英語名: myelinated nerve, medullated nerve

 中枢神経系では稀突起膠細胞(あるいはオリゴデンドロサイト[oligodendrocyte])、末梢神経系ではシュワン細胞(Schwann cell)というグリア細胞の形成する髄鞘(ミエリン)が神経軸索の周囲に形成された神経のことを有髄神経いう。神経軸索は樹状突起と比べると細くて長い平滑な細胞突起である。ミエリン鞘は等間隔にあるランヴィエ絞輪(node of Ranvier)で途切れていて、軸索中の電位依存性ナトリウムチャネルはほぼこの節に集中している。

 髄鞘はリン脂質に富んだタンパク質で層構造を形成しているため、絶縁体の役割を果たし、軸索膜を絶縁して膜からの電流のもれをほぼ完全に防ぎ、神経細胞からの電気信号を跳躍伝導させることができる。また、単に絶縁体としての働きだけではなく、神経軸索の保護や軸索との間に緊密な相互作用を行うことで、さまざまな神経機能を調節している。主要構成タンパク質はミエリン塩基性タンパク質(myelin basic protein; MBP)、ミエリンプロテオリピドプロテイン(myelin proteolipid protein; PLP)であり、その他にミエリン関連糖タンパク質(myelin associated glycoprotein; MAG)、ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(myelin oligodendrocyte glycoprotein; MOG)、2',3'-環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(2',3'-cyclic-nucleotide phosphodiesterase; CNPase)などがある。 

神経の分類と髄鞘の有無

 中枢神経系ではほとんどが有髄神経で軸索は長く太いものが多い。末梢神経の神経線維は髄鞘の有無、直径、伝導速度等で分類される。有髄線維と無髄線維では有髄線維が、同じ種類の線維間では直径の大きい方が伝導速度が速い。前者は髄鞘による絶縁効果を利用した跳躍伝導により、後者の電気緊張電位の広がりを利用した伝導よりも速い伝導速度を得ている。一般に骨格筋運動と付随する固有感覚、部位のはっきりした皮膚感覚は伝導速度の速い線維を、交感神経活動や鈍痛などは伝導速度の遅い線維を利用して伝えられる。

分類 髄鞘 直径(µm) スピード
15 100 m/s 骨格筋運動線維、筋紡錐求心線維
8 50 m/s 皮膚感覚、皮膚圧覚
5 20 m/s 筋紡錐運動線維
3 15 m/s 皮膚温度感覚、皮膚痛覚
B 3 7 m/s 交感神経節前線維
C 0.5 1 m/s 皮膚痛覚、交感神経

表1.神経線維の分類と髄鞘の有無

有髄神経の構造

 
図1.有髄神経の構造とサブドメイン

 髄鞘は細胞形質膜の多層構造体であるため、細胞形質膜や細胞内小胞膜などの他の多くの細胞と比べてタンパク質成分が少なく、脂質が約8割程度を占め、残りがタンパク質である。髄鞘を構成する主な脂質は糖脂質ガラクトセレブロシド(Galactocerebroside)とその硫酸化誘導体スルファチド(Sulfatide)である[1]。神経軸索の髄鞘と髄鞘の隙間は特別な名称がつけられており、非常に特異な構造をしている。ノード(node)に電位作動型ナトリウムチャネルNav1.2Nav1.6アンキリンG(Ankyrin G)などが、パラノード(paranode)にはCasprなど、ジャクスタパラノード(jaxtaparanode)にはKv1.2などのカリウムチャネルなどが分布する[2]。これらの分布は発達につれて分布が変わったりアイソフォームの入れ替わったりする[3]。また、病態時にもこれらの分布は変化する[4] [5]

 中枢神経系(オリゴデンドロサイト)と末梢神経系(シュワン細胞)で髄鞘の巻き方が少し異なる。オリゴデンドロサイトは離れた複数の軸索個々に髄鞘を形成するのに対し、シュワン細胞はいくつかの軸索を抱え込むようにして包んだ後、1本の軸索を選別して、その周りに髄鞘を形成する[6]。髄鞘を構成するタンパク質も少し異なる。中枢神経系では髄鞘の主要構成タンパク質はPLP,MBPあるのに対し、末梢神経系ではP0(ピーゼロ)とP2が主要構成タンパク質である。その他のタンパク質は中枢神経系ではCNPase、MOG、MAGなどがあり、末梢神経系ではPMP22、MAG、MOGなどが発現している。

