視差エネルギーモデル

2012年7月24日 (火) 02:55時点におけるHirokitanaka (トーク | 投稿記録)による版

英:disparity energy model

両眼視差は奥行き知覚の強い手がかりとなる。視覚系で左右眼からの入力が最初に収斂する第一次視覚野(V1野)には両眼視差の検出に理想化した神経細胞が存在する。この細胞の受容野機構を記述したモデルが視差エネルギーモデルである。


両眼視差

 
図1 両眼視差 両眼視差. A,さまざまな奥行きにある刺激の網膜投影像。B, 左右の網膜を平にして、上下に並べたもの。注視点Fは、網膜で視力の最も高い中心窩(0で表す)に投影される。注視点と同じ奥行きにある刺激(青)の左右の像は、中心窩を基準とした網膜座標上の同じ位置に投影され、その両眼視差はゼロとなる。一方、注視面と異なる奥行き面上にある刺激(赤、緑)は、左右網膜の異なる位置に投影され、ゼロ以外の両眼視差をもつ。手前にある刺激(緑)と、奥にある刺激(赤)の両眼視差の符号は逆になり、前者を交差視差、後者を非交差視差とよんでいる。

視覚刺激が左右眼に投影されるとき、注視面と同じ奥行きにある刺激(図1、青)は、網膜中心窩を基準とした座標系の同じ位置に投影されるのにたいし、注視面と異なる奥行きにある刺激(赤、緑)は、網膜座標系の異なる位置に投影される。この網膜像の位置のずれのことを両眼視差(視差と略す場合も多い)という。両眼視差の量は刺激と注視面の奥行き距離に比例する。また刺激が注視点より手前にある場合(緑)と、奥にある場合(赤)とで、両眼視差の方向(符号)は逆になり、慣習上、前者にはマイナス、後者にはプラスの符号をつける。手前にある刺激により生じる両眼視差を交差視差、奥にある刺激により生じる両眼視差を非交差視差とよぶ。


V1野にみられる両眼視差選択性

 網膜からの視覚処理経路において、左右眼に受容野をもつ両眼性の細胞が、第一次視覚野(V1野)に初めて現れる。受容野構造の違いから、V1野の細胞は単純型細胞と複雑型細胞とに大きく分類されるが、いずれのタイプでも両眼性の細胞は存在する。うち一部は、視覚刺激がある両眼視差をもつときには強く応答し、それ以外のときにはあまり応答しない特性、すなわち、両眼視差選択性を示す。両眼視差ゼロを最適とする細胞や、さまざまな大きさの交差視差、非交差視差に選択性をもつ細胞が存在している。
 単純型細胞の両眼視差選択性は、視覚刺激の場所やコントラストに依存する。一方、複雑型細胞の両眼視差選択性はそれらに依存せず一定である。したがって、複雑型細胞のほうが両眼視差を検出するうえで理想的な振る舞いをしているといえる。このような複雑型細胞の両眼視差選択性を作り出す受容野内部機構として提唱されたモデルが、両眼視差エネルギーモデルである。このモデルにおいて、複雑型細胞の出力は、両眼性単純型細胞フィードフォワード結合で表される。以下に両眼性単純型細胞の受容野構造および両眼視差エネルギーモデルを説明する。 


単純型細胞の受容野構造と両眼視差選択性

 
図2 単純型細胞の受容野構造と両眼視差選択性


 単純型細胞の受容野では、明るい刺激に応答するON領域と暗い刺激に応答するOFF領域が分離しており、その空間構造はガボールフィルターで記述される。多くの単純型細胞は両眼性であり、その応答は、両眼からの信号をそれぞれ左右の受容野で重みづけして線形加算したのち、半波整流したものとして記述される(図3A)。
 単純型細胞の両眼視差選択性は、大きく分けて2つの機構で生じることが知られている。「位置モデル」とよばれる第1の機構では、同じ空間構造の受容野が左右の眼でさまざまな位置関係をとる。このとき細胞は、刺激が受容野の位置ずれと等しい両眼視差をもつときに最も強く応答する。たとえば、図3Bの受容野をもつ細胞は、ゼロ視差に最も強く応答し、図3Cの受容野をもつ細胞は、非交差視差に最も強く応答する。2つ目の機構は、受容野の中心位置は同じであるが、受容野の(ガボール)位相が左右で異なることで、細胞が両眼視差に選択性をもつ機構で、この機構は「位相モデル」とよばれている(図3D)。
 単純型細胞の多くは両眼視差に依存した応答を示す。ただし、単純型細胞の両眼視差依存性は、刺激の左右投影像の単眼上での位置や、刺激のコントラストにも大きく依存するという問題がある。たとえば、図3Eのように、左右に同じ受容野をもつ細胞にたいして、明るいスポット光の左眼像の位置を受容野の中心よりもやや左に固定して呈示する場合、ゼロ視差ではなく交差視差が最適視差となる。このような問題のため、通常、単純型細胞がV1野の両眼視差検出器として取り扱われることはない。


視差エネルギーモデル

 
図4 視差エネルギーモデル

単純型細胞の両眼視差選択性は、視覚刺激の(単眼)位置やコントラストに依存するのにたいし、複雑型細胞の両眼視差選択性はそれらに依存せず一定である。このような複雑型細胞の両眼視差選択性を作り出す受容野内部機構として提唱されたモデルが、視差エネルギーモデルであり、図4のように表される。このモデルにおいて、複雑型細胞(Cの記号で表す)は、両眼性単純型細胞をモデル化した4つのサブブユニット(S1, S2, S3, S4)が出す信号を線形加算し、外部に出力する。4つのサブユニットのガボールフィルターの位相は、右眼、左眼のそれぞれにおいて90度ずつ異なっている。また各サブニットにおいて、左右ガボールフィルターの両眼間の位相差は同一である。この両眼位相差を(4つのサブユニットで同一に保ちながら)変化させることで、モデルの両眼視差選択性を変化させることができる。
刺激の左右の像が、複雑型細胞の最適な両眼視差をもつ場合(図3の場合はゼロ視差)、受容野内部のどの場所に刺激がくる場合でも、4つのサブユニットのいずれかが強く応答する。図3の場合、明るい刺激が受容野内部の中心付近に呈示される場合にはS1が、左部分に呈示される場合にはS2が、右部分に呈示される場合にはS4がそれぞれゼロ視差に強く応答する。また、背景より暗い刺激が受容野の中心付近、右部分、左部分に呈示される場合には、S4、S3、S2がそれぞれゼロ視差に強く応答する。このため、複雑型細胞は、受容野内部の刺激の位置やコントラストに影響されずに、同じ両眼視差選択性を示すようになり、両眼視差の検出器としては理想的な振る舞いをする。