有意な関連が報告された [13] 。さらに、2015年、4509人の大うつ病性障害の女性患者に限定した全ゲノムシークエンシング解析の結果、SIRT1遺伝子が同定された [14] 。遺伝子発現解析においても大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の有意な発現減少が報告されている [15][16] 。非臨床研究においてもうつモデルマウス海馬におけるSIRT1発現の有意な低下とSIRT1活性化剤投与による抗うつ様作用が報告されている [17] 。 コカインの乱用によりひき起こされる異常行動は、薬物のエピジェネティックな作用が原因となっていることが示唆されている。HDAC5はコカインにより誘発されたcAMPシグナル伝達系により核へと移行し,コカインにより誘発される報酬行動に関わることから、依存との関連が示唆されている[2] 。  自閉症とHDACとの関連も示唆されている。特発性自閉症の原因として、胎児期の造血系細胞のHDAC1異常に起因する脳や腸に見られる免疫異常が指摘されている [18] 。また、自閉症モデルマウスへのHDAC阻害剤投与は社会性低下を回復させる [19] 。 精神疾患病態に加えて、向精神薬の作用/副作用機序との関連も示唆されている。抗うつ薬による抗うつ効果にはHDAC5阻害活性が必須であること [20] 、抗精神病薬による認知機能低下といった副作用にはHDAC2機能亢進が関わっていることが報告されている [21]

本稿ではHDACの脳機能に対する役割と神経精神疾患との関連についてごく一部の例を取り上げたが、他にも多くの報告があることに留意されたい。

• 関連語 ヒストン、クロマチン、エピジェネティクス、遺伝子発現、神経可塑性、ヒストンアセチル基転移酵素

• 参考文献

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