小池春樹 名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科
英:chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy
英略語:CIDP
同義語:慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー
慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過を呈する免疫介在性の末梢神経疾患である。多様な臨床病型が含まれており、病態は単一ではないと考えられている。古典的にはマクロファージによる髄鞘の貪食が重要な役割を果たすとされてきたが、近年では傍絞輪部に存在するニューロファシン155などに対するIgG4自己抗体を介したマクロファージを介さない病態が存在することが明らかになっている。第一選択の治療として経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)、副腎皮質ステロイド薬、血液浄化療法があるが、有効性には個人差がある。これらのうち現在最も多く用いられているのはIVIgであるが、一定期間有効であっても再発が多くみられることやIgG4自己抗体陽性例に対する効果が乏しいことを念頭に置く必要がある。繰り返しのIVIgで再発がみられる患者に対しては、病態の再燃による軸索障害などの不可逆的な障害の蓄積を回避するという観点から、再発を未然に防ぐための定期的なIVIgまたは免疫グロブリン製剤の皮下投与による維持療法を行うことが可能になっている。
慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーとは
慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過で筋力低下と感覚障害をきたす後天性の末梢神経疾患である[1][2] [1,2]。発症には免疫性の機序が関与すると推測されているが、十分明らかになっていない部分が多い。再発性の経過を呈する後天性の脱髄性末梢神経障害という概念は1958年にAustinによって提唱され[3] [3]、1975年にDyckらによって慢性進行性や再発性の経過を呈し、左右対称で四肢近位部と遠位部同程度の障害をきたす、いわゆる典型的CIDPの疾患概念が確立された[4] [4]。
現在の日常診療におけるCIDP診断の際には臨床症候と電気生理学的所見が重要視されており、これまでに多くの診断基準が提唱されてきた。中でも有名なものとして、American Academy of Neurology(AAN)の診断基準とEuropean Federation of Neurological Societies/Peripheral Nerve Society(EFNS/PNS)ガイドラインの診断基準の2つがあり[4][5] [5,6]、現在は後者(EFNS/PNS診断基準)が頻用されている。
EFNS/PNS診断基準では先に述べた典型的CIDPの他に、非典型的CIDPとして、遠位部優位型(distal acquired demyelinating symmetric; DADS)、多巣性感覚運動型(multifocal acquired demyelinating sensory and motor neuropathy; MADSAM)、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の5種類の病型を定義している(表1)[6] [6]。MADSAM はEFNS/PNS診断基準が提唱される以前に報告されていたLewis-Sumner症候群と同義であると考えられている[6]。病型別の割合は報告によって異なるが、後方視的な連続106例の検討では、典型的CIDPが52%(55例)、DADSが15%(16例)、MADSAMが14%(15例)、局所型が1%(1例)、純粋運動型が4%(4例)、純粋感覚型が14%(15例)であった[7] [7]。
近年、典型的CIDPとDADSの病型を呈する患者の一部で傍絞輪部に存在するneurofascin 155やcontactin 1に対する自己抗体が検出されることが明らかとなり、これらの抗体陽性例は後述するように従来型のCIDPとは異なる病態を有する一群と考えられるようになっている[2] [2]。
疫学
我が国におけるCIDPの有病率と発症率は、AANの診断基準を用いて2004年から2005年にかけて行われた全国疫学調査によると、それぞれ10万人あたり1.61人と0.48人であった[8] [8]。AANの診断基準は1991年に典型的CIDPを想定して作成されたものであり、2005年に発表され2010年に改訂されたEFNS/PNS診断基準を採用した場合、非典型的CIDPが加わることから、これらの数値はより高くなると考えられる。
診断
