アミロイドβタンパク質

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英:amyloid-β protein、Aβ

同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid

 アルツハイマー病の病理学的特徴の一つである老人斑の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性アルツハイマー病患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常がアルツハイマー病の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。

アミロイドβタンパク質(Aβ)

 アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった[1]。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ

図1.Aβ産生経路
APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。

、細胞外へと分泌されることが示された[2]。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、アルツハイマー病発症に対して防御的な経路と考えられる。

Aβの凝集性と沈着様式

 Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される[3]。このうちAβ42はin vitroで凝集性が高く[4]、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている[5]。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている[6]。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化[7]も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。

家族性アルツハイマー病とAβ

 家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異(Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database)の多くはこのAβの産生量

図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異
β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。

もしくは凝集性を高める

図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異
Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。

性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。

総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異

 βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)[8]、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))[9]は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ[10]。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された[11]。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。

 これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質[12]や活性[13][14]の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された[15]

凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異

 APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である[16]。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、武田薬品工業株式会社の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された[17]。同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている[18]

 一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する[19]。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ[20]であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでアルツハイマー病の発症過程を促進していると考えられている。

 βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子PICALM[21]の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。

Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異

 Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる[22]。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める[23]

 一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともにin vitroでアミロイド線維形成能が高いこと[24]が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている[25]。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す[26]

Aβの分解

 生理的条件下ではAβはネプリライシンなどの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である[27]。その他にもインスリン分解酵素や、プラスミン、エンドセリン変換酵素、カテプシン、KLK7、MMPなどがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介したトランスエンドサイトーシスによって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強いApoEはAβ分解システムに関与している[28][29]ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している[30]ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。

脳内Aβ濃度を保つシステム

 脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い[31]、その産生量は神経活動に依存している[32]。そのメカニズムとしてBACE1[33]やγセクレターゼ[34]、そしてαセクレターゼであるADAM10[35]の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関[36]や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動[37]、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇[38]とも関連が示唆されている。

Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略

 アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬Semagacestatの治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害についてはscyllo-Inositolを用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した抗体やワクチンによる治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素Glutaminyl Cyclaseも、新たな創薬戦略として注目されている[39]

 Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかし元々剖検脳においてAβの疾患特異性が高いのに対して、タウ病変は様々な神経変性疾患において観察されることから、Aβ蓄積が上流である可能性が示唆されていた。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる[40][41]ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる[42]ことが示された。さらに最近では大規模観察研究からヒトにおいてもAβ蓄積に対してタウ病変は遅れて生じることが確認されつつある。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定されたことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。

 一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず[43]、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること[44]、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった[45][46]。そして抗Aβ抗体医薬の一つSolanezumabの治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期のアルツハイマー病患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。

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