刺激電極
真鍋 俊也、小林 静香
東京大学・医科学研究所
DOI:10.14931/bsd.6925 原稿受付日:2016年2月19日 原稿完成日:2016年6月3日
担当編集委員:河西 春郎(東京大学 大学院医学系研究科)
英語名:stimulating electrode 独:Stimulationselektrode 仏:électrode de stimulation
電気生理学実験において用いる刺激電極は、金属やガラス管などを用いて作製され、神経組織や筋組織などに電流あるいは電圧を与えることにより神経細胞や神経線維、筋線維などを興奮させるために使用される。刺激電極には、以下のような種類があって、それぞれに特徴があり、実験の目的に従って使い分ける。
金属電極
金属電極 (metal electrode)とは針状あるいは棒状の金属を刺激装置(電気刺激装置や電気刺激装置に接続したアイソレータなど)に接続し、それを組織内や溶液内に刺入して、興奮性細胞や神経線維などを興奮させるために用いる電極である。よく使用される金属の種類としては、タングステン、ステンレス、白金、銀などがある。なお、銀を用いる場合は、神経線維などに直接接触すると神経に障害が起こることがあるので注意が必要である。
多くの場合、効率的に局所を刺激するため、先端部分だけを露出させ、それ以外の部分はエナメルやパリレン、ビニールなどの絶縁体でコートするのが一般的である。最近では、先端をごく細く研磨し、適当な絶縁物質でコートされたものが市販されており、それらを適当に加工して用いることが多い。市販の電極は、先端のごく一部だけが露出されていることが多く、抵抗値は比較的高めに設定されているため、先端の一部分だけ絶縁物質をはがして使用するほうがよいことが多い。ただし、露出部分が広いと刺激しようとしている部分以外に大量の電流が流れてしまい、神経線維などを興奮させる効率が悪くなるだけでなく、アーティファクトがかなり大きくなってしまい、記録に支障が出ることがあるので注意が必要である。露出部が広くなり過ぎた場合には、マニキュアなどを用いて簡易的に露出部分を絶縁すると改善されることが多い。
金属刺激電極は、以下の3種類に大きく分類される。どのタイプを用いるかは実験目的により決定する。
単極電極
単極電極 (monopolar electrode)は一本の金属刺激電極を、電気刺激したい神経組織内やその近傍など、神経細胞や神経線維の外に配置し、細胞外液内に設置した不関電極(indifferent electrode)との間に一定の電圧をかけるか電流を流すことにより神経組織を興奮させる種類の刺激電極である(図1)。刺激電極を一本だけ刺入するために、実験機器の準備などを含めて実験操作としては最も簡便であるが、刺激電極と不関電極の間での刺激となるため、細かな刺激場所の調節が難しく、刺激強度もより高くなり、アーティファクトもかなり大きくなるため、繊細な刺激が必要な小さな電気応答の記録には不向きである。
双極電極
双極刺激電極 (bipolar electrode)は、不関電極の代わりに、もうひとつの電極をすぐ近くに配置して刺激する種類の電極である(図1)。大きくふたつに分けると、2本の針型電極をごくわずかな間隔をあけて固定したものと、同心円状にふたつの金属を細い棒状に配置したものがある。
2本針型双極電極は、デンタルワックスなどで2本の金属電極を固定して自作することが多いが、ごく近くに2本の電極が並んでいるため、電圧をかけたときに、ごく近傍でのみ電流が流れるため、小さな領域を効率よく刺激することができ、アーティファクトも単極刺激に比べてはるかに小さくなる[1]。刺激したい領域に合わせて、電極間の距離を調節できるという利点もある。
一方、同心円型双極電極の場合は、作製するのが難しく、通常は専門業者によって作製されたものを使用するが、アーティファクトが小さいという点は2本型電極と共通するが、通常は電極間距離を刺激部位に合わせて変更できないため、それが最大の欠点である。また、構造的な必要性からやや太くなることが多いため、神経組織などに刺入する場合には、組織に障害をもたらす可能性が高いところも欠点である。
特殊な例として、培養神経細胞などを電気刺激して生化学的な変化などを調べる際に、培養細胞のディッシュの両端に2本の金属線を設置し、それらに比較的強い電圧をかけることにより多くの神経細胞を一気に発火させることもよく行われるが、これも双極刺激電極の一種である。
多極電極
3か所以上の刺激部位を持つ電極を多極電極(multipolar electrode)と呼ぶ。多くの場合、個体の動物の脳内に刺入して固定することにより、適当な電極を組み合わせて対象とする神経部位を刺激する際に用いる。多くの電極(例えば、縦と横に8個ずつで計64個)を有する平面上の電極も市販されており、その上に脳スライス標本を固定して、適当な部位を刺激し、刺激電極以外の電極を記録電極として応答を記録するような機器も使用されている。
ガラス管電極
ガラス管電気刺激電極 (glass-pipet electrode)は、熱処理で先端を1~10ミクロン程度にまで細く加工した中空の細いガラス管(ピペット)に高濃度の塩化ナトリウム溶液やリンゲル液などを充填し、ピペット内に金属線などを挿入して刺激装置に接続し、電極内の電位を急激に変えたり、電流を流したりすることにより、神経細胞や神経線維などを興奮させるものである。また、電気的な刺激ではなく、ガラス管の先端から化学物質を放出させ、神経細胞などを興奮させる化学刺激電極も使われることがある。さらに、通常の細胞内電位記録時に記録電極を通じて電流を注入して神経細胞を刺激したり、細胞外から神経突起などを刺激したりする方法も用いられる。
ガラス管電気刺激電極
