内側膝状体

2012年8月18日 (土) 14:51時点におけるHiroakitsukano (トーク | 投稿記録)による版

英:medial geniculate body, medial geniculate nucleus (略語: MG, MGB)

ラ:nucleus geniculatus medialis

独:corpus geniculatum mediale

概要

内側膝状体(MG)は視床に属する神経核群であり、中脳下丘と大脳皮質聴覚野の間に位置する聴覚伝導路の中継核である。上行系は下丘から、下降系は大脳皮質聴覚野から入力を受ける。大脳皮質聴覚野へ送る聴覚情報の選別がMGの主な機能であると考えられている(Le Gros Clark WE, 1932)。MGは腹側核(ventral division of the medial geniculate body, MGv)、背側核(dorsal division of the medial geniculate body, MGd)、内側核(medial division of the medial geniculate body, MGm)の3つの亜核が主な構成亜核である。MGvは主に蝸牛神経核腹側核から始まるlemniscal系の下丘中心核から聴覚情報を受け、MGd, MGmは下丘だけでなく他の視床核や脊髄などのnon-lemniscal系からmultimodalな修飾的な情報を得ていると考えられる。MG内の亜領域同士の結合や、左右MG同士の結合は存在しないとされている(Paxinos, 2004)。

領域の区分

MGv, MGd, MGmの3つの領域はcalbindinやcalretininなどのcalcium-binding proteinや非リン酸化型ニューロフィラメント(nonphosphorylated neurofilament; NNF)の発現の有無によって生化学的に区分けすることが可能である(図1)。MGvはcalbindinとcalretininの発現が無く、MGdとMGmは非常に強い発現を示す(Lu et al. 2009)。一方NNFの発現は、MGvとMGmで強く、MGdでは殆どない(Paxinos et al. 2001; 2009)。また、parvalbuminの発現はMGvで強い(McMullen et al. 2005)。

MGv

MGvは3つの亜核の中で、聴覚情報処理の中心的な役割を担っている領域である。MGvを構成する主なニューロンはtufted neuronであり、30%弱がstellate cellである(図2)。MGvは周囲をthe marginal zone (MZ)に囲まれており、さらにpars lateralis (LV), pars ovoidea (PO), pars ventrolateralis (PV)の3つに区別される(図2)。pars lateralisはMGvの代表的部位で、音の高さに沿ったトノトピーが層状に構成されている(Laminae構造)(図3)。Laminae構造はラットでは弱いがネコでは非常にはっきりとした構造となる(Winer et al. 1999)。Tufted neuronの樹状突起も層構造に沿って配置されている。Pars ovoideaではtufted neuronの樹状突起と軸索は渦で巻いた様な形態をとっている(図3)。  MGvが主に受ける軸索は同側下丘の中心核(central nucleus of the inferior colliculus, ICC)のニューロンからであり、興奮性入力はグルタミン酸作動性でNMDA/AMPA受容体に作用する。樹状突起には代謝型グルタミン酸受容体も存在する(Tennigkeit et al. 1999)。MGvへの抑制性入力はGABA作動性であり、GABAA/GABAB受容体に作用する(Bartlett and Smith, 1999)。MGvから大脳皮質へは、Core領域(前聴覚野(anterior auditory field, AAF)、一次聴覚野(primary auditory cortex, AI)、ネコやイヌなどのposterior auditory field (P))のIII/IV層にトノトピー構造をもって軸索を伸ばす。聴覚野からの下降性の直接入力は興奮性しかないが、視床網様核(reticular thalamic nucleus, TRN)を経由してMGを抑制する系が存在する(図4)。

MGvは個々のニューロンの周波数チューニングが比較的鋭いが、下丘で見られる様な非常に鋭い周波数チューニングを持つニューロンはあまり見られない。MGvニューロンの潜時は非常に短い。MGvはpars ventrolateralisにおいてはっきりしたトノトピー構造を持つ。即ち、低周波数音に最適周波数を持つニューロンから高周波数音に最適周波数を持つニューロンまでが一方向に並んでいる。しかし種によってこの構造には差異がある。ラットやウサギでは、低周波数に良く応ずるニューロンは背側部に、高周波数に応ずるニューロンは腹側部に位置する(Kuo and Wu, 2012; McMullen e al. 2005)。ネコでは低周波数に応ずるニューロンは腹側部に、高周波数に応ずるニューロンは背側部に位置し逆転している(Imig, 1985)。Pars ovoideaは、ネコでは低周波数から高周波数まで応ずるが、ウサギでは低い周波数に選択的に応ずる領域であると考えられている(Paxinos, 2004)。

