聴覚野
英語名 : auditory cortex
聴覚に関わる大脳皮質の領域で、聴覚伝導路の最高中枢である。複数の領野から構成され、現在も新しい領野が発見されつつある。コウモリなどの一部の動物を除いて、聴覚皮質各領野の機能分担は明らかになっていない。
構造
大脳皮質聴覚野は他のモダリティーの感覚野と同様、複数の領野より構成されている。その枠組みに関して、Kaasらがサルの聴覚皮質をモデルに、コア‐ベルト‐パラベルト構造の概念を提唱している(Kaas & Hackett、2000; Hackett et al., 2001)。霊長類の聴覚皮質の領野構成に関して多くの研究が行われ、現在17の領野が同定されている(Morel & Kaas, 1992; Kaas & Hackett、2000; Hackett et al., 2001; Petkov et al., 2006; Rauschecker et al., 1995)。そのうち、一次聴覚野(primary auditory cortex; A1)、R野(rostral area)とRT野(rostrotemporal area)がコア領域を構成し、そのいずれにも明確なトノトピーが見られ、隣接する領野のトノトピーは鏡対称になっている;コアを取り囲むようにして、CL野(caudolateral area)、 CM野(caudomedial area)、MM野(midmedial area)、RM野(rostromedial area)、RTM野(medial rostrotemporal area)、RTL野(lateral rostrotemporal area)、AL野(anterolateral area)とML野(middle lateral area)がベルト領域を構成し、そのいずれの領野にもトノトピーが見出されている(Petkov et al., 2006);ベルト領域の更に外側部に位置するCPB野(caudal parabelt)とRPB野(rostral parabelt)がパラベルトを構成する。コアとベルトは外側溝内に位置し、パラベルトは上側頭回に位置する。 最近のイメージングの研究により、ヒトにおいても、聴覚野にコアとベルト、およびパラベルト領域が存在することが報告され、外側ベルトは上側頭回に位置し、パラベルトは上側頭溝内に位置する(Woods et al., 2010)。Woodsらによると、ヒトのコア領域のすべての領野にトノトピーが存在するが、その他の領域にトノトピーが見られない(Woods et al., 2010)。しかし、Striem-Amitらによると、ヒト聴覚野の広範な領域にトノトピーが見られ、上側頭溝内にも明確なトノトピーが存在する(Striem-Amit et al., 2011)。従って、ヒトでは、パラベルト領域にもトノトピーが存在する可能性がある。 コア‐ベルトの概念はげっ歯類にも当て嵌めることができるようである。例えば、モルモットの聴覚皮質には、明確なトノトピーを持つA1野とDC野(Dorsocaudal field)を取り囲むようにして、他の領野が存在している(Nishimura et al., 2007)。これはコアーベルトの考え方で捉えることができるが、パラベルトに相当する領域は同定されていない。最近、げっ歯類の島皮質領域に聴覚領野が見出され、低周波数の純音に広い領域で応答する(Rodgers et al., 2008; Sawatari et al., 2011)。
機能
聴覚皮質の機能に関する大きな枠組みとして、Romanskiらが聴覚野から前頭葉へ背側を通る"where"経路と腹側を通る"what"経路の概念を、視覚系に習って提唱しているが(Romanski et al., 1999)、個々の領野の機能は明らかになっていない。領野間の線維連絡や階層性に関してさえ、視覚系ほど明らかにされていない。コウモリは周波数定常音と周波数変調音成分を含む定位音を発し、目標物から戻ってくるコダマと聴き比べてエサの捕獲や障害物の回避を行うため、聴覚皮質各領野の機能分担が明確にされてきた(Suga, 1994)。しかし、多くの哺乳類やヒトでは、コウモリのように限られた聴覚情報のみを処理するのではなく、音声一般に対する処理能力が要求されるため、聴覚系がそれに対応するように適応したと考えられる。一方、システムとしての聴覚系に多くの非線形要素が含まれているため、その特徴を解明する一般的な方法は恐らく存在しない。それぞれの研究者のアットホックなアプローチで、徐々に解明が進むものと思われる。覚醒動物で、同定した細胞の反応選択性を調べ、細胞反応と動物行動の関係を調べる戦略は考えられる。覚醒動物で得られた大脳皮質に関する知見の一つは、A1とベルトの境界にピッチ受容候補領域が同定されている(Bendor & Wang, 2005)。
参考文献
(執筆者:宋文杰 担当編集委員:藤田一郎)