先端を細く加工した中空ガラス管ピペットに高濃度の塩化ナトリウム溶液(1~3M程度)やリンゲル液(等張)、生理食塩水などを充填して、刺激したい神経組織あるいは神経線維の近傍に刺入あるいは配置し、刺激装置やアイソレータに接続して、電気的に興奮させる電極である。小さな試料を用いるときに使用することがあり、一本の電極で刺激することが多く、その場合には、不関電極との間で電圧をかけるか、電流を流すかして興奮させるため、限局した部位を刺激できるものの、アーティファクトは一般的に大きくなる[2]。特殊な場合では、2本のガラス管を熱して融合させたのちに作製した2本のガラス管の先端が密接した電極で刺激することもある。この場合には、双極刺激になるため、きわめて限局した部位を刺激できるだけでなく、アーティファクトもかなり小さくなる。
ガラス管化学刺激電極
先端を細くした中空のガラス管に神経伝達物質などの生理活性物質を充填し、それを神経細胞などの周辺に放出させて刺激するための電極である[3]。pHを適当に調節して帯電させた神経伝達物質などをピペットの先端に充填し、それと反発する電位を電極にかけることにより、電気的な反発力によりピペットから神経伝達物質などを放出させて神経細胞などを興奮させる。このような方法を電気泳動法(electrophoresis)と呼ぶ。この際、ガラス管電極から神経伝達物質が漏出するのを防ぐために、阻止電流(braking current)を持続的に流しておく必要がある。このような操作を容易に行えるような機器が市販されているが、簡単な装置なので自作することも容易である。なお、前項で述べた2本ガラス管電極を用いると、一方の電極で細胞外電位を記録しながら、もう一方の電極から電気泳動により生理活性物質を放出して、記録している局所の神経細胞などを興奮させることもできるので、そのような操作が必要な実験では強力な武器となる。
一方、電気的な方法ではなく、神経伝達物質などを含んだ溶液をピペットに充填し、ピペット後部から圧力をかけて物理的に神経伝達物質などを放出することにより神経細胞などを興奮させる方法もある[2]。ごく短い時間だけピペットホルダーに一定の圧力をかけることができる装置(Picospritzerなど)が市販されており、一定量の溶液を設定した時間間隔で放出させて、神経細胞などを安定的に刺激することができる。
細胞内微小ガラス管電極
細胞内微小電極(intracellular microelectrode;いわゆるsharp electrode)を神経細胞内や神経線維内に刺入し、その電極を介して脱分極性の電流を注入することで、神経細胞などを興奮させることができ、これも広い意味での刺激電極と考えることができる[4]。神経細胞に微小電極を刺入することは熟練すれば容易に行えるが、神経線維内に刺入するのには相当の熟練を要する。なお、市販されている増幅器によっては、膜電位を記録しながら電流を注入することができるものもあり、一本のガラス管電極で電位固定記録(voltage-clamp recording)を行えるものもあるが、最近は、パッチクランプ記録法(patch-clamp recording)が用いられることが圧倒的に多く、このような膜電位固定法はほとんど用いられなくなっているが、全細胞記録でしばしば問題となる細胞内成分がピペット内に流れ出すという欠点がないのが特長である。
パッチクランプガラス管電極
パッチクランプ法を用いると、例えば、脳スライス標本において、軸索や樹状突起などに直接電極をパッチさせ、全細胞モードで一本の神経突起を電気刺激することも行われるが、かなり高度な技術が要求される[5]。また、パッチクランプに必要なギガΩシールを作るのではなく、それよりも低い抵抗値を示すような緩いシールであるルースパッチ(loose patch)を形成し、細胞外電位刺激により一本の樹状突起や軸索を発火させることも可能である。
ここでは、最もよく使用されるふたつの種類の刺激電極について述べたが、電気生理学の分野では、歴史的に、さらに多くの種類の刺激電極が考案され使用されてきたが、ここでは専門的過ぎるため、その解説は省略するので他書を参照されたい[6]。電気刺激を用いる実験で最も重要なことは、どのような目的のために刺激電極を使用するかを事前によく検討し、最も適当な種類の刺激電極を選択するかである。
関連項目
参考文献
- ↑
Yamagata, Y., Kobayashi, S., Umeda, T., Inoue, A., Sakagami, H., Fukaya, M., ..., & Okabe, S. (2009).
Kinase-dead knock-in mouse reveals an essential role of kinase activity of Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase IIalpha in dendritic spine enlargement, long-term potentiation, and learning. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 29(23), 7607-18. [PubMed:19515929] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 2.0 2.1
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Stuart, G.J., & Sakmann, B. (1994).
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実験生物学講座 5
「電気的測定法」(大森治紀他・著)
丸善株式会社 1982年発行(本項執筆時では廃刊となっており入手困難)