脳幹網様体賦活系

2012年8月30日 (木) 09:49時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版

英 reticular activating system in brainstem

脳幹網様体賦活系とは

 覚醒状態を維持する脳内機序について、MoruzziとMagounは1949年に脳幹網様体の重要性を示し、上行性網様体賦活系(ascending reticular activating system; ARAS)の概念を提唱した。この概念は非常に有名になったが、その後の研究により、睡眠と覚醒に関連して活動する重要なニューロンの細胞体の多くは網様体内部には位置しておらず、それらの軸索が網様体を通過するだけであったことが明らかにされた。それに伴って、専門の研究者は網様体賦活系という呼称よりも、上行性覚醒系(ascending arousal system)などの呼称を好むようになっている[1]。しかし、睡眠と覚醒を制御する脳内機序は非常に複雑で、現在も研究の途上にあるため、一般には「網様体賦活系」という概念が過去のものとなるには至っていない。

概念の成立まで

 19世紀末より、意識の神経基盤を大脳半球に求める説と、それに対して上部脳幹や間脳尾部の重要性を主張する反論とが存在していた。しかし、覚醒と睡眠の神経基盤に関する重要な知見をもたらしたのは、第一次大戦前後に流行した嗜眠性脳炎患者に関するvon Economo Cの研究である。彼の報告によれば、覚醒の困難な大半の患者と、逆に睡眠の困難な少数の患者において、それぞれ異なる脳内部位に病変が見られた。その結果から彼は、覚醒の中枢は脳幹上部から中脳水道と第三脳室後部までの灰白質に、睡眠の中枢は視床下部吻側部に位置していると推測した。

 1929年、スイスの精神科医Berger Hが脳波検査を発明すると、動物実験では大脳皮質の脱同期化を覚醒の指標として、覚醒および睡眠の神経システムが研究されるようになった。当初は感覚入力が覚醒をもたらし、感覚の遮断が睡眠をもたらすと考えられていたが、第二次大戦後にMoruzziとMagounの研究によってこれが否定された。彼らは、ネコの脳に選択的な損傷を加えたり、電気的に刺激したりすることによって、感覚伝導路ではなく網様体(中脳傍正中網様体中心部)が、大脳皮質に対する覚醒作用の主要な中継路であるということを示した[2]。ここから、1949年に上行性網様体賦活系の概念が生まれたが、この段階では、経路の起点となる部位については不明であった。その後、脳幹のさまざまなレベルで離断を行ったところ、橋の上部(吻側)のレベルでの離断によって脳波は徐波化し、行動上は無反応となった。この結果より、覚醒には橋吻側から中脳尾部にかけての構造(中脳橋被蓋)が、不可欠であると考えられた。

構成要素の複雑化

 当初は、網様体内部のニューロンが覚醒をもたらすと考えられていた。しかしその後同定された、中脳橋被蓋に細胞体を持ついくつかのニューロン集団は、覚醒や睡眠に関連して活動し、その軸索が網様体を通過して前脳に投射していることが明らかにされた。

アセチルコリン系

 脚橋被蓋核および背外側被蓋核のコリン作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体を通って視床中継核、非特殊核、網様核に投射しており、覚醒時とREM睡眠時に最大頻度の活動を示す。

 視床網様核は他の視床核群を包み込むように広がっているGABA作動性ニューロンの集団であり、視床中継核に抑制性の投射を送っている。上記のコリン作動性入力は、覚醒時とREM睡眠時には視床網様核の抑制性ニューロンを過分極させて活動を抑制しており、この状態では視床中継核のニューロンは求心性入力に応じて発火して信号を伝達し、脳波は脱同期パターンを示す。Non-REM睡眠に入ると、コリン作動性入力による抑制が減弱するために視床網様核ニューロンの活動は亢進し、視床中継核にGABA作動性の入力を与える。その結果、視床中継核のニューロンは過分極され、同期化して群発放電モードに移行し、脳波上では徐波が観察されることになる。

モノアミン系

 青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロン、および背側および正中縫線核のセロトニン作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体と視床下部外側野を通り、大脳皮質に広汎に投射している。これらのモノアミン作動性ニューロンの活動は、覚醒時に最も活発で、徐波睡眠中は徐々に減少し、REM睡眠中にはほぼ停止する。

 20世紀後半には、これら中脳橋被蓋のコリン作動性およびモノアミン作動性ニューロンが、覚醒および睡眠の状態の調節に大きな役割を果たすと考えられるようになった。

視床下部外側野の諸ニューロン群

 また、これらのニューロンが視床下部外側野を通過する際には、その部位に位置する複数のニューロン群の活動に影響し、これらが大脳皮質に広汎に投射して、上行性覚醒系の投射を増強する。20世紀の終わりになると、ヒスタミン作動性ニューロンに加え、オレキシン、メラニン凝集ホルモンといったペプチドを含有するニューロンがこの部位に分布して、覚醒の調整に関与していることも明らかにされた。

その後の展開

 ところが最近の研究によって、これら中脳橋被蓋のコリン作動性およびモノアミン作動性ニューロンの集団や、あるいは視床を広範囲に破壊しても、睡眠・覚醒状態や脳波には大きな変化は生じないことが明らかになった。覚醒および脳波の脱同期化に不可欠で、上行性覚醒系の中軸をなすのは、前脳基底部とそこに興奮性の投射を送る青斑核前域および結合腕旁核内側部のニューロン集団だったのである[3]

 全体として上行性覚醒系は、中脳橋被蓋から生じる複数の上行性経路から構成され、視床および大脳皮質に到達するまでのあいだに、視床下部や前脳基底部などの各レベルで付加的な入力が合流して増強されている。これらの経路はさまざまな状況において、それぞれが独自のパターンで活動することによって、大脳皮質のニューロンの活動を適切に調整していると考えられる。

関連項目

参考文献

  1. Posner JB, Saper CB, Schiff ND, Plum F
    Plum and Posner’s Diagnosis of Stupor and Coma, fourth edition. Oxford University Press, 2007
    太田富雄監訳.プラムとポスナーの昏迷と昏睡
    メディカル・サイエンス・インターナショナル(東京):2010
  2. Moruzzi, G., & Magoun, H.W. (1949).
    Brain stem reticular formation and activation of the EEG. Electroencephalography and clinical neurophysiology, 1(4), 455-73. [PubMed:18421835] [WorldCat]
  3. Fuller, P.M., Fuller, P., Sherman, D., Pedersen, N.P., Saper, C.B., & Lu, J. (2011).
    Reassessment of the structural basis of the ascending arousal system. The Journal of comparative neurology, 519(5), 933-56. [PubMed:21280045] [PMC] [WorldCat] [DOI]


(執筆者:本村啓介 担当編集委員:高橋良輔)