2013年4月5日 (金) 18:45時点におけるShigeyukikan (トーク | 投稿記録)による版

英語名:dream、独:Traum、仏:Rêve

夢とは、ヒトが睡眠中に体験する明瞭な感覚・意識体験である。1950年代のレム睡眠の発見と、それに続くレム睡眠と夢報告との高い関連性の報告を契機として、夢は科学的研究の対象となった。これまでにさまざまな手法を用いて夢に関する研究がおこなわれ、最近は脳機能イメージングを用いた研究も進んでいる。しかし、夢がどのように生み出されるのか、また夢に生物学的な意義が存在するかなど、現在においても数多くの疑問が残されている。


夢とは

夢とは、ヒトが睡眠中に体験する明瞭な感覚・意識体験である。現時点で最も妥当と思われる夢の定義は、「ヒトが睡眠中に受容する、感覚・イメージ・感情そして思考の連続体であり、以下の6つの要素を有する。(1) 幻覚様のイメージ体験、(2) 物語風の構造、(3) 断続的で不調和、不安定な奇異的知覚特性、(4) 強烈な情動性、(5) 体験していることをあたかも現実のもののように受け入れる、(6) 忘れやすい」というものである[1]

夢に関する記述は古代から数多く見られるが、研究の対象として広く扱われるようになったのはフロイトを筆頭とする精神分析学からである(「夢と精神分析」を参照)。その後1950年代にAserinskyとKleitmanによりレム睡眠 (Rapid Eye Movement sleep: REM sleep) が発見され[2]、レム睡眠中に被験者を起こすと高い確率で「夢を見ていた」との報告が得られることがわかり[3]、夢は科学的研究の対象となった。これまでにさまざまな手法を用いて夢に関する研究がおこなわれ、最近は脳機能イメージングを用いた研究も進んでいる。しかし、夢がどのように生み出されるのか、また夢に生物学的な意義が存在するかなど、現在においても数多くの疑問が残されている。


夢の発生機構

現在のところ、夢がどのような神経機構により生み出されるのかについて、一致した見解はない。現在提唱されている夢の発生機構についての仮説には、(1) レム睡眠の発生機構によるとするもの、(2) レム睡眠機構以外の機構によるとするもの、さらに(3) ノンレム睡眠中の夢に関しては、夢の発生に覚醒過程が関与するとの説がある。

(1) 夢はレム睡眠機構によるとする説

幻覚様のイメージ体験、断続的で不調和・不安定な奇異的知覚特性、強烈な情動性などがレム睡眠からの覚醒で得られる夢の特徴であるが、これらは視覚野や辺縁系の賦活や前頭皮質の活動低下といったレム睡眠中の脳活動とよく対応していることから、夢はレム睡眠機構により生み出されるとの考えが導かれる。その初期のモデルが、HobsonとMcCarleyが提案した活性化合成仮説 (activation-synthesis hypothesis) である[4]

活性化合成仮説では、レム睡眠中に橋脳幹部からの相動的でランダムな入力(ponto-geniculo-occipital wave: PGO-wave)が大脳皮質と前脳辺縁系を活性化し、それら部位の活動により生み出された情報が合成されて夢が生じると考えている。活性化合成仮説は、その後新たな知見を基に修正が加えられ、現在はAIM (Activation-Input-Modulation) モデルと呼ばれている[5]

AIMモデルは、夢を含む覚醒、昏睡、意識変容状態などあらゆる意識状態を皮質活動レベル(Activation)、情報入力源が内因的か外因的かのバランス(Input)、神経伝達物質のバランス (Modulation)という3つの要素によって説明しようとするものである(図1)。

(2) 夢はレム睡眠機構以外のメカニズムによるとする説

レム睡眠時の夢の特徴がレム睡眠中の脳活動とよく一致するとしても、上述のように夢はノンレム睡眠中にも生じる。また、夢見の消失と脳の病変や器質的変化との関係を調べた研究から、レム睡眠発言の機構は夢の出現に必ずしも必要ではないと言う見解もある。

