CA3野
池谷 裕二、松本 信圭
東京大学 大学院薬学系研究科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年12月10日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:岡本 仁(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
海馬の亜領域の一つ。CA1野およびCA2野とともにアンモン角を形成する。再帰型の興奮性局所回路を有するのが特徴である。CA3野への興奮性入力の入力元は、同側CA3野錐体細胞からの再帰性局所回路、歯状回顆粒細胞からの苔状線維、および嗅内皮質第2層の星状細胞からの貫通線維である。ここではもっとも解明の進んでいる齧歯目(ラットおよびマウス)のCA3野について記載する。
解剖学的特徴
上昇層(stratum oriens)、錐体細胞層(stratum pyramidale)、透明層(stratum lucidum)、放線状層(stratum radiatum)、網状分子層(stratum lacunosum-moleculare)の4領域からなる。
CA3野錐体細胞の尖端樹状突起は、透明層、放線状層、網状分子層の3領域を縦に貫いている。一方、尖端樹状突起よりも短い基底樹状突起(basal dendrite)は細胞の底辺から上昇層に伸びている。
興奮性入力は、錐体細胞の樹状突起を覆うスパイン(spine)の上にシナプスを作る。中でも、苔状線維がシナプスを作るCA3錐体細胞の近位樹状突起上の棘状瘤(thorny excrescence)は、中枢神経系でもとりわけ巨大なスパインである。棘状瘤は複雑に枝分かれしており、棘状瘤1個は苔状線維ブートン1個で覆われている[17-20]。1つのCA3錐体細胞あたり、平均41個の棘状瘤が存在すると見積もられている[21]。1個の棘状瘤はただ1個の苔状線維ブートンと接触しているが、1個の苔状線維ブートンは複数の棘状瘤と接触することができる[22]。海馬錐体細胞の樹状突起の定量的な解析の結果、CA3ニューロンの樹状突起は個々にかなりばらついていることが見出された[8]。CA3c野(CA3野の中でも歯状回に近い側)の錐体細胞は、樹状突起の総計長が短く、CA1野に近づくほど長くなる。
CA3野の錐体細胞は非常に側枝化された軸索を持っており、それらの線維は、海馬内(CA3、CA2、CA1野)や、対側の海馬(交連投射)、もしくは中隔核に投射している。CA3野(とりわけCA3c野)の錐体細胞とCA2野の錐体細胞は、歯状回門にもわずかながら投射している。CA3野とCA2野の錐体細胞は例外なく、海馬の全領域へ分散的な投射を行っている。このうちCA3野とCA2野に投射するものは、連合線維(associational connection)と呼ばれており、CA3野からCA1野への投射は、シャッファー側枝(Schaffer collateral)と呼ばれている。
全てのCA3錐体細胞とCA2錐体細胞はCA1野への投射を持っているが、そのシナプス終末の空間配置は起始細胞の空間配置と鏡像の関係にある。特定のCA3錐体細胞は特定の場所に存在するCA1錐体細胞により高確率で投射している。すなわち、CA3c野の錐体細胞は、中隔核側にも側頭側にもかなりの距離まで投射しているものの、どちらかといえば中隔核側のCA1野に投射する傾向がある。逆に、CA3a(CA3野のうちCA1野に近い側)錐体細胞は、むしろ側頭側のCA1野により強い投射を送っている。中隔-側頭軸の面内での投射について言及するならば、CA3c野に存在するニューロンはCA1野放線状層の浅い部分(網状分子層に近い部分)に投射し、CA3a野に存在するニューロンは、CA1野放線状層の深い部分(細胞体層に近い部分)または上昇層に投射している。同様にして、CA3c錐体細胞は、CA1野の中でも遠いCA1a野(CA1野のうち海馬支脚に近い側)に投射する傾向があり、CA3a錐体細胞はCA2野との境界付近に存在するCA1c野に投射する傾向がある。
1つのCA3錐体細胞が多数のCA1錐体細胞に投射している。1つのCA1錐体細胞は、少なくとも5000の同側CA3錐体細胞から投射を受けていると想定されている。このシナプスは非対称型で、CA1錐体細胞の樹状突起のスパインに結合している。スパインやシナプス終末の大きさや形は、一定でなく、かなりばらついており、CA1シナプスの生理的な意義に関与しているのではないかと考えられている。電子顕微鏡を用いた解析によって、シナプスが軸索に沿って、約2.7 μmの間隔で存在することを発見した。このうち68%のシナプスが単一のシナプス後部肥厚を有しており、19%が2~4個、13%にはシナプス後部肥厚は見いだされなかった(ただし、ここではシナプス小胞が集積している場所をシナプスと定義している)。
