フグ毒

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英:tetrodotoxin、英略語:TTX、独:Tetrodotoxin、仏:tétrodotoxine

(−)-テトロドトキシン
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Identifiers
EC-number [1]
Jmol-3D images Image
PubChem 20382
Properties
C11H17N3O8
Molar mass 319.270 g·mol−1
危険性
MSDS Fisher Scientific
EU分類 猛毒 T+
Rフレーズ R26/27/28
半数致死量 LD50 334 μg/kg(マウス、経口)
特記なき場合、データは常温(25 °C)・常圧(100 kPa)におけるものである。

 フグ毒tetrodotoxin (TTX) は1960年の初めに、神経筋肉の興奮をつかさどる電位依存性ナトリウムチャネル(Na+チャネル)を低濃度でしかも選択的に阻害することが証明されて以来、チャネルの実験に欠かせないchemical toolとして世界中で広く使われてきている。TTXがきっかけとなって他の毒物や治療薬のチャネルに対する作用機構の研究が重要視され、channelopathyは医学生物学のホットなトピックになった。現在ではTTX抵抗性Na+チャネルの存在も知られている。TTXはフグが作るのではなく、海産の細菌によって作られ、食物連鎖を経てフグの主に卵巣肝臓に蓄えられる。フグの種類によってはほとんどTTXを持たないものもある。この様な機構を反映して、TTXはフグ以外の海産動物、例外的には陸生動物にも見出されている。TTXをもった動物はTTX に対するLD50が非常に高い。フグ中毒は主に神経、筋肉系の麻痺によるものであるが、解毒剤は見つかっておらず、人工呼吸が対症療法的に有効である。臨床へのTTXの利用もいろいろ試みられているが、まだ試験段階である。

歴史的背景

 フグには強力な毒があるということは5000年も前からエジプトその他で知られていた。特に日本ではフグは最もおいしいとして長い間賞玩されてきた。しかしその毒のために中毒死が絶えず、薬理学的な対象として広く研究されてきたとはいえ、以前はキモグラフを使うような非常に古典的な手法によっていたので、神経毒であるこことは知られていても詳しい作用機構はわからなかった。1960年の初めにTTXの化学構造が決定され、また神経、筋肉などで興奮をつかさどるNa+チャネルを低濃度でしかも選択的に阻害することが証明されて以来、実験室でのchemical tool として世界中で広く使われ、一躍神経生理、薬理のチャンピオンとしてデビューするようになった。これをきっかけにして、いろいろな化合物がchemical tool として使われる様になり、またさまざまな治療薬のチャネルに対する影響の研究が盛んになり、channelopathy が重要な医学生物学の分野として発展するようになった。

化学構造

 1964年に京都で開かれたFourth International Conference on the Natural Productsで3つのグループ(日本「2」、アメリカ「1」)によって発表された(C11H17N3O8, 分子量319 )。TTX分子はグアニジウム基を含み、またhemilactal結合を持っていることが特徴である。TTXは双性イオン(zwitterion)の形をとり2種類のカチオンにイオン化される。水には直接溶けず、細胞膜は通れない。しかし酸性の溶液には溶解し、比較的安定である。pH 4.8、4 の条件下での分解時定数は14ヶ月と測定されている。アルカリ性の溶液中では不安定である。

イオンチャネルに対する作用機構

 TTXが神経や筋肉を麻痺させることは、特に日本では長い間薬理学者の間で知られていたが、1960年になって細胞内微小電極法カエルの筋肉に適用した実験から、TTXがNa+チャネルを選択的に阻害して麻痺をもたらすという仮説が発表された[1]。この仮説は4年後にエビの巨大神経線維に電位固定法を適用した実験で確実に証明された[2]。当時としては毒物をchemical tool として使うということは全く考えられなかった上、また特定のチャネル特にNa+チャネルを選択的に阻害する化合物はまったく知られていなかったので、TTXは一躍ユニークなchemical tool として世界中で広く使われるようになった。