現在頻用されているEFNS/PNSガイドラインの診断基準では、2ヶ月以上にわたる慢性進行、階段状増悪、あるいは再発型の経過を呈し、左右対称性で近位部と遠位部同程度、すなわちびまん性の四肢筋力低下と感覚異常をきたす病型を典型的CIDPと定義している(表2)[6] [6]。CIDPの診断にあたっては、典型的CIDPに加えて先に述べた非典型的CIDP、すなわちDADS、MADSAM、局所型、純粋運動型、純粋感覚型のような臨床病型も念頭に入れながら、末梢神経伝導検査で脱髄を示唆する所見の有無を検討する。EFNS/PNSのガイドラインでは詳細は電気診断基準が定められており、これに基づいて運動神経伝導速度の遅延、終末潜時の延長、伝導ブロック、時間的分散、F波の異常などを見いだすことが重要である(表3)。電気診断基準に加えて脳脊髄液検査、MRI、感覚神経伝導検査、免疫療法に対する反応性、神経生検などの所見が支持基準に含まれており(表4)、これらをあわせて総合的に診断する(表5)。
典型的CIDPでは感覚障害よりも運動障害が前景に立つ場合が多く、自律神経症候は通常みられない[9] [9]。感覚障害に関しては、四肢のしびれ感を自覚する場合が多いが、痛みを訴えることは少ない。EFNS/PNS診断基準は治療に反応しうる患者を網羅する診断感度への配慮が見られる反面、AAN診断基準に比べて特異度が低く、当初診断基準があてはまっても、後にPOEMS症候群、リンパ腫、家族性アミロイドポリニューロパチーなど、CIDP以外の疾患が明らかになる場合もあり注意を要する[10][11][12] [10-12]。これらの疾患では痛みを訴えることが多いため、痛みを伴う脱髄性のニューロパチー患者ではCIDP以外の疾患の可能性も考慮に入れて原因を精査する必要がある。
病態生理
マクロファージによる脱髄
CIDPではマクロファージによる髄鞘の貪食像が初期から報告されており(図1-4)、これによって生じる脱髄が神経の伝導障害を引き起こすと考えられてきた[1] [1]。腓腹神経生検の検討では、主要な病型である典型的CIDP、DADS、MADSAM、純粋感覚型の全てにおいて、全例ではないものの、マクロファージによる髄鞘貪食像が確認されている[7] [7]。これらのうち非典型的CIDP、すなわちDADS、MADSAM、純粋感覚型では有髄線維の脱落の程度や、繰り返しの脱髄・再髄鞘化の機転を示唆するオニオンバルブの分布に部位差を認めることが多いのに対し、典型的CIDPではこのような部位差がみられず均一な所見を呈する傾向があることが示されている[7] [7]。このことから、それぞれの病型にはマクロファージに関連した共通の病態を有する患者が含まれており、近位部・中間部・遠位部などの障害部位や髄鞘の修復機転などが臨床的な病型の差異を規定していることが推測される[2] [2]。
マクロファージによる脱髄と自己抗体との関係は十分明らかになっていなかったが、最近になって抗LM1抗体陽性CIDP患者の腓腹神経生検で、髄鞘への補体沈着とマクロファージによる髄鞘貪食像がみられたと報告された[13] [13]。LM1は髄鞘に豊富に存在するガングリオシドの一種であり、これに対する抗体はGM1やGD1bなど他のガングリオシドとの複合体に反応するものも含めると全CIDP患者の約10%で検出され、抗体陽性例は高齢の男性が多く、典型的CIDPの病型を呈し、失調がみられる頻度が高いといわれている[14] [14]。
IgG4自己抗体による傍絞輪部の解離
近年になってneurofascin 155やcontactin 1などの傍絞輪部に局在する蛋白に対する自己抗体による、古典的なマクロファージを介さない病態も存在することが明らかとなり注目を集めている(図5)[15] [15]。なかでも傍絞輪部において髄鞘の終末ループと軸索を接着させる機能をもつneurofascin 155に対する抗体陽性例はCIDP患者全体の5-10%程度を占めており[15][16] [15,16]、若年で発症する傾向があり、感覚性運動失調や振戦が高率にみられ、経静脈的免疫グロブリン(IVIg)療法に対して抵抗性であるなどの特徴を有することが明らかになっている[16][17] [16,17]。抗neurofascin 155抗体陽性例の腓腹神経生検の検討では、マクロファージによる髄鞘の貪食像やオニオンバルブがみられないことなど、従来から報告されてきた古典的なCIDPの病理像とは異なる病理所見を呈することが明らかになっている[15] [15]。電子顕微鏡による神経の縦断像の検討では、抗neurofascin 155抗体陽性例では傍絞輪部における髄鞘の終末ループと軸索間の離開がみられ(図6)、抗体の沈着によってneurofascin 155が両者を接着させる機能が失われていることが示されている[15] [15]。本抗体の主な免疫グロブリンサブクラスはIgG4であり[16][17] [16,17]、IgG4に対する抗体を用いた抗neurofascin 155抗体陽性例の腓腹神経の免疫染色ではIgG4の傍絞輪部への沈着が確認されている[15] [15]。IgG4沈着部位には補体の沈着がみられないことから[15] [15]、IgG4自己抗体が補体を介した炎症反応を惹起することなく標的抗原の機能を阻害して神経の伝導障害を惹起していると推測される。
