ニューロンモデル
北野 勝則
立命館大学 情報理工学部
DOI:10.14931/bsd.9929 原稿受付日:2021年7月26日 原稿完成日:2021年9月29日
担当編集委員:五味 裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部)
英:neuronal model
計測により得られた神経細胞や神経回路の挙動の背後にある原理を理解するには、数理的な記述が不可欠である。ニューロンモデルは、神経細胞の状態の変化を数理的に記述したモデルである。モデル化の対象とすべき現象や方針の違いにより、さまざまなモデルが提案されている。こうしたニューロンモデルを用いることにより、ニューロン、および、神経回路が実現しうる機能やその仕組みに関する構成論的理解を目指す研究にも用いられる。
はじめに
ニューロンの状態やその変化を記述するモデルは、大きく2つに分けられる。一つは、ニューロンの電気的性質である膜電位やその変化の結果生じる活動電位(神経スパイク、あるいは単にスパイク、もしくは発火)などをニューロンの状態や出力として扱う電気生理学的観点からのモデルである。もう一方は、視覚や触覚などの感覚刺激を与えた時のニューロンの応答の観測に基づき、外界の情報を符号化していると考えられる発火頻度をニューロンの状態とするモデルである。
前者はスパイクの生成を扱うので、スパイキングニューロンモデルとも呼ばれる。生物物理機構に基づいたより詳細なモデルの場合、電気生理実験などの実験結果との比較も可能となる。また、個々のスパイク生成のタイミングを扱うことができるため、神経情報の媒体であるとするテンポラルコーディングを考慮する研究に用いられることが多い。
後者は、前者と比べて簡潔なモデルであるため理論的解析が行いやすく、単一細胞レベルと言うよりは、回路レベルでの情報処理機構の理論研究に用いられることが多い。発火頻度が神経情報の媒体とするレートコーディングを扱う研究で用いられる。
膜電位モデル
ニューロンの細胞膜の電気的特性については、電気生理学実験により明らかにされ、膜電位の時間変化は、細胞膜の電気容量を、細胞膜を透過する膜電流を、外部からの注入電流をとすると
のように表される。膜電位をニューロンの状態として表すモデルは、基本的に上式の形を持ち、膜電流として何を取り入れるかにより、主に次のようなモデルが提案されている。
積分発火モデル
膜電流としてリーク電流のみを取り入れ、活動電位の生成機構はモデル化せず、閾値到達時に活動電位発生の処理と膜電位のリセットを行う[1][2]。詳細は積分発火モデルの項目参照。
Hodgkin-Huxleyモデル
HodgkinとHuxleyにより、ヤリイカの巨大軸索を用いた神経興奮現象の計測とその計測データのモデル化により提案された[3]。膜電流としてリーク電流に加え、Naチャネルと遅延整流型Kチャネルを取り入れる。後者2つは活動電位生成機構を担う。詳細はHodgkin-Huxley方程式の項目参照。
コンダクタンスベースモデル
Hodgkin-HuxleyモデルにおけるNaチャネルや遅延整流型Kチャネルの動力学にならい、他のイオンチャネルも同様のモデル化を行うことで、細胞膜上に発現した多様なイオンチャネルをモデル化することができる。この場合、膜電流は
のように書ける。は、k種類目のイオンチャネルのコンダクタンス(抵抗の逆数)を表し、は、そのイオンチャネルが透過させるイオンの平衡電位を表す。コンダクタンスはHodgkin-Huxleyの定式化にならい、一般に
の形に表せる[4][4]。は活性化ゲート変数、は不活性化ゲート変数である。イオンチャネルによっては、どちらか一方しか持たないものもある。
イオンチャネルの活性化・不活性化が細胞内カルシウムイオン濃度に依存するものがあれば、膜電位、各種イオンチャネルのゲート変数の動力学に加え、細胞内カルシウムイオン濃度の動力学のモデルも必要となる。細胞内カルシウムイオン濃度の最も簡易なモデルは、
となる[5]。は電流から濃度への変換を表す定数、はカルシウムイオン電流、はカルシウムイオン濃度の減少に関する時定数を表す。
ニューロンは、樹状突起や軸索の突起を有する空間的に広がった形態が特徴である。一般的には、同じ細胞でも部位毎に膜電位が異なっていると考えられる。上記のモデルは、1つの細胞に対し、膜電位は部位に寄らず一様である(等電位; isopotential)という仮定に基づいている。ニューロンの形態的特徴をモデル化するには、膜電位が時間だけでなく部位の関数として扱う必要がある。
ケーブル方程式
ニューロンの突起をケーブルとして近似した場合、膜電位の時間変化は