 TTXのNa+ チャネル阻害作用はいろいろな面でユニークである。まず第一にTTXは細胞の外から与えたときにのみ有効で、細胞内に直接与えても阻害しない。大部分の非選択的Na+チャネル阻害剤は、外から有効であっても実際は膜を通過してチャネルの内側から働いていることが知られている(たとえば局所麻酔薬)。第二にTTX 分子のグアニジウム基 はNa+チャネルを通れる大きさを持っているが、他の部分は大きすぎて通れない。つまりTTX がチャネルを外から塞いで阻害する訳である。第三にTTXがチャネルを阻害しても、チャネルのゲート機構は刺激によって正常に開閉する。このようなユニークな機構を反映して、個々のNa+チャネルはTTXによってall-or-noneに阻害される。

 Na+チャネルは260 kDaのα サブユニットとβ1 (36 kDa) あよびβ2 (33 kDa) サブユニットから構成されている。α サブユニット が主要な部分で、それだけでもチャネルとして働くがkineticsがおそい。β サブユニットを加えるとkineticsが正常に戻る。各々のα サブユニットは4つの相同ドメイン(I-IV)を含み、各々のドメインは6つの膜貫通領域 (S1-S6)からなっている。各ドメインのS5とS6 をつなぐループにTTX が結合してNa+チャネルを阻害すると考えられている。

Chemical toolとしての利用

 TTXは実験室で広く利用されている。2、3の例を次に挙げる。神経や筋肉では通常Na+チャネルとK+チャネルが共存しているので、K+チャネルの由来の電流を測定するためにはNa+チャネルをTTXで完全に阻害すればよい。シナプス後電位膜のチャネル、例えばアセチルコリン受容体チャネルやグルタミン酸受容体チャネルはTTXによって阻害されないので、節前繊維の興奮をTTXでとめて受容体の働きを調べることができる。その他神経興奮活動電位を止めて実験することが多々あるが、このような場合にはTTXが広く使われている。Na+チャネルの密度もTTX あるいは同様なNa+チャネル阻害作用のあるサキシトキシン(saxitoxin、STX)の結合によって測定された。無髄神経線維では通常1 µm2あたり100-300個のNa+チャネルが存在する。有髄神経線維ランヴィエ絞輪では跳躍伝導のために密度が高く、1 µm2あたり12000個と測定されている。

TTX抵抗性Na+チャネル

 神経や筋肉のNa+チャネルの中には高濃度のTTXではじめて阻害されるものがある。例えば後根神経節からに向かって痛みを伝えるC繊維は、IC50が100 µM前後のTTX抵抗性Na+チャネルを含んでいる。痛みは非常に重要なテーマなので、TTX抵抗性Na+チャネルの研究は盛んになった。TTX抵抗性Na+ チャネルも含めて、数種類のNa+チャネルが知られている。現在では命名法が統一されて、中枢末梢神経および骨格筋にあるTTX感受性Na+チャネル(IC50=2-10 nM) はNav 1.1、1.2、1.3、1.4、および1.7、心筋と神経を除去された骨格筋にあるTTX抵抗性Na+チャネル(IC50=2 µM) はNav1.5、中枢、末梢神経にあるTTX 抵抗性Na+チャネル(IC50=1-100 µM) はNav1.8と1.9 と呼ばれている。

フグ毒の分布

 TTXはフグに含まれていることは昔から知られていたが、現在では種々な動物(主に海産動物)に発見されている。たとえばヒモムシLineus fuscoviridis軟体動物Charonia lampus sauliaeNassarius (Zeuxis) siquijorensisNiotha lineate、イモリTaricha spp.およびカエルAtelopus spp.などである。TTXはフグによって生産されるのではなく、海産の細菌Vibrio alginolyticusおよびその他のVibrio spp.によって作られ、食物連鎖を経てフグに達することが証明された。ゆえにフグをそれらの細菌のない条件下で養殖すれば、TTXを持たないフグが出来るはずである。実際にこれが可能であることが証明された。TTXは主にフグの肝臓や卵巣に含まれているが、フグの種類によっては皮膚にも含まれている。これらの臓器に含まれているTTXの量はフグの種類によって非常に異なり、ほとんどTTXを持たないフグも知られている。

 TTXを持っている動物はTTXに対して著しい抵抗性を持っている。たとえばオウギガニ、ある種の熱帯魚、およびある種のサンショウウオのTTXに対するLD50はそれぞれ1000、>300、>10000 mouse unit (MU) と測定されている。1 MUは体重20 gのマウスを30分で殺すTTXの量である。TTXを持った3種類のフグでのTTX LD50 は700-750、500-550、300-500 MU であった。一方、TTXを持たない4種類のフグでは、LD50は15-18、19-20、13-15、0.9-1.3 と測定された。

