反応時間

2012年3月15日 (木) 19:28時点におけるNiimiryosuke (トーク | 投稿記録)による版

英:reaction time/response time、英略語:RT

反応時間とは、生体に刺激が与えられてからその刺激に対する外的に観察可能な反応が生じるまでの時間である。 特に、ヒトが何らかの知覚・認知課題を遂行する際の、自発的行動による反応(例えば、ボタン押し)について言う。 類義語に潜時(latency)があるが、これは反応時間より広い概念で、ヒト以外の動物の反応や、 行動ではなく生理現象として観察される反応についても言う(例えば、視覚刺激提示から視覚誘発電位が生じるまでの時間)。 ここでは、ヒトの行動実験における反応時間について概説する。

行動実験では、反応時間は極めて重要な指標である。反応時間が長いほど、複雑で多くの心的処理を要したと考えられる。 ただし、反応時間は刺激の入力から反応の出力までに起こる種々の処理過程を総体として反映する指標である。 反応時間に影響する処理段階は少なくとも、刺激の知覚処理、判断や反応選択の処理、反応のための運動実行の処理の3つに分けられる。 いずれの処理段階も反応時間に影響を生じうる。 なお、反応時間の平均的な長さだけでなく、個人内のばらつき(SDなど)が分析されることもある。

いろいろな反応時間

反応時間測定では、手指ボタン押し反応を用いることが多い。 足のペダル押し、発声、眼球運動なども用いられる[1]。 リーチングのような動作に比較的時間のかかる反応では、刺激提示から運動開始までを反応時間、 運動開始から終了までを運動時間(movement time, MT)と呼んで区別することもある。 短距離走のスタートのような全身の運動による反応については、全身反応時間(whole body reaction time)と呼ぶ。 例えば、刺激が提示されたらできるだけ速く跳び上がらせ(垂直跳び課題)、刺激提示から両足が地を離れるまでの時間として測定する。 ただし、単純な反応動作でも多数の筋肉が関与するものである。 EMGで筋肉の運動潜時を調べると、反応時間と一致するとは限らないし、筋肉によっても差がある [2]

課題による分類

一般に反応時間測定では、できるだけ速く反応するよう求める課題(speeded task)を用いる。 これに対し、好きな時に反応してよい課題のRTは自由反応時間(free reaction time)と呼んで区別することがある。 また、課題の内容に応じて、次の3種類が区別される。

単純反応時間(simple reaction time, SRT)[3]

既知の1種の刺激が提示され、それに対して決められた1種類の反応をする(単純検出課題)ときの反応時間。 例えば、音が聞こえたらできるだけ速くボタンを押す。 他の2種よりも平均的には短く、視覚刺激ないし音声刺激に対するボタン押しでは150~300ms程度である。

選択反応時間(choice reaction time, CRT)

既知の複数の刺激のいずれかが提示され、刺激に応じて決められた複数の反応のいずれかを行う (n肢強制選択課題;n-alternative forced choice task, nAFC task)ときの反応時間。 例えば、赤光か緑光が提示され、赤ならば右、緑ならば左のボタンをできるだけ速く押す(2AFC task)。

Go/No-Go反応時間、弁別反応時間(discriminative reaction time)

既知の複数の刺激のいずれかが提示され、そのうち特定の刺激の場合のみ、決められた1種類の反応をするときの反応時間。 例えば、赤光か緑光が提示され、赤ならばボタンを押し、緑ならば何もしない。 つまり、反応するかしないか(Go/No-Go)を判断する。

初期の研究:心的時間測定(mind chronometry)

神経伝達速度の測定

反応時間測定は19世紀末の実験心理学成立当初から行われている。 現在では反応時間は研究の手段として用いられることが多いが、当時は反応時間自体が研究対象だった。 生理学者や心理学者が、心的処理の速さはどれくらいかを測ろうとしたのである。 19世紀末は心的時間測定(mental chronometry)の時代であった [4]

直接の契機は、1849~1850年にヘルムホルツがカエル運動神経伝達速度を毎秒24.6~35.4mと測定したことだった [5] [6] [7] 。これは1mの伝達に約33msを要するという、意外に遅いものだった。 私たちは日常的には、自分が意図した瞬間に体が動き、心的処理は「瞬時に」完了すると思っている。 しかし、神経の働きは十分測定可能な程度の速さでしかなかったのである。

ドンデルスの減算法

では、知覚や判断はどれくらいの速さなのだろうか。 ヒトでの反応時間研究の嚆矢はオランダのドンデルスらによる1860年代の実験 [8] [9] とされる。 彼らは、反応時間のうち本当に心的処理(mental process)に要した時間を測ろうとした。 例えば、赤光が現れたら右、緑光が現れたら左のボタンを押す課題で、反応時間が仮に300msだとしても、色弁別の心的処理に300msかかるとは言えない。 神経伝達に一定の時間がかかるなら、反応時間のうち相応の部分は、網膜から脳への伝達時間や脳から手の筋肉への伝達時間のはずだからである。

