長期増強
小林 静香、真鍋 俊也
東京大学 医科学研究所 神経ネットワーク分野
DOI:10.14931/bsd.10565 原稿受付日:2024年1月26日 原稿完成日:202X年X月XX日
担当編集委員:林 康紀(京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理学分野)
長期増強 (Long-term potentiation: LTP)
長期増強とは
シナプスの伝達効率は神経の活動履歴に応じて柔軟に変化することが知られている。このような変化をシナプス可塑性 (synaptic plasticity) と呼び、代表的なものに長期増強(long-term potentiation: LTP)や長期抑圧(long-term depression: LTD)がある。一般的に、シナプス伝達効率の増強が1時間以上持続する場合をLTPと呼び、それよりも短い場合は短期増強(short-term potentiation: STP)と呼ばれることが多い。LTPは、数時間から、場合によっては数カ月も持続する現象であるが、時間経過に沿って、タンパク合成を伴わない前期LTP(early-LTP: E-LTP)と、タンパク合成をともなう後期 LTP (Late-LTP: L-LTP)とに区分する場合もある。
LTPは様々な脳領域において観察される現象であるが、特に陳述記憶の中枢である海馬において、他の領域と比較してより容易に誘導されること、また後述するLTPの基本的特性(共同性、入力特異性、連合性)が記憶のもつ特性と類似性を持つこと、さらにLTPが長い持続性を示す現象であることから、学習や記憶形成の細胞レベルでの基礎過程であると考えられてきた。一般的に、LTPがおきる機序は、誘導(induction)と発現(expression)の2つのステップにわけることができるとされ、それぞれのステップを担う分子機序の解明が盛んに試みられている。維持 (maintenance)という用語が使用されることがあるが、これはシナプス伝達を変化させるための生化学過程の変化が持続している状態そのものを指す場合が多い。
1966年の北欧での学会で、Lømoにより海馬歯状回でのシナプス伝達効率が高頻度刺激により長時間にわたって増強される現象、すなわちLTPの存在、が初めて報告された[1](1)。これを体系的にまとめたのがBlissとLømoによる1973年の論文である[2](2)。これらの研究では、麻酔下のウサギ海馬歯状回からガラス管微小電極を用いて興奮性シナプス応答を記録し、歯状回への入力線維である貫通線維(perforant path)を高頻度で刺激することによってLTPが誘導されることが示されたが、より生理的条件に近い無麻酔のウサギにおいても同様の現象が誘導できることも同時に報告された[3](3)。さらに、LTPが記憶形成を十分説明しうるだけの持続時間を示すことなどから、記憶・学習との関連性が指摘され、その発生機序を明らかにする研究がその後展開されることになった。
特性
主に海馬CA1シナプスを対象とした研究から、LTPは以下の3つの特性を示すことが明らかになっている[4][5](4、5)。
- 協同性(cooperativity): LTPが誘導されるためには、ある一定数以上の入力線維が同時に活性化されなければならない。
- 入力特異性(input-specificity): 同一の細胞に複数の入力がある場合、刺激を受けた線維が形成するシナプスのみでLTPが誘導される。
- 連合性(associativity): LTPがおこらない程度の弱い高頻度刺激であっても、同時に別の強い入力が高頻度で加わった場合にはLTPが誘導されうる。
こうした特性を示すことから、LTPはヘブによって提唱された学習理論[6] (6)、すなわち、「記憶や学習が成立する際のシナプス強度の変化は、シナプス前細胞とシナプス後細胞とが同時に活性化された場合に引き起こされる」に相当する現象であるとみなされ、このようなタイプの可塑性を示すシナプスはヘブ型シナプス(Hebbian synapse)、また誘導されるLTPはヘブ型LTP(Hebbian LTP)と呼ばれている。
機序
誘導:ヘブ型シナプスの場合
LTPがおきるにあたり、テタヌス刺激(tetanic stimulation)等によってシナプスに最初に引き起こされる変化の過程を誘導 (induction)と呼ぶ。以下の一連の研究から、海馬シャッファー側枝-CA1シナプスに代表されるヘブ型シナプスでのLTPの誘導には、①シナプス前部の活性化と、それに伴う②シナプス後細胞の脱分極、の2つが最低限必要であることがわかっている。
- シナプス後細胞に脱分極電流を注入すると、強いテタヌス刺激を加えたのと同様のLTP誘導効果を得ることができる[7][8](7、8)。
- シナプス後細胞を脱分極させただけでは不十分で、同時にシナプス入力がなければLTPは誘導されない[9](9)。
- テタヌス刺激時にシナプス後細胞を過分極させるか、あるいは電位固定により脱分極を起こさないようにするとLTPが阻害される[8][10](8、10)
通常の興奮性シナプス伝達は、AMPA型グルタミン酸受容体により担われているが(図1A)、NMDA型グルタミン酸受容体の選択的アンタゴニストであるD-APV存在下ではLTPが誘導されないこと[11](11)や、細胞内のカルシウムイオンをキレートすることによってLTPが阻害される[12](12)といった一連の研究から、膜の脱分極によってNMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、開口した受容体を介して細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる[13][14] (13、14)ことがLTP誘導に必須であることがあきらかになっている(図1B)。
発現部位をめぐる論争 -シナプス前性か?シナプス後性か?
