金 尚宏 (名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所)、 小野 大輔 (名古屋大学 環境医学研究所)

 概日リズムは約24時間周期の生物リズムであり、自律振動性、同調性、温度補償性という3つの特徴的な性質を有する。時計遺伝子は概日リズム生成の分子メカニズムに関わり、時計遺伝子の変異体では概日リズムの周期変化や概日リズム消失が観察される。哺乳類において、ほとんどの概日リズムは転写リズムによって生み出されており、時計遺伝子の多くは転写関連因子をコードしている。class I bHLH-PAS型転写因子CLOCK(あるいはNPAS2)はclass II bHLH-PAS型転写因子BMAL1とヘテロ二量体を形成し、E-boxと呼ばれるDNAシスエレメントを介してPer1/2やCry1/2遺伝子の転写を活性化する。翻訳されたPER1/2やCRY1/2タンパク質は複合体を形成し、細胞質から核に移行してCLOCK-BMAL1ヘテロ二量体の転写活性化を抑制する。この転写翻訳フィードバックループ (transcription-translation feedback loop, TTFL)が転写リズム生成の基本骨格である。時計遺伝子産物は翻訳後修飾によって制御されており、カゼインキナーゼ1ε/δ (CK1ε/δ、カゼインキナーゼ2 (CK2)、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β (GSK-3β)、Ca2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII (CaMKII)などのリン酸化酵素が概日リズム生成に関与している。

時計遺伝子とは

 時計遺伝子は概日リズム生成の分子メカニズム関わる。概日リズムは約24時間周期の生物リズムであり、以下の3つの特徴的な性質を示す[1] (1)。

  1. 明暗などの環境変化の無い恒常条件下でも約24時間周期のリズムを示す (自律振動性)
  2. 明暗や温度などの環境サイクルに同調する (同調性)
  3. リズムの周期が温度の影響をほとんど受けない (温度補償性)

 概日リズムの周期長などの性質は遺伝することから、概日リズムを生み出す仕組みは遺伝子によって規定されていると考えられた[1] (1)。1971年にショウジョウバエの概日リズム変異体period (per)が報告され、その後、アカパンカビのfrequency (frq) 変異体、ハムスターのtau変異体、マウスのClock変異体、シアノバクテリアのkai変異体群が報告された[2] (2)。そして、1984年にショウジョウバエper遺伝子がクローニングされ、続いて概日リズム変異体の原因遺伝子が続々と明らかになった[2][3] (2,3)。そのため、時計遺伝子という用語は、順遺伝学的な手法から概日リズム変異体の原因遺伝子が同定された際に、その原因遺伝子を指すために元々は使用された。

 その後、分子生物学的に概日リズムの生成に関与する遺伝子が数多く同定されたため、これら遺伝子を広義の時計遺伝子として扱うことがある[4] (4)。また、概日性の周期で発現リズムを示す遺伝子をccg (clock-controlled gene)と呼ぶこともある。

概日振動体の構成要素

 時計遺伝子は、狭義では概日リズムを生成する仕組みのうち、振動体を構成する要素を指すという考え方がある[4][5](4,5)。概日リズムは概日振動体によって生み出され、出力系を介して生理的な表出リズム(overt rhythm)として観察される[6][7](6,7)。そのため、表出リズムを消失させる要因としては、振動体の構成要素が障害された場合と、出力系が障害された場合が考えられる。ある因子が振動体を構成する要素であるか否かは、以下のような検証によって確認することができる[5](5)。

  1. その因子の欠損によって振動体は大きく影響を受け、表出リズムは消失する。
  2. その因子は約24時間の周期で自律振動する。
  3. その因子を増加(あるいは減少)させると、フィードバックにより、その因子の減少(あるいは増加)が引き起こされる。
  4. 明暗サイクルの位相シフトは、その因子の増減リズムおよび表出リズムの位相シフトを引き起こす。
  5. その因子の増減レベルを一定にすると、表出リズムは消失する。

転写翻訳フィードバックループ

コアループ

 哺乳類において、大部分の遺伝子発現リズムおよび生理リズムは、主に4種類の因子によって形成される転写翻訳フィードバックループ (transcription-translation feedback loop, TTFL)によって生み出されている[1][2][3] (1-3)。4種類の因子とは、

  1. PERIOD (PER)タンパク質、
  2. CRYPTOCHROME (CRY)タンパク質、
  3. class I bHLH-PAS型転写因子、
  4. class II bHLH-PAS型転写因子

である。

 これらの遺伝子産物は遺伝的冗長性があるものが多く、PERはPer1, Per2およびPer3遺伝子、CRYはCry1およびCry2遺伝子、class I bHLH-PAS型転写因子はClockおよびNpas2遺伝子、class II bHLH-PAS型転写因子はBmal1 およびBmal2遺伝子にコードされている[1][2][3] (1-3)。CLOCK(あるいはNPAS2)はBMAL1とヘテロ二量体を形成し、E-boxと呼ばれるDNAシスエレメントを介してPer1/2やCry1/2遺伝子の転写を活性化する。翻訳されたPER1/2やCRY1/2タンパク質は複合体を形成し、細胞質から核に移行してCLOCK-BMAL1の転写活性化を抑制する。その結果、Per1/2やCry1/2遺伝子の発現レベルは概日リズムを示す ()。これらの4因子による転写翻訳フィードバック機構をコアループと呼ぶ。