主な知見として、(1) 前脳の破壊や病変によるドパミン回路の遮断はレム睡眠の出現には影響を及ぼさないが夢見を消失させ、さらに妄想、幻覚、思考障害などの統合失調症の陽性症状を軽減させること、(2) 。ドパミン回路の化学的活性化により陽性症状および過度の夢や悪夢が誘発されること、(3) ドパミン回路を遮断する抗精神病薬は、高頻度で出現する過剰で鮮烈な夢や悪夢を減少させる、などがある[6][7]

Solmsは、このような一連の知見に基づき、夢の発現機構として前脳のドパミン回路を想定した、前脳ドパミン仮説を提案している[6]

(3) ノンレム睡眠中の夢には覚醒過程が関与するという説

ノンレム睡眠中の夢見には、覚醒過程の混入が関係している可能性がある。いくつかの実験によって、ノンレム睡眠中に混入する覚醒過程が夢の報告と関連することが報告されている。

Conduitらは、短い覚醒反応を伴う聴覚刺激の呈示に一致して、睡眠段階2での視覚イメージの出現率が増加することを報告している[8]。また竹内らは、入眠期のノンレム睡眠における夢の出現が、覚醒や浅い睡眠段階、また覚醒を反映するα活動の増加と関連することを報告している[9](11)。

さらに、夜間の睡眠中には、意識されないほど短い覚醒が頻繁に混入する[10](12)という知見を踏まえると、ノンレム睡眠中に生じた短い覚醒時に外界からの情報が取り込まれ、それが覚醒直前に体験した夢として自覚される可能性も否定できない。


夢の役割・生物学的意義

夢は何らかの生物学的意義を持っているか? 今のところ、明確な答えはない。睡眠が生物学的意義を持つことは、レム断眠(REM sleep deprivation)を含む断眠(sleep deprivation)によって身体機能・認知機能に大きな影響が生じることから明らかである。しかし、夢に生物学的意義があるかどうか、その見解は分かれている。

上述のHobsonとMcCarlyの活性化合成仮説[4]では、夢はレム睡眠中に生じるランダムな皮質活動の副産物であり、明らかな生物学的意義はないとしている。一方Jouvetは、「夢は行動プログラムの作成と模擬演習のために生じる」という仮説を提案した[11]。この説では、遺伝情報を基にした生存に必要な行動プログラムの作成と、生成された行動プログラムの脳内でのシミュレーションがレム睡眠中におこなわれることで夢が起こるとしている。

また、Winsonは「夢は記憶の再生と再処理過程で生じる」という仮説を提案している[12]。これは、日中に蓄えた記憶の中で重要なものがレム睡眠中に再生・編集され、あらためて長期的な記憶として固定されるというものである。この説は、睡眠前の覚醒時の学習・経験が睡眠時にリプレイされることにより長期記憶として定着すると言う memory consolidation とも一致するが、実際に夢内容とこのような睡眠中の神経活動のリプレイが対応しているとの実証的なデータはまだ報告されていない。

一方、Winsonの説とは逆に、「夢は不要な記憶を消去するために見る」という説がある。この説は、DNAの二重らせん構造の発見でノーベル賞を受賞したCrickらが提唱したもので、レム睡眠中の夢は不要な記憶を消去し神経回路を整理するために生じるとしている[13](15)。記憶の定着・固定に関して、睡眠には過剰なシナプス結合を減少させる働きがあるとする「シナプス恒常性仮説」[14]は、Crickらの説に近い。しかし、シナプス恒常性仮説では、シナプス結合の減少をレム睡眠ではなくノンレム睡眠中の徐波によるものだとしており、またシナプス結合の減少も特定の結合ではなく、一様に結合を減少させるとしており、夢内容との関係は想定されていない。

