マイクロカラム
細谷俊彦
理化学研究所脳神経科学研究センター 局所神経回路研究チーム
DOI:10.14931/bsd.7730 原稿受付日:2018年9月29日 原稿完成日:2018年10月15日
担当編集委員:渡辺 雅彦 (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)
英語名:microcolumn
大脳皮質第5層では、主要なタイプの神経細胞が細胞タイプ特異的な細い柱状のクラスター(マイクロカラム)を形成している。マイクロカラムは皮質に沿って六方格子状に並び、様々な皮質領野に共通に存在する。個々のマイクロカラムの細胞は特異的な神経回路を持ち類似した神経活動を示す。これらは第5層の回路がマイクロカラムを単位とした繰り返し構造をもつことを示し、多数のマイクロカラムによる並列処理が多様な皮質機能を担う可能性を示唆する。
歴史
大脳皮質の回路は様々なタイプの興奮性神経細胞と抑制性神経細胞から形成されている。古くから、少数の神経細胞が基本的な単位回路を形成し、これが多数繰り返されている可能性が提唱されていた[3][4]。単位回路の候補としてさまざまな仮説が提案されたが、その構造や機能については議論が続いておりコンセンサスは確立していなかった[5][6][7][8][9][10]。ネコやサルの視覚野でみられる眼優位性カラムや方位選択性カラムなどは特定の皮質領野のみに限られその回路・機能とも不明な点が多く、大脳皮質の普遍的な単位回路ではないと考えられている[7]。
構造
大脳皮質第5層の二種類の主要な興奮性細胞のうちの一種は皮質下投射細胞(subcortical projection neurons, SCPNs)と呼ばれ、脊髄、上丘、橋などへ長い軸索を伸ばし大脳皮質からの主要な出力経路を形成する[11]。皮質下投射細胞は広範な皮質領野に存在しており、例えば運動野の皮質下投射細胞は上位運動ニューロンとして皮質脊髄路を形成している。
皮質下投射細胞は幅1–2細胞、高さ数細胞程度の細長いクラスター(SCPNマイクロカラム)を形成する[1][12][2](図1, 2A)。皮質に沿って多数の皮質下投射細胞マイクロカラムが周期的に配置し、ハニカム状の六方格子配列をとっている[2](図2B)。このような皮質下投射細胞マイクロカラムはマウスの視覚野、体性感覚野、運動野[1][2]やヒト運動性言語野[12]で共通にみられ、いずれもよく似た構造を持つ。
第5層のもう一種の興奮性細胞である皮質投射細胞(cortical projection neuron, CPNs)は、同側や対側の大脳皮質に軸索を投射し中継経路を形成している[11]。これらの皮質投射細胞もマイクロカラム(CPNマイクロカラム)を形成し、SCPNマイクロカラムと互い違いに並んでいる(図2C)[2]。
第5層にはさらにパルブアルブミン発現細胞(PV細胞)およびソマトスタチン発現細胞(SOM細胞)の2種の主要な抑制性細胞があり[13]近傍の皮質細胞を抑制している。この2種の抑制性細胞のいずれもSCPNマイクロカラムに含まれるように配置しているが、CPNマイクロカラムとはほぼ無関係に配置している(図2C)[2]。
従って、第5層においてはすべての主要な細胞タイプが、細胞タイプ特異的なマイクロカラムとその格子構造に組織化されている。
回路と神経活動
マウス脳内Ca2+イメージングによって、同一のマイクロカラムに含まれる細胞は同期した神経活動を示し、活動の時間パターンが似ていることが明らかとなった[2](図3A)。この同期活動は、視覚野、体性感覚野、運動野のSCPNマイクロカラムで共通にみられた。
第一次視覚野の細胞は特定の傾き(方位)をもった線分に選択的に応答し(方位選択性)、また左右の眼への選択性(眼優位性)がさまざまに異なることが知られている。マウス第一次視覚野における解析により、同一マイクロカラム内の細胞は方位選択性と眼優位性のいずれもが似ていることが明らかとなった[1][2](図3B,C)。