跳躍伝導(saltatory conduction)

 
図2.興奮伝達(活動電位の伝達)
 
図3.跳躍伝導
髄鞘が絶縁体の役割を果たし、活動電位の伝達が早くなる。

 神経軸索の起始部で髄鞘に覆われていない部分は初節(axon initial segment; AISと略される)とよばれ、電位依存性ナトリウムチャネルが高密度に集中しており、活動電位が最初に発火する部分である[7]。AISで発現するチャネルは病態時にはその発現や分布を変化させる[8]。AIS以降の神経軸索の遠位部では、ほぼ等間隔にランヴィエ絞輪が現れる。ランヴィエ絞輪の電位依存性ナトリウムチャネルにより、活動電位は再生される。ある節に起こった脱分極は、受動的伝播によって即座に次の節に伝わり、活動電位は髄鞘化された神経軸索上を節から節へ伝わっていくので、跳躍伝導と呼ばれる。この伝播様式は活動電位が速く伝わるうえ、興奮が軸索の細胞膜上の狭いランヴィエの絞輪に限定されるので、代謝エネルギーの節約にもなる。

脱髄性疾患(Demyelinating disease)

 正常な発生における髄鞘形成がなされたのち、神経軸索から髄鞘が脱落することを脱髄という[9]脱髄性疾患(demyelinating disease)では、髄鞘の消失により神経伝導速度が遅くなり、さまざまな神経症状が引き起こされる。脱髄が起こる場所により症状はさまざまである。運動麻痺感覚麻痺視力障害などが起こる。

 中枢神経系では日本では特定疾患に指定されている多発性硬化症(Multiple sclerosis;MS)がある。MSはもっともよく起こる脱髄性疾患であり、若年成人での神経障害の主な原因である。約80-90%のMS患者が二十代後半で再発-寛解型になり、寛解期には共通して、ある一定程度神経障害が一過的に回復する。発病から数年後、多くの患者が実質上機能回復はなくなり第二ステージに移り、病状は進行型になる。そして、あとの残り10-20%の患者は始めから寛解を経験することのない進行型である[10]カルシウムチャネルブロッカーであるFampridine(Fampyra)はMS治療において初めて機能回復に成功した経口投与薬であるが、転倒する、背中が痛む、めまいがする、不眠疲労感悪心平衡障害が副作用を伴うことが知られている[11] [12] [13] [14]インターフェロンβ(Interferon β)とグラチマラー酢酸塩(Glatiramer acetate)が現在もっともよく用いられている。根本治療法はDisease-modifying therapy(DMT)といわれ、これらの薬剤はこのDMTに属しているが、おもにこれらの薬剤が用いられるのは再発-寛解型の患者にのみである[10]

 また、末梢神経系ではギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome)や慢性炎症脱髄性疾患多発神経炎(Chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy; CIDP)、などがある。また、最近の研究により統合失調症との関連が示唆されている[15] [16]。髄鞘形成が不完全な髄鞘形成不全疾患(dysmyelinating disease)とは区別される。

代表的な脱髄性疾患

 大きく分けて中枢神経系と末梢神経系の疾患がある。(編集部コメント:箇条書きになっていたものを編集部で表に致しました。御確認下さい。病因によって分類出来ないでしょうか。)

中枢神経系 多発性硬化症 視神経脊髄炎(Devic症候群)
同心円硬化症(Balo病)
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
炎症性広汎性硬化症(Schilder病)
感染性 亜急性硬化症全脳炎(SSPE)
進行性多巣性白質脳症(PML)
中毒・代謝性 低酸素脳症
橋中心髄鞘破壊症
ビタミンB12欠乏症
血管性 Binswanger病
末梢神経系 ギラン・バレー症候群 フィッシャー症候群
慢性炎症性脱髄性多発神経炎

関連語

参考文献

  1. Coetzee, T., Suzuki, K., & Popko, B. (1998).
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  3. Vabnick, I., Trimmer, J.S., Schwarz, T.L., Levinson, S.R., Risal, D., & Shrager, P. (1999).
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  5. Rasband, M.N., Trimmer, J.S., Peles, E., Levinson, S.R., & Shrager, P. (2000).
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  6. Pereira, J.A., Lebrun-Julien, F., & Suter, U. (2012).
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(執筆者:清水崇弘、池中一裕 担当編集委員:柚崎通介)