キネシン

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英語名:kinesin

 キネシンは、モータータンパク質の一つで、主にATPを加水分解しながら微小管に沿って運動する性質を持ち、細胞分裂や細胞内物質輸送に重要な働きをしている。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, KIFs)と呼ばれる。KIFsは哺乳類(マウス、ヒト)で45種類の遺伝子が同定されており、細胞内で膜小器官、タンパク質複合体やmRNAなどのカーゴ(荷物)を輸送することで、細胞の生存、形態形成および機能発現に重要な役割を果たしている(ref1)。最近、このKIFsが、記憶・学習などの脳の高次機能、神経回路網形成、体の左右軸の決定、腫瘍形成の抑制など重要な生命現象に関与していることが明らかとなった(ref2)。本項目ではKIFsによる細胞内物質輸送について述べる。細胞分裂に関わるKIFsについては総説(ref3)(ref4)を参考にされたい。


細胞内物質輸送

細胞はその形態形成、及び機能発現に必要なタンパク質を合成した後、多種類の膜小器官あるいはタンパク質複合体として必要とされる部位に適切に送り分けており、この細胞内物質輸送の機構は神経細胞や極性のある上皮細胞のみでなく、あらゆる細胞で細胞機能の重要な基盤となっている。 細胞内物質輸送を担うモータータンパク質には大きく分けて、キネシン、ダイニン、ミオシンの3つがある(図1)(ref2)。


キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)の分類

 キネシンは、ATPを加水分解しながら、微小管に沿ってカーゴ(荷物)を輸送する。キネシンは遺伝子ファミリーを形成しており、キネシンスーパーファミリータンパク質(kinesin superfamily proteins, KIFs)と呼ばれ、哺乳類(マウス、ヒト)で45種類の遺伝子が同定されているが、mRNAスプライシングなどによる複数のアイソフォームの存在により、タンパク質としてはもっと多くの種類が存在する。KIFsは15個のファミリーから成り、分子内のモーター領域の存在部位によりN-KIFs(N末)、M-KIFs(中央)、C-KIFs(C末)に分けられる(図2)(ref2)。一般に、N-KIFsは微小管+(プラス)端へ、C-KIFsは微小管-(マイナス)端方向への輸送を行っており、M-KIFsは微小管の脱重合に関与している(ref1)。N-KIFsとC-KIFsはモーター領域(motor domain)、ストーク領域(stalk domain)、テイル領域(tail domain)より成り、モーター領域のアミノ酸配列の相同性は30~60%であるが、その他の部位のアミノ酸配列は各KIFsに特徴的で、多様性に富んでいる。モーター領域には微小管結合部位とATP結合部位があり、一般に、テイル領域(まれにストーク領域)が特異的なカーゴの認識や結合に関与している。各々KIFsは、多くはアダプター蛋白や足場蛋白を介して間接的に、まれには直接的にカーゴと結合し、これを輸送する(図3)(表1)(ref1)。カーゴとの結合・解離の制御には、リン酸化、Rab GTPase活性、Ca2+シグナリングによる制御が知られている(図4)(ref1)。


代表的なKIFsとその機能

KIF1AとKIF1B

 KIF1AとKIF1BはKinesin-3ファミリーに属し、KIF1BにはmRNAスプライシングにより、KIF1BαとKIF1Bβというアイソフォームがある。KIF1AとKIF1Bβは、synaptophysin、synaptotagmin、Rab3Aといったシナプス小胞蛋白を含むシナプス小胞前駆体を輸送する(ref5)。最近、Rab3との特異的な結合には、アダプター蛋白としてDENN/MADDがGTP依存的に働いていることが示された(ref6)。Kif1a及びKif1bホモ欠損マウスは共に、重篤な神経障害により生後すぐに死亡し、また、神経細胞死が認められる(ref7)(ref8)。一方、Kif1a及びKif1bヘテロ欠損マウスはどちらも生存するが、Kif1aヘテロ欠損マウスでは刺激の豊かな生育環境による脳の形態的、機能的変化が障害されており(ref9)、一方、Kif1bヘテロ欠損マウスでは、生後1年頃より進行性の筋力低下と運動失調を認め、Charcot-Marie-Tooth病2A型(CMT type2A)の原因遺伝子の一つと考えられている(ref8)。また、KIF1Bαはミトコンドリアの輸送に関与している(ref10)。

