アストロサイト

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アストロサイト Astrocyte(英) Astrocyte(仏) Astrozyt(独)

アストロサイトは神経系の細胞であるグリア細胞の一種で、ニューロンを取り囲んでおり、神経回路を調節する。アストロサイトは以前は神経細胞から放出された伝達物質を回収するなど神経回路の補助的役割とされていたが、2000年以降、アストロサイトが伝達物質グリオトランスミッターを放出し神経回路を制御する報告が多くなるにつれ、より主体的に神経回路を調節すると考えられている。

歴史

アストロサイトはVirchowやDeitersらにより19世紀にはすでにその存在が知られていた(1,2)[1],[2]。Virchowはニューロンでない細胞を発見し(3)[3]、Deitersはニューロンやオリゴデンドロサイトと接する軸索を持っていない細胞を見つけた(4)[4]。またGolgiは神経系の全ての細胞を形態学的に同定した(5)[5]。その後Cajalはゴルジ染色や鍍銀法によって具体的な形態を明らかにし、白質に線維性アストロサイトが、灰白質に原形質性アストロサイトが主にあることを示した(6)[6]。「アストロサイト」と命名したのもCajalである。

形態と種類

アストロサイトには線維性アストロサイト(fibrous astrocyte)と原形質性アストロサイト(protoplasmic astrocyte) がある(7)[7]。 線維性アストロサイトは白質にあり典型的な星形をしていて、GFAP (glial fibrillaryacidic protein)陽性のグリアの線維を豊富に持っている。線維性アストロサイトは原形質アストロサイトより長い突起を伸ばしていてランビエ絞輪のnodeで軸索と接している。原形質性アストロサイトは灰白質にあり、GFAPはほとんど無い。原形質性アストロサイトの突起は線維性アストロサイトより複雑で、数千もの不規則な茂みのような細い突起をのばして、シナプスを密接に取り囲んでいる。アストロサイトの突起の一部は毛細血管も覆っており、血管内皮細胞のタイトジャンクションを誘導したり、神経活動に応答して血管を拡張させたり収縮させたりしている。活性化型アストロサイト(reactive astrocyte)は神経が損傷を受けたときに観察されるGFAP陽性のアストロサイトのことである。

アストロサイトのマーカー

GFAP:細胞骨格を形成する中間径フィラメント(8-10)[8],[9],[10]。線維性アストロサイトで高い発現を示す。また、神経損傷部で観察される活性化型アストロサイトは強いGFAP陽性を示す。また培養したアストロサイトでもGFAPの強い発現を示す。正常な状態ではほとんどの原形質性アストロサイトはGFAP陰性であり(11)[11]、それらの多くは大脳皮質などの灰白質にある(12, 13)[12],[13]。 GLAST (glutamate-aspartate transporter: EAAT(excitatory amino acid transporter) 1), GLT-1 (glutamate transporter-1: EAAT2):アストロサイトはシナプス間で放出されたグルタミン酸を速やかに取り込む。その除去に関わるグルタミン酸トランスポーターのうちGLASTとGLT-1がアストロサイトのマーカーとして使用される(14, 15)[14],[15]。 S100β:カルシウム結合蛋白質であるS100のβサブユニットは中枢神経系ではアストロサイトと上皮細胞のマーカーとして使用される(16,17)[16],[17]

発生

アストロサイトはニューロンより発生が遅く、ニューロンが発生中~後期に盛んに発生するのに対して、発生後期から生後にかけて盛んに発生する。アストロサイトは脳室帯(ventricular zone)にある神経前駆細胞から分化する(18,19)[18],[19]。大脳皮質ではアストロサイトは神経前駆細胞から分化した、ネスチン陽性の放射状グリア(radial glia, 20,21[20],[21])から生じ、線維性アストロサイトと原形質性アストロサイトになる(22)[22]。また生後では放射状グリアから分裂して出来る脳室下帯(subventricular zone)のintermediate progenitorからも生じる (23,24)[23],[24]。神経細胞と同様アストロサイトの発生にも領域特異性があり、脳室での発生する部位によりアストロサイトはサブタイプに分かれる(25)[25]。また放射状グリアから分化した大脳皮質の原形質性アストロサイトは、同様に放射状グリアから分化した皮質の錐体ニューロンと共にコラム(column)という柱状の領域を形成する(26)[26]

