英語名:transgenic animal
同義語:遺伝子組換え動物、遺伝子組み換え動物
外部から特定の遺伝子を人為的に導入した動物。脳科学研究においては、主に以下の目的のために用いられる。
① 特定の遺伝子の破壊や過剰発現により、その遺伝子の機能を調べる。
② 特定のニューロンに蛍光タンパク質や蛍光カルシウムセンサー、シナプス放出抑制因子などを発現させて、そのニューロンの形態や活動パターン、生理的機能などを調べる。
③ ヒトの遺伝性疾患と同じ突然変異の導入などにより、疾患モデルを確立する。
外来遺伝子をゲノム上のランダムな位置に挿入する場合と、ゲノム上の特定の部分に挿入する場合(標的遺伝子組換え;gene targeting)がある。後者は、特定の遺伝子を破壊するノックアウトの際に特に有用な技法となる。なお、トランスジェニック動物というと、通常は外来遺伝子が生殖細胞系にも導入され、次世代に受け継がれる場合を指すことが多い。ただし、外来遺伝子が一部の組織や細胞に局所的に導入され、次世代に受け継がれない場合も広義にはトランスジェニック動物に含まれ、遺伝子組換え生物の拡散などを規制するカルタヘナ法においても規制の対象となる。
外来遺伝子をゲノム上のランダムな位置に挿入する場合
特定の遺伝子を含むDNAを生殖細胞や受精卵などに注入すると、一定の確率でDNAはゲノム上のランダムな位置に挿入され、その細胞が生殖可能な成体へと成長した際には次世代へと受け継がれるようになる。注入するDNAは、目的の遺伝子にプロモーターやエンハンサー、イントロンやポリA付加シグナルなども加えることで、特定の組織や細胞種で効率よく発現させることが可能である。ただし実際には、導入遺伝子の発現は挿入されたゲノム上の位置の影響(位置効果;position effect)や挿入された導入遺伝子の数(コピー数;copy number)の影響も受けるため、予想した発現パターンと異なることも多い。また動物種によっては、外来遺伝子が挿入された個体と挿入されなかった個体の識別を容易にするために、何らかのマーカー遺伝子(marker gene)も同時に注入することがある。後述の標的遺伝子組換えと比べると手順の煩雑さが少なく、現在ではマウス、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュなどの古典的なモデル動物以外の様々な動物種でも方法が確立されている。
マウスの場合
マウスの場合は、受精卵前核にDNAを顕微注入する方法が一般的である[1]。これにより外来遺伝子はゲノム上の一か所に、複数コピーが一列に並んだ状態で挿入される。通常トランスジェニックマウスと言うと、このようにして外来遺伝子を導入したマウスを指し、後述の標的遺伝子組換えを行ったマウス(ノックインマウスやノックアウトマウスやfloxed mouse)と区別する(ただし、厳密には全てトランスジェニックニック動物である)。
トランスポゾンなどを利用した遺伝子導入
多くの動物種では、単にDNAを注入しただけではゲノム中に取り込まれる確率が非常に低い。しかしこうした動物でも、トランスポゾンやウィルス、DNAエンドヌクレアーゼなどを利用することで、トランスジェニック動物の作製が可能となることがある。例えばショウジョウバエでは、P因子(P element)と呼ばれるトランスポゾンを利用する。このトランスポゾンは、トランスポゼースをコードする遺伝子と、トランスポゼースの認識配列からなる。導入したい遺伝子の前後に認識配列を付加し、トランスポゼースをコードする遺伝子も同時に胚に注入することで、トランスポゾンがゲノムに挿入されるのと同じ原理で目的の遺伝子が挿入される。現在では様々な脊椎動物・無脊椎動物において、各動物種への遺伝子導入に適したトランスポゾンが同定されている。
なお線虫の場合は、生殖細胞に注入されたDNAがゲノムに挿入されることは滅多にないが、それでも細胞分裂の際に染色体とは独立に複製、分配される[2]。これは、線虫の染色体がセントロメアに特化した部位を要さない性質(holocentric)と関係すると考えられる[3]。
外来遺伝子をゲノム上の特定の位置に挿入する場合
外来遺伝子をゲノム上の特定の位置に挿入したい場合(標的遺伝子組換え;gene targeting)は、相同組換え(homologous recombination)という現象を利用する。具体的には、導入したい遺伝子の前後にゲノム上の目的部分の前後と同じDNA配列をつなぐと、稀に外来遺伝子がゲノム上の目的部分を置換する形で挿入される。これを利用し、外来遺伝子をゲノム上の特定の遺伝子の必須な部分と置換させることで、その遺伝子を破壊することができる(ノックアウト)。また、蛍光タンパク質遺伝子などを特定の細胞種に発現させたい場合に、その細胞種に発現することが知られる遺伝子の3’末端部分などに挿入することがある(ノックイン)。ノックインだと、前述のランダムな挿入と異なり位置効果の心配がなく、コピー数もコントロールでき、必要なシスエレメントも全て揃っているため、期待通りの発現パターンを得やすい。ただし、ランダムな挿入と異なり、標的遺伝子組換えの手法が確立されている動物種は非常に限られている。
マウスの場合
標的遺伝子組換えが最も一般的な技術となっているマウスでは、まず培養した胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES cell)に外来遺伝子を導入する[1]。その中から相同組換えが確認されたES細胞を選び、発生初期の胚盤胞期胚(blastocyst-stage embryo)に注入する。すると、全身の一部の細胞が注入したES細胞に由来するキメラマウス(chimera mouse)が得られる。このキメラマウスの次世代で、全身の全ての細胞が外来遺伝子を含むマウスを得ることができる。