KIF2

 KIF2(KIF2A、KIF2B、KIF2C)はM-KIFsに分類され、Kinesin-13ファミリーに属する。KIF2はATP依存的に微小管を脱重合するユニークな性質を持つ。KIF2Aは幼若な脳に多く発現し、神経成長円錐の微小管を脱重合することによって軸索側枝の過剰な伸長を抑制し、神経回路網形成に重要な役割を担っている(ref11)。

KIF3

 KIF3はKinesin-2ファミリーに属し、細胞質内だけでなく、線毛や鞭毛内の物質輸送(intraflagellar transport)も行っている(ref12)。KIF3AとKIF3Bは異なった遺伝子から由来し、KAP3(KIF-associated protein 3)と結合してヘテロ三量体(KIF3複合体)を形成し、膜小器官やタンパク質複合体を輸送する(ref13)。神経細胞では軸索伸長に必要な膜小胞を、フォドリンを介して認識し、輸送する(ref14)。また、KIF3複合体は、線毛の構成成分をタンパク質複合体として線毛の基部から先端部へ輸送し、線毛の形成と維持に重要な役割を果たしている(ref15)。さらに、Kif3a及びKif3bホモ欠損マウスの解析により、KIF3が胎児初期のNodeの線毛を形成し、この線毛が回転運動をすることによってNode領域で胎児外液の左方向への流れ(Node流)を作り、これが体の左右軸を決定することが示された(ref16)(ref17)(ref18)。近年、KIF3複合体がN-cadherin/β-catenin複合体を形質膜に輸送することで細胞増殖を制御し、腫瘍形成の抑制に働いていることが明らかとなった(ref19)。

KIF4A

 KIF4AはKinesin-4ファミリーに属し、主に幼若な神経細胞で発現し、細胞質と核内の両方に存在する(ref20)。KIF4Aは、脳の発達期において、核内ではPARP-1との結合・解離によりPARP-1の活性を制御することで活動依存的な神経細胞の生存及び細胞死を制御し、一方で細胞質内ではカーゴの輸送を行う(ref21)。

KIF5

 KIF5はKinesin-1ファミリーに属し、kinesin light chains(KLCs)と複合体を形成する。KIF5にはKIF5A、KIF5B、KIF5Cの3つのアイソフォームがあるが、発現場所、発現量はそれぞれ異なる。KIF5Bは全身に発現しているのに対し、KIF5A、KIF5Cは神経特異的に発現している(ref22)。これらは各々、異なるアダプター蛋白や足場蛋白を介して様々な膜小胞、ライソソーム、ミトコンドリアなどのカーゴを輸送する(ref23)(ref24)が、互いに類似の機能も持ち、一部の機能は相補的である。KIF5による輸送の例として、神経軸索では、アルツハイマー病に関与するAPPの輸送や(ref25)、syntabulinをアダプター蛋白としたsyntaxin 1の輸送などがある(ref26)。また、近年、KIF5によるミトコンドリアの輸送にCa2+濃度依存的な制御が働いていることが示された(ref27)。一方、樹状突起では、GRIP1を介したAMPA受容体サブユニットGluR2の輸送や(ref28)、HAP1(huntingtin-associated protein 1)を介したGABA受容体の輸送(ref29)、さらにはmRNA・タンパク質複合体(mRNP complex)の輸送(ref30)を担っている。また、KIF5Aの遺伝子変異は遺伝性痙性対麻痺を引き起こすことが知られている(ref31)。

KIF13A

 KIF13AはKinesin-3ファミリーに属し、AP-1複合体を介してマンノース-6-リン酸受容体に結合し、これを含む小胞をゴルジ装置から形質膜へ輸送する(ref32)。

