統合失調症のグルタミン酸仮説の歴史、根拠
統合失調症でのグルタミン酸神経伝達の異常を最初に提唱したのは、Ulm大学のKimらで1980年のことである1)。Kimらは、20例の統合失調症と44例の対照を調べ、髄液のグルタミン酸濃度が患者で対照のおよそ1/2まで減少していることを報告した。彼らは、統合失調症ではグルタミン酸神経系に機能不全があってグルタミン酸の遊出が低下していると考察し、グルタミン酸仮説を提唱した。しかしその後の研究では、同様の髄液所見は再現されなかった2,3)。
現在のグルタミン酸仮説の中心的根拠は、フェンサイクリジンが統合失調症様の精神症状を惹起する点に置かれている。フェンサイクリジンは、1958年に解離性麻酔薬として開発されたが、翌年には副作用として幻覚、妄想などの精神症状が報告され4)、臨床応用は断念された。しかし、1970年ごろから乱用薬物として市中に出回り社会問題化した。フェンサイクリジン精神病の臨床症状は、統合失調症に酷似し陽性症状と陰性症状の双方を来たすため、臨床症状だけからは統合失調症と鑑別できないほどと言われる5)。1983年に、フェンサイクリジンがN-methyl-D-aspartate (NMDA)で誘発される脱分極を遮断することが見出され6)、NMDA型グルタミン酸受容体のイオンチャンネルを非競合的に阻害することが報告された。その後、フェンサイクリジンとグルタミン酸の関連が次々と報告され、1987年にJavittがそれらを「統合失調症のフェンサイクリジンモデル」としてまとめた5)。フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体のひとつであるNMDA受容体を阻害してグルタミン酸神経の機能低下を起こすが、これと類似の病態が統合失調症でおこっているという仮説である。
グルタミン酸仮説は神経生理学的にも支持されており、その根拠として統合失調症におけるprepulse inhibition (PPI)の減弱があげられている。PPIとは、大きな音を聞かせたときの驚愕反応が、音刺激直前 (50-500 ms) に小さい音を先行させることで抑制される現象のことである。1978年にBraffらが、12例の統合失調症が20例の対照よりPPIが小さいことを報告し7)、統合失調症の情報処理障害・認知障害を反映していると考察した。PPIの障害は、その後多くの報告で再現され、統合失調型人格障害8)、患者の第1度近親者 9) でも認められることから、脳内の病態が臨床症状として表現される以前の、より原因の近くに位置する神経機能障害を反映すると考えられている。つまり、PPIの減弱は統合失調症におけるendophenotype(中間表現型)とされている。PPIは動物でも観察され、フェンサイクリジン、MK801などのNMDA受容体阻害薬で障害されることから10,11)、統合失調症におけるPPIの障害もグルタミン酸仮説を支持する根拠と考えられている。
グルタミン酸関連受容体の遺伝子解析
グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。1つは、多量体を構成して陽イオンチャネルを形成するイオンチャネル型であり、もうひとつはGタンパク質脚注1)と共役する代謝調節型である。イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、カイニン酸型、NMDA型の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示すSNPも報告された。
グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析
これまでに統合失調症で連鎖が報告された染色体領域は、10以上の染色体にわたっている。いったん連鎖が示唆された領域が、他施設により否定されることも多い。これは、統合失調症の異種性によるものとも、多重の統計処理を行う全ゲノムスキャンの偶然の偽陽性とも考えられている。したがって、複数の報告で追認された領域は偽陽性の可能性が低いといえる。このような複数の施設が追認した領域から、昨年来相次いで統合失調症と関連する遺伝子が絞り込まれてきた。これらの遺伝子は、それぞれグルタミン酸の神経伝達に関与する可能性が示唆された。
染色体8pは、5つの人種にわたって複数のグループから連鎖が報告されてきた12,13,14,15)。Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値脚注2)2.53を得た16)。その領域(5cM)からマイクロサテライトマーカーを75kb脚注3)間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子がneuregulin-1 (NRG1)であった16)。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には神経細胞のmigration脚注4)に影響を与える。成人の神経系では、NMDA受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している49)。Stefanssonらは、さらにNRG1とNRG1受容体遺伝子であるErb4のノックアウトマウス脚注12)のヘテロ接合体を調べ、自発運動量の亢進やPPIの障害を報告した57)。さらに、NRG1のヘテロ接合体ではNMDA受容体密度が16%低下していることを確認した。
染色体6pは、6p25-24 18,19,20), 6p23-22 19,20,21), 6p21-24 22,23)と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた24)。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いてtransmission disequilibrium test (TDT)を行ったところ、単独でもハプロタイプ脚注6)でもこの領域にあるdystrobrevin-binding protein 1(dysbindin, DTNBP1)上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた59)。DTNBP1はdystrophin脚注7)タンパク質複合体の1つで、脳内のPSD (postsynaptic densities)タンパク質と相互作用してNMDA受容体の活性を調節している。
染色体13q22-34も、複数のグループが連鎖を報告している12,13,25)。Chumakovらは、フランス系カナダ人の統合失調症213例と対照241例を用いて、13q34から5 Mb脚注3)にわたって191個のSNPについて関連地図を作成した26)。この領域に、統合失調症と関連を示したSNPの連続が65 kbと1400 kbにわたる2つの領域Bin A, Bin B脚注8)として検出された。183名ずつのロシア人患者・対照を用いて再検した結果、65 kbのBin Aにおける2つのSNPが再び有意な関連を示した。このBin AからG72遺伝子脚注9)が同定された26)。Yeast two hybrid法により、G72はD-amino acid oxidase(DAAO)と相互作用をすることが判明した。DAAOはD-serineの酸化酵素であるが、D-serineは脳内に内在していて27)、NMDA受容体をアロステリック脚注10)に活性化する。かつて、D-serineの不足が統合失調症で予測され、D-serineの患者への投与が試みられ、統合失調症の症状が改善したと報告された28)。2003年になって、統合失調症で血清中D-serineが対照より減少していることも報告された29)。Chumakovらは、さらにDAAOの4つのSNPも統合失調症と関連していることを報告した26)。G72とDAAOのリスクSNPを同時に持った個体のオッズ比(5.02)は、それぞれを単独に持った個体のオッズ比(1.89および1.04)の相加値を上回っていた。これは、12q24にコードされているDAAO遺伝子と、13q34のG72遺伝子が相乗的作用して統合失調症発症に寄与していると解釈され、個別遺伝子の独立した効果だけでなくepistatic注11)な効果も関与していることが推察された。
染色体22q11は、この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCSF (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCSFの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた130,31,32)。Liuらは、VCSFで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、proline dehydrogenase(PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した33)。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した33)。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。
これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析からcalcineurin(CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、CNのノックアウトマウスで、自発運動量の増大、社会性行動の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した34)。その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された35)。興味深いことに、CNの4つのサブユニット、CN結合タンパク質7つ、機能的にCNと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという35)。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子PPP3R1(calcineurin B subunit、染色体2p14), PPP3CA(calcineurin A・subunit、染色体4q24), PPP3CC(calcineurin A subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子FKBP5(FK506 binding protein 5、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた35)。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。我々もCN関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のCN関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。CNのノックアウトマウスでは、NMDA受容体を介した海馬の長期抑制が低下しており36)、CNもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。
参考文献