伊藤浩之
京都産業大学コンピュータ理工学部インテリジェントシステム学科
DOI:10.14931/bsd.3845 原稿受付日:2013年5月17日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)
英語名:Cell Assembly 同義語:細胞集成体
1940年代後半にカナダの心理学者Donald O.Hebbにより定義された脳内(主として大脳皮質内)において単一の知覚・記憶対象の表現に関与する機能的な細胞の集団。Hebbの著作である”Organization of Behavior”の邦訳においては「細胞集成体」と命名された。発達前または知覚対象の学習前の脳のネットワークにおいては、異なる知覚対象の入力に対する機能的な構造が存在せず、ネットワーク結合の統計的・物理的な特性のみに従って、“機能的な意味”を持たずに細胞集団の活動が生じる。Hebbは、互いに時間的相関を持って発火する細胞間にはシナプス結合を強化する機構(ヘッブシナプス)が存在することを仮定し、知覚対象の繰り返しの入力により、同時に発火活動を上昇させる細胞集団の選択と固定化が自己組織化されると考えた。これは、初期には物理的特性として選択された細胞集団が、学習により特定の知覚・記憶対象と機能的に因果関係を形成すると言う情報符号化原理を提唱した点に大きな意義がある。セルアセンブリを構成する細胞は発火活動の相関により同定されるが、相関を定義する時間スケールにより、心理学的な時間スケール(数百ミリ秒)での平均発火率の相関に基づくセルアセンブリと数ミリ秒以下のスパイク発火タイミングの時間相関に基づくセルアセンブリに大別され、それぞれが独立に研究対象となっている。近年は、複数細胞のスパイク活動の同時計測(多細胞活動同時記録、マルチニューロンレコーディング)の技術的発展により、セルアセンブリの実験的検証が可能となっている。
歴史的経緯およびその概念
脳で行われる情報処理の機能を単一細胞のレベルで検討するか、複数の細胞の集団(セルアセンブリ)のレベルで検討するかは、20世紀初頭の神経細胞の発見以来継続する議論である。歴史的には、脳科学の黎明期における脳の全体論と局在論の議論と共通する論理構造を持っていると思われる。記述レベルの変遷はあるが、全体論と局在論は常に交互に時代のパラダイムとして登場している。脳の構成要素(領野、ニューロン、イオンチャンネル、伝達物質、遺伝子など)の詳細が不明な状態では、想像力が必要となるため全体論的な枠組みが必然となる。一方、脳の構成要素の詳細が実験的に明らかとなると、その物理的実体を中心として機能を議論するために局在論が主流となる。そして、この構成要素のレベルだけでは解明できない新たな現象が明らかとなり、新たな記述レベルでの全体論が再登場する。50年代後半から60年代のMountcastle[1]やHubel & Wiesel[2]の機能的に特殊化した単一細胞の発見により局在論が主流となり、Hebbのセルアセンブリの概念は忘れられていたが、近年の神経ネットワークを対象とする研究への移行に伴って再登場している。
複数の神経細胞が何らかの特性に関して共通性を持つ場合には、これらの細胞集団をセルアセンブリと定義することが可能である[3]。共通性を定義する特性は、解剖学的な結合様式(例えば、特定の領野からの投射を受けている細胞全体など)である場合も考えられる。解剖学的な特性から定義されたセルアセンブリに関しては、シナプス結合の可塑性の時間スケールは心理学的な時間スケール(数百ミリ秒)より十分に長いという前提の下では、集団を構成する細胞メンバーは固定化された静的なものであると考える。しかし、現在の神経科学において、セルアセンブリは単に解剖学的な結合特性からではなく、機能的な特性に共通性を持つ細胞集団の概念として使用されることが一般的である。この意味でのセルアセンブリの概念を最初に提案したのはD.O.Hebb [4]であると考えられる。
Hebbのセルアセンブリ
Hebbが1949年に発表した著作”Organization of Behavior”[4]は「引用されはするが読まれることのない幻の名著」(行動の機構、鹿取他訳、下巻 p.265)[5]として知られる。サイバネティクス[6]が黎明し、機械・コンピュータと生物をシステムとして統一的に研究対象とする機運の高まり、McCulloch & Pitts[7]による神経細胞ネットワークによる論理回路実現の理論的可能性の提唱などの時代背景において書かれたこの著作には、神秘主義に陥りがちであった心理学的議論をいかに論理的・合理的に構成するかに対して熟考された内容が展開されている。現在の脳科学の知識を持った我々が読み返すと、「ヘッブシナプス」や「ヘッブのセルアセンブリ」といったHebbの名を冠して引用されることのある、古典として知られる概念だけではなく、活動が時間的相関で関係付けられる細胞集団の動的振る舞いを基本として情報表現、情報処理を議論する最近の研究概念がすでに記述されているように読み取れる。これは、決して読者の欲目だけではないように思われる。Hebbの著作からキー概念と思われる文章を抜き出して、再検討を試みることは、セルアセンブリの基本概念の理解に役立つと考えるため、少々長くなるがここにまとめる。尚、以下の文中で[ ]で囲まれた部分は本概説の執筆者の補足である。
