受容野

提供:脳科学辞典
2012年4月11日 (水) 14:20時点におけるHirokitanaka (トーク | 投稿記録)による版

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受容野の概念と概要

受容野

 個体は、周囲の環境あるいは体内の変化を刺激としてとらえ知覚することができる。これは末梢の感覚受容器において物理エネルギーから電気信号へと変換された刺激情報が大脳皮質感覚野を含む感覚処理経路に沿って伝達されることによる。このとき経路の個々の細胞は自身の電気活動を増加あるいは減少させることで刺激情報の処理伝達を行うが、末梢の特定の部位に生じた刺激しか取り扱わない。この限られた末梢部位の範囲、あるいはそこに影響を及ぼす外界の空間範囲を細胞の受容野とよぶ。視覚の場合は、細胞が光刺激を受け取ることのできる網膜の範囲、あるいはその部位に対応する視野範囲を意味し、体性感覚では、細胞が機械、圧、温冷などの刺激を受け取る末梢の体部位の範囲を指す。

 受容野の最初の明確な定義はH. K. Hartline (1940) による。彼は、スポット光にたいするカエル網膜神経節細胞の活動を調べたところ、網膜のある範囲に光を照射したとき、あるいは光を取り除いたときにのみ細胞が興奮応答することを見いだし、この範囲を受容野と定義した。

受容野構造

 S. Kuffler (1953) は、ネコ網膜神経説細胞が受容野の中心付近に照射した光には興奮応答するが、その周囲に照射した光には抑制応答することを示した。このように細胞が刺激を受けとる様式は受容野内部で一様でなく、その内部的な構造は受容野構造と呼ばれる。Kufflerが示した受容野構造は一様な光よりも明暗のコントラストを照射したときに強い興奮を細胞に引き起こすので、このような受容野構造をもつ細胞は明暗コントラストの伝達に適していると解釈できる。このように受容野構造は、細胞がどのような刺激情報を伝達しうるのかを知るための強い手がかりを与える。

感覚経路の階層性と受容野構造

 感覚受容器に始まり大脳皮質の高次連合野へと至る感覚処理経路では、前段階の出力が収斂と分散を繰り返しながら次段階へと送られていく。このため一般に経路の初期段階では、狭く単純な構造の受容野がみられるのにたいし、高次の段階になると広く複雑な構造の受容野がみられる。とくに、初期段階では、受容野内部に複数の刺激が呈示されても、その信号は単純に線形加算されるだけの場合が多い。このような特性をもつ受容野は線形受容野と呼ばれ、その構造は単純な空間フィルターとして表すことができる。一方、高次の段階では、受容野内部での信号の加算の仕方は非線形なものとなり、その受容野構造を線形受容野のような単純な関数で表することは困難になる。このような構造は、複数の空間フィルターや整流機構などを縦列、並列に組み合わせた複雑な回路様の機構として記述される。

視覚系の受容野

古典的受容野およびその計測方法

 受容野内部に呈示された視覚刺激は、細胞を興奮させることも抑制することもある。単独で呈示された刺激が細胞応答を変化させる空間範囲を古典的受容野と呼ぶ。視覚系で受容野と呼ぶ場合は古典的受容野を指す場合が多い。しかし古典的受容野の周辺には、刺激が単独で呈示されるときには細胞活動に影響しないが、古典的受容野内部の刺激と同時に呈示されると、細胞に主に抑制性の影響を及ぼす空間範囲があり、これを非古典的受容野と呼んでいる。ただし、全ての細胞が非古典的受容野をもつわけではなく、その割合は経路の段階により異なる。

 古典的受容野を計測するために古くから行われてきた手法は、受容野の大きさと比較して十分小さなスポット光、あるいは細長いスリット光など細胞を活動させるのに適した刺激を一定間隔で区分けした視野の様々な位置に一定期間呈示し、その期間に生じた細胞のスパイク数に基づいて受容野構造を決定する手法である。