治療
従来型の治療戦略
CIDP患者に対する第一選択の治療としてはIVIg、副腎皮質ステロイド薬、血液浄化療法があり、効果は同等と言われている[9]。その他の補足的治療としては、シクロホスファミド、アザチオプリン、シクロスポリン、メトトレキサート、インターフェロンβ、ミコフェノール酸モフェチルなどの有効性を示唆する報告があるが、第一選択治療のうち一つの治療が無効と判断された場合でも他の第一選択の治療が有効な症例が報告されていることから、原則としてこれらの補足的治療を考慮する前に、他の第一選択治療を試みることが推奨されている[9] [9]。
第一選択治療のうち、IVIgは比較的簡便に行えることから、近年はCIDP患者に対する最初の治療として最も多く用いられている。 IVIgの作用機序に関しては十分明らかになっていないが、抗体の中和、補体活性化の抑制、マクロファージに発現するFc受容体に対する作用、サイトカインプロフィールの変化などが関与していると考えられている[2] [2]。通常は400mg/kg体重を1日量として5日間の連日点滴静注を行うが、効果が早く発現し、場合によっては5日間の投与中でも病状の進行の停止や改善がみられることがある。しかしながらIVIgに対しては一定の割合で無効例が存在することと、再発を繰り返す患者も多いことも念頭におく必要がある[18] [18]。1回目の投与で明らかな効果がみられない場合でも2回目の投与で初めて有効性を示すこともあることから、無効と判断するには2回までの投与は試みる価値はあるとされている[9][9]。副腎皮質ステロイド薬に関しては通常プレドニゾロンを1日あたり60mgまたは1mg/kg体重(小児では1-1.5 mg/kg体重)経口投与から開始し、ゆっくり減量する方法がとられる[9][9]。ステロイドパルス療法も同等の効果があると言われており、経口ステロイド薬の内服開始前に経静脈的メチルプレドニゾロンパルス療法が行われることもある[9][9]。
病型による治療反応性の違い
先に述べた通りCIDPには多様な病型が含まれている。例えば、EFNS/PNS診断基準が定義する典型的CIDP、DADS、MADSAM、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の6病型を規定する病態の差異に関しては明らかになっていないため、これら6病型全てに同一の治療方針を適用するべきかどうかに関しては今後の知見の積み重ねが必要である。後方視的な検討ではDADSとMADSAM のIVIgに対する治療反応性は典型的CIDP と比較して不良であったとされている[19][20] [19,20]。また、純粋運動型に関してはステロイドによる治療で悪化したという報告があり注意を要する[9][9]。抗neurofascin 155抗体のようなIgG4自己抗体陽性例ではIVIgに対する反応性が乏しい反面、副腎皮質ステロイド薬や血漿浄化療法は有効とされている[2] [2]。血漿浄化療法を選択する際には一般的な免疫吸着療法はIgG4を吸着しにくいことを考慮にいれる必要がある[21] [21]。また、これらの抗体陽性例に対してはリツキシマブの有効性が示唆されている[22] [22]。
新たな治療戦略
CIDPでは末梢神経の髄鞘をマクロファージが貪食することによって生じる脱髄や、抗ニューロファシン155抗体や抗contactin 1抗体などのIgG4自己抗体による傍絞輪部の髄鞘と軸索間の離開が病態の中で重要な役割を果たしていると推測されるが、このような脱髄や離開に伴って軸索障害も生じることが知られている[15] [15]。このような、いわゆる二次性の軸索障害が目立つ患者では筋萎縮が出現し、治療への反応性が不良となることが示唆されている[23][24] [23,24]。現在頻用されているIVIgは効果があっても再発することが多く、その都度IVIgを施行することが多かったが、このような治療戦略では反復する末梢神経障害の蓄積により徐々に不可逆的な軸索障害が生じることが予想される[25] [25]。このことから、患者の長期的な機能予後を考慮して、症状が再発してから対処するのではなく、病態の再燃を未然に防いで障害の蓄積を回避するという治療戦略、すなわち維持療法の有用性が提唱されるようになり[26] [26]、現在では運動機能低下の進行抑制のための維持療法、すなわち3週間ごとのIVIg反復投与(1000mg/kg体重を1日または500mg/kg体重を2日間連日)が再発性のCIDP患者に対する重要な治療の選択肢となっている[27] [27]。また、高濃度(20%)の免疫グロブリン製剤の皮下投与(1週間あたり200-400mg/kg体重を1日または連続する2日で分割投与)も維持療法として有効であることが示されており[28] [28]、我が国でも保健適用となっている。
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