ドンデルスらは、減算法(subtraction method)と呼ばれる方法でこの問題に取り組んだ。 音声を聞いたらできるだけ速く発声して反応するという課題を使い、以下の反応時間を測定した。

  • 単純反応時間。音声刺激kiに対して、できるだけ速くkiと発声して反応する。
  • 選択反応時間。ka, ke, ki, ko, keのいずれかが提示され、できるだけ速く刺激と同じ音声を発して反応する。
  • 弁別反応時間。ka, ke, ki, ko, keのいずれかが提示され、kiの場合のみkiと発声して反応する。

その結果、順に平均201ms、284ms、237msだった[9]。 選択反応時間から単純反応時間を引いた差83msは、刺激の弁別と反応の選択の心的処理に要した時間と考えられる。 選択反応時間から弁別反応時間を引いた差36msは、反応の選択の心的処理に要した時間と考えられる (弁別課題では反応の選択は必要ないが、刺激の弁別は必要である)。 このように条件間の減算で心的処理に要する時間を推定するのが減算法である。

しかし、この試みはうまくいかなかった。 反応時間に影響を与える要因が多すぎるのである。個人差も大きい。 何より、知覚や認知といった心的処理を構成要素の単純な加算で考えることに限界があった。 今日よく知られているように神経系の情報処理は高度に並列的である。 また、用いた課題がどんな心的処理を含むのかについては解釈に幅がある。 例えば弁別反応時間には、刺激の弁別だけでなく、反応するかしないか(Go/No-Go)という反応選択処理が含まれているとも考えられる。 このため、反応時間の差の絶対的な値に意味を見出すのは難しい。

とは言え、反応時間を心的処理の組合せで説明しようという試みは続いている [10] 。減算法のアイデアの拡張・修正も提案されてきた [11] [12] 。 現在では、反応時間のモデルは多くの変数を考慮に入れた複雑なものとなっている [13] [14]

日本での研究のはじまり

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反応時間の性質

分布の非対称性

反応時間の分布は、種々の時間長データと同様、正の歪度を示す非対称形になる(図####)。 反応の速さには限界がある一方、非常に遅い反応も一定数生じるためである。 歪度の大きさは実験内容に大きく依存し、指数分布様の極めて非対称な場合から正規分布様のほぼ対称な場合まで様々である。 統計的分析に際しては、この非対称性に留意する必要がある。

反応時間分布にあてはめるモデルとしては、ワイブル分布や対数正規分布も用いるが、ex-Gaussian分布を用いることが多い [15] [16] [17] [18]

速さと正確さのトレード・オフ

速く反応しようとするほど反応の正確さは低下する。 逆に、正確に反応しようとするほど反応は遅くなる。 この交換関係を速さと正確さのトレード・オフ(speed-accuracy tradeoff, SAT)という。

このため、反応時間を分析する際は、正答率・誤答率など反応の正確さの指標もあわせて考慮する必要がある。 また、速さと正確さのトレード・オフが適切に統制された実験を計画することが重要である。 例えば2つの条件を比較するとき、反応時間は条件1の方が短いが、誤答率は条件2の方が低かったとすると、解釈が難しい。 この問題を避けるため、トレード・オフを制御して反応時間と正答率・誤答率のどちらかに目標を絞り込むことが多い。

トレード・オフを制御する方法はいくつかある [19]。 典型的には、教示と、課題難易度の調整を用いる。 正答率・誤答率を指標にしたい場合は、課題難易度をある程度難しくした上で、速さより正確さを優先するよう教示する。 逆に反応時間を指標にしたい場合は、時間をかければ誤答がほぼなくなるような難易度にし、できるだけ速くかつ正確に反応するよう教示する。 難易度は予備実験の結果を見て決定するが、全被験者一律にすることもあれば、被験者毎に決定することもある。 反応に時間制限を設けたり、決められた時(例えば音で知らされる)に必ず反応させることで反応時間を一定に制御する方法もある [20]

Hick-Hymanの法則

選択反応時間は、選択肢数が多いほど長い [21] 。また、選択肢数が同じでも、出現確率の低い刺激に対する反応は遅い [22] [23] 。 この現象は、反応時間が刺激の情報量に比例すると解釈されている。 出現確率   の刺激に対する選択反応時間   は次式でよく記述できる (   はその他の実験条件等によって決まるパラメータ)。

 

これをHick-Hymanの法則と言う。処理すべき情報量が多いほど反応に時間がかかるのである。 選択肢数が   で全選択肢が等確率ならば   だから、    の対数に比例することがわかる。

先行期間(foreperiod, FP)