マウスでは上記のノックアウトやノックインに加え、特定の遺伝子の前後にloxP配列を挿入することもしばしば行われる(このようなマウスは「floxed mouse」と呼ばれる)。loxPとは、DNA組換え酵素Creが認識する34塩基からなるDNA配列である。Creは2つのloxP配列を認識すると、両者の間で高効率に相同組換えを起こす。従って特定の遺伝子の前後にloxPを挿入した場合、Cre存在下でその遺伝子は切り出されて破壊されることとなる。Floxed mouseと、特定の細胞種や時期にCreを発現するトランスジェニックマウスとを掛け合わせることで、細胞種や時期特異的な遺伝子の破壊(コンディショナルノックアウト)が可能となる。脳科学の研究においては、ニューロンを構成する因子の多くが発生過程と成体の双方で重要な役割を担い、また、様々な脳部位で発現するため、コンディショナルノックアウトは有用な技術となっている。
マウス以外の動物種での標的遺伝子組換えの現状
マウス以外のモデル動物でも標的遺伝子組換えの報告はあるが、マウスほど一般的な技法として普及はしていない。外来遺伝子の相同組換えによる挿入の確率が非常に低いことに加え、それよりもはるかに起こりやすいランダムな位置への挿入との簡単な識別方法などが十分確立されていないからである。ただし、近年のトランスポゾンやジンクフィンガーヌクレアーゼ(zinc finger nucleases;ZFNs)を利用した高効率な標的遺伝子組換え技術の開発により、今後は様々な動物種での標的遺伝子組換えの簡易化が期待される。これらの手法はゲノムDNAに損傷が生じた際の修復時に、相同組み換えが起こりやすいことを利用する。特にジンクフィンガーヌクレアーゼは、DNA結合ドメインのデザイン次第で特定のDNA配列に特異的なゲノムDNAの損傷を引き起こせることから大きく注目されている。こうした高効率な手法はマウスにおいても、従来の培養した胚性幹細胞を利用する煩雑な方法の回避につながることが期待される。
なお現状では、マウス以外のモデル動物の遺伝子破壊には、突然変異を誘発する化学物質(化学変異原;chemical mutagen)やトランスポゾンによりランダムに突然変異を導入した中から、目的の遺伝子が破壊された突然変異体を検索する方法がよく用いられる。化学変異原としては、EMS(エチルメタンスルフォン酸;ethyl methanesulfonate)やENU(N‐エチル‐N‐ニトロソ尿素;N-ethyl-N-nitrosourea)やTMP(トリメチルプソラレン;trimethylpsoralen)などが用いられる。化学変異原を用いて得た突然変異体は組換え遺伝子を含まず、トランスジェニック動物ではない。
一部の細胞や組織に外来遺伝子を導入し、次世代には継承されない場合
一般的にトランスジェニック動物とは、外来遺伝子が生殖細胞系にも導入され、次世代に継承される場合を指すことが多いが、広義には特定の細胞や組織にのみ遺伝子導入した動物も含められる。成体あるいは発生の進んだ胚においてDNAを細胞外から細胞内に導入するには、ウィルスや電気穿孔法(electroporation)、遺伝子銃(gene gun)などが用いられる。脳への局所的な遺伝子導入は、目的の脳部位以外の組織への導入遺伝子の影響を排除しやすいことに加えて、研究期間の短縮や動物飼育スペースの節約などの利点がある。
トランスジェニック動物の扱いに関する規制(カルタヘナ議定書とカルタヘナ法)
遺伝子組換え生物は生物多様性に悪影響を及ぼすおそれがあるとして、その移動を規制する国際協定である「カルタヘナ議定書(The Cartagena Protocol on Biosafety)」が2003年に発効した。日本では、カルタヘナ議定書に対応する国内法として、2004年に「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(通称「カルタヘナ法」)が施行された。これに基づき、遺伝子組換え生物などの輸送時には、提供元が受入れ側に情報を提供し、事前同意を得ることなどが義務づけられ、違反に対する罰則も定められている。上述のトランスジェニック動物も全てこの規制の対象となる。なお、化学変異原処理により作製した突然変異体はトランスジェニック動物には該当せず、同様の突然変異が自然に生じる可能性もなくはないので、カルタヘナ法の規制対象にはならない。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 Andras Nagy, Marina Gertsenstein, Kristina Vintersten, Richard Behringer
Manipulating the mouse embryo: A Laboratory Manual 3rd Ed.
Cold Spring Harbor Laboratory Press:2003 - ↑
Stinchcomb, D.T., Shaw, J.E., Carr, S.H., & Hirsh, D. (1985).
Extrachromosomal DNA transformation of Caenorhabditis elegans. Molecular and cellular biology, 5(12), 3484-96. [PubMed:3837845] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Yuen, K.W., Nabeshima, K., Oegema, K., & Desai, A. (2011).
Rapid de novo centromere formation occurs independently of heterochromatin protein 1 in C. elegans embryos. Current biology : CB, 21(21), 1800-7. [PubMed:22018540] [PMC] [WorldCat] [DOI]
(執筆担当者: 林悠 担当編集委員: 林康紀)