MGd

MGdの機能に関しては良く分かっていない。MGdは同側のDCIC (dorsal cortex of IC), LCIC (lateral cortex of IC)からグルタミン酸ニューロン、GABAニューロンのどちらの投射も受けている(Lee and Sharman, 2009)。MGdもTRNから抑制性入力が存在する。視床からはsuprageniculate nucleus (SG)、posterior intralaminar nucleus (PIN)、lateral region of the posterior nucleus (Pol)から投射を受けている。MGdはBelt領域(Core領域を取り囲む領域群)の聴覚皮質III/IV層にトノトピー構造を持たずに投射している。さらに島皮質、扁桃体にも投射する(Paxinos, 2004)。MGdニューロンの周波数チューニングはMGvより2倍ほど広い。MGdは主にstellate cellから構成される。

MGm

MGmの大きな特徴は、幅広い領域から投射を受けていることである。MGmは同側下丘の全ての亜核から投射を受け、上オリーブ核群、腹外側毛体からも投射を受け聴覚情報の入力を受けている(Malmierca et al. 2002)。さらに脊髄、前庭核、上丘深層から聴覚以外の情報を受け取っている(Jones and Burton, 1974; Graham, 1977)。また下降系経路として視床網様核(TRN)や聴覚野から入力がある。MGmは聴覚野の全ての領域と体性感覚野にも軸索を伸ばしている。線条体や扁桃体にも投射している(LeDoux et al. 1985)。MGmニューロンの周波数チューニングはMGvより2倍ほど広い。MGmニューロンの多くは長い潜時を持つ。MGmニューロンはMGvニューロンよりもNa+-K+-ATPaseの活動性が強いことが知られている(Senatorov and Hu, 1997)。MGmはネコではトノトピー構造があることが示唆されている(Imig, 1985)。MGmは主にmagnocellular cellから構成される。

MGの抑制ニューロン

MGの抑制ニューロンの割合は種に依って大きく異なる。コウモリやラットではGABAニューロンは全体の1%程しか存在しない。よってこれらの動物では視床網様核(TRN)を介する抑制が重要となる。また下丘からMGに抑制性の投射が送られる(Winner et al. 1996)。GABAニューロンの割合が著しく少ないラットでは、下丘による抑制の割合が他の種より多いことが判っており、実に下丘ニューロンの40%もがMGに抑制性軸索を送っている。ネコやサルではMGニューロンに占めるGABAニューロンの割合は30%に増える。GABAニューロンの割合がこれほど異なるのは、種によって大切な音の種類と複雑さが異なるためだと考えられている(Winer and Laure, 1996)。

MGの機能

現在知られている知見を持ってMGの担う聴覚情報処理機能を断定することは非常に難しい。しかし視床の一般的な特徴を俯瞰する時、MGの機能を推測することが可能である。

MGや聴覚野に至らずとも下丘までで基本的な聴覚情報処理はされていると考えられている(Paxinos, 2004)。一方、聴覚野は時間的な情報やハーモニーなど音の組合せ情報の処理・認知など高度な役割が与えられている(Wetzel et al, 2008; Bendor and Wang, 2005, Tsukano et al. 2008)。MGはその間に位置し下丘と聴覚野を結び、聴覚野に送るべき情報を選別するゲートであると考えられる(Guillery et al. 1998)(図4)。その指令塔の機能を有すると思われる視床網様核(TRN)が腹側視床に存在している。TRNは視床を囲う様に位置する神経核で、その殆どがGABAニューロンで占められている神経核である。視床から皮質、皮質から視床に至る軸索はほぼ全てTRNに側枝を伸ばしている。TRNは聴覚野からのフィードバックを元にMGに抑制を与え、側方抑制などに貢献している(Paxinos, 2004)。さらにTRNは前頭葉からの情報を元にMGに抑制を与え、注意を向けた対象以外のことに抑制をかけるフィルター機能も有すると考えられている(Zikopoulos and Barbas., 2006)。またTRNからMGへの抑制回路は視覚など他のモダリティによる聴覚抑制にも関与している(Kimura et al. 2012)。詳しくは「視床ゲート機構」の項に譲る。


(執筆者:塚野浩明、澁木克栄、担当編集委員:)