脊髄小脳変性症
[1]
新潟大学大学院医歯学総合研究科 臓器連関学寄附講座
DOI:10.14931/bsd.6769 原稿受付日:2016年1月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 医学部 神経内科)
英語名:spinocerebellar degeneration
英語略:SCD
横関明男1),他田正義、2)、小野寺理3)
1 新潟大学大学院医歯学総合研究科 臓器連関学寄附講座
2 新潟市民病院 脳神経内科
3 新潟大学脳研究所 脳神経内科学分野
脊髄小脳変性症は、小脳や脊髄の系統変性に伴う運動失調症の総称である。脊髄小脳変性症は、弧発性と遺伝性があり、遺伝性は顕性 (優性) 遺伝と潜在 (劣性) 遺伝に分類される。弧発性では、多系統萎縮症が最も頻度が高く、遺伝性は国により頻度が異なり、日本ではMachado-Joseph病 (MJD) 、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6) 、spinocerebellar ataxia 31 (SCA31) の頻度が高い。臨床症状は、小脳および小脳への出入力に関する神経障害により、眼球運動障害、構音障害、歩行障害、体幹失調、筋トーヌス低下など様々な症状を認める。脊髄小脳変性症の治療は、失調症状の改善目的にTRH (thyrotropin releasing hormone) 製剤が使用されているが、効果は限定的であり、現在多くの薬剤で治験が実施されている。
背景
脊髄小脳変性症の報告は、1860年代にFriedreichが,幼小児期に家族性に発症した失調性疾患 (Friedreich失調症) を報告し、進行期の梅毒に合併する脊髄癆と異なる疾患として記載されたことが最初である[1] 。この報告以降,弧発性、家族性など種々の脊髄小脳変性症が報告され、知見が蓄積されてきた。その一方、臨床所見、病理所見で明確に区別することが困難であったことから、Holmes (1907) 、Greenfield (1954、1958) 、EscourolleおよびMasson (1967)、Skre (1972) 、高橋昭 (1974) 、Oppenheimer (1976) と様々な病型分類が報告されてきた[2] 。
1990年代に入り、免疫組織診断の発達により、弧発性の精髄小脳変性症の中で最も頻度の高いオリーブ橋小脳変性症 (olivopontocerebellar atrophy、OPCA) 、パーキンソン症状を主体とする線条体黒質変性症 (striatenigral degeneration、SND) 、および自律神経症状が主体であるシャイ・ドレーガー症候群 (Shy-Drager syndrome、SDS) では、いずれも残存するオリゴデンドログリア内にαシヌクレイン陽性の封入体を形成することから、同一の疾患であることが明らかとなり[3] 、この疾患群は現在では多系統萎縮症 (multiple system atrophy、MSA) と診断されるようになった。
同じく1990~2000年代には、分子遺伝学の発達により、遺伝性SCDの遺伝子座の同定、さらには原因遺伝子の同定が相次いで報告された。遺伝性脊髄小脳変性症の中で、顕性 (優性) 遺伝 を示し、遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia (SCA) として命名されている。1993年に原因遺伝子が同定されたSCA1から2021年1月の時点で、SCA48まで同定されている (表1) 。潜性 (劣性) 遺伝の場合は、Friedreich失調症 (Friedreich ataxia、FRDA)、毛細血管拡張性小脳失調症 (ataxia telangiectasia、AT) など一部の疾患を除き、原因遺伝子座が同定されたものはspinocerebellar ataxia, autosomal recessive (SCAR) と命名され、SCAR28まで同定されている (表2) 。次世代シークエンサーなど遺伝子解析手法の発達により、今後も新たな疾患とその原因遺伝子の同定が進むことが予想される。
診断 脊髄小脳変性症の診断は、「運動失調症の医療基盤に関する研究班」の診断基準が用いられている。 <SCDの診断基準> 下記の項目のDefinite、Probableを対象とする。 【主要項目】 脊髄小脳変性症は、運動失調を主要症候とする神経変性疾患の総称であり、臨床、病理あるいは遺伝子的に異なるいくつかの病型が含まれる。臨床的には以下の特徴を有する。
①小脳性ないしは後索性の運動失調又は痙性対麻痺を主要症候とする。 ②徐々に発病し、経過は緩徐進行性である。 ③病型によっては遺伝性を示す。その場合、常染色体優性遺伝性であることが多いが、常染色体あるいはX染色体劣性遺伝性の場合もある。 ④その他の症候として、錐体路症候、パーキンソニズム(振戦、筋強剛、無動)、自律神経症候(排尿困難、発汗障害、起立性低血圧)、末梢神経症候(しびれ感、表在感覚低下、深部覚低下)、高次脳機能障害(幻覚[非薬剤性]、失語、失認、失行[肢節運動失行以外])などを示すものがある。 ⑤頭部 MRIやX線CTにて、小脳や脳幹の萎縮を認めることが多いが、病型や時期によっては大脳基底核病変や大脳皮質の萎縮などを認めることもある。 ⑥以下の原因によるニ次性小脳失調症を鑑別する:脳血管障害、腫瘍、アルコール中毒、ビタミンB1・B12・葉酸欠乏、薬剤性(フェニトインなど)、炎症[神経梅毒、多発性硬化症、傍腫瘍性小脳炎、免疫介在性小脳炎(橋本脳症、シェーグレン症候群、グルテン失調症、抗GAD (glutamic acid decarboxylase) 抗体小脳炎)]、甲状腺機能低下症、低セルロプラスミン血症、脳腱黄色腫症、ミトコンドリア病、二次性痙性対麻痺(脊柱疾患に伴うミエロパチー、脊髄の占拠性病変に伴うミエロパチー、多発性硬化症、視神経脊髄炎、脊髄炎、HTLV-I (Human T-cell leukemia virus type 1) 関連ミエロパチー、アルコール性ミエロパチー、副腎ミエロニューロパチーなど。 診断のカテゴリー Definite:脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症候と経過があり、遺伝子診断か神経病理学的診断がなされている場合。 Probable: (1)脊髄小脳変性症に合致する症候があり、診断基準の主要項目①②⑤及び⑥を満たす場合、若しくは痙性対麻痺に合致する症候があり、主要項目①②及び⑥を満たす場合。 又は (2)当該患者本人に脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症状があり、かつその家系内の他の発症者と同一とみなされる場合(遺伝子診断がなされていない場合も含む。)。 Possible: 脊髄小脳変性症・痙性対麻痺に合致する症候があり、診断基準の主要項目①②⑤を満たす、又は痙性対麻痺に合致する症候があり、主要項目①②を満たすが、⑥が除外できない場合。