また、電気生理学的な解析から、同じマイクロカラムに含まれる神経細胞は同一の神経細胞からのシナプス入力を受けていることが示唆され[2](図3A)、この入力が同期活動や刺激選択性の類似をもたらしている可能性が示された。以上より、個々のマイクロカラムはそれぞれ特定の情報を処理し、幅広い脳領野の共通な機能単位として動作していることが示唆された。
発生
大脳皮質の発生においては、興奮性細胞は皮質の脳室側で放射状グリアの不等分裂によって産み出され、脳表の方向へ放射状に移動し最終的な位置に配置する。この際、同一あるいは発生上近縁の放射状グリアから産み出された興奮性神経細胞(発生上近縁な興奮性神経細胞)は柱状に並ぶ傾向がある。一方、個々のマイクロカラムを構成する細胞は発生上近縁ではないことが示されている[1]ため(図4A)、発生上近縁な細胞が並ぶというモデルではマイクロカラムの形成は説明できないと考えられる。
マイクロカラムはマウスでは遅くとも生後6–7日には観察される。この時期にはまだ化学シナプスは皮質内には少ない。一方、この時期に、近傍にある皮質下投射細胞と皮質下投射細胞の間および皮質投射細胞と皮質投射細胞の間はそれぞれ50%以上の確率でギャップ結合により結合している[2](図4B)。このギャップ結合は縦に並んだ細胞で高い強度を示し、同一マイクロカラム内の細胞を強く結合していることが示唆されている。一方、皮質下投射細胞と皮質投射細胞の間にはギャップ結合はほとんど見られない[2]。皮質下投射細胞間、皮質投射細胞間のいずれのギャップ結合も皮質回路が概ね完成する生後14日頃までには完全に消失する[2](図4C)。
以上より、マイクロカラムは発生上近縁でない細胞が配置することにより形成され、一時的にギャップ結合で結合することが明らかとなった。このギャップ結合は皮質回路が形成される時期に存在するため、マイクロカラム特異的な神経回路の形成を誘導している可能性がある。
機能
以上の結果は、大脳皮質の広い領域において第5層はマイクロカラムが繰り返した構造を持つことを示している。個々のマイクロカラムは要素的な情報処理を担う機能モジュールであると考えられ、多数のマイクロカラムによる並列処理が第5層の情報処理を担っていることが示唆される。この回路構造はさまざまな異なる皮質領野に存在するため、感覚処理、運動制御、言語処理などの多様な大脳機能に共通な情報処理を行っている可能性がある。
他の構造との関連
大脳皮質の発生において、マイクロカラムに似た細いカラム状のクラスターがギャップ結合を形成している可能性を示唆する報告が1990年代にあった[14][15]。第5層におけるこのクラスターがマイクロカラムと一致している可能性がある。ギャップ結合で結合したクラスターは第5層以外の皮質層にも観察されているため、これらの層にもマイクロカラムに類似した構造が存在する可能性がある。
マイクロカラムは発生上近縁でない細胞から形成されている[1]。一方、発生上近縁な興奮性細胞は、マイクロカラムでギャップ結合が見られる時期より早い時期に一過的にギャップ結合を持つことが知られている[16]。発生上近縁な興奮性細胞は後に相互にシナプス結合し類似した視覚応答特性を示す[16][17][18]。従って、発生上近縁でない細胞からなるマイクロカラムと、発生上近縁な細胞からなる回路の両方が存在し異なる機能を担っている可能性がある。
ネコやサルの視覚野には眼優位性あるいは方位選択性の類似した細胞からなるカラム状のクラスターが存在し、それぞれ眼優位性カラムおよび方位選択性カラムと呼ばれている。眼優位性カラムの幅は細胞数十個分ほどでありマイクロカラムよりはるかに大きい。また、隣り合った方位選択性カラムが応答する刺激方位は似ているが、隣り合ったマイクロカラムが応答する刺激方位は似ていない。この違いは、ネコやサルでは方位選択性や眼優位性の似たマイクロカラムが近傍に並ぶことによって眼優位性カラムや方位選択性カラムが形成されていれば説明できる。実際、方位選択性カラムが六方格子状の周期構造を持つことが示唆されている[19]。
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