前頭葉

2015年5月15日 (金) 15:00時点におけるEijihoshi (トーク | 投稿記録)による版

星 英司
(公益財団法人)東京都医学総合研究所
DOI:10.14931/bsd.973 原稿受付日:2015年5月**日 原稿完成日:2015年*月**日
担当編集委員:伊佐 正(生理学研究所)


英語名:frontal cortex, frontal lobe

人間を初めとする霊長類の大脳皮質は大きく発達し、前頭葉、頭頂葉、側頭葉および後頭葉から構成される。前頭葉は、中心溝より前方にある広い領域である。最前部には前頭前野が、最後部には一次運動野があり、これらの間に、眼球運動関連領野と高次運動野がある。前頭葉の各脳部位が特異的な役割を果たすことにより、認知機能から運動機能まで幅広い脳機能が達成される。

前頭葉の構成

Brodmannは、大脳皮質を細胞構築学的に52の領野に分けたが、機能区分との関連性が高いため、現在でも重要な指標となっている。一次運動野は4野に、高次運動野は6野と24野(背側部分)に相当する。前頭前野は、9野、46野などの複数の領野からなっている。前頭前野と高次運動野の間には8野があり、眼球運動に関連した領域である。前頭眼野と呼ばれ、眼球運動関連領野である。

 前頭葉の各領域の領域特異性を「前後軸」と「内外軸」の観点から捉え直すことができる。前方から後方へ向かう「前後軸」にそって、前頭前野、眼球運動関連領野(8野)、高次運動野(6野、24野背側部)、一次運動野(4野)がある(図1)。前方から後方へ向かって、表現される内容が抽象的内容から具体的動作へと移り変わる(「前後軸」、図2)。さらに、内側から外側の方向にも別の機能分化がある(「内外軸」、図3、4)。

一次運動野

 一次運動野は、中心溝の前方(中心前回)にあり、Brodmann第4野に相当する(図1)。「内外軸」にそって体部位再現があり、内側から外側へと向かって、下肢、体幹、上肢、手指、顔と口唇の動きを司る部位がある(図3)。精緻な動きを行う手指や口唇の動きを支配する部位が広い領域を占める一方で、それが必要とされない体幹や下肢を支配する部位は狭い。一次運動野の出力は、他の大脳皮質領域、大脳基底核、橋核を初めとする脳幹の神経核へ送られる。一次運動野は最終的な運動出力を形成する場である(「前後軸」、図2)。皮質脊髄路の大部分が延髄錐体から脊髄へ入る際に左右が入れ替わるため(錐体交叉)、左側(右側)の大脳半球は右側(左側)の体の動きを、主として制御するという特徴がある。

高次運動野

 一次運動野の前方には、高次運動野が広がっている(図1)。外側に運動前野が、より内側に補足運動野が、最も内側には帯状皮質運動がある(「内外軸」、図4)。運動前野と補足運動野はBrodmann6野にあり、帯状皮質運動野は主としてBrodmann24野にある。

運動前野

 運動前野は、視覚情報を初めとする感覚情報に基づいて動作を構築する過程で中心的な役割を果たす(「内外軸」、図4)。代表的な例として、手を伸ばして物をつかむ動作や、食べ物を口に入れる動作が挙げられる。運動前野は背側部(背側運動前野)と腹側部(腹側運動前野)に大別される3,4(図1)。運動前野は頭頂葉との豊富な連絡によって特徴づけられる。頭頂葉は頭頂間溝によって内外に分けられるが、頭頂間溝よりも内側の領域が背側運動前野と、外側の領域が腹側運動前野と主に連携している。

背側運動前野と腹側運動前野の機能的役割は異なる。視覚情報が指示する内容に従って動作を選択する過程(例:赤信号をみてブレーキを踏む)は、条件付き視覚運動変換と呼ばれるが、こうした場合に、背側運動前野は、動作選択の場として重要な役割を果たす。到達運動において、背側運動前野は肩を中心とした腕の動きを制御しており、つかもうとする物へ向かって腕全体を運ぶ過程に関与する。これに対し、腹側運動前部は、手や口で物体をつかむことにおいて重要であり、物体の特徴(形、大きさ、傾きなど)に応じて、手や口の形状を変化させる過程に関与する。背側運動前野は体を中心とした動作制御(身体を中心とした座標系を用いており、体をどう動かすかという観点からの制御)に関与し、腹側運動前野は対象物を中心とした動作制御(物体を中心とした座標系を用いており、どう対象物に働きかけるかという観点からの制御)に関与している。