夢の生物学的意義を考える上で、レム睡眠の機能と夢の機能、さらにわれわれが全睡眠時間の20%前後を費やして夢を見ている事と見た夢を覚えている事は分けて考えるべきである。そもそもレム睡眠そのものの機能も未だ明らかではない。また、覚醒時と同様の活動パタンを示す睡眠中の自発的神経活動や睡眠中のシナプス強度の減少が、われわれが見る夢の内容と直接関連するかどうかも不明である。したがって、レム睡眠の特徴を基にして夢が生物学的意義を持つと結論づけるべきではないだろう。

活性化合成仮説が主張するように、夢を見る事自体はレム睡眠の付随現象かもしれない。しかし、われわれの意識・精神活動は脳の神経細胞の電気的活動に基づくものであるが、覚醒時の行動の多くが意識には上らない脳活動の影響を受けている。「無我夢中」という言葉があるように、レム睡眠中の夢では、後述の明晰夢を除いていわゆる自己意識は無い(夢を見ながら、これは現実ではなく、自分は夢を見ていると気がつく事は稀である)。レム睡眠中におけるヒトの夢見という現象を、覚醒ともノンレム睡眠とも異なる、覚醒に近いが自己意識が無い状態における自発性の精神活動として捉えれば、夢の脳科学的研究は睡眠にとどまらずヒトの意識や自発性の脳活動と精神活動の関連を研究するための重要な研究手段となりうる。


夢はレム睡眠に特異的か?

レム睡眠の発見に続き、レム睡眠から覚醒させた場合は夢見の報告率が80%以上であるのに対して、ノンレム睡眠(non-Rapid Eye Movement sleep: NREM sleep)から覚醒させた場合は10%以下であること、レム睡眠中の急速眼球運動 (Rapid Eye Movements: REMs)の出現パタンと夢内容に関連性があることから[3][15]、夢はレム睡眠に特異的な現象とみなされるようになった。

近年の研究では、レム睡眠では同様に80%に達する一方、ノンレム睡眠中でも60%程度と言う報告もあり[16]、夢はレム睡眠に特異的な現象ではないと考える研究者もいる。しかしレム睡眠中の夢とノンレム睡眠中の夢には質的に顕著な差が認められる。レム睡眠中に起こした被験者からの夢の報告はノンレム睡眠のものに比べて、内容が長く、鮮明で活発であり、情緒的な負荷が伴う。一方、ノンレム睡眠中の夢の報告は、思考的で現実的内容が含まれることが多い[1]。すなわちレム睡眠とノンレム睡眠から覚醒させた場合の夢見の報告率の相違は、夢の定義の違いに起因している。

上記の夢の定義のうち、(2) 物語風の構造、(3) 断続的で不調和、不安定な奇異的知覚特性、(4) 強烈な情動性などを夢の必要条件とした場合はノンレム睡眠からの夢の報告率は低くなる。一方、夢を「被験者が睡眠中に生じたとみなす精神活動」と広義にとらえれば、ノンレム睡眠からの夢の報告率は高くなる。われわれが一般に「夢を見た」と言う場合の夢は、主にレム睡眠中に見ている夢である。


夢に関連した諸現象

入眠時心像(入眠時幻覚)

入眠期に幾何学模様や人物、風景が見えたり、その音や声が聞こえたりする現象を入眠時心像 (hypnagogic imagery) あるいは入眠時幻覚 (hypnagogic hallucination) という。

Horiらは、覚醒から睡眠段階2までを9段階に細分し、入眠時心像の発生率を検討している。その結果、α波が連続して出現する時期から入眠時心像は出現し、θ波が連続する時期に最も発生率が高くなり、睡眠紡錘波が出現する時期になると発生率が減少するという逆U字の傾向が報告されている[17]