- なんらかの構造的な変化とは独立した、完全な神経活動のパターンの作用としての記憶痕跡というものが、存在すると考えてよいだろう。・・・そのような痕跡は、きわめて不安定なものだということを指摘している。(同上巻 p.166)
[外部入力に対して一時的に誘発される複数細胞の活動パターンを情報処理(ここでは記憶が固定化されるまでの痕跡)として考えている]
- ・・・多重連鎖による局所的で集中的な発火活動bombardmentは、F [シナプス後細胞] が発火するのを助けるだろう。また、17野の2つの線維から興奮を同時に受けとるような細胞があれば、その細胞は、ひとつの線維だけからの興奮を受けとるよりも発火しやすくなるだろう。(同p.177)
[スパイク発火タイミングという短い時間スケールではないが、同時入力がシナプス後細胞の発火効率を上昇させるという実験事実に着目し、複数の細胞活動の相関の連鎖が重要であることを考えている]
- 17野における特定領域が活動すると、そことは別の17野の領域が活動しても発火する傾向にない18野の特定の細胞を、興奮しやすくするということもあるかもしれない。(同p.178)
[下位の領野の複数細胞の活動パターンという文脈性により、上位の領野の反応特性が変化するという動的なゲインコントロールを予言している]
- したがって17野以降の部位で、2つの異なった視覚刺激によって活性化している組織は、(1)大まかには同一だが、(2)組織学的には別個のもの、ということになるはずである。刺激パターンの違いは、知覚を媒介している脳の部位に大きな差を生じさせることにはならないであろう。・・・と同時に、刺激作用の部位またはパターンの違いは、これら領野において、一貫した発火活動ないしは最大の発火活動を起こす特定の細胞群が、異なっているということを意味すると考えられる。(同 p.178-179)
[外部刺激の物理特徴と比較的明確な対応が見られる17野の細胞とは異なり、高次領野の細胞は脳内においてのみ区別されうる抽象的な情報表現になっている可能性を議論している。また、明らかに分散表現のパラダイムを前提としている]
- 解剖学的にはこのように機構化の欠けた細胞群の中に、活動の統合の基礎となるようなものを見出すことができるだろうか?(同 p.179)
[高次領野において特定の情報を表現するセルアセンブリがどのようにして発現されうるかという問題に対して、Hebbは現在においても十分な説得力を持ちうる合理的な機構を以下の文章で提案している]
- 私の提出した知覚的統合の仮説にとってもっとも必要とされる巧妙な連絡が、そもそも初めから遺伝的に整えられたとする主張は、ありえないように思えるかもしれない。言うまでもなく、それは確率の問題だというのが私の答えである。・・・ランダムに分布する連絡線維が十分大量に含まれている集団があるとすれば、起こりそうもない連絡も、絶対数の上ではかなりの高頻度で起こるはずだ。・・・次の2種類の同時生起が頻繁に生じる必要がある。すなわち(1)収斂する2つ以上の軸索間で同期して [synchronizationと表現している] 発火活動が生じること、そして(2)神経線維はわれわれが知るかぎりではランダムに分布しているが、それらの神経線維の間には収斂が存在するという解剖学的事実である。(同 p.188-189)
- それぞれのシナプスでは、インパルスの到達時間にかなりのバラツキがあるに違いないし、またそれぞれ個々の線維には応答の仕方に関して一定の変動があるに違いない。(同 p.191)
- ここで仮説として提起されている統合は、シナプス小頭部の成長と、上行性線維が後続する線維を抑制する確率の増加とに依存している。・・・はじめほかの単位と同期することが可能だったいくつかの単位は、もはや同期できなくなって、脱落することになると思われる。それが“分割”である。はじめは同調していなかったほかの単位が補充されることも考えられる。こうして、知覚の発達にともない、集成体のゆっくりとした成長が生じる、と考えられる。(同 p.192)
[Hebbにとっては、ヘッブシナプスはセルアセンブリの実現にとって不可欠であったことが分かる。初期の機能的構造の無いネットワークにおいて、統計的・物理的に選択されたセルアセンブリが繰り返し入力により、選択と固定化が自己組織化されていくという発想は、ダーウィンの自然淘汰による進化の発想が根底にあるように思われる。上の文章において、近年発見されたspike time dependent plasticity (STDP) をヘッブシナプスに置き換えれば、発火タイミングにより同期するセルアセンブリへと拡張される。この場合には、集成体の成長は心理学的時間である数百ミリ秒というスケールで生じる可能性がある。]