誘導後に起こるシナプスの変化を発現 (expression) と呼ぶ。シナプス伝達効率の持続的な増強を支える基盤機構であるため、その変化がシナプスのどこで起きているのかが早くから関心を集め、盛んに研究が行われた。
量子解析(quantal analysis)を用いた研究において、変動係数(coefficient of variation: CV)の変化、およびシナプス応答欠損(synaptic failure)の減少が確認されたことから、LTPはシナプス前終末からの神経伝達物質放出確率(release probability: Pr)の増加に起因するとの説が、当初有力であった[15][16](15、16)。確かにこれらの実験結果は複数の異なる研究グループによって再現性が確かめられてはいたものの、一方でLTPが主にAMPA型グルタミン酸受容体を介したシナプス応答に選択的に認められる現象であることや[17][18](17、18)、LTP中に実際にグルタミン酸放出が亢進しているという実験結果が得られなかったこと[19][20][21](19、20、21)などとは矛盾しており、グルタミン酸放出の増加ではLTPを十分に説明することができないとする考えも多くあった。
その後、synaptic failureの減少は必ずしも放出確率の増加を意味するのではなく、シナプス後細胞に新たに機能的なAMPA型受容体が発現することによっても説明がつくとの見方が提示されたのち[19](19)、神経伝達物質の放出確率を薬理学的に評価する新たな方法を用いた研究でも、LTPに伴って放出確率は増加しないことが報告された[22](22)。さらに、AMPA型受容体を欠くサイレントシナプス(silent synapse)が発見され、LTP誘導によりこのシナプスに新たにAMPA型受容体が挿入されること(unsilencing)が実験的に確かめられた[23][24] (23、24)。また、LTP誘導前後の微小シナプス後電流(miniature excitatory postsynaptic currents: mEPSCs)の詳細な解析から、サイレントシナプスだけでなく、もともとAMPA型受容体を発現しているシナプスにおいても、AMPA型受容体の発現増加によるLTPがおきることが確かめられ[25][26] (25、26)、LTP発現部位としてのシナプス後細胞の重要性が強く認識されることとなった。
これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する[27](27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。
シナプス後性LTP
シナプス前終末から放出された神経伝達物質に対するシナプス後細胞の感受性の増大が長期間持続する現象を指す。最も代表的なシナプス後性のLTPは、海馬CA1領域の興奮性シナプス伝達のLTPで、実験的には、100Hz程度の高頻度のシナプス前線維の電気刺激により誘導される(図2A)。
このシナプスでの神経伝達物質は、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸で、LTPの誘導と発現には2種類のグルタミン酸受容体が関与している。通常のシナプス伝達はAMPA型受容体により媒介されており、NMDA型受容体は細胞外のマグネシウムブロックの存在により、機能していない(図1A)。刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウムイオンやカリウムイオンの移動とともに、カルシウムイオンの流入が引き起こされLTPが誘導される(図1B)。
誘導刺激後、シナプス後肥厚部(postsynaptic density: PSD)にAMPA型受容体が集積することでシナプス応答の増強がおきると考えられている。これは、AMPA型受容体をGFPで蛍光ラベルして可視化する手法[28][29](28、29)や、GluA1-ホモメリック受容体(通常発現しているGluA2含有AMPA型受容体とは電流―電圧関係が異なり整流性を示すために、内在性のAMPA型受容体と電気生理学的に区別することができる)を海馬ニューロンに過剰発現させ、この外来性AMPA型受容体がLTP誘導後に実際にPSDへと移行していることを確かめることによって明らかにされた[30](30)。PSDへと集積するAMPA型受容体は、細胞内のプールからエクソサイトーシスによって活動依存的にPSDへと発現する(図2B:左)場合のほか[31][32][33](31、32、33)、シナプス外(extrasynaptic site)に発現しているAMPA型受容体が側方拡散(lateral diffusion)によってPSDへと移行するという説(図2B:右)などが唱えられている[34][35](34、35)。