 この手法では、インターバルを挟みながら1回ごとに異なる位置に刺激を呈示するため、計測位置の数が多くなるにつれて、膨大な計測時間が必要となる。この問題を解決し、比較的短時間で受容野構造を詳細に計測する方法が逆相関法である。この方法では、先の方法のように刺激位置ごとに試行を分けるのではなく、10ミリ秒程度のフラッシュ光がさまざまな位置にランダムに連続呈示し、この期間のスパイク活動を連続計測する。受容野構造を求めるには、刺激位置ごとにカウンターを設けておき、各スパイクが生じた一定時間前(この時間のことを遅延時間とよぶ)に呈示されていた刺激位置のカウンターを1増やすという操作を行う。得られた全スパイクについてこの操作を行ったのちに得られるカウンターの空間マップは、細胞がどの空間位置の刺激にたいして発火しやすいのかを表す受容野構造そのものとなっている(図1)。現在この方法は最も精度の高い古典的受容野計測法として広く用いられている。

時空間受容野と逆相関法

 細胞は、空間的に外界の信号を加算して信号を瞬時に出力するわけでなく、過去一定時間内の入力信号を加算して出力する。細胞の現在の出力が、過去に呈示された信号にどのように依存するのかを表した時間特性を時間受容野とよぶ。空間受容野と時間受容野を合わせて時空間受容野と呼んでいる(後図5参照)。時間受容野は、別の見方をすれば、外界刺激の呈示後、どのようなタイミングで細胞が発火しやすいのかという応答の時間特性を表していると捉えることもできる。     逆相関法において遅延時間を変えることで得られる、細胞がスパイクを発する直前の空間受容野の時系列が時空間受容野そのものになる。このように効率よく時空間受容野を求めることができることは逆相関法の大きな利点である。この構造は空間2次元+時間1次元の合計3次元の構造となるので紙面等で表すのは不便である。このため時空間受容野を表すときは、ある軸に沿って空間受容野を積分して2次元で表す場合が多い(後図5参照)。

網膜、視床中継核でみられる古典的受容野構造

 眼球に入った視覚情報は、視細胞で受容されたのち、双極細胞、網膜神経節細胞と伝達され、視神経を介して視床外側膝状体(Lateral Geniculate Nucleus, LGN)を経て、大脳皮質第一次視覚野(Primary visual cortex, V1野)へと至る。この経路を皮質下視覚伝導路と呼ぶ。以下にこの経路における受容野構造をみていく。

 外界の光を電気信号に変換する役割を果たす視細胞には桿体、錐体と2種類のものがあり、それぞれ暗所視および明所視、色覚に関与していると考えられているが、その受容野構造はともに概ね円状で、受容野サイズは非常に小さく、中心窩では視角にして0.5分程度(1/120度)である。

 視細胞からの入力を受け取る双極細胞や次の段階に位置する網膜神経節細胞は、受容野の中心領域に明るい光を照射したときに興奮応答し、暗い光を照射したとき(あるいは明るい光をオフしたとき)に抑制応答するON中心型タイプと、暗い光に興奮し明るい光に抑制を受けるOFF中心型タイプに分化している。いずれのタイプも、中心領域の周辺に光を照射したときには、中心領域と逆の応答をする。すなわち、ON中心型の周辺部では明るい光に抑制、暗い光に興奮応答がみられ、OFF中心型の周辺部では明るい光に興奮、暗い光に抑制応答がみられる。そこで、前者の受容野構造をON中心OFF周辺型(図2A)、逆のタイプをOFF中心ON周辺型とも呼んでいる(図2B)。中心領域と周辺領域は同心円状に配置しており、2つの領域が逆の反応を示すことからこのような受容野構造を中心周辺拮抗型とぶ。このような構造をもつ細胞は、図2Cのような2次元のサイン波でテストしたとき、明るい光がON領域に、暗い光がOFF領域に十分入るときには反応するが(左)、位相がずれたり(中)や周期がずれると(右)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストで定義されるエッジの幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。工学的な見地からは、このような細胞はサイン波の空間周波数(=周期の逆数)や位相の情報を伝達していると捉えることができる。

 中心周辺拮抗型の受容野構造は2つのガウス関数の差分であるDOG(Difference of Gaussian)関数で表すことができる(図2A, B下段)。また線形性をもつために、細胞の応答は入力刺激とDOG関数の線形畳み込みで近似できる。ただし、このような近似が十分に成り立つ細胞とそうでない細胞が存在し、前者をX細胞、後者をY細胞という。

 LGNの受容野構造は網膜神経節細胞とほぼ同一であり、中心—周辺の同心円構造をもつ。これは個々のLGNニューロンが1つの網膜神経節細胞からのみ投射を受けることで(1つの網膜神経節細胞は5から50個のLGN細胞に入力を送っている)、その反応特性が形成されているためである。