KIF16B

 KIF16BはKinesin-3ファミリーに属し、Rab14を介してFGF受容体をゴルジ装置からエンドソームへ輸送することによって、胎児の発生期における初期胚形成に重要な働きを持つ(ref33)。

KIF17

 KIF17はKinesin-2ファミリーに属し、樹状突起でMint1(LIN10)を含む足場蛋白複合体を介してNMDA受容体サブユニットのNR2Bに結合し、これを輸送する(ref34)。また、カーゴの解離には、CaMKⅡαによるKIF17のリン酸化が重要である(ref35)。近年、遺伝子改変マウスの解析により、KIF17は単にNMDA受容体を輸送するだけでなく、転写因子CREBのリン酸化を介してKIF17及びNR2B mRNAsの転写を促進し、記憶・学習を制御していることが明らかとなった。KIF17を過剰発現させたマウスでは、空間及び作業記憶の向上が見られ(ref36)、一方で、Kif17ホモ欠損マウスでは、海馬依存的記憶の障害が認められた(ref37)。また、KIF17はNR2AとNR2Bの発現量を異なる機序で制御し、シナプスの機能や可塑性に重要な働きをしていることが示された(ref37)。

KIF26A

 KIF26AはKIF26BとともにKinesin-11ファミリーに属し、ATPase活性や運動能を持たないユニークなKIFsである(ref38)。KIF26Aは、GDNF/Retシグナル伝達系の抑制因子として働くことによって腸管神経細胞の増殖を制御し、腸管の発達・形成に必須の働きを持つ(ref38)。

C-KIFs(KIFC1、KIFC2、KIFC3)

 C-KIFsにはKIFC1、KIFC2、KIFC3の3つがあり、Kinesin-14A及び14Bファミリーに属する。これらC-KIFsは、微小管の-端方向へ動く性質を持つ。KIFC1は多様な組織で発現し、細胞分裂に関与している。KIFC2は主に樹状突起に局在し、多胞体様の膜小器官を輸送している(ref39)。KIFC3は腎上皮細胞(MDCK細胞)で頂上部形質膜へ向けAnnexinⅩⅢbを含む膜小胞を輸送している(ref40)。


将来の展望

 これまで、KIFsには、単なる細胞内物質輸送からでは想像できない、より多岐にわたる、生命活動に必須の生理学的意義を持つことが明らかになってきた。しかし、依然としてまだ多くのKIFsはそのカーゴや機能が明らかにされていない。さらに、KIFsによるカーゴの認識、結合、解離の詳細な機序もまだ不明の点が多い。言い換えれば、細胞にとって必須であるイオンチャネルや受容体などのタンパク質には、その細胞内動態及び輸送が未知であるものが多い。これらの解明は、細胞機能を理解する上で非常に重要である。さらに、いかにして同一のKIFが異なるカーゴの輸送を行っているか、また、いかにして同一のカーゴが異なる複数のKIFsに振り分けられているのか、これらの制御機構の解明も待たれる。近年、KIFsは、脳神経疾患をはじめとする様々な疾患との関連が示唆されており、病態解明や治療法の開発も含め、今後のさらなる研究が期待される。

図の説明(脚注) 図1 神経細胞における細胞内物質輸送 (Hirokawa et al.(ref2)より改変)

図2 (A)KIFsの分類 (B)KIFsの構造 (Hirokawa et al.(ref2)より改変)

図3 KIFsのカーゴ認識機構の例 (A、B、C)KIFsは、多くはアダプター蛋白や足場蛋白を介して間接的に、まれには直接的にカーゴと結合し、輸送する。 (Hirokawa et al.(ref2)より改変)

図4 カーゴとの結合・解離の制御機構 (A)リン酸化による制御 (B)Rab GTPase活性による制御 (C)Ca2+シグナリングによる制御 (Hirokawa et al.(ref2)より改変)

表1 神経細胞におけるKIFsとカーゴ (Hirokawa et al.(ref2)より改変)


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(執筆者:近藤誠、廣川信隆 担当編集委員:村上富士夫)