 Per1/2二重欠損マウス、Cry1/2二重欠損マウス、Clock/Npas2二重欠損マウス、あるいはBmal1欠損マウスは、行動リズムの消失や遺伝子発現リズムの消失が引き起こされる[8][9][10][11](8-11)。そのため、これら因子は概日性の生理リズムを生成する必須因子である。転写を介したフィードバックループは動物、菌類、植物において遺伝子発現リズムを生成するメカニズムとして共通している。一方、これらの生物系統の間で、概日リズムの生成に関わる転写関連因子の配列相同性は限定的であるため、転写を介したフィードバックループは各生物界で独立に進化したと考えられている[2] (2)。

サブループ

 コアループに共役する形でいくつかのサブループが報告されている。

  1. RORE配列を介したBmal1遺伝子の制御
    視交叉上核において主観的夜 (CT16)に発現ピークを示すBmal1などの遺伝子の上流にはRORE配列が存在する[12][13](12,13)。RORE配列には転写抑制因子としてREV-ERBおよびREV-ERB、転写活性化因子としてROR, ROR, RORが作用することが報告されている。
  2. D-boxを介したPer1/2遺伝子の制御
    Per1/2遺伝子の上流にはD-boxが存在する。D-boxには転写抑制因子としてE4BP4、転写活性化因子としてDBP, HLF, TEFが結合することが報告されている[13][14](13,14)。
  3. 転写因子DEC1/2によるE-box配列の制御
    上記のCLOCK-BMAL1による制御に加え、E-boxには転写抑制因子としてDEC1/2が結合することが報告されている[13][15] (13,15)。

 これらのサブループは多くの遺伝子に対してさまざまな位相のリズムを生み出していると考えられている。

振動体に関する議論

 転写を介したフィードバックループが概日性の遺伝子発現リズムを生み出す基本骨格であることは広く受け入れられているが[1][2][3] (1-3)、動物においてその仕組みが概日性の振動体を構成するか否かに関しては、上記の『概日振動体の構成要素』1-5.の基準において、実験的な検証と議論が続いている[16](16)。基準5.に関して、概日リズムに関わる転写関連因子を一定に発現した場合に、表出リズムが消失するか否かの検証実験が報告されている。ショウジョウバエにおいて、per遺伝子を欠損した個体において、per遺伝子を一定に発現させて遺伝子補完を行った場合でも、行動リズムは観察される[17](17)。また、哺乳類の細胞においてCRY1/2タンパク質を一定に発現させたり、あるいはラットにおいてPer1 mRNAを一定に発現させても、概日リズムは観察される[18][19](18, 19)。

 2011年、ヒト赤血球においてペルオキシレドキシンというタンパク質の酸化還元状態が概日リズムを示すことが報告された[20](20)。赤血球には核がないため、本報告は転写を介したフィードバックループに依存しない振動機構が存在することを示唆するものであった。その後、Cry1/2欠損やPer1/2欠損、Bmal1欠損マウスにおいても、細胞レベルにおいては遺伝子やタンパク質の発現リズムが観察されることが報告されている[21][22][23][24](21-24)。

翻訳後修飾酵素の役割と進化的保存性

 ハムスターの行動リズムの短周期化を引き起こすtau変異の原因遺伝子として、カゼインキナーゼ1ε(CK1ε)が報告されている[25](25)。CK1εはCK1δとともに、概日リズムの周期制御や温度補償性に関わり、CK1ε/δの低分子阻害剤は培養細胞における転写リズムの周期を延長する(26)。CK1ε/δのin vitroの基質としては、PER2がよく解析されている[25][26] (25,26)。 また、CK1εによるPER2のリン酸化は、ユビキチンE3リガーゼ β-TrCP に認識され、PER2はユビキチン化された後にプロテアソームによって分解される[1][2][3] (1-3)。

 CRYタンパク質レベルはユビキチンリガーゼFBXL3やFBXL21により制御されている[27][28](27,28)。FBXL3の欠損マウスは約28時間の行動リズムを示し、FBXL3とFBXL21の二重欠損マウスは行動リズムが消失する。

 Casein Kinase 2 (CK2) はショウジョウバエにおいて、長周期性を示す変異体として同定され[29](29)、哺乳類の培養細胞においてもリズム周期や振幅の制御に関わることが報告されている[30][31] (30,31)。CK2の基質としては、BMAL1やPER2が報告されている。

 Glycogen synthase kinase 3 (GSK3) の活性抑制によりショウジョウバエの行動リズムは長周期化し[32](32)、Gsk3βヘテロ欠損マウスも行動リズムが長周期となる(33)。GSK3βの基質としては、PER2やREV-ERBαなどが報告されている[32][33][34](32-34)。

 Ca2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII (CaMKII)は哺乳類の細胞において転写リズムの振幅制御および温度補償性に関わり、CaMKII&alphaのキナーゼ活性欠失マウスにおいては行動リズムの長周期化やリズム消失が観察される[35](35)。CaMKIIの基質としてはCREBやCLOCKが報告されている[35][36](35,36)。

 転写を介したフィードバックループを構成する転写関連因子は動物界、菌界、植物界で異なるのに対し、CK1やCK2, GSK-3β、CaMKIIなどのリン酸化酵素は真核生物で生物界を超えて役割が保存されている[20][37][38][39][40](37-41)。

シアノバクテリアにおけるタンパク質翻訳後振動

 原核生物であるシアノバクテリアでは、概日振動体はKaiタンパク質群によって形成される[2][3] (2,3)。シアノバクテリアは恒暗条件では光合成が抑制されるため転写・翻訳を含めた細胞内の様々な活性が著しく低下するが、このように転写がほとんど起こらない恒暗条件においてもKaiCタンパク質のリン酸化リズムは安定に継続する[41](42)。さらに、精製したKaiA, KaiB およびKaiCタンパク質をATPと共に混合することにより、KaiCタンパク質のリン酸化リズムを試験管内で再構成できることが示されている[42](43)。

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