<重症度分類> modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上が指定難病の申請基準である。
遺伝の有無に基づく脊髄小脳変性症の分類 1. 弧発性脊髄小脳変性症 (1) 多系統萎縮症 多系統萎縮症は、弧発性脊髄小脳変性症で最も頻度が高い。多系統萎縮症の詳細は、脳科学辞典の多系統萎縮症の項を参照。
(2) 純粋小脳型の失調症 (皮質性小脳萎縮症) 皮質性小脳萎縮症 (cortical cerebellar atrophy、 CCA) は、小脳皮質の萎縮が主病変とする失調症の総称である (図1) 。多くは高齢発症であることから、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy、 LCCA) とも呼ばれてきた疾患群である。つまり、皮質性小脳萎縮症は単一の疾患ではなく、小脳皮質が比較的選択的に変性、脱落する疾患の一群を示している。 皮質性小脳萎縮症は、成人期に発症し、緩徐進行性の小脳失調を主体とする変性疾患である。皮質性小脳萎縮症については、これまでsporadic adult-onset ataxia of unknown origin (SAOA) [4] 、idiopathic cerebellar ataxia (IDCA) [5] 、idiopathic cerebellar ataxia of late onset[6] など報告者によって様々な疾患名で呼ばれてきた経緯があり、疾患概念に混乱が生じていた。皮質性小脳萎縮症の疾患概念の混乱の理由は、診断特異的バイオマーカーや特異的な蛋白蓄積などが発見されていないため、皮質性小脳萎縮症の診断は、除外診断によりなされる点である。つまり皮質性小脳萎縮症の診断においては、初期の多系統萎縮症、自己免疫性失調症、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)やspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) のように小脳失調が主体の遺伝性脊髄小脳変性症など、高齢発症の他の脊髄小脳変性症を除外することが必須である。 このことから、本邦の「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」では、皮質性小脳萎縮症や晩発性皮質性小脳萎縮症に変わる臨床診断名として、特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia、IDCA) を提唱し、診断基準を策定した[7] 。本邦での特発性小脳失調症と従来報告されてきたSAOAを比較すると、特発性小脳失調症は小脳症状以外の神経症状の合併頻度が少なく、特に錐体路症状や排尿障害の合併はSAOAと比べて本邦の特発性小脳失調症は低いことが明かとなっている。つまり、本邦の特発性小脳失調症はより純粋小脳型の失調症を反映していると考えられる[7] 。今後、これらの知見の集積により、特発性小脳失調症から新たな疾患が分離独立することが予想される。
2. 遺伝性脊髄小脳変性症 遺伝性脊髄小脳変性症は、大きく顕性 (優性) 遺伝と潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症が存在する。現在まで遺伝子座または原因遺伝子が同定された遺伝性脊髄小脳変性症の概略を表1,2に示す。顕性 (優性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、原因遺伝子により発症年齢が異なるが、spinocerebellar ataxia 1 (SCA1)、spinocerebellar ataxia 2 (SCA2)、Machado-Joseph disease (MJD)、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)、dentatorubral-pallidoluysian atrophy (DRPLA) のように遺伝子変異がC(シトシン)、A(アデニン)、G(グアニン)、3塩基の組み合わせであるCAGリピートの異常伸長により発症する疾患は、CAGリピート長が長いほど、発症年齢は若年化し、より重症化する。また親から子に異常遺伝子が伝達される際に、子どものCAGリピート長が親のリピート長より伸長することにより、子供の発症年齢の若年化、症状が重症化する表現促進現象を認める。ただし、SCA6では、表現促進現象は認められてない[8] 。潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症は、一般的に原因遺伝子蛋白の機能喪失 (loss of function) により発症すると考えられており、そのため若年発症の疾患が多い。
病態生理 人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に内部モデルを必要とする「内部モデル仮説」が提唱されている[9] 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。 脊髄小脳変性症では、小脳や小脳につながる神経路の障害により運動失調を来すが、疾患により変性部位に差違がある (表3、図2) [10] 。つまり、障害される解剖学的部位により、小脳失調を生じる機序が異なると考えられる。一方現在の診察方法では、小脳症状は後述の通り表面的な症状でしか評価ができないため、表3に示すような障害されている部位を推定することは困難である。今後小脳症状の機能解析の新たな開発により、障害部位特異的な小脳症状の評価が可能となり、さらにはリハビリテーションを始めとする疾患特異的な治療法の開発が期待される。