典型的な実験では、まず予告刺激(warning signal)を提示し、数秒程度の先行期間(foreperiod, FP)の後に反応すべき刺激(反応刺激、response stimulus)を提示する [24] 。被験者は予告刺激によって試行の開始を知り、反応の準備をする。 300msを下回るような極端に短いFPを用いると、反応が遅くなる。 これは心理的不応期(psychological refractory period, PRP)と関連する現象と考えられている [25] [26] (ただし、[27])。

FPの長さが常に一定だと、被験者は反応刺激の出現を予期できる。 これは特に単純反応時間の測定では問題になるので、FPを試行毎にランダムに変動させることがある。 この場合、反応時間はFPが一定の場合より長くなる [28] [29] 。 FPが一定の場合には、FPが長いほど反応時間は長くなる [30] [29] [31] 。 これは長い時間を正確に予測するのが難しいためだと考えられる。 FPが変動する場合には、用いられるFPのうち短いFPで反応時間が長くなることがある [32] [29] 。 いずれにせよ、FPの操作は予期や構えに関係するため、その影響は複雑である。

反応時間と神経活動

反応が速い時には、神経系での情報処理が速く進行した可能性がある。 そこで、反応時間と神経活動の生理指標との関連性が、主にEEGのような時間解像度の高い方法で検討されてきた。 例えば視覚刺激の単純検出課題では、反応時間が長かった試行の視覚誘発電位は、反応時間が短かった試行に比べて、潜時が長く、また振幅も小さい [33] 。 近年ではfMRIでも類似の検討がされている [34]

反応時間に影響する要因

単純反応時間や選択反応時間に影響する要因として知られているものを列挙する。 実験によっては、これらの要因を適切に統制しなければならない。

刺激強度

一般に、刺激強度(輝度や音圧)が強いほど単純反応時間は短い(光 [35] [36] 、音 [37] )。これは単に感覚器の応答が速くなるためだけでなく、いくつかの原因による [38] 。刺激強度と反応時間の関係は、指数が負のべき関数で表せる(Piéronの法則 [39] )。

刺激モダリティ

視覚刺激に対する単純反応時間は、聴覚刺激や触覚刺激に対するものより長く、味覚刺激や嗅覚刺激ではさらに長いと言われている [40] [41] 。 ただし、異なるモダリティの刺激の強度を何らかの意味で一致させた上での実験が必要なため (例えば光と音について [42] )、厳密な比較は難しい。

複数モダリティで同時に刺激が与えられる場合、つまり多感覚(multimodal)刺激の場合には、 単一モダリティ(unimodal)刺激の場合に比べて反応時間が短縮する [43] 。例えば、光刺激に対する単純反応時間は、音刺激が同時に提示されると短縮する。 このとき音刺激は課題に無関係でよく、これを付属刺激(accesory stimulus)と呼ぶ。

反応方法

反応の動作を行う器官を効果器(effector)と呼ぶ。 効果器によって反応時間は異なる。 最もよく用いられる反応は手指によるボタン押しで、ボタン上にあらかじめ指を乗せておき、指を動かすだけで反応できるようにする。 押していたボタンを離すことで反応させる方法もある。 手指ボタン押しに比べ、足でのペダル踏みや発声による口頭反応は数10ms遅い [41] [44] 。垂直跳びによる全身反応時間はさらに長く、視覚または聴覚刺激に対する単純反応時間で300~400ms程度である [45]

多数のボタンの一つを選んで押す課題では、腕を動かす必要がある。 このように効果器の大きな運動を伴う場合には、相応の運動時間(MT)が加わるので、 刺激提示から運動終了までの時間は手指ボタン押しの場合よりかなり長くなることがある。

左右差

刺激・反応適合性

疲労と学習

年齢

性別

薬物

その他

解釈の難しさ

反応時間は刺激から反応までの間に生体内で起こる種々雑多な現象を総和として反映する指標である。 反応時間の違いを生じた原因はしばしば特定が難しい。 実際、この困難さは論争を引き起こすことがる。

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測定と分析の実際

かつて反応時間測定には電鍵やクロノスコープ [46] が用いられた。 今日では、コンピュータのキーボードのキー押しを反応とし、コンピュータ内蔵のタイマーでその時間を測定することが多い。 簡単なプログラムや既成の実験用ソフトウェアによって測定できる。 高い精度が求められる実験では、専用の反応装置と刺激提示装置が用いられる。

口頭反応は、音圧が一定の閾値に達した時か、最初のピークに達した時を反応とする。 垂直跳びによる全身反応時間の測定では、スイッチを踏ませておき、両足がスイッチを離れたことで反応とする。 その他の動作による全身反応時間の測定では、モーションキャプチャや高速度ビデオ撮影も有効である。

いずれの方法でも、刺激提示装置と反応記録装置の時間的な同期を正確にとることが肝要である。

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参考文献・注

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