構造と機能

アストロサイトは水やイオンのバランス制御や脳血液関門の維持に貢献している。また神経伝達物質の回収、グリオトランスミッターの放出、神経ペプチドの放出を介してシナプス伝達の調節に関わっている。

アストロサイトのネットワーク(ドメイン構造)

アストロサイトは神経細胞のみならずアストロサイト同士でもネットワークを形成している。アストロサイトのネットワークはドメイン構造といわれる互いのアストロサイトのごく一部だけが接することにより、それぞれのアストロサイトが個々の領域をもつドメイン構造をとっている(27)[27]。個々のアストロサイトはギャップジャンクション(gap junction)の一構成要素であるヘミチャネル(hemichannel)をもっており、互いにギャップジャンクションを形成し、分子のやりとりをしている。このことはdye-couplingという方法で確認できる。一つのアストロサイトにルシファーイエロー(lucifer yellow)を微量注入すると、それが周辺のアストロサイトにも広がることが観察される(28)[28]

アストロサイトの「興奮」とカルシウム濃度上昇

アストロサイトは電気的に興奮しないので活動電位が生じない。電位依存性チャネルは存在し、内向きの整流性カリウムチャネルを発現しており、アストロサイトの膜電位をカリウムの平衡電位に近い状態にしている(29,30,31)[29],[30],[31]。電気的に興奮しないかわりに、アストロサイトは細胞内のカルシウム濃度上昇により「興奮」する。具体的には、ニューロンからの伝達物質の放出に細胞膜上のG蛋白共役型受容体(G protein coupled receptor (GPCR))やプリン受容体(purinergic receptor)が応答し、小胞体(endoplasmic reticulum)にストアされているカルシウムや、電位依存性カルシウムチャネルなどによる外部からのカルシウム流入により細胞内カルシウム濃度が上昇することにより「興奮」し、伝達物質を放出する(31,32,33)[31],[32],[33]。細胞内カルシウム濃度上昇によるアストロサイトの「興奮」は伝達物質を介してニューロンや他のアストロサイトに影響を及ぼす(34)[34]。また一つのアストロサイトが一定の間隔で細胞内カルシウム濃度上昇を繰り返すカルシウムのオシレーションや一つのアストロサイトの細胞内カルシウム濃度上昇に応答して周辺のアストロサイトにカルシウム濃度上昇が広がるカルシウムウェーブが観察される(35,36)[35],[36]

Tripartite synapse

アストロサイトは空間的にも機能的にも密接にシナプスと結びついている。海馬では原形質性アストロサイトが57%のシナプス(軸索とスパイン)の外周を取り囲んでいて、多くは興奮性シナプスである(37)[37]。一つのアストロサイトが数万ものシナプスとコンタクトを取り、アストロサイトの突起はシナプス近傍を取り囲んでいる。例えばラットの海馬CA1ではアストロサイトは~140,000のシナプスとコンタクトを取っている(27)。アストロサイトは前シナプスから後シナプスに向けて放出されたグルタミン酸をグルタミン酸トランスポーターを介して取り込むだけではなく、アストロサイト自身も伝達物質を放出し、シナプス伝達を制御している。このように前シナプス、後シナプス、それを取り囲むアストロサイトを合わせた構造をtripartite synapseと言う(38)[38]

脳血液関門の維持

アストロサイトはエンドフィート(endfeet)をのばして、脳の毛細血管とコンタクトをとっている。この所見はGolgiにより19世紀に観察された(39,40)[39],[40]。アストロサイトは神経細胞とも接しているので、アストロサイトは毛細血管と神経細胞の橋渡しとなり、毛細血管からエネルギーの元となる分子を神経細胞に供給している(28,31)[28],[31]。またアストロサイトはエンドフィートを介して血管平滑筋を制御して血管の直径を変化させる。これにはアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が関係している(31,40)[31],)[40]

