味覚受容体

2012年5月6日 (日) 14:25時点におけるNobuakitanaka (トーク | 投稿記録)による版

英:taste receptor、gustatory receptor

 味覚受容体は、接触した化学物質を検出するための受容体で、1999年に、味細胞に発現する7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体として初めて哺乳類から同定された。その後、分子生物学的手法やゲノムプロジェクトの発展に伴い、各種モデル動物の味覚受容体遺伝子のクローニングが進み、同時に受容体に対するリガンド(ligand)も特定されていった。

 哺乳類にとって、味には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5基本味がある。それぞれの基本味は、異なる受容体で検知されていると考えられているが、2012年現在、それぞれの基本味に対する受容機構の全貌は甘味を除いて解明されていない。また、基本味以外にも、カルシウム味や脂肪味などに応答する味細胞が存在することが報告されているが、それらに対する受容機構の研究は始まったばかりである。ここでは、哺乳類(主にマウス)と昆虫(ショウジョウバエ)の知見を基に、味覚受容体を概説する。

哺乳類の味覚受容体

 哺乳類の味覚受容体には、7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体(T1R、T2Rファミリー)と、イオンチャネル型受容体などがある。そうした味覚受容体を発現する味細胞は、主に、舌の味蕾(taste buds)にあるが、軟口蓋、喉頭蓋、食道上部内面などにも分布している。さらに最近の研究で、甘味受容体などが腸管や脳内でも発現していることが明らかになっている。

Gタンパク質共役型受容体

 7回膜貫通型のタンパク質で、一般に多量体を形成し、味物質と結合するとGタンパク質を活性化して、セカンドメッセンジャーを介して、最終的にTransient receptor potential channel type M5 (TRPM5)に陽イオンを流入させたり、小胞体からカルシウムを放出することで、味細胞を脱分極させる。個々の受容体タンパク質に複数の刺激物質と結合するサイトがあると考えられており、1受容体は複数の刺激物質を検出する。大きく分けて、生体にとって栄養源となるうま味や甘味などを認識するT1Rファミリーと、生体にとって有害な苦味を検出するT2Rファミリーの2種があり、T1RとT2Rはそれぞれ異なる味細胞で発現することが知られている。  味覚受容体は、一般的なGタンパク質共役型受容体と比較すると種間の配列の相違が大きく、その配列の相違が種間の味覚の違いをうんでいることが示されている。うま味受容体を例にとると、マウスでは、大部分のL型アミノ酸がうま味として認識されるのに対して、ヒトではL型グルタミン酸やL型アスパラギン酸しか強く認識されないのは、受容体の配列の違いによるものである。

うま味/甘味受容体(T1Rファミリー) T1Rファミリーには、T1R1、T1R2、T2R3の3種類のサブユニットがあり、T1R1とT1R3がヘテロ2量体を形成している場合はグルタミン酸などのうま味物質の受容体として、T1R2とT1R3がヘテロ2量体を形成している際は糖やグリシン、甘味を持つタンパク質(モネリンやソーマチン)などの受容体として機能する。

苦味受容体(T2Rファミリー) T2Rファミリーの受容体は、マウスに30種類ほどあるように、複数種が存在し、その大部分が同じ細胞に共発現して、ヘテロオリゴマーを形成して、苦味物質を検出する。

イオンチャネル型受容体

 Gタンパク質共役型受容体が味物質と結合してセカンドメッセンジャーを活性化するのと対照的に、イオンチャネル型受容体は、H+(酸味)やNa+(塩味)などのイオンのセンサーとして働き、最終的には自身がそうしたイオンのチャネルとして働いて、味細胞を脱分極させる。

酸味受容体 Transient receptor potential channel(TRP)の1種であるPKD2L1を発現している味細胞が、酸を感知することが知られている。しかしながら、PKD2L1の膜局在に必要なPKD1L3の欠損マウスでも、酸味に対する応答が減少しないことから、PKD2L1が受容体として働いているわけではないようである。現在、Zn2+感受性のH+チャンネルが、酸味受容体として働いていることが示されているが、どのチャネルかは未同定である。

塩味受容体 低濃度の塩味(Na+イオン)に対するマウスの嗜好性は、アミロライドによって抑制されるので、上皮性アミロライド感受性Naチャネル(ENaC)によって、塩味は受容されると考えられている。高濃度の塩味に対する嫌悪は、アミロライドによって抑制されないことから、高濃度の塩味に対する受容は別の機構によると考えられているが、受容体は同定されていない。


昆虫の味覚受容体

 進化的には哺乳類とかけはなれた昆虫も、味に対する区分は哺乳類と極めて類似しており、糖や低濃度の塩に対しては嗜好性を示し、高濃度の塩や苦味などは嫌悪する。さらに、甘味受容体の数が、苦味受容体に比べると少ない点も共通である。ただ、昆虫においては、食べ物を味わう目的以外にも味覚受容が用いられており、たとえば、脚にある味覚受容器の味覚受容体が、産卵する宿主植物の持つ化学物質や、求愛相手の性フェロモンの検知に関わっていることが報告されている。

 昆虫では、味覚受容体を発現する味細胞は、口吻、咽頭、跗節や交尾器などの感覚子(sensillum)に存在する。ショウジョウバエの口吻の1つの感覚子には、糖受容細胞、水受容細胞、塩受容細胞、苦味/高濃度塩受容細胞の4種類の味細胞、もしくは、糖/低塩受容細胞、苦味/高濃度塩受容細胞の2種類の味細胞が含まれている。現在までに、ショウジョウバエから68種類の7回膜貫通型受容体遺伝子が同定されていて、個々の受容細胞が発現する受容体やその一部のリガンドが明らかになってきている。また、7回膜貫通型受容体以外にも、上皮性Naチャネル(ENaC)ファミリーのpickpocket28(PPK28)が、水受容細胞が低浸透圧を検知するために必須であることや、苦味受容体細胞がTrpA1遺伝子を発現することがワサビの味を感知するに必要であることが報告されている。

 昆虫においても、甘味や苦味に対する受容体は、7回膜貫通型で、構造的にはGタンパク質共役型だと考えられている。実際、Gタンパク質を欠損させると、味覚応答が部分的に低下する。しかしながら、近年、リガンド結合型イオンチャネルの特性があることも示され、昆虫の甘味や苦味に対する受容機構は脊椎動物とは異なることが示唆されている。


関連項目


参考文献

化学受容の科学(化学同人) 東原和成編

Yarmolinsky DA, Zuker CS, Ryba NJ. (2009) Common sense about taste: from mammals to insects. Cell 139:234-244. Review.


(執筆者:田中暢明、担当編集委員:柚崎通介)