[Hebbは引き続く章において低次領野において個々の視覚特徴に対して発現するセルアセンブリを統合して、特徴の組み合わせによる対象認識に関連する高次領野でのセルアセンブリが発現する機構を議論している。統計的に相関を持って存在する視覚特徴に関連するセルアセンブリの間の相互作用を位相連鎖(phase sequence)という概念を導入して議論している。高次領野に対象認識に関連するセルアセンブリが構成されると、低次領野における活動の一部分からもセルアセンブリが誘発されるというpattern completion の概念も予言している。]
- 単純な知覚がこれほど込み入ったものだということは、理論構成上重要な意義を持っている。単純なパターンの知覚が、外界の事象によって終結される単一の持続状態ではなく、状態または過程の連鎖だと考える理由を、少しの間思い出してみよう。(同 p.231)
- もし、ひとつの観念またはひとつの知覚の持続時間が、閉鎖システム内の反響性活動の持続時間だとするなら、活動のパターンが1秒もの間変化しないまま持続することはほとんどないと言ってよい。知覚の安定性は、脳の活動が単一の持続するパターンの状態の時に生じるのではなくて、短い間隔で不規則な周期の位相が繰り返されるような状態の時に生じるのだ。(同 p.233)
[知覚はフィードフォワードの連鎖によるドミノ倒しの結果生じる定常的な脳活動ではなく、力学的な動的状態であることを議論している。これは脳での情報処理は、外界から入力した刺激の時間変動とは独立した、脳内での固有の時間スケールでのセルアセンブリの力学的な挙動により生じるという近年の仮説を予見している]
Hebbのセルアセンブリによる心的過程の説明
Hebbは著作"Textbook of Psychology"[8]においてセルアセンブリの概念の発展として、様々な心理過程の説明を試みている。この議論からは、Hebbが媒介過程(mediating process)という心理過程の説明としてセルアセンブリを着想したことが推察される。
- 媒介過程とは、感覚事象によって送られた興奮を、その事象が終わったのちにも保持することができ、それで、刺激がしばらくのちにまで効果をもつことを可能とする脳の活動である、と定義することができよう([8]、p.111)。
下等な生物における刺激―反応とは異なり、高等生物においては刺激が与えられる前の情況(文脈性)により、同じ刺激に対しても異なる反応が生じる。Hebbはこの媒介過程により、行動の選択性(構えと注意)という心理過程が説明されると主張する。脳内における異なる文脈性の保持のために異なるセルアセンブリの存在を仮定し、刺激により誘発される神経活動とセルアセンブリとの相互作用により、異なる反応が生じると考察している。感覚事象が終了しているにも関わらず脳内において文脈性が保持される神経メカニズムとしては、セルアセンブリの形成する閉回路での神経活動の持続を仮定している。HebbはLorente de Nó[9]
により提唱された反響回路(reverbration)を想定していると思われるが、「閉回路」にあたる神経活動ダイナミクスの実体は現在の神経科学において解明される必要がある。
機能的セルアセンブリの定義
Hebbのセルアセンブリが解剖学的な共通特性から定義される細胞集団と決定的に異なるのは、細胞の活動状態という動的な特性の共通性により定義される点である。細胞の活動間に相関が存在するためには、解剖学的な結合構造の土台は必要条件である。しかし、特に皮質内ネットワークにおいては、細胞がスパイク発火するためには複数の細胞からの興奮性入力が短時間に集中する必要がある(Hebbの著書ではbombardmentと表現されている)。このため、スパイク活動間の相関関係は必ずしも細胞間の1対1の解剖学的結合とは一致せず、共通入力を送っている複数細胞の活動状態という脳内の文脈性に依存する。これらの概念は、すでに上記のHebbの著作からの抜粋において説明を行った。
発火するかしないかの2状態のみを取る細胞において、細胞活動状態の共通性でセルアセンブリを定義する場合には、ある時間スケールで平均した活動度の相関関係(主として統計的に有意な正の相関を持つ場合)から定義される。しかし、セルアセンブリの定義は平均活動度を計算する時間スケールにより大きく異なる。例えば、心理学的な時間スケール(数百ミリ秒)を適用すれば、通常の意味の平均発火率となり、心理学的時間スケールで発火率が上昇しているという共通性(相関性)がセルアセンブリの定義となる。入力層―隠れ層(中間層)―出力層の3層からなる人工ニューラルネットワークモデル[10]において入力層の発火状態の特定の空間特徴(パターン)に特異的に反応する複数の隠れ層細胞の集団やHopfieldの連想記憶モデル[11]において初期状態からのダイナミクスで収束したアトラクターで同時に発火状態を取る細胞ユニットの集団などが平均発火率の関係に基づくセルアセンブリに対応する。