臨床症状 脊髄小脳変性症で認められる臨床症状は、小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。この項では、主に小脳に起因する症状について、概説する。 小脳失調の臨床症状は、小脳の障害される部位により、様々な症状を認める[11] 。 (1) 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 (図3) 小脳半球外側部と歯状核からなる大脳小脳は、脊髄などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から橋を経由して入力を受ける。出力は、歯状核を起始部として、視床や赤核へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、運動分解 (decomposition) や、測定異常 (dysmetria) 、反復拮抗運動不能 (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める。 (2)脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 (図4) 小脳虫部および小脳半球内側部と中位核 (球状核、栓状核) からなる脊髄小脳は、脊髄からの触覚、圧覚、位置覚などの体性感覚の情報入力を受け、前庭や網様体へ投射し、前庭脊髄路、網様体脊髄路を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に体幹筋に支配し姿勢制御に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす。 (3)前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 (図5) 前庭小脳 (片葉小節葉) は、三半規管や耳石器などの前庭から入力を受ける。また、中脳および視覚野から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、前庭神経核に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより眼振、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす。
治療 脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。本邦で小脳失調症状の改善を目的として、TRH (thyrotropin releasing hormone) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスであるrolling mouse Nagoyaの解析に由来する[12] 。このマウスは、のちにP/Q-type Ca2+ channelsに変異を有していることが明かとなっている[13] 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること[14] 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され[15] 、TRHはノルアドレナリンのturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され[16] 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤であるプロチレリン酒石酸が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり[17] 、2000年以降は内服のTRH製剤であるタルチレリン水和物が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている[18] 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている[19] 。 脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている[20] 。 また現在まで、非常に種々の薬物等で治験が実施されており、現在も治験が進行中である (表4) 。一部は部分的に効果を認めているが、多くは効果を示すことができていない。今後は、遺伝性脊髄小脳変性症に対する核酸医療の開発も期待されている。
疫学 脊髄小脳変性症は、国や地域ごとに分布は異なっている。 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが[21] 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い[22] 。 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性 (優性) 遺伝のSCDでは、Machado-Joseph disease (MJD) /spinocerebellar ataxia 3 (SCA3) の頻度が最も高く、それに続きspinocerebellar ataxia 2 (SCA2) やspinocerebellar ataxia 6 (SCA6) の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではspinocerebellar ataxia 1 (SCA1) が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い[23] 。 潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い[24] 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。
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