細胞内へと流入したカルシウムイオンは、さまざまなシグナル伝達系を活性化することが知られているが、中でもLTPと密接に関連していると考えられているのが、カルシウム-カルモデュリン依存性キナーゼII(calcium-calmodulin-dependent kinase II: CaMKII)である[36](36)。CaMKIIの基質にはAMPA型受容体も含まれており、CaMKIIによるAMPA型受容体のリン酸化がPSDへの受容体の移行を制御しているといった報告[37][38](37、38)や、AMPA型受容体のリン酸化により受容体の単一チャネルコンダクタンス(single-channel conductance)が上昇する(図2C)という報告もあるが[39][40](39、40)、CaMKIIには他にも数百に及ぶ基質が知られており[41](41)、いずれの基質がLTPに重要であるのかは現在も検討が続いている状況である[42](42)。またCaMKIIは他のリン酸化酵素と異なり、シナプスでの発現量が非常に多く、その量はアクチンなどの細胞骨格に匹敵するほどであることに加え[43](43)、12量体構造をとるといった特徴を持つことから[44](44)、単にリン酸化酵素として機能するにとどまらず、構造タンパクとしての側面がLTP制御の上で重要な役割を果たしている可能性も近年指摘されている[42][45](42、45)。
シナプス前性LTP
シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が長期間にわたり増加する現象を指す。原理的には、ひとつのシナプス小胞内に含まれる神経伝達物質の量が増えることでもLTPが発現し得るが、ほとんどの場合は、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出確率が長期的に増加することにより発現する。
シナプス前性LTPの代表は、海馬CA3領域苔状線維 (mossy fiber) シナプスでのLTPである[27][46](27、46)。CA3錐体細胞への入力線維である苔状線維に100Hz程度の高頻度刺激を与えると、その直後にはシナプス応答が10倍程度に増大し(図3A、矢印)、それ以降は急速に漸減するが、約30分程度で、もとのレベルの2倍~数倍程度増強された状態で安定する。この際、シナプス後細胞の活動は必要なく、シナプス前終末の活動だけで誘導されることから、いわゆるヘブ型(Hebbian LTP)と区別し、非ヘブ型LTP(non-Hebbian LTP)と呼ばれる。長期的な放出確率の増大にシナプス前終末内のcAMPが関与していると考えられている[47](47)。それに引き続く細胞内生化学過程についてはAキナーゼが関与するとの報告がある[48] (48)。
図1:LTP誘導機構 A) 定常状態における神経伝達:シナプス前終末から放出されたグルタミン酸(●)が、シナプス後細胞に発現しているAMPA型グルタミン酸受容体を活性化することにより、ナトリウムイオンの流入、カリウムイオンの流出が起きる。放出されたグルタミン酸は、NMDA型受容体にも結合するが、細胞外のマグネシウムイオン(赤丸)により受容体チャネルがブロックされているため、イオンの移動は起きない。 B) 刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウム、カリウムイオンの移動とともに、細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる。
図2: シナプス後性LTP A) シャッファー側枝-CA1シナプスにおけるシナプス後性LTPの例。上段はテタヌス刺激前後の興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)の傾き(EPSP slope) の経時変化をプロットしている。100Hz、1秒刺激(上向き矢印)以降、持続的にシナプス応答が増大している。下段は上段プロット図中の数字で示した時間において記録されたEPSPの波形を示している。 B、C) : LTP発現機構の模式図 B) シナプス後細胞に発現するAMPA型グルタミン酸受容体が増加する際には、エクソサイトーシスにより新たに細胞表面に受容体が発現する可能性(左)や、シナプス外に発現していた受容体が、側方拡散によってPSDへと移行する可能性(右)が考えられている。 C) AMPA型受容体がリン酸化を受け、単一チャネルのコンダクタンスが増大(右)することで、シナプス応答が増大するとする説も唱えられている。
図3:シナプス前性LTPの例(海馬苔状線維-CA3シナプスにおけるLTP) マウス海馬スライス標本の歯状回の細胞層にタングステン双極電極を刺入して顆粒細胞を電気刺激することにより苔状線維を発火させ、細胞外電位記録法によりCA3領域の透明層に刺入したガラス管記録電極で興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)を記録している。0.1Hzでベースラインの反応を記録したあと、図中の上向き矢印の時点で100Hzの高頻度刺激を1秒間与え、その後、0.1Hzに戻してさらに1時間以上EPSPを記録しているが、シナプス応答が約2倍に増大し、持続している。高頻度刺激を与える際にNMDA受容体のアンタゴニストであるD-APVを灌流投与した(グラフ中の黒いバー)条件下でLTPが誘導されていることから、苔状線維シナプスでのLTP誘導にはシナプス後細胞の活動が不要であることを示している。
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