田中 慎二、岡部 繁男
東京大学大学院医学系研究科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年10月24日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
足場タンパク質とはPDZドメインやSH3ドメインなどタンパク質同士の結合に関わる複数のドメインで構成され、タンパク質複合体形成の足場となるタンパク質のことである。足場タンパク質は主にシグナル伝達に関わる分子を結びつける機能があり、これによりシグナル伝達経路の混線を防ぐとともに構成するタンパク質の活性を触媒するなど細胞内シグナルの調節に重要な役割を果たす。また、シグナルの調節とは直接は関係なくタンパク質を適切に配置する足場として働く場合もある。ただし足場としての働きと触媒作用を併せ持つタンパク質が存在する事や適切な配置そのものがシグナルの伝達効率を上げるという事もあり、この二つの側面の厳密な区別は難しい[1]。神経細胞同士の情報伝達を担う構造であるシナプスには受容体、接着分子、シグナル分子など多様なタンパク質が存在する。シナプスには足場タンパク質が多く存在し、多様なタンパク質で構成される複合体を形成することで、シナプス構造や適切なシグナル伝達に重要な役割を果たしている。
シナプス後部における足場タンパク質の働き
シナプス後部にはタンパク質が密集したシナプス後肥厚部(postsynaptic dendsity; PSD)が存在し、多くの足場タンパク質が集積している。シナプス後部における足場タンパク質は特に神経伝達物質受容体の配置を決めるうえで重要な役割を果たすと考えられている。近年、光褪色後蛍光回復法(fluorescence recovery after photobleaching; FRAP)や単一粒子追跡法(single particle tracking; SPT)などの手法を用いたイメージング実験により、受容体タンパク質はシナプス外の膜上では早く拡散するが、シナプスでは固定されやすいことが示されている。この際、足場タンパク質が受容体の拡散速度を緩めて位置を定める事で受容体の安定性が保たれると考えられている[2]。
興奮性シナプス後部の足場タンパク質
興奮性シナプスのシナプス後部には抑制性シナプスの後部と比べて厚く複雑なPSDがあり、様々な足場タンパク質を含む。興奮性ポストシナプスに含まれる主な足場タンパク質にはPSD-95、PSD-93、SAP97、SAP102、SHANK、CASK、GKAP、Homer、 GRIP1、densin-180などがある[3] [4]。
PSD-95
MAGUK(membrane-associated guanylate kinase homologs)ファミリー分子に属し、興奮性シナプスの主要な足場タンパク質の一つである。MAGUKファミリーの多くはPDZドメイン3つとSH3ドメイン、GUKドメインから成るが、PSD-95もこの構造を持つ。興奮性シナプスのPSDに広く分布し、neuroliginやNMDA受容体、AMPA受容体など多くのタンパク質の足場となっている。詳細はPSD-95の項を参照。
Shank
PSD-95と同じくPSDで多く見られ、PSD−95よりも細胞膜から離れた位置で広範囲に局在する足場タンパク質である。アンキリンリピートドメイン、SH3ドメイン、PDZドメイン、高プロリン領域、SAM(sterile alpha motif)ドメインからなり、それぞれのドメインを介してGKAP、Homer、GRIPといった足場タンパク質と結合しPSDの主要な構成要素となっている。また高プロリン領域でコルタクチン、αフォドリン、ABP1といったアクチン結合タンパク質と相互作用することでアクチン細胞骨格ともつながっている[5]。
Homer
HomerはPDZドメインを持たない足場タンパク質である。EVH1ドメインとロイシンジッパーのCC(coiled coil)ドメインから成るlong HomerとCCドメインを持たないshort Homerがあり、long HomerはCCドメインにより四量体を形成する[6]。HomerはEVH1ドメインを介してShankと結合しPSDの網目構造を複雑化してスパインの形態を維持する働きがある[7]。
抑制性シナプス後部の足場タンパク質
抑制性ポストシナプスの主要な足場タンパク質としてゲフィリンが知られている。ゲフィリンはEドメイン、Cドメイン、Gドメインの3つのドメインから成り、抑制性シナプスの後膜でグリシン受容体やGABA受容体のクラスターを形成している[8]。
シナプス前部における足場タンパク質
プレシナプスに存在するアクティブゾーンも多くの足場タンパク質が含まれる[9] [10] [11]。これまでに解析されてきた主な足場タンパク質にはMunc13、RIM、Bassoon、Piccolo、ELKS/CAST/ERC、リプリンαがある。シナプス前膜ではシナプス小胞の放出と使用済みの小胞の回収が行われているが、足場タンパク質は小胞のエキソサイトーシスとエンドサイトーシスの制御に重要な役割を果たす。
Munc13
Munc13-1から-4まで4種類のアイソフォームがあり、MUNドメインが2つのC2ドメインに挟まれた構造、二次メッセンジャーのDAGやβ−PEと結合するC1ドメインおよびカルモジュリン結合領域は全てに共通している。短期のシナプス可塑性において神経伝達物質の放出を促進する働きがある。
RIM
RIMファミリーにはジンクフィンガードメイン、PDZドメイン、高プロリンSH3ドメイン結合領域の有無やC2ドメインの個数の違いにより6種類のアイソフォームが存在し、これらは様々なシナプスタンパク質と相互作用する事が知られている。ジンクフィンガードメインにはMunc13とシナプス小胞上に結合しているGタンパク質のRab3が結合する部位がそれぞれ分かれて存在し、3つのタンパク質からなる複合体を形成する。この複合体はシナプス小胞をプライミング領域に運ぶ際に重要と考えられている。
Bassoon、Piccolo
BassoonおよびPiccoloはアクティブゾーンの中で最も大きなタンパク質である。ジンクフィンガードメイン、PBH(Piccolo bassoon homology)ドメイン、CCドメインが共通の配置で並んだよく似た構造を持ち、ともにELKSと相互作用する。Piccoloのみに見られる構造としては、高プロリン領域、PDZドメイン、C2ドメインがあり、PDZドメインとC2ドメインはそれぞれcAMP-GEF2、Cav 1.2 L型電位依存性カルシウムチャネルと相互作用する事が知られている。この事からPiccoloはシナプス小胞のエンドサイトーシスとエキソサイトーシスを制御するシグナルをまとめる働きがあると考えられる。
ELKS/CAST/ERC
哺乳類ではELKS1A、ELKS1B、ELKS2の3種類がこのファミリーに含まれる。ELKSはという名称はこのタンパク質が多く含むグルタミン酸(E)、ロイシン(L)、リシン(K)、セリン(S)から命名されている。いずれも4つのCCドメインを持ち、この部分でリプリンα、Piccolo、Bassoonと結合する。またELKS1BとELKS2はC末端にRIM1αのPDZドメインと結合する領域が存在し、RIMを局在化させるのに必要なタンパク質であると考えられている。
シナプス以外での足場タンパク質の機能
受容体などの輸送においてそのタンパク質とモータータンパク質をつなぎ、アダプタータンパク質として機能する足場タンパク質が存在する。AMPA受容体のサブユニットであるGluR2はKIF5によってシナプスに運ばれるが、このときGRIP1が二つをつないで複合体を形成しており、PSDに運ばれてからはAMPA受容体をシナプス後膜に固定する足場となる。またGRIP1はKIF5の方向性を定めて輸送をコントロールする働きがあるとも考えられている。同様に抑制性シナプスの足場タンパク質であるゲフィリンもグリシン受容体が微小管を伝って膜上から取り除かれる際に、モータータンパク質であるDlc1(Dynein light chain1)やDlc2(Dynein light chain2)との結合を仲介する役目がある[12]。
参考文献
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