入眠時心像の内容は、視覚的な内容(視覚心像)が最も多く、出現率は80%以上である(16, 17)。この視覚心像の多くは静止映像であり、ストーリー性のある動的映像は少ない[18](18)。入眠時心像の内容は、レム睡眠時の夢と類似しており、質的な差はないとの報告もなされている[19](19)。一方、入眠時心像は情動性が乏しく、現実感が強い点がレム睡眠時の夢とは異なっている[20](17, 20)。

明晰夢

夢を見ている最中に「今、自分は夢を見ている」という自覚が生じることがある。これを明晰夢 (lucid dreaming) という。

LeBergeらは、明晰夢の経験者を対象として、夢を見ていることに気づいたら手を握って知らせ、また自分が覚醒していると感じた場合には目を動かすようにという教示を被験者におこない、睡眠ポリグラムの測定と夢内容の聴取をおこなった(図2)。明晰夢の報告があり、教示した運動が記録された場合では、夢内容と睡眠ポリグラムとが高い割合で一致し、そのすべてがレム睡眠中に生じていた[21](21)。

脳波を用いた研究からは、明晰夢がレム睡眠中でも特異な状況であることが分かっている。Tysonらは α帯域パワと夢の明晰度との関係を検討し、この2つには逆U字型の関係があることを示した[22]。覚醒時のα帯域パワも覚醒水準と逆U字型の関係があることが知られており、明晰度と覚醒水準との間に対応関係を仮定することができるならば、明晰夢には覚醒に至らないまでもかなり高い覚醒水準が求められるのかもしれない。

明晰夢が生じるメカニズムに関しては不明なことが多いが、明晰夢での認知活動レベルの高さを考えると、高次認知機能を司る前頭葉、特に前頭前皮質の関与が想定される。明晰夢は、(1) 意識がどのように生み出されるのか、(2) 被験者が現在夢を見ていることを覚醒後の言語報告ではなくリアルタイムに知ることができるという観点から非常に興味深い現象であり、非侵襲脳機能計測による明晰夢での脳活動の検討など、今後の研究が期待される。

夢とレム睡眠行動障害

レム睡眠は、(1) 脳波がノンレム睡眠の段階1と同様にさまざまな周波数の波が混在し、(2) 骨格筋の緊張が著しく低下し、(3) 急速眼球運動が出現する睡眠として定義される。この中で (2) 骨格筋の緊張が著しく低下、が欠如し、レム睡眠になると夢の内容に応じて身体の運動が生じる障害を、レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder: RBD)と呼ぶ。

近年ではパーキンソン病やLewy小体病の前駆症状として注目されている。RBD の患者においてレム睡眠中の動作と眼球運動の関連を調べた研究では、対象をつかむ、指し示すなどの目標のはっきりした四肢の動作と眼球運動の方向が一致することが報告されている[23]。従来、夢の内容に関しては被験者の主観的な言語報告に頼るしかなかったが、夢の内容を動作として他者が観察可能な RBD は、夢の研究にとっても重要な手がかりを与えてくれるだろう。


夢と精神分析

夢という精神現象を単なる現象記述から覚醒時を含む総合的な精神体系の中に位置づけた点は、精神分析学の功績である。ただし精神分析学においても逸話的な報告と恣意的な解釈にとどまり、結果的に夢の研究を脳研究から切り離してしまった感は否めない。

精神分析学に基づく夢分析・解釈は現在でも臨床心理学において用いられているが、(1) 報告される夢は、一晩の間に見た夢のごく一部であると考えられること、(2) 見た夢を覚えていて報告できるかどうかは、覚醒直前に見ていた夢であるかないかに大きく依存すること、(3) 夢分析・解釈の基本となる無意識・抑圧と言う過程について、現在の脳科学ではそのメカニズムはおろか、実体すら明らかにされていないこと、(4) 夢分析・解釈の妥当性及び再現性を確認する方法が確立されていないことから、脳科学とは切り離して考えるべきである。


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(執筆者:寒 重之、宮内 哲 担当編集委員:定籐 規弘)