TTXによる中毒

 TTX LD50はマウスでは10 ng/g、ヒトでは2 mg/human といわれている。中毒の第1期は神経筋で起こり、唇や舌の痺れ、流涎や腹痛からなる。第2期には痺れが広がり手足(extremity)の麻痺が起こる。第3期には麻痺が神経筋肉系および呼吸器系にひろがって、構音障害(dysarthria)、筋線維性攣縮低血圧 (hypotension)、血管運動ブロック、不整脈 を伴う。第4期の末期には呼吸麻痺、極度の低血圧、痙攣脊髄反射の消失を経て死にいたる。

 解毒剤は知られていない。対症療法としては人工呼吸が有効である。心筋のNa+チャネルはTTXに対する感受性が低く中毒中も働いているので、人工呼吸を施せばTTXが徐々に解毒されて患者は回復に向かう。胃洗浄は有効で、アトロピンも低血圧や徐脈に対症療法的に使われる。

 しかしTTXによる中毒死は絶えない。日本国内での中毒例/死亡例は1965年が152/88、1970年が73/33、1980年が90/15、1990年が55/1、2000年が40/0、2007年が38/2と報告されている。最近の死亡例の低下は医療技術の改良を反映している。にもかかわらず中毒例が多いのは、少量の卵巣や肝臓をたべていわゆるnumb feeling を味わおうとする人が絶えないからである。

臨床への応用

 TTXを臨床に応用すべく、いろいろ試みられているが、まだ試験段階で臨床に使われるまでには至っていない。大部分の試みはTTXの強力かつ選択的なNa+チャネル阻害作用を利用するものである。ひとつの大きな障害は副作用、特に低血圧である。臨床への応用の数例を次に述べる。

 TTX抵抗性Na+チャネルは痛みを中枢に伝えるC繊維に分布しているので、TTX抵抗性Na+チャネルを阻害してTTX感受性Na+チャネルを阻害しない化合物が見つかれば、副作用を伴わずに痛みを抑制することが出来ると考えられる。In vitroの実験では見つかっているものもあるが、まだ臨床的には成功していない。脳梗塞に伴う虚血にも神経保護薬として試みられている。TTXが神経末端を阻害して虚血に伴うグルタミン酸の神経末端からの放出を抑制するというのがそのアイデアである。TTXに対するモノクローナル抗体の作成も試みられて、ある程度の成功が報告されている。に伴う痛みに対して、非常な低濃度のTTXの筋肉内注射が長い間有効であるという報告もある。

参考文献

  1. NARAHASHI, T., DEGUCHI, T., URAKAWA, N., & OHKUBO, Y. (1960).
    Stabilization and rectification of muscle fiber membrane by tetrodotoxin. The American journal of physiology, 198, 934-8. [PubMed:14426011] [WorldCat] [DOI]
  2. NARAHASHI, T., MOORE, J.W., & SCOTT, W.R. (1964).
    TETRODOTOXIN BLOCKAGE OF SODIUM CONDUCTANCE INCREASE IN LOBSTER GIANT AXONS. The Journal of general physiology, 47, 965-74. [PubMed:14155438] [PMC] [WorldCat] [DOI]

Hwang, D.-F. and Noguchi, T. (2007). Tetrodoxin poisoning. Advances in Food and Nutrition Research 52, 141-236.

Narahashi, T. (2001). Pharmacology of tetrodotoxin. Journal of Toxicology - Toxin Reviews 20, 67-84.

Narahashi, T. (2008). Tetrodotoxin - A brief history-. Proceedings of the Japan Academy, Series B 84, 147-154.

Noguchi, T. and Arakawa, O. ( 2008). Tetrodotoxin – distribution and accumulation in aquatic organisms, and cases of human intoxication. Marine Drugs 6, 220-242.

Yotsu-Yamashita, M. (2001). Chemistry of puffer fish toxin. Journal of Toxicology – Toxin Reviews 20, 51-66.

(執筆者:楢橋敏夫、編集委員:林 康紀)