幸田 知子、小崎 俊司
大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年4月15日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
ボツリヌス神経毒素は偏性嫌気性有芽胞菌であるボツリヌス菌Clostridium botulinumによって産生される極めて致死性の高いタンパク質毒素である。菌は産生する毒素の抗原性の違いにより、A〜Gの毒素型に分類される。ヒトのボツリヌス中毒は主にA, B, Eおよび稀にF型菌が原因であり、鳥類・家畜のボツリヌス症は主としてC, D型菌が原因とされている。神経毒素は、毒素型に共通した構造と活性を有するが(編集コメント:これはA-G間で共通という事でしょうか、それともAに複数あって、その中で共通という事でしょうか)、毒素型間ではアミノ酸レベルの相同性が低く、受容体結合様式や基質タンパク質が異なるなどの多様性を持つ。神経毒素は、神経筋接合部に特異的に作用し、弛緩性の麻痺を引き起こす。近年、欧米を中心に毒素の高い麻痺活性を利用し、ジストニアや痙縮などの筋緊張の亢進症に対し、治療薬として臨床応用されている。
背景
ボツリヌス菌は、芽胞の形で自然界に広く分布し、産生する毒素によりヒトを含む種々の哺乳動物や鳥類が特異な神経症状を呈するボツリヌス症を起こす。古くから本菌は食品内で増殖し、その際産生する毒素をヒトが摂取することにより典型的な毒素型食中毒を起こすことが知られていた。ボツリヌス症(botulism)の語源は、原因食品である「ソーセージ」のラテン語である「botulus」に由来する。菌は産生する毒素の血清型により分類されA〜G型の7型がある。ヒトのボツリヌス症は、主としてA、BおよびE型により起こり、稀にF型による事例が報告されている。わが国では1951年「いずし」を原因食品とするE型菌による食中毒が初めて報告され、その後北海道、東北地方を中心に中毒の発生が多い。アメリカ、カリフォルニア州で1歳未満、特に生後2週から3ヶ月の乳児に麻痺症状を呈する患者が多数発生したことを契機として、1976年には、乳児の消化管内で菌の増殖にともなう毒素産生によって起こる乳児ボツリヌス症が確認された[1]。本症は北アメリカ以外に、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアの各地で発生が報告されている。現在、ボツリヌス中毒は発病機序により食餌性ボツリヌス症(foodborne botulism)、乳児ボツリヌス症(infant botulism)、創傷ボツリヌス症(wound botulism)、および成人腸管定着性ボツリヌス症(adult colonization botulism)の4型に分類されている。
臨床症状
(臨床症状について御記述下さい)
構造
すべての型の毒素は菌体内で分子量約15万の神経毒素と無毒成分の複合体毒素として、菌融解時に放出される。ボツリヌス症は、神経毒素が特異的に神経に作用することよる弛緩性麻痺疾患である。複合体毒素は弱アルカリ(pH 7.2以上)条件下で神経毒素と無毒成分に速やかに解離する。このため食品内で産生された毒素は複合体の形で経口的に摂取され、小腸上部で吸収された後、リンパ管内あるいは血中で神経毒素と無毒成分に解離する。無毒成分は神経毒素を胃酸、あるいはペプシンなどの消化酵素による分解から保護し、腸管上皮細胞への吸収を促進する働きがあることから、ボツリヌス毒素が食餌性ボツリヌス症を起こす経口毒の活性を持つために重要な役割を果たしていると考えられている。
複合体毒素は分子量の違いにより、LL毒素(分子量90万)、L毒素(分子量50万)、M毒素(分子量30万)に分けられる。LL毒素、L毒素の無毒成分は血球凝集活性を持っている。A型菌は3種類(LL、L、M)の毒素、B、C、D型菌は2種類(L、M)の毒素、EおよびF型菌はM毒素、G型菌はL毒素のそれぞれ1種類のみを産生する[2]。
神経毒素は菌体内で1本鎖ポリペプチドの形(intact form)で産生され、培養液中あるいは消化管内でトリプシンなどのタンパク質分解酵素により、分子内に解裂(nicking)が生じ分子量5万の軽鎖(light chain)と分子量10万の重鎖(heavy chain)がジスルフィド(SS)結合で結ばれた2本鎖フラグメント構造(nicked form)へ変化する。第Ⅰ群菌では自己の産生するトリプシン様酵素が神経毒素のnicked formへの変化に関与している。神経毒素はこの分子内解裂による変化により数倍から数百倍に毒力が上昇するが、この活性化現象はタンパク質非分解性B、E型菌に著明に認められる。軽鎖と重鎖はnicked formの神経毒素から還元処理により分離することができる。重鎖はさらに分子量のほぼ等しいN末端領域(HN)とC末端流域(HC)の機能の異なる2つのドメインに分けられる[3]。
作用機能
神経毒素は生体内ではコリン作動性末梢神経に作用し、アセチルコリンの遊離を阻害することにより麻痺を引き起こすと考えられている。一方、脳シナプトソームや初代神経培養細胞に対する毒作用解析から、神経毒素はシナプス前膜に存在する特異的な受容体に結合後、神経細胞内に侵入し、アセチルコリン以外の種々の神経伝達物質の放出も阻害することが明らかになっている[4]。神経毒素は温度非依存的に重鎖、特にHCを介して受容体に結合する。A型およびB型神経毒素の受容体はそれぞれシナプス小胞膜に存在するタンパク質 SV2(synaptic vesicle protein 2)[5]とシナプトタグミン[6]であることがわかった。これらの受容体タンパク質は、神経細胞膜に豊富に存在する糖脂質であるガングリオシド存在下で、より高い毒素結合活性を持つ[7]。シナプス小胞は神経伝達物質を放出後、再び細胞内に取り込まれるが受容体に結合した毒素は、この小胞のリサイクリングを巧みに利用することで細胞内に侵入する[8]。重鎖HNには毒素の型に共通した構造が存在し、この部分が膜にチャンネルを形成することで軽鎖の細胞質内への移行が起こると考えられている。シナプス小胞内の神経伝達物質を放出するにはシナプス前膜との融合が必要であり、その一連の過程でSNAP(soluble NSF attachment protein)受容体(SNARE)と呼ばれタンパク質群(シナプトブレビン、SNAP-25、シンタキシン)が関与している。軽鎖は亜鉛依存性プロテアーゼ活性を持ち、これらSNAREタンパク質のいずれかを分解する[9]。その結果、シナプス小胞と前膜の融合が起こらず神経伝達物質の放出が阻止される。軽鎖の持つプロテアーゼ活性は基質特異性が高く、これがボツリヌス毒素の持つ神経に対する高い毒性を反映している(図1)。
治療
神経毒素の臨床応用
筋弛緩作用を有するボツリヌス毒素の医薬品としての応用は、まず斜視の治療に用いられて以来、眼瞼痙攣、痙性斜頚、ジストニア、痛みならびに泌尿器疾患など多岐にわたる治療に利用されている[10] [11] [12]。微量の使用で治療効果が高いボツリヌス毒素製剤は、現在では神経疾患の治療薬として不可欠なものとなりつつある。
関連項目
(編集コメント:C3毒素についても御記述頂ければと思いますが、もしかしたら別項目の方がよいかもしれません)
参考文献
- ↑ Resource not found in PubMed.
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