のように表せる[6]。この方程式はケーブル方程式と呼ばれる。右辺第2項はケーブルの軸方向に沿った膜電位勾配により生じる電流の寄与を表す。この方程式は偏微分方程式の形をとり、一般に解を得ることが難しい。膜電流として、リーク電流のみの受動的な膜特性を示す場合、上記の方程式は、
の形となり、境界条件の与え方によっては、解析的に解くことが可能となる。
マルチコンパートメントモデル
イオンチャネルを透過する膜電流を考慮するとなると、そのアクティブな特性のため、ケーブル方程式の形では数値的にも扱いが困難である。そこで、空間方向を離散化することにより、方程式の解法の問題を回避する。ケーブル状の突起を区画(コンパートメント)に分割することで、1つの区画を長さ、半径の円柱として近似する。1つの区画の範囲内は等電位であるとみなし、各区画の膜電位に対し、膜電位ダイナミクスを与える。加えて、隣接する区画間に電位勾配があれば、一方の区画から他方へ電流が生じるので、この軸方向の電流を考慮する必要がある。番目の区画に対する膜電位ダイナミクスは、
と表せる[7]。ここで、はそれぞれ隣接する区画、および、区画との間の伝導度を表す。各区画を小さく取ることにより、連続体に近い結果が得られる一方、計算コストは増大する。各区画を大きく取れば、計算コストは削減できるが、粗視化による誤差の増大を招くという、トレードオフが生じる。細胞全体を1つの膜電位で表す場合は、区画が1つになるので、シングルコンパートメントモデルと呼ばれることがある。扱う問題により、シングルコンパートメントかマルチコンパートメントか、マルチコンパートメントであれば、どの程度の分割でモデル化するか、が異なる。一般的に、単一細胞における情報処理を問題とする場合には、マルチコンパートメントモデル、ネットワークを扱う場合には、シングルコンパートメントモデルを用いることが多い。
シナプス前細胞から後細胞への信号伝達はシナプス電流によりもたらされる。シナプス電流は、他のイオン電流と同様に、として表される。はシナプス電流の伝導度、は後細胞の膜電位、は平衡電位である。は、前細胞の膜電位に依存して変化し、そのモデルとしては次の2つが代表的である。
Kineticsモデル(2状態モデル)
後細胞側のシナプスのイオンチャネルの状態をHodgkin-Huxleyモデルのゲート変数と同様に開状態と閉状態の2状態間の遷移としてモデル化している[8]。膜電位依存型イオンチャネルとの違いは、開→閉の遷移割合は定数、閉→開の遷移割合は神経伝達物質の濃度に依存する点である。
短期可塑性モデル(3状態モデル)
前細胞側の過程である神経伝達物質の状態が、3つの状態(i)回復状態(伝達物質が前終末内にあり、放出が可能な状態)、(ii)結合状態(伝達物質が後終末の受容体に結合して活性化させている状態)、(iii)不応状態(受容体から離れ、前終末に回収される過程の途中にある状態)を遷移するモデルである[9][10]。神経伝達物質の放出確率と前細胞の発火パターンにより、短期抑制や短期増強を再現することができる。
縮約モデル
Hodgkin-Huxleyモデルのように神経興奮現象を数理モデル化するには多数の変数の導入が必要となる。神経興奮現象のダイナミクスを位相空間における分岐現象の観点から理解し、変数の削減とダイナミクスの本質の理解を目的としてモデルが提案されてきた。
確率的スパイクモデル
実際のニューロンの発火活動は、同じ統制条件下でも、全ての試行において同じタイミングでスパイクが発生することはなく、試行ごとにばらつきがあり、確率的な性質が見て取れる。この確率的な挙動は、そのニューロンへの入力が確率的であることに加え、スパイク生成過程自体が確率的である可能性がある。上に紹介したモデルは、決定論的なスパイク生成のモデルとなっており、確率的な挙動の再現は難しい。実験データに見られるような確率的なスパイク活動を再現するモデルが提案されている。
スパイク生成の確率性をモデル化するので、スパイク生成機構そのもの(Naチャネルと遅延整流型Kチャネル)はモデル化の対象とはせず、閾値以下の範囲の過程を記述する。この場合、直前のスパイクが発生した時刻をとした場合の時刻における膜電位は、spike response modelと呼ばれる次の形に書ける[14](積分発火モデル参照)。
は静止膜電位、はスパイク発生直後に生じる膜電流による効果(自分自身の発火による影響)、は入力電流の膜電位に対する効果(自分以外からの入力による影響)を表す。Spike response modelは積分発火モデルの拡張であり、決定論的モデルの1つに分類されるが、これを用いて確率的モデルとして拡張できる。この膜電位を用い、瞬時発火率
を定める。はスパイク閾値を表し、一般的に時間に依存するとしている。時間からにおけるスパイク発生確率をとすると
によりスパイクを確率的に生成する[15]。関数はescape rateと呼ばれ、指数関数や正規化線形関数が用いられることが多い[14]。
