「概要」
アドレナリン(adrenaline)はノルエピネフリン(epinephrine, EP)とも呼ばれる。モノアミンの一種、またカテコールアミンの一種である。生体内において、神経伝達物質またはホルモンとして働く。生体内ではチロシンから合成される。受容体はアドレナリン受容体と呼ばれるファミリーであり、Gタンパク質共役7回膜貫通型である。中枢神経系では、後脳髄質にアドレナリン作動性神経細胞が存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。
「発見と用語」
1893年、George Oliver(イギリス)は副腎(Adrenal)に薬理学的に劇的な効果を持つ物質が含まれることを発見した[1]。1897年、John Abel (アメリカ)は副腎から粗抽出物を調製、これをエピネフリンと呼んだが[2]、これには生理活性はなかった[3]。その後、1901年、高峰と上中は副腎から生理活性物質を精製した[4]。これをParke, Davis & CoはAdrenalinという名前で販売した[3]。
現在、アドレナリンとエピネフリンという呼称については、国により使用頻度が異なる。歴史的にはアドレナリンの方が正しい呼称と考えられ、欧州ではアドレナリンの方が一般的である。しかし、米国の、特に医学分野では、John Abelの影響の名残でエピネフリンの方が一般的である。日本では2006年の第十五改正日本薬局方よりアドレナリンが一般名称となった。
「構造」
カテコール基と二級アミノ基をもつ、カテコールアミン神経伝達物質の一種(図1)。また、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミンなどとともにモノアミン系神経伝達物質のグループを形成する。
「合成」
脳の一部の神経細胞、および副腎髄質中にあるクロム親和性細胞において合成される(図2)。他に、も合成されている。生合成に関わる酵素は以下の通り。
- チロシン水酸化酵素 tyrosine hydroxylase (TH):EC 1.14.16.2。チロシンよりL-DOPA (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する[5] [6] [7]。反応には、Tetrahydrobiopterin, O2, Fe2+が必要。カテコールアミン合成において、律速段階の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、リン酸化による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。 補因子であるTetrahydrobiopterinはGTPより合成される。律速酵素はGTP cyclohydrolase Iである[8]。
- 芳香族アミノ酸脱炭酸酵素 aromatic L-amino acid decarboxylase (AADC):EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は5-hydroxytryptophanからセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。Pyridoxal phosphateが必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する[9]。
- ドーパミンβ水酸化酵素 Dopamine β-hydroxylase:EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。アスコルビン酸、O2、Cu2+が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞のシナプス小胞の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する[10]。
- フェニルエタノールアミン-N-メチル基転移酵素 phenylethanolamine N-methyltransferase(PNMT):EC 2.1.1.28。ノルアドレナリンのアミノにメチル基を付加し、アドレナリンを生合成する。メチル基のドナーとしてS-adenosylmethioneが必要。ヒトでは一つの遺伝子があり(Gene ID 5409)、転写産物は副腎髄質に多く、心臓、および脳幹にも存在する[11]。ノルアドレナリンからアドレナリンの生合成は、ノルアドレナリンが合成された顆粒内で起きると考えられている[12]。
「放出、再取り込み」
アドレナリンの前駆対であるドーパミンは小胞型モノアミントランスポーター(vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム親和性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH+との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる[13]。 アドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、カルシウム依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。 アドレナリンの再取り込みの機構はまだよく理解されていない。アドレナリン特異的なトランスポーターは、ほ乳類では報告されていない。
「代謝分解」
アドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。
- モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase, MAO):MAOはモノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。MAOはミトコンドリア外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる[14]。MAOにはMAO-AとMAO-Bがあり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAO-AとMAO-Bはモノアミン作動性神経細胞およびグリア細胞に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる[14]。
- カテコール-o-メチル基転移酵素(catechol-o-methyltransferase, COMT):これはカテコール基のm-水酸基にメチル基を転移させる。腎臓や肝臓に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている[15]。
脳においてアドレナリンの多くは、ノルアドレナリンと同様、MAO、アルデヒド還元酵素、およびCOMTにより3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)へ代謝され、さらに3-methoxy-4-hydroxymandelic acid (VMA)となって尿中に排出される[16]。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される[16]。
「主たる投射系と機能」
(1) 中枢神経系 中枢神経系におけるアドレナリン作動性の神経細胞は、主に次の二つの部位にある。
C1:髄質の腹外側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A1に近接する。
C2:髄質の背側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A2に近接する。C1、C2共に視床下部に上行性投射をし、循環器系や内分泌系の調節を行う。
(2) 末梢神経系 末梢神経系の節後神経細胞は、ノルアドレナリンと共にアドレナリン作動性でもある。脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、アドレナリン性の出力を内臓器官に与える。結果的に、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。
「受容体」
アドレナリンはノルアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる。より細かくは、α1A-α1D、α2A-α2C、β1、β2、β3、から構成されている。いずれも三量体Gタンパク質共役型の受容体である。α1はGq、α2はGi、β1-β3はGsと共役している。 末梢神経系において、アドレナリンは、低濃度ではβ1およびβ2アドレナリン受容体に作用し、高濃度ではα1を介した作用が主となる。(ノルアドレナリンはα1およびβ1アドレナリン受容体のアゴニストとして作用する。)
- ↑ G Oliver, EA Schäfer
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