一方、活動度の関係性を定義する時間スケールを数ミリ秒とすると、同期発火(シンクロニー)し、細胞間のスパイク時系列の相互相関ヒストグラム(cross-correlogram)に統計的に有意なピークが存在するという特性がセルアセンブリの定義となる[12] [13]。
セルアセンブリによる情報符号化と分散表現
セルアセンブリの概念の必要性は、情報符号化の問題と密接な関係が存在する。単一細胞の平均発火率による情報符号化では、外界の対象または特定の行動と単一細胞の活動が一対一に対応するという原理を前提としている。これは「おばあさん細胞」の符号化パラダイムである。この符号化においては、対象に新たな修飾属性を付加して行った場合(たとえば、「メガネをかけて茶髪のおばあさん」など)、その膨大な組み合わせの一つ一つに対応して異なる細胞が必要になると言う論理的困難が生じる(組み合わせ爆発)。セルアセンブリによる情報符号化においては、修飾属性の組み合わせに対して、符号化に関与する細胞自体も組み合わせで対応するという論理構造を前提とする。大変に荒っぽい議論であるが、色を符号化する皮質領野の細胞集団を考える。図1a, bには同じ細胞の集団が「赤」と「青」それぞれの色の符号化を行っている状態を示している。セルアセンブリによる情報表現により、どちらの色においても心理学的時間に平均発火率を上昇させる複数の細胞(黒丸で示した細胞)が符号化に関与している。この符号化においては、情報は複数の細胞の活動に分散して表現されており(分散表現)、個々の細胞では情報は特定出来ない。図においては、中央の細胞は「赤」と「青」のどちらの表現においても活動しているため、この細胞自身には二つの色の区別の情報は存在せず、この細胞と同時にどの細胞が活動しているのかという組み合わせ(関係性、空間パターン)にのみ情報が存在する。これはパターン符号化または関係性符号化と呼ばれる概念である。単一細胞による情報表現を「点」による表現と考えれば、セルアセンブリは空間パターンという「面」による表現であると考えられる。
しかし、平均発火率に基づくセルアセンブリでの情報符号化では、同時に活動する二つ以上のセルアセンブリが共存した場合には個々の細胞がどのアセンブリに属するのかを表現することが出来ないという論理的な困難が存在する。これは「重ね合わせの破綻」および「バインディング問題」として知られている。この問題を解決するための一つの方法は、さらに「時間」の自由度を導入して、同じセルアセンブリに属する細胞間にミリ秒精度でのスパイク発火タイミングの時間相関を生じさせることである。
セルアセンブリの実験的検証
Hebbがセルアセンブリの概念を提唱した当時は、皮質内の単一細胞の細胞外記録が技術的限界であったため、セルアセンブリの存在の実験的検証は不可能であった。単一細胞の活動記録技術が確立し、脳の異なる領野において個々の細胞が外界刺激変数に対して高度に特殊化した反応特性を示すことが発見されると、情報処理の機能を単一細胞レベルで議論する研究が中心となった。例えば、Lettvinらの著名な論文 "What the frog's eye tells the frog's brain"[14]やMountcastle[15]やHubel & Wiesel[16]らの機能的に特化した細胞の構成によるコラム構造などの発見である。
しかし、単一細胞の発火率という一変数だけでは表現の自由度が足りず(例えば、視覚皮質の方位選択性細胞の発火率の変化だけから刺激方位の変化とコントラストの変化の両方を復号化することは不可能である)、異なる反応特性を示す細胞集団によるポピュレーション平均または活動プロファイルという情報表現形式(集団符号化)が検討される必要が生じた。また、刺激に対する単一試行の細胞活動には大きな確率的変動性 (variability) が存在することから、同一または類似した反応特性を示す細胞集団に渡るアンサンブル平均による神経反応の信頼性の向上の必要性が議論されている。
これらの符号化パラダイムの拡張と平行して、複数の細胞の発火活動を同時に記録する技術(多細胞活動同時記録法、マルチニューロンレコーディング)が発達し、セルアセンブリでの符号化の実験的検証が可能となった。現在の神経科学実験においては、平均発火率の関係性に基づく集団符号化(ポピュレーションコーディング)の研究とスパイクタイミングの関係性に基づくセルアセンブリの研究に二分されていると考えられる。
謝辞
ヘッブの著作の内容に関しては東京都医学総合研究所の渡邊正孝先生から貴重なご意見を伺いましたことをお礼申し上げます。
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