神経細胞リプログラミング

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神経細胞リプログラミング (iN細胞含めて) 山下 徹、阿部康二 Toru YAMASHITA, Koji ABE

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科脳神経内科学 Department of Neurology, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences, Okayama

①神経細胞リプログラミング  英語名:direct reprogramming to neuronal cells ②iN細胞  英語名:induced neuronal cells, 英略語:iN cells, iNCs

神経細胞リプログラミングとは、本来、分化多能性を喪失している体細胞から多能性幹細胞を経ずに神経系細胞を直接誘導することを意味する。また本手法で誘導された細胞をinduced neural (iN)細胞と呼称する。比較的短期間で誘導可能かつ腫瘍形成リスクが低いため、ヒト疾患細胞モデルを利用した病態解明や薬剤スクリーニングならびに再生医療への応用が期待されている。


目次 iN細胞発見の経緯 特徴 誘導因子と阻害因子 臨床応用の可能性

iN細胞発見の経緯 2006年のiPS細胞の発見により、いくつかの転写因子を強制発現することで、線維芽細胞などの体細胞から異なる細胞種を誘導できることが示された。ES細胞に強く発現し機能的に重要なOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つの転写因子群を強制発現させるとES細胞に非常に類似した性質を持つiPS細胞が誘導できた事実から、神経細胞に強く発現している転写因子群を強制発現させると、直接神経細胞を誘導できるのではないかと多くの研究者達が予想したのである。 そういった背景の中、2010年1月スタンフォード大学のWernig博士の研究グループはAscl1, Brn2, Myt1lという神経細胞に特異的に発現している3つの転写因子群をレトロウイルスを用いてマウス皮膚線維芽細胞に強制発現し、グルタミン酸作動性ニューロン様の細胞を直接誘導できることを発見した[1] 。この誘導された神経細胞は神経細胞特有の活動電位や、シナプス形成能を持つことが示され、induced neural(iN)細胞と名づけられている。この発見を嚆矢として運動ニューロン[2] やドパミン作動性ニューロン[3] 、ノルアドレナリン作動性ニューロン[4] 、神経幹細胞[5][6] など多様な神経系細胞が誘導できることがこれまでに報告されてきている(図1)。

特徴 iN細胞は、iPS細胞の状態を介さずに直接目的である神経系細胞に分化誘導するため、①比較的短期間で誘導可能、②腫瘍化のリスクが低い点が利点である。一方、iN細胞を誘導した時点で原則細胞分裂が停止し増殖させることが出来ない点が欠点である。

誘導因子と阻害因子 神経細胞リプログラミングを誘導する最も重要な転写因子はAscl1であると現時点で考えられている。2013年Wapinskiらが、線維芽細胞ではAscl1の標的遺伝子座のクロマチンは閉じているが、Ascl1が発現すると閉じたクロマチンの構造変化を起こすことで、ニューロン関連遺伝子の転写を活性化させることを報告している[7] 。一方、Ascl1は線維芽細胞特異的遺伝子のプロモーター領域はメチル化してクロマチンを閉じさせ、線維芽細胞特異的遺伝子の発現を抑制することも明らかにされている[8] 。このようにAscl1はニューロン関連遺伝子の発現を上昇させるだけでなく、元の線維芽細胞関連遺伝子を抑制することで、神経細胞リプログラミングを行うと考えられている。またAscl1の他にも様々な神経細胞特異的な転写因子群(Brn2、Mytl1、NeuroD1)やmicroRNA(miR-124, miR-9/9*)を線維芽細胞などに強制発現させることでiN細胞を誘導できることが報告されている[9] 。さらに転写因子などの強制発現を行わなくとも、cAMPの産生作用をもつフォルスコリンやGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を細胞培養の培地に加えることでiN細胞を誘導できることが可能になってきた[10][11] 。 一方、通常の体内では線維芽細胞がいきなり神経細胞に変わるようなことが起きないように様々な制御機構が働いていると考えられており、これまでにp53-p21経路[12] 、CAF-1複合体[13] 、RE1-silencing transcription factor (REST)[14] ,そして過剰な酸化ストレスの存在[15] がダイレクトリプログラミングを阻害することが報告されてきている (図2)。特筆すべきこととしてはmiR-124の標的遺伝子であるpyrimidine-tract-binding protein(PTB)というRNA結合タンパクをshRNA等でノックダウンするだけでiN細胞が誘導できることが報告されている。[16] 。miR-124はPTBならびにRESTの発現を抑制することから、これら誘導因子と阻害因子はお互いに相互作用があり、両者のバランスによって細胞の運命が最終決定されていると現在考えられている。