連合線維(CA3野から同側のCA3野およびCA2野へ)とシャッファー側枝(CA3野からCA1野へ)の重要な特徴は、中隔-側頭方向へ強い投射があるということである。一個のCA3(またはCA2)錐体細胞の軸索網だけで、海馬の中隔-側頭軸の75%をも埋め尽くしている。また、細胞内標識法によって、CA3錐体細胞1つでも、その軸索叢の総計長は150-300 μmにも達し、30,000-60,000個も標的細胞を持っていることを明らかにした。
ラットでは、サルとは異なり、CA3錐体細胞は対側海馬のCA3野、CA2野、CA1野にも交連線維を送っている。1つの錐体細胞が、同側と対側に同時に投射している。多少の左右差はあるものの、交連線維は大まかには連合線維と似たような空間配置をとり、同側海馬と類似した部位へ投射をしている。たとえば、ある線維が同側の放線状層のある場所に強い投射していたのならば、この線維は対側でも放線状層の同じ部位により強い投射を送っている。歯状回の交連線維の場合と同様、対側に投射するCA3線維も、スパイン上に非対称型のシナプスを作っており、インターニューロンには滑らかな樹状突起上に直接シナプスを形成している。
CA3野からの唯一の皮質下投射は外側中隔核に向かうものである。CA3から中隔核への投射は両側性であり、この点はほかの海馬領域からの投射と異なっている。実質上全てのCA3錐体細胞はCA1野と外側中隔野の両方に投射している。
CA3野への皮質下入力の主要なものは中隔核からのものである。歯状回のときと同じく、中隔核からの投射は、主に、内側中隔核とブローカー対角束核から来ている。この投射は、主に上昇層に終止しており、放線状層に投射するものは少ない。やはり歯状回のときと同様、GABA性の入力は主にGABA性のインターニューロンに投射している。
CA3野はまた青斑核からノルアドレナリン性の入力を受けている。この神経終末のうち太い線維のものは主に網状分子層の最表層部と透明層に密集しているが、細い軸索叢はCA3野全体にわたって分布している。セロトニン作動性はCA3野に広くまばらに投射しており、ドパミン性の神経支配はきわめて少ない。歯状回と同様、セロトニン作動性の投射はまばらだとはいえ、錐体細胞の遠位樹状突起に投射するタイプのインターニューロンにシナプスを作る傾向がある。
場所細胞との関連
CA3野の場所細胞は、CA1野のそれに比べ、研究がそれほど進んでいない。しかし、細胞外記録法を用いた、場所細胞の再配置についての知見がいくつか存在する。
場所受容野は、外部環境に応じて動的かつ瞬時に再配置(remapping)される[23]。たとえば、環境の大きさ、形、色、明暗といった、様々な要素のわずかな変化が再配置を引き起こすことが知られている[24, 25]。再配置は、その規模により部分再配置(partial remapping)と完全再配置(complete remapping)に分けられる。また再配置の様式は、場所受容野そのものと発火率が共に変化する大局的再配置(global remapping)と、場所受容野は変わらないが発火率のみ変化する頻度再配置(rate remapping)とに分けられ、海馬のCA1野、CA3野、歯状回で、再配置の様式が異なる[26, 27]。さらに、CA1野の場所細胞の受容野は経時的に変化する一方で、CA3野のそれは経時的に変化しないことも、近年明らかになった[28]。
パターン補完との関連
CA3野内に存在する再帰型局所回路は、連合記憶ネットワークを担っているとされる。連合記憶ネットワークでは、シナプス強度の調節を介して、部分的な情報の断片をもとに、それまでに保存されていた記憶の全体を取り戻すことである。この過程のことを、パターン補完と呼ぶ。このパターン補完にはCA3野が深く関わっているとされる。CA3野の錐体細胞選択的にNMDA受容体サブユニット1を欠損させたノックアウトマウス(CA3-NR1 KOマウス)を用い、次のような実験結果を得られている[29]。モリスの水迷路試験において、コントロールマウスは周囲の手がかり(cue)の数が4つであっても、1つであっても、記憶の想起が可能であった。しかし、CA3-NR1 KOマウスは、手がかりの数が4つの時には記憶の想起が可能であったものの、手がかりが1つになると記憶の想起は著しく障害された。また、コントロールマウスは、手がかりが4つから1つになっても、場所受容野が安定していたのに対し、CA3-NR1 KOマウスでは、手がかりが4つから1つになると、場所受容野が著しく縮小する。これらのことから、CA3野はパターン補完と深い関係があると考えられている。