英語名:spinal reflex
反射(reflex)とは、一般に特定の感覚入力が、定型的(stereotyped)な身体反応を誘発する現象を意味する。感覚入力から身体反応までの神経経路(反射弓;reflex arc)は常に一定で、認知•判断などを必要とせず、短時間のうちに起こることが特徴である。中でも、神経経路が脊髄内で完結するものを、脊髄反射と呼ぶ。特にヒトを対象とした実験では脊髄反射を短潜時反射(short latency reflex: SLR)、上位中枢を経由した反応を長潜時反射(long-latency reflex:LLR)と呼ぶ場合もある。
20世紀初頭にCharles S。 Sherringtonによって「運動の基礎単位」と定義されて以来、脊髄反射の神経機構に研究が盛んに行われた。 当初は、全ての複雑な運動は複数の反射の組み合わせによって説明可能だとされていたが、現在では意図した運動をうまく行うために、反射経路を調節して利用しているという見解が主流である。
脊髄反射の神経経路は整然としているので比較的理解しやすいが、同じ反射に対する様々な角度からの解釈と切り分けによって生まれた呼称や定義の多さが、初心者にとっては混乱の元である。そこで本稿ではまず脊髄反射に関わる神経経路に含まれる要素を整理し、その機能について考えたい。
脊髄反射の基本要素
脊髄反射の反射弓を構成する基本要素は、①感覚受容器(皮膚•筋•腱など)、②求心性(感覚入力)神経、③脊髄内介在神経、④遠心性(出力)神経、そして⑤効果器(筋肉)である。感覚受容器には筋内在、腱内在, 関節内在、そして皮膚内在のものがあり、それぞれの感覚受容器に対応する求心性神経は何種類も存在するが、筋張力の発生に直接関わる遠心性神経はアルファ運動ニューロンで、効果器は骨格筋錘外筋である。この際、どの筋肉がどのような作用(収縮・弛緩)を受けるかは、神経同士の関係(興奮性・抑制性シナプス)によって決まる。反射強度を調節するには、上記の5要素のいずれかを変化させればよい。随意運動の場合、最も可能性が高いのは、上位中枢による介在神経の活動調整である。
伸張反射
最もシンプルな神経経路によって起こる反射は伸張反射(stretch reflex)である。この反射は反射弓に介在神経を含まず、筋紡錘からくる求心性神経が、直接に、同じ筋のアルファ運動ニューロンに興奮性シナプスを形成している(図1)。シナプスがひとつしかないので、この関係を単シナプス性という。筋紡錘は筋の急激な伸張によって活動するので、その活動は脊髄に運ばれ、同じ筋(時にはほぼ同じ作用を持つ隣の筋も)を支配するアルファ運動ニューロンを興奮させ、筋を収縮させる。結果として、引き伸ばされた筋は素早く収縮して伸張に抵抗する。ある時はこの反射が筋の過伸張を防御する役に立ち、またある時は手足の位置の意図的な維持を助けたりする。
実はこのとき、伸張反射を起こしている筋と逆の作用を持つ筋(拮抗筋、antagonist muscle)は収縮しないように抑制を受けて、弛緩している。これは筋紡錘からくる求心性神経が、抑制性の介在神経を介して拮抗筋のアルファ運動ニューロンを抑制していることによる。こちらの経路はシナプスをふたつ持つので2シナプス性である。このように、ある筋が興奮して収縮すると同時にその拮抗筋が抑制されるような神経支配を相反神経支配(reciprocal innervation)と呼び、これが合理的な反射運動を生起させる基盤となっている。
伸張反射は、刺激となる事象が筋の伸張であることに由来する呼称である。反射弓の特徴から名付ければ単シナプス反射で、臨床的にはしばしば腱反射(tendon reflex, tendon jerk)と呼ばれる。これは臨床検査において腱をハンマーで叩くことによって筋の伸張を引き起こし、反射を誘発するからである。今日でも腱反射の減弱や消失、あるいは亢進が身体のどの部位で起こるかは、神経症診断における重要な手掛かりのひとつである。
屈曲反射
もうひとつの有名な脊髄反射の例は、痛みの刺激から手や足を引っ込める屈曲反射である。この反射は、刺激の種類から見れば痛み刺激反射であり、効果から見れば逃避反射である。引き起こされる身体反応は、刺激を受けた手だけにとどまらず、逆の手や足など広範囲に及び、全体として合理的な反応になっている。反応の及ぶ範囲は、痛み刺激が強いほど広い。これが意図的な行為でなく、脊髄反射であるといえるのは、脊髄を離断した後にも同様に起こるためである。
このような屈曲反射を可能にする介在神経回路は図2のようなものである。まず相反神経支配によって、刺激を受けた手足を屈曲して刺激から遠ざけるために屈筋を興奮させ、邪魔にならないよう伸筋を抑制する。片方の手足の屈曲による姿勢の崩れを防ぐためには、同時にもう一方の手足はふんばる必要がある。このため逆転した相反神経支配が、対側の伸筋を興奮させ、屈筋を抑制する。これは交差性伸展反射とも呼ばれる。ヒトの場合は手での必要性を理解にくいかもしれないが、四足動物では、手であれ足であれ必須であることが容易に想像できるだろう。
レンショウ抑制
最近、反射強度を調節する回路として注目されている脊髄内メカニズムの一つにレンショウ細胞(Renshaw cell)がある。レンショウ細胞はアルファ運動ニューロンの軸索側枝から興奮性シナプスを受け、そのアルファ運動ニューロンに対して抑制性シナプスを形成して反回抑制(recurrent inhibition)を構成する(図3)。この回路はネガティブフィードバックシステムとなり、アルファ運動ニューロンの発火頻度を安定させる。レンショウ細胞は同時に、拮抗筋を抑制している抑制性介在細胞にも抑制性シナプスを形成し、拮抗筋の抑制強度に影響を及ぼす。レンショウ細胞には上位から多くのシナプス入力があり、運動課題の必要に応じてレンショウ細胞の興奮度合いを調整することで、反射の強度が調節されていると想定される。
図キャプション 図1 伸張反射の反射弓。外的な力が加わって関節が急激に引き延ばされたり、腱に打撃を受けることなどによって屈筋1が伸張すると、その筋紡錘が活動する。筋紡錘の活動は、求心性神経を通って脊髄に達し、屈筋1のα運動ニューロンを興奮させ、屈筋1は収縮する。求心性神経は同時に、屈筋2のα運動ニューロンも興奮させる一方で、抑制性介在細胞を介して伸筋のα運動ニューロンを抑制する。結果として関節は屈曲する。
図2 屈曲反射の反射弓。片方の足などに痛み刺激が加わると、痛み受容器が活動する。その活動は求心性神経を通って脊髄に入り、屈筋を興奮させ、伸筋を抑制する。すると痛みを受けた足は痛みを避けるように上がる。これと同時に、対側に投射する介在細胞によって、逆の足が踏ん張れるように、伸筋を興奮させ、屈筋を抑制する。これで、痛みから逃げても身体が倒れることはない。
図3 レンショウ細胞。下向路からは興奮・抑制どちらの入力も予想される。レンショウ細胞は、入力を受けるα運動ニューロンを抑制するとともに、拮抗筋のα運動ニューロンを脱抑制する回路を形成している。このレンショウ細胞が強く活動している場合に伸張反射がどのようになるか考えてみよう。