グリオトランスミッター

アストロサイトは神経細胞と同様に伝達物質を放出し、神経回路を調節している。アストロサイトから放出される伝達物質はグリオトランスミッター(gliotransmitter)と言われている(41)[41]。グリオトランスミッターには、グルタミン酸(42)[42]、ATP(43)[43]、D-セリン(44)[44]などがある。グルタミン酸やD-セリンはシナプスに対して興奮性に、ATPは抑制性に働く(30)[30]。グリオトランスミッターは前シナプスにも後シナプスにも作用する。例えば前シナプスに作用し興奮性を増強すること(45)[45]、後シナプスに対しては、興奮しているシナプスから放出されるグルタミン酸に作用し、シナプス後ニューロンの興奮性を増強することがあげられる(46)[46]。またアストロサイトは、活性化しているシナプスがアストロサイトを介して他のシナプスを抑制する、ヘテロシナプス抑制(heterosynaptic depression)にも関与する(47)[47]。グリオトランスミッターの放出はエキソサイトーシスの他にヘミチャネルやP2X7レセプター、マキシアニオンチャネルからも放出される(40)[40]。グリオトランスミッターの放出には細胞内カルシウム濃度上昇が関与する。

グルコース代謝

人では脳は身体の約2%の重量だが、その機能の維持のため身体が必要とする酸素とグルコースの20%を使用する(48, 49)[48],[49]。アストロサイトは毛細血管からグルコースを取り込むか、アストロサイト内で貯蓄されているグリコーゲンをグルコースに変換した後、グルコースを乳酸に変換し、神経細胞に供給する。またアストロサイトで産生された乳酸はギャップジャンクションを介して他のアストロサイトにも供給される(28)[28]

神経伝達物質の回収

アストロサイトはグルタミン酸トランスポーターであるGLASTやGLT-1を発現している。シナプス間で放出されたグルタミン酸はGLASTやGLT-1を介してアストロサイトに回収される。このときナトリウムイオンも取り込まれる。ナトリウムイオンはNa+K+-ATPaseにより細胞外に排出されるが、このときNa+K+-ATPaseはアストロサイト細胞内のATPをADPに置換する。

神経ペプチドの放出

アストロサイトもまた神経細胞と同様にペプチドを放出する。アストロサイトから放出されるペプチドにはatrial natriureticpeptide (ANP), neuropeptide Y (NPY)(50)[50], brain-derived neurotrophic factor (BDNF) (51)[51]、IL-6やTNFなどのサイトカインやキモカイン(52)[52]があげられる。

疾患

アストロサイトは多くの精神神経疾患に関係している。痙攣や神経変性疾患ではGFAP の発現が増加したreactive astrocyteが増える。これに対して鬱病や統合失調症の死後脳ではGFAPの発現が減少している (30)[30]。またマウスの実験ではアストロサイトから放出されるATPが鬱状態のマウスに対し抗鬱作用があるという報告もある(53)[53]。 しかしながら、アストロサイトで発現する分子の遺伝子変異が原因で起こる疾患はあまり多くはない。アレキサンダー病はGFAP遺伝子の変異によりおこる疾患で、症状としては大脳白質萎縮症(leukodystrophy)がみられる(54)[54]。病理学的にはGFAPがアストロサイトに過剰に発現しローゼンタールファイバーという凝集体を形成する。MLC (megalencephalicleukoencephalopathy with subcortical cysts皮質下嚢胞を伴う巨脳性白質脳症)はアストロサイトのエンドフィートに発現するMLC1遺伝子変異によりおこる疾患で、症状としては巨頭症、進行性の運動失調、けいれん、精神遅滞がおこる。病理学的には皮質下嚢胞、ミエリンやアストロサイトの空胞形成が観察される(55,56)[55],[56]

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