前庭脊髄路
杉内 友理子
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 システム神経生理学
DOI:10.14931/bsd.1787 原稿受付日:2012年5月29日 原稿完成日:2015年12月16日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
羅:tractus vestibulospinalis 英:vestibulospinal tract
機能
動物が何らかの外力を受け、頭部に加速度が加わった場合、内耳にある前庭器により、その加速度が感知され、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする基本的な反応が生得的に備わっている。これが前庭脊髄反射である。これは、主に前庭脊髄路の働きによると考えられるが、網様体脊髄路の一部にも、前庭入力を受けるものが存在し、それらの作用の総合的結果としておこるものと考えられる。前庭神経核から脊髄運動細胞に至る経路の作用は、1960年代から、スウエーデンのLundberg、本邦の本郷利憲、イタリアのPompeiano, アメリカのWilsonのグループにより、精力的に電気生理学的に解析された[2]。その結果、前庭脊髄路の作用は、四肢に関しては、おもに同側性に影響を与え、生理学的伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、生理学的屈筋の運動細胞群に対しては脊髄にある抑制性介在ニューロンを介して抑制作用を及ぼすことが明らかとなった[3] [4]。
解剖
前庭脊髄路には、外側前庭神経核(ダイテルス核)(一部、下前庭神経核)から下行し、前索の腹側部を通る外側前庭脊髄路(lateral vestibulospinal tract)と、内側前庭神経核と下前庭神経核(一部、外側前庭神経核)から起こり、内側縦束(medial longitudinal fascicle;MLF)を下行し、脊髄前索内の最内側部を通る内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract)がある(図)。
外側前庭脊髄路
外側前庭脊髄路は、前庭神経核を出て尾側に走り、顔面神経核の背内側、疑核の背内側を通過し、舌下神経の外側に至る。その後,下オリーブ核の背外側,外側網様核の背側部を通過して脊髄に至り,脊髄では同側の側索腹側部を通って,頚髄,胸髄、腰髄に至る[5]。
外側前庭脊髄路はおもに耳石器からの入力を受け、腰髄までの脊髄全域に同側性にのみ投射しており、頚部・体幹・上下肢の全てに影響を及ぼし、上下肢を含む全身の前庭脊髄反射に関係している。脊髄内での終止部位については古くは変性実験(前庭神経核を破壊することにより、変性した神経線維と終末の存在する部位を観察する方法)により調べられた。その結果、外側前庭脊髄路は、脊髄灰白質のRexedによる分類[6]のうち、主に介在ニューロンの存在する部位である、VII層およびVIII層の内側部に投射することが示された。運動ニューロンの存在するIX層(運動神経核)への投射については、四肢の筋の運動ニューロンが存在する脊髄分節(頚髄と腰髄)においては認められず、胸髄と上部頚髄では運動神経核にもわずかに投射が認められた。
外側前庭脊髄路細胞は興奮性細胞のみである。
内側前庭脊髄路
内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract: MVST)は,前庭神経核を出た後,内尾側に走り内側縦束に入り,次第に腹側に位置を変えながら延髄の閂(obex)のレベルで錐体交叉の背側を走り,その後次第に腹側に至り前索内側部を走り,主に上部頚髄から下部頚髄付近で終わる[7]。
内側前庭脊髄路は、おもに半規管からの入力を受け、両側性に投射し、大部分は頚髄のレベルで終わっており、前庭頚反射に中心的役割を果たしている。外側前庭脊髄路細胞と異なり、内側前庭脊髄路細胞には興奮性のものと抑制性のものがあり、原則として興奮性のものは対側の脊髄を下行し、抑制性のものは同側の脊髄を下行する。しかし対側の脊髄を下行する抑制性細胞も少数存在する。古典的には、上位中枢から脊髄へ抑制性の制御を行う経路は、いずれも脊髄レベルに存在する抑制性の介在ニューロンを介するものであり、抑制性神経細胞の軸索は一般に短いと考えられていたが、内側前庭脊髄路は、長下行性伝導路細胞そのものが抑制性である例として、最初に同定された系である[8]。
内側前庭脊髄路細胞は、おもにVIII層とその近傍のVII層に終わっており、体幹筋を支配するIX層の運動神経核には投射が認められないとされた。しかしながらその後、単一細胞の軸索の投射様式を厳密に解析することのできる、神経標識物質(horseradish peroxidase, HRP)の細胞内注入法が開発され、ほとんどすべての前庭脊髄路細胞が、複数の髄節において、多数の側枝を出しており、さらに複数の異なる頚筋の運動細胞に直接投射していることが明らかとなった[1]。これは、前庭脊髄反射では、多数の頚筋や体幹筋が同時に制御されているが、少なくともその一部は、単一の前庭脊髄路細胞による異なる筋群の運動細胞の支配様式により実現されていることを意味する。
γ-運動ニューロンへの作用
前庭脊髄反射自体が、姿勢制御に関する反射であるが、前庭脊髄路はさらに脊髄反射を修飾する作用もある。筋の伸張に伴う筋の長さの変化と伸張速度に関する情報は、筋紡錘により感知される。筋紡錘からのIa 群線維は、脊髄後根を介して脊髄に入り、伸ばされた筋の運動ニューロン(α-運動ニューロン)に直接に結合し、興奮作用を及ぼす(伸張反射)。そのため、伸ばされた筋は収縮し、もとの長さにもどるように調節される。筋紡錘の中には錘内線維という小さな筋線維があり、γ-運動ニューロンにより支配されている。その収縮力は極めて弱く筋の張力としては寄与しないが、錘内線維が収縮すると、求心線維の終末部の緊張度が高まりその感度が増加する。外側前庭脊髄路は、伸筋のα-運動ニューロンのみでなく、γ-運動ニューロンにも直接の興奮作用を及ぼすことが知られ、これにより、筋のさまざまな活動レベルに応じて、筋紡錘が最適な感度で活動できることになる[9]。
関連語
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
Shinoda, Y., Sugiuchi, Y., Izawa, Y., & Hata, Y. (2006).
Long descending motor tract axons and their control of neck and axial muscles. Progress in brain research, 151, 527-63. [PubMed:16221600] [WorldCat] [DOI] - ↑ Wilson VJ, Melvill-Jones G.
Mammalian vestibular physiology.
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前庭脊髄路
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