神経筋接合部

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神経筋接合部(Neuromuscular junction)

神経筋接合部の模式図

運動神経終末と筋肉組織の接着部。神経終板とも呼ばれる。シナプスが形成され、筋収縮を引き起こす神経伝達が行われる。脊椎動物の神経筋接合部では、神経終末からアセチルコリンが放出され、筋肉細胞に存在する受容体に受け取られる。これにより、筋肉細胞に脱分極が引き起こされ、その脱分極が筋繊維全体に広がり、筋収縮が引き起こされる。

=構造=
 図はカエルの神経筋接合部を模式的に示したものである。神経終末と筋肉細胞間にはシナプスクレフトと呼ばれる間隙構造があり、筋肉細胞側にはヒダのような陥没構造が見られる。間隙内には基底膜と呼ばれる細胞外マトリックスが存在している。コラーゲンIV、ラミニン、アセチルコリンエステラーゼ、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどが主な成分である。前シナプス側である神経終末には、神経伝達物質、アセチルコリンを含んだシナプス小胞が多数存在し、特に、シナプス小胞が集まっている場所をアクティブゾーンと呼ぶ。アクティブゾーン近傍には、電位依存性カルシウムチャンネルが存在し、運動神経の興奮に伴って、速やかな伝達物質放出が可能になっている。小胞にはこれ以外に、電子密度の高い部分を持つ有芯小胞もある。後シナプス側には、伝達物質を受け取るための伝達物質受容体が集合しており、1平方μmあたり、約1万個にも達する。接合部から離れた部位では1平方μmあたり10個程度であることから、その集合度合いは驚異的である。神経筋接合部には神経と筋繊維だけでなく、シュワン細胞も存在し、神経終末を覆っている。このシュワン細胞の覆いは、神経終末を保護する働きがある。それ以外にも、神経損傷の際の神経リモデリングなど、積極的に神経筋接合部の形成・維持機能に関わっていることが明らかになりつつある[1], [2]

=研究=
 神経筋接合部は、神経科学研究の良い材料として使われてきた。まず、第1に、神経伝達物質放出機構に関する研究が行われ、数々の重要な知見が得られた。たとえば、カエルの神経筋接合部を用いて、神経伝達物質放出には細胞外のカルシウムイオンが必要であること[3]が示され、アセチルコリン放出は、一定の単位ずつ行われるという量子仮説が提唱された[4]。さらに、ひとつの量子は、アセチルコリン約7000分子からなることが示された[5]。第2に、シナプスがどのように形成されるかという研究にも用いられてきた。基底膜のように神経筋接合部特有の構造もあるが、基本的なシナプス前後の構造、例えば、アクティブゾーンや受容体集積部位などは、神経―神経間のシナプスと同様の構造であり、共通のシナプス形成機構が存在すると考えられ、良いモデル系となっている。神経終末が筋肉細胞に接触すると、数時間のうちに、アセチルコリン受容体の集積が開始される[6]。このアセチルコリン受容体の集積は、コリン作動性神経終末特異的であり、神経細胞から集積を促す分子が分泌されていると考えられ、アグリンが同定された[7]。アグリンは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、ラミニンやヘパリン、ヘパリン結合タンパク質、インテグリンなどと相互作用する部位をもつ[8]。さらに、アグリンの受容体の一部として、muscle-specific receptor tyrosine kinase (MuSK)が同定され[9]、以降、シナプス後部の構造構築に働く細胞内シグナル機構の研究が盛んに行われている。近年では、分泌型glycoproteinであるWntがMuSKのリガンドとして働く可能性が示され[10]、研究の新展開が見られる。アセチルコリン受容体の集合だけでなく、合成も神経細胞の接触により引き起こされることも示されている[2]。このようなシナプス形成の良いモデルとなっているだけでなく、脊椎動物の神経筋接合部は、シナプス競合のモデルとしても研究が盛んである。発生初期において、一本の筋繊維上に、複数の神経繊維の終末がシナプスを形成するが、やがて、一本の神経繊維からの終末だけが残るようになる。これは、複数の神経終末間で競合が起こり、シナプス除去の機構が働いた結果起こると考えられている[11], [12], [13]。シナプス除去は、神経活動依存的に筋肉細胞側からの因子を奪い合う結果起こる可能性が考えられている [14]
シナプス形成の研究では、近年、無脊椎動物であるショウジョウバエの幼虫の神経筋接合部を用いての研究も盛んになった。ショジョウバエ幼虫神経筋接合部では、神経伝達物質としてグルタミン酸が用いられている。どの神経繊維がどの筋肉細胞に接合部を形成するかが同定されており、シナプス形成機構研究の良いモデル系となっている。この系を用いて、運動神経細胞による特異的標的選択機構が研究され、運動神経細胞とその標的の筋肉細胞には、細胞表面に存在し、目印として働くと考えられる同じ標的認識分子が発現していることが明らかになった[15] 。さらに、脊椎動物において、神経軸索の誘導や反発因子として働いているネトリン、セマフォリンのショウジョウバエホモログも、特定の筋肉細胞において発現し、標的選択機構に関与することが示されている[16]。また最近、Wntシグナルが神経筋接合部の特異性に関わることが明らかになっている[17]。ショジョウバエ幼虫神経筋接合部では、脊椎動物と異なり、発生過程において、最初から、決まった神経繊維が特定の筋肉細胞にシナプスを形成し、シナプス除去の機構はあまり必要ないと考えられていたが、近年では、神経活動を抑制すると、多シナプス状態が見られる[18]ことから、不要なシナプスを作らないようにする機構も存在していると考えられる。脊椎動物の骨格筋とは異なり、幼虫の筋肉細胞には電位依存性ナトリウムチャンネルが存在せず、脱分極が広がらないため、筋肉細胞の大きさに合わせて、神経終末の拡大がみられる。このため、筋肉細胞の成長に合わせたシナプス成熟・大きさの調節に関わる分子機構解明のための良いモデルともなっている。この過程には、筋肉細胞からの逆行性因子が関わっていると考えられ、成長因子、bone morphogenetic protein (BMP)シグナル系[19]やCaMKII[20], [21]が関与している可能性が示唆されている。

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(執筆者:森本高子 担当編集委員: 河西春郎)