臨床応用の可能性 iN細胞は未分化な状態を経ずに誘導可能なことから、細胞DNAメチル化のパターンがiN細胞誘導後も保存されることが知られている[17] 。この特徴は、中高年に多い神経変性疾患の疾患モデルを作るうえで特に重要であり、実際、iN細胞を用いた様々な神経変性疾患(アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、脊髄性筋萎縮症など)の疾患モデルが報告されてきている。神経疾患患者由来のiN細胞を大量に作成し、ドラッグスクリーニングを行うなど創薬分野への応用も展開が今後可能になると期待されている。 さらに、iN細胞はiPS細胞などの未熟な状態を経ずに作成できるため、腫瘍形成のリスクが低いと考えられている。そこでアストロサイトなどのグリア細胞を脳内で直接目的の神経細胞に誘導するin vivoダイレクトリプログラミングが近年注目を集めてきている。脳梗塞や神経変性疾患患者の脳内ではニューロンは脱落しその数が減少している一方でアストロサイトやミクログリアなどのグリア細胞が多く存在していることから、iN細胞の有望な供給源と考えられる。2019年7月には著者らが脳梗塞マウス脳内グリア細胞からiN細胞を誘導できたことを報告した[18] 。2020年4、5月には複数の研究グループから、PTBノックダウンの手法でマウス脳内アストロサイトからドパミン作動性ニューロンを直接誘導し、パーキンソン症状を改善させる実験結果も報告されてきており[19][20] 、このin vivoダイレクトリプログラミング法は今後の脳梗塞やパーキンソン病の有望な治療戦略となる可能性がある。


誘導されたiN細胞 転写因子 主な内容 文献 グルタミン酸作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたグルタミン酸作動性ニューロンが電気生理学的にみて機能していることを示した。 Vierbuchenら[1]

運動ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l, Lhx3, Hb9, Isl1, Ngn2 直接的に誘導された運動ニューロンが電気生理学的に機能し、かつ筋細胞と機能的シナプスを形成できることを示した。 Sonら[2]

ドパミン作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたドパミン作動性ニューロンは電気生理学的に機能し、かつドパミン産生能を持つことを示した。 Caiazzoら[3]

ノルアドレナリン作動性ニューロン Ascl1, Phox2b, AP-2α, Gata3, Hand2, Nurr1, Phox2a 直接的に誘導されたノルアドレナリン作動性ニューロンは、電気生理学的に機能し、共培養した心筋細胞の拍動数を制御できた。 Liら[4]

神経幹細胞 Sox2、Brn2、FoxG1  または          Sox2, Brn4, Klf4, c-Myc 直接的に誘導した神経幹細胞が自己複製能を持ち、かつニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化できること示した。 Lujanら[6]   Hanら[5]

グルタミン酸作動性ニューロン PTB1に対するshRNAの導入 マウスの胎生線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Xueら[16]

グルタミン酸作動性ニューロン cAMP産生作用をもつフォルスコリンとGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を培地に添加 マウス・ヒト線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Liら[11] Huら[10]


表1 iN細胞誘導法に関するこれまでの主な報告


図1 マウスiN細胞



図2 ダイレクトリプログラミングの誘導因子と阻害因子 (文献20より改変転載[21]



参考文献

  1. 1.0 1.1 Vierbuchen, T., Ostermeier, A., Pang, Z.P., Kokubu, Y., Südhof, T.C., & Wernig, M. (2010).
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  2. 2.0 2.1 Son, E.Y., Ichida, J.K., Wainger, B.J., Toma, J.S., Rafuse, V.F., Woolf, C.J., & Eggan, K. (2011).
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