発火率モデル
イオンチャンネルのアクティブな特性や樹状突起の分枝構造などの形態的特徴により、単一ニューロンレベルにおいても多様な応答特性を示し、これが脳情報処理に寄与していると考えられるが、多数のニューロンの相互作用により生み出される特性に脳機能のメカニズムの本質があると考えられる。神経ネットワークをモデル化するには、前項で紹介したようなニューロンモデルを用いることも可能であるが、計算コストの問題や、得られた結果の解釈の難しさが残される。視覚などの感覚刺激を与えた時、ニューロンが生成する1つ1つの活動電位そのものやそのタイミングというよりは、その頻度(発火頻度、あるいは発火率)が刺激のパラメータと高い相関を示すことが古くから知られていたため、外界の情報を符号化するのはニューロンの発火率であると考えられてきた。したがって、ニューロンの状態を発火率で表すモデルが提案された[16][16]。
ある統制された条件の下、ある試行におけるニューロンの応答は、
という形に表せる(神経応答関数と呼ばれる)。はデルタ関数、は活動電位が発生した時刻を表す。この試行平均をとると、その条件下における時間に依存した瞬時発火率 を得る。あるニューロンの出力の発火率を、そのニューロンへの入力とすると、
と表せるとする。は時定数、は活性化関数、は閾値である。通常、がより小さい場合は、出力はとする。この活性化関数は、入力を注入電流として一定値にした場合に、入力(一定の注入電流)と出力(発火率)の関係を表すカーブに対応する。
このニューロンへ入力を送るシナプス前細胞の発火率を、それらからのシナプス結合をとする。シナプス後電流による効果を とすると、
と表せる。これを両辺微分すると、
を得る。このように、発火率と入力のダイナミクスにより表される。この2つのダイナミクスのうち、より速いダイナミクスの方(時定数が小さい方)は定常状態へ緩和すると考える。一般に、発火率の変動に比べてシナプス電流の効果の方が減衰は速いと考えると、は定常状態をとり、発火率のダイナミクスのみとなる。
シミュレーター
ニューロンモデルのシミュレーションを実行するには、汎用開発環境で実行する他に、以下に挙げるようなニューロン・神経回路モデルのシミュレーションに特化したシミュレーターが開発されている。
その他汎用開発環境(MATLAB, XPP, C/C++, Python, など)
テキスト
上で紹介したモデルは、最も代表的なものに限定している。より詳しく知りたい場合には、ニューロンモデルに関する書籍により系統的に学ぶことができる。
- Koch, C., Segev, I. (Eds.). (2018).
Methods in Neural Modeling: From Ions to Networks (2nd Edition). MIT Press, Cambridge, Massachusetts - Koch, C. (1998).
Biophysics of Computations: Information Processing in Single Neurons. Oxford University Press, New York, New York. - Dayan, P., Abbott, L.F. (2001).
Theoretical neuroscience, MIT Press, Cambridge, Massachusetts. - Gerstner, W., Kistler, W.M., Naud, R., Paninski, L. (2014).
Neuronal Dynamics, Cambridge University Press, Cambridge.
関連項目
参考文献
- ↑ Lapicque, L. (1907).
Recherches quantitatives sur l'excitation électrique des nerfs traitée comme une polarization." Journal de physiologie et de pathologie générale, 9, 620-635. - ↑
Lapicque, L. (2007).
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Compartmental Models of Complex Neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 93-136. - ↑ Destexhe, A., Mainen, Z.F., Sejnowski, T. (1998).
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