補足運動野

 前頭葉内側面の補足運動野に相当する部位を微小電気刺激すると、前方から後方へ向かって、顔、前肢、後肢の運動が誘発される。一次運動野では単純な運動が誘発されるが、補足運動野では複数の間節にまたがる複雑な運動が誘発される。その後、補足運動野よりも前方に、体部位再現が明瞭ではないが、運動制御に関与する部位があることが確認された。この部位もBrodmann6野にあり、前補足運動野と呼ばれる。

 感覚誘導性の制御で特徴づけられる運動前野とは対照的に、補足運動野は自発的な動作開始、記憶された情報にもとづいた動作の順序制御に関与する(「内外軸」、図4)。さらに、補足運動野は、左右の手に異なる動作をさせて両手を協調的に使用する過程で中心となる。 前補足運動野は、順序動作を組み替える過程、動作の中止や変更、複数動作の段階の制御(例:1番目、2番目など)といった、動作制御の高次的側面に関与する。

帯状皮質運動野

 帯状溝の中に帯状皮質運動野がある(図1)。帯状皮質運動野は大脳辺縁系(帯状皮質、扁桃体、海馬、視床下部、島皮質、大脳基底核の前方腹側系など)からの豊富な入力によって特徴づけられる8(「内外軸」、図4)。帯状皮質は、情動、痛み、体内環境情報に関する情報を集約する。帯状皮質運動野は、こうした情報に基づいた動作の制御に関与する。集めた情報を意識レベルまで高めることにより、動機付けとなる信号を生成して動作発現へとつなげる。

前頭前野

 高次運動野よりも前方に、前頭前野がある。前頭前野は高次脳機能の中枢であり、人で大きく発達している。一次運動野では具体的動作が主表現であるのに対して、前頭前野では抽象的行動が主表現である(前頭葉の「前後軸」、図2)。

 前頭前野内にも、前後方向の機能分化がある(前頭前野内の「前後軸」)。行動を適切に制御するために、感覚、記憶、情動、運動などに関する幅広い情報を集めるが、こうした特徴は前頭前野の後方部によく当てはまる。一方で、前頭前野の前方部では、他の脳部位から情報を集めるという側面は薄れ、前頭前野内でのやりとりが顕著になる。前方部は抽象的で長期間にわたる行動計画に関与し、後方部は具体的でより直近の行動計画に関与するという傾向がある。

前頭前野の内側面(内側前頭前野)は、行動を発現するための動機付けの制御に関与する(「内外軸」)。帯状皮質運動野や補足運動野の障害のように、内側前頭前野の障害でも自発的な動作や発語の減少がみられる。内側前頭前野は帯状皮質運動野や補足運動野と密接な関係があり、これらの領野は行動発現の動機付けを制御するネットワークを形成するとみなせる。

 「内外軸」の観点から最も外側にあるとみなせる前頭前野の眼窩面(眼窩前頭皮質)は、多種感覚の情報が入力する一方で、扁桃体からも豊富な入力を受け取る。眼窩前頭皮質は、こうして集められた情報を総合することによって、感覚情報の価値(生体とっての意味)を判断し、適切な行動へと結びつける。

 内側前頭前野と眼窩前頭皮質の間には、外側前頭前野がある(「内外軸」)。内側前頭前野と眼窩前頭皮質は大脳辺縁系と密接な関連があるのに対して、外側前頭前野は比較的弱い。一方、外側前頭前野は、他の前頭前野領域、頭頂葉、側頭葉、高次運動野などと連携することによって、行動の企画をする場であり、中枢実行機能を担っている。行動の目的を決定し、それを達成するために必要な行動や動作を時間立てて計画する過程において、外側前頭前野が必須である。

参考文献


(執筆者:星 